19.
「メルティナ――?」
刹那、空間へ密かに響いた、リロイの呆然とした呟き。それはまさしく、余りに想像を超えたものをそこに認めた者にしか出せない声音、というやつで。
「ああ、もう、あんたたち何やっているんだい!」
――それゆえだろう。そうして一拍の間ともいえる空隙が一瞬生まれた、その時。
「私を置いて勝手に話を進めるんじゃないよ!」
突如として離れた位置にいたマステラが苛立たしく大声を上げ、しかもそのままの勢いでずかずかこちらへ近づいてきても、彼はまるでそれに見向きも、いや気づきもしないのだった。
「あら、どうしたの、リロイ?」
「いや、なぜこんなことが」
「……ひょっとして、この顔に見覚えがある、とか?」
すなわち、当然ながら今はただ眼前にしている素顔さらした少女との対応に、ひたすら意識集中させるばかりで、
「君は――」
……何より、そこにはまさに魔道士にとって決して忘れられない、そして忘れてはならない一人の女性の貌があったのだから。
背中まで届く、輝くような金髪。朱色が眩い、アーモンド形の生命力漲る瞳。その面は健康的であると同時にどことなく蠱惑的で、加えて陽光の下でこそ最も映えそうな、白く透明な肌。
遥か遠き日の、どこまでも儚く、淡い面影……。
そう、かつて愛した、しかし今は絶対に存在するはずのない、――美しい娘の面が。
「しかし、ありえない。そうだ、君は間違いなく100年以上前に」
「100年以上、昔に?」
「……死んだはず、なんだ」
だが、それはまた同時に、リロイをしてたちまちただならぬ惑乱と動揺、覚えさせるに充分なものでもあって。
「ああ、俺が確かに最期を看取った、以上」
そんな心もとない呟き、続けて洩らしていたような。
むろん喜びでも恐怖でもなく、ただ、そこには信じ難き思いだけがある中。
「だから、こんなはずは――」
「そうか、やっぱりそっくりなんだ。でも、甦ったなんて、ましてや幽霊なんてありえないこと。……もちろん、どんな魔法の力を使ったとしても」
「!」
――従ってふいに静かなる笑み浮かべ、声音強めてきた少女のその言葉は、知らず彼の心を驚きで震わせ。
「ど、どういうことだ、それは?」
「だって、もちろん私は私、アリソン・クーデリウスでしかないから。――そう、あなたの言うメルティナ・エイゼルの」
さらにとどめを刺すが如く最後にある一つの事実、告げてくると、
「……曾孫である、私は」
「ええ?!」
「何!」
場は一瞬にして――そう、リロイのみならずその周囲の者たちをも同様に巻きこんで、まさしく凄まじき驚愕の巷と化していったのである。
◇
「メルティナ、あたしでも聞いたことがある! それは間違いなく、リロイのかつての恋人の名だ!」
するといの一番、まずアリソンのその告白へ甚だしい反応見せたのは、マステラだった。
「なるほど、あの女の曾孫か! これでつながった!」
すなわち次には彼女のそんな絶叫が、薄暗い室内にやたら目立って響いていたのだから。
「そう、あんたが何でそんなにリロイと関わろうとするのかが!」
むろん、とはいえそれに対して形容し難き衝撃受けたのは、まさかその騒ぎ出した老婆一人だけというはずもなく。
「う、嘘、メルティナ様の……」
「……」
そう、その証拠にティコがあんぐりと口を開け、またリロイに至っては深刻そのものの色、今やはっきり面に浮かべていた以上。
「――そういう、ことか」
……しかも次には、絞り出すかのようにそんな声音、小さく洩らして。
とてもあり得ない、だが結局は納得せざるを得ない大いなる事象、この目でしかと見てしまった者の如くに。
「なるほど、それなら確かに君が護符を持っていたことにも説明がつく。あれは俺が昔娘のマリアへ、まだ幼かったあいつへ託したものだからな」
「魔女たちに敗れ、この街へ幽閉される、その直前ね?」
「……ああ、そうさ」
何より、相手を見るその眼にはいつしか、以前とはまるで違う光がくっきりと宿っていて。
「いずれ彼女なりその子孫なりが、俺に会いに来られるように、な。……もし仮に、何か恐るべき困難に遭遇し、その助けを求める時が来たならば」
――はたして一体どんな娘が、自分の血を引いているものなのか、と。
ただしそれは、好奇心とはかなり違う類の心情とも思われたのだが。
「しかしまさか、100年後に君みたいな娘がやって来るとは、想像もしていなかったが」
そう、続けて唖然としたように、そんなこと零したのを耳にすれば。
あたかも束の間、放心してしまったかの如く。
「あら、一体どんな予想をしていたのかしら? まあどっちにしろ、私は歴としたメルティナひいお祖母ちゃんの血を引く者。つまりはマリアの孫にして、エリザベトの娘――」
「エリザベト! そうか、マリアの娘、俺の孫はそんな名前なのか」
「うん。そして私は母様から、この護符を受け継いだの」
「ああ、しっかりと守っていたんだな」
――だが、その次の刹那、アリソンが自らの小歴史どこか誇らしげに語り始めると、それがやにわに彼の表情感慨深くさせたのも、また確かな事実ではあるのだった。
◇
こうして曾祖父と曾孫の初邂逅という、だがその響きの割に感動より驚きの方が遥かに大きい事象は神殿の中確かに終わりを告げ。
……後に残るのはまさに、アリソンからの最後の問い、それのみとなったのだった。
「……」
つまりは一瞬少女が改めてまなじり決し魔道士見つめたように、余りにも重大極まる……そう、彼に自らと供に旅立つこと、促すという。
むろんここよりも遥か広い、外の世界、
かつて彼が魔術を一から教え込み、鍛え上げた五人の弟子たちが今や完全に支配する、あの五つの国々の中へと。
古き帝国の広大なる残骸の上に、建てられた。
そして何より立ち向かっていくには大いなる魔術と、――そして機械仕掛けの巨人の力を、是が非でも必要とする。
「これが最後のお願いよ、リロイ」
――そう、それゆえいくら意志固めたとはいえ、そうしてついに発されたアリソンのその口ぶりにはどこか躊躇いめいたもの、小さいとはいえ紛れもなくあったのだが。
「――そうか。さすがに曾孫にそんなこと、頼まれるとな」
「え?」
「受けざるを得ない、ってやつか」
しかし次の瞬間、意外やリロイは半ば諦めたように、かつあっさりとそう応じていたのだった。
「そんな、一緒に来てくれるの?!」
むろん途端それまで不安そうだったアリソンがパッと驚きの表情、露わとしたのは言うまでもなく。
「ああ。そもそも俺は娘のマリアに、ほとんど何もしてやれなかった。そう、いくら魔女たちに追われる身だったとはいえ、別れた際あの子はまだ三歳くらいでしかなかったからな。そしてその後のことはもちろん、何一つ知らない。当たり前だが、エリザベトという娘を産み、さらには君という孫のいるお祖母さんになっていたことだって。……だから」
「……」
「これはある種の、罪滅ぼしだと思ってくれ」
かてて加えて何より、そのさらに続けられた言葉には、紛れもなく真摯極まる響きがあったのだから。
「もちろん、マリアから続く、三人の子孫への」
――すなわちそこには、もはや一片たりと、躊躇らしきもの、認められず。
「これで足りるかは、分からないが」
先程までのすげない態度が、まるで嘘だったかのように。
ただ、決然と。
「リロイ……」
「どうした、これでOKか?」
「う、うん」
ゆえにそれはたちまちにして曾孫に知らず感極まった声零させ、――対してそんな言葉で了承示した魔道士の若やいだ顔には、その時晴れ晴れとした色さえ、窺うことできたのである。




