18.
それは、まさに異常極まる事態だった。
「お、俺の棍棒が!」
「ぶっ壊された?!」
すなわち、突然二人の高々と掲げられていた得物――丸太と言っても過言ではないレベルの太さ持った巨大棍棒――が、その位置にあったまま、しかし音を立てて派手に砕け散ってしまったのだ。
「え?」
「わ!」
しかも当然ながらそのありえない光景は彼らと対峙していたアリソンたちをして、同じく隠しようのない驚愕覚えさせたようで。
「何よ、これ?!」
たちまち悲鳴が如き声、思いきり辺りへ響き渡らせている。
「ど、どうなってやがる!」
「誰の仕業だ!」
むろん当の牛頭と馬頭は突如として木の残骸と化した手中にあるかつての得物見て、今や周章狼狽状態。コールたち、いや周囲の状況からも一瞬完全に意識が逸らされたのは確実であり、
――しかし、事態はそれで終わり告げることいささかもなく。
そう、アリソンがその時ふいに、何かに気づいたように、
「え?」
「ム?」
さらに次いで遠方、そう、マステラの背後より突如眩い閃光が迸ると、
「しまった!」
ふと勘付いたマステラの絶叫も虚しく、それは狙い過たず二人の方へ向かってきて。
まさにとどめの一撃の如く――。
『グアアア!』
……そのすぐ後に轟いたのは、耳を塞ぎたくなるような苦鳴、それ以外の何物でもないのだった。
◇
「な、何よ、今の……」
「……」
「こ、これは」
かくてあっけなく崩れ落ちた二つの巨躯という、瞬きする間もない内に行われた一瞬の早業に、しばし呆然とするアリソンとコール、加えてマステラ。むろん彼女たちにとってそれは余りに予想外の現象に違いなく。
「まったく、だから待てって言っただろ?」
「!」
――それゆえ直後男の声が聞こえてくると、三人は三人それぞれに知らずビクッとした反応、示さざるを得なかった。
「リ、リロイ、あんたの仕業だね!」
特にマステラに至っては、とにかく鬼の形相、というやつであり。
「何て真似を!」
たちまち、凄い勢いで背後振り返っていたのは言うまでもない。
「これはあたしに対する歴とした挑戦だよ!」
「大丈夫。気を失わせただけだ。――俺の話がまだ途中だったんでね」
「何?!」
そう、それは何よりそこに金髪の少年従えて立つ、一人の魔道士睨みつけるため。すなわち彼がこの事態招いたのは、状況からしてまず確実。そうしてしかも再び話の主役に返り咲いたのは、間違いなかったのだから。
「ああ。とりあえず、終わりまでやらせてくれよ」
……ただし刹那そこで見たのは、対照的に相変わらずさほど緊張感の無い表情浮かべた男の姿、だったものの。
「話だって?」
「そうさ。ただしあんたにじゃない。――アリソン、君にだ」
それも男は、憤懣やるかたない老婆を置いて次いでそうした一言まで、告げてきて。
「え? 私?」
途端それまでただ唖然とするばかりだったアリソン・クーデリウスに、意表を突かれたような声、知らず零させていたのである。
◇
「あ……」
――そうして次の瞬間、リロイはティコとともに完全にマステラのこと放っておいて、アリソンたちの元へ近づいて行った。
「ぐ……」
むろんとはいえあっさりスルーした相手はこの死都支配する、どこまでも妖気に満ちた魔人である。そんな老婆をだがまるで歯牙にもかけない態度で置いておくこと自体が、彼の持つ力の得体の知れなさ、恐ろしさの何よりの証しと言えよう。
「よし、これで静かに話ができるぞ」
しかも既にこの時点で、アリソン以外のことは何も考えていなかったと思われる以上。
「私に、話……?」
「ああ。君に関して、さ」
……そう、何と言っても今やその思慮深き石板色の瞳が、紛れもなく仮面つけた少女しか見つめていないのは確実だったのだから。
「確か君は巨人を復活させたいと言ったな。そのためにも俺にここから出てほしい、と」
「え、ええ。そうよ」
「そしてその巨人の力で何かを成し遂げたい――まあ、この真の目的はひとまず置いておくとして」
何よりそうして少女へ詰め寄るが如く語り掛けていった姿、見れば。
「いいの? 本当の目的、聞かなくて?」
むろん対するアリソンはその静かにして計り知れない迫力に、知らずゴクリと唾飲みこまざるを得なかったものの。
「それはいずれ分かるはずだからな。つまり君たちとともに旅をしていれば」
「え、じゃ、じゃあ!」
「――いや、だがまだ早い。後一つだけ、俺には知らなければならないことがあるんだ。そう、それを聞いてからでないと」
……かくてその様子をどう見たか、今までになく真剣な面差し示したリロイは一つ大きくうなずき。
それははたして、どうにもそこだけが納得できない、そんな複雑な様相でもあり。
「知らなければ、ならない……?」
「ああ、その一つだけ」
それゆえ魔道士は相手が知らず声を大きくして訊ね返してくると、ついには逆に声音落とし、もっとも謎めいた問いかけ、してきたのだった。
「君は一体誰なんだ、アリソン・クーデリウス?」
――と。
「私が、誰か?」
「ああ。まずこの街までやって来る時点で相当奇妙な話だが、それ以上に俺にとって、君の存在は余りに気になる。そう、お隣の相棒よりも、余程な。……だが、その感覚の正体が、どうにもさっきから全く掴めないんだ。いや、むしろ正解は、すぐ目の前に転がっていると思われるほどなのに」
「……」
そう、そうして語り始めたリロイの口ぶりは、しかし案に相違してどうにももどかしい、そんな感じで。すなわち彼は沈黙でもって応えた相手見つめると、一瞬の間を置き、
「うん、それもまるでどこかで一度会ったことがあるような感じさえあって」
月影の塔におけるティコとの会話以来、再びそんな奇妙なことさえのたまってきたのだから。
「私と、会ったことが……」
「ああ。だがもちろんそんなはずはない。少なくとも俺がロクスム・ハラに囚われて以来、会いに来た人間自体が皆無だからな」
「そうですよ。さすがにリロイ様とアリソンさんが出会う機会なんて」
とはいえその言葉は当のアリソンに惑乱もたらしたらしく、さらにはティコも隣からいかにも異議ありげに口を挟んでくる。そしてそもそもそうした反応は魔道士にとってあらかじめ織り込み済みだったのだろう、彼が対して特に反発する様子見せなかったのは当然のことなのだった。
「ふむ、確かにその通りなんだよな。だが、だとするとこの感覚は一体……」
加えてそれと同時に、いかにも訳が分からないと、首を傾げつつ。
「確かに、私はリロイ、あなたと間違いなく初対面よ」
――と、その時だった。
「!」
ふいにアリソンが惑いの雰囲気隠し、仮面越しに彼の瞳、真正面からしかと見つめてきた。
「アリソン?」
「ええ、私はあなたと違い、不死の身体を手に入れたわけでもない。だからまだ17の娘に過ぎないんだから」
「あ、ああ。そうだな……」
しかもその声音には、覚悟決めた響き、確かにあって。
先程まで纏っていた青臭い若者の風が、まるで嘘だったかのような。
「そんな私に、でもあなたは会った記憶がある。……なるほど、ひょっとしたらそういうこともあるかもね」
――何より、その途端謎めき出したオーラ、少しでも眼にしてしまえば。
「……どういうことだ、そりゃ?」
リロイをしてたちまち、そう訊ね返させていたくらいの。
「確かにそう感じさせてもおかしくない心当たりが、こっちにはあるってことよ。それもかなり大きな」
「何? 君に、か?」
「ええ、たった一つの」
むろんその一変した様相は、リロイに訝しげな表情現わさせたものの――だが少女の方は、一片も構う素振り見せず。
「それ、見たいかしら?」
そうして妖しげともいえる声音で、そう問いかけてくるアリソン。それは間違いなく、今や主導権が完全に彼女へ渡ったという、その明らか過ぎる印だった。
「……そりゃ、それらしきもの、あるならな」
「では、心の準備はもう大丈夫ってことね」
さらには、いつしかそこに勝ち気らしき感さえ、漂わせていて。
一瞬眼をしばたたかせた魔道士とは、あくまで反比例する風に。
「心の準備って、えらく大袈裟だな」
「そうかしら? でも、これは結構あなたにとってショックなはずよ。まあいずれにしてもOKは出たみたいだから――コール、これでもういいわよね?」
「……そうだな。もう、その頃合いだ。君の正体を明かす」
それゆえだろう、一旦傍に控えていた相棒の了解得るや相手がいまだ半信半疑というか疑惑顔なのにも関わらず、……少女はふいにその手を眼元の赤い仮面の方へすっとやると、
「な……!」
「さあ、ではリロイ、あなたの眼でちゃんと見て――」
リロイの瞳見開かせる、密やかなその一言ともとして、
「この仮面の下に、どんな顔があるのかを」
――そう、どこまでもゆっくりと、そして思わせぶりに、
「! そんな、君は……!」
次の瞬間、ついにそれ、外していったのだった……。




