17.
「幻?!」
「あれが、か?!」
――だが、それはたちまちアリソンのみならずコールをも含めて、一気に驚愕の渦へと巻きこむに充分なものなのだった。
「でも、私たちは確かにあいつと戦ったのよ!」
「まあ、それなりに精巧に作った代物だからな。実際斬りつければ感触があるし、まさに現実に存在していると思えたはずだ」
「! それで、突然消えた……?」
むろんその強烈な衝撃は種明かしの如くさらにリロイが解説加えてきても、一向に収まる気配なく。
「なるほど、そういうことか」
とりわけコールなどは、ほとんど感心したかのようなそんな声まで洩らしていたのである。
「ま、待って! だとしたら、何でそんな真似を? そもそも相手が幻なら、その髭を取るなんて出来るはずないじゃない」
「だから、それに関してはこちらとしてもただ謝るしかない。……つまりなぜそんなことを依頼したかっていうと、それは全て、君たちにさっさと諦めて帰ってもらうことにあったんだから」
「え? 諦める?」
「ああ。いくらなんでもアンデッド・キマイラ前にすれば、怖気づいて退散すると思ったんで。――後、もちろんキマイラの髭が魔力持つという話自体、そのために用意した完全なるでっち上げってやつさ」
むろんとはいえ、その魔道士の謝罪の口ぶりにどれだけ罪悪感が認められたかというと、実際のところそこまでではなかったのは言うまでもない。すなわち、それはむしろどこか他人事めいた醒めた感じですらあったので。
「それがまさか、本当に行っちまったんだからな」
そう、しまいにはそんな呆れたような一言、零していた以上。
加えてやれやれとばかりに、肩まで竦めながら。
「か、完全な、でっち上げ?!」
……しかし、その余りに場違いとも思える様相ゆえだろう。リロイのそうした悪びれた感極めて少なめな発言耳にした当のアリソン、はるばるロクスム・ハラまで彼を連れ出しにやって来た意志強き仮面の少女は、途端誰でもはっきりと分かるほど身体わなわな震わせるや、
「何よ、結局騙していたってことじゃない!」
次の瞬間、薄暗い奥殿の中にそのどこまでも怒りに満ちた声、響かせていたのだった。
「ひどいわ、結構大変な思いまでしたのに!」
「……うん、まあ、そうだな。だが、それで君たちにかなり勇気や実力があることも証明されたわけだし」
「だからどうしたって言うのよ? 結局あなたがこの街を出る気ないなら、それもまるで意味ないじゃない?!」
かくてついに怒り爆発と相成ったアリソン。むろんついさっきまで睨み合っていた牛頭と馬頭のことなどもはやまったく眼中にないのは、言うまでもないことだった。
「アリソン」
いや、それどころか瞬間、少女は傍らの相棒の存在すら見事失念していたはずで。
「もう、そんなの本当に反則よっ。そう、どれだけ私たちが」
「おい、今その話をするのは」
「――あなたに一緒に来て欲しかったか、分かっているの?!」
当然の如く、ついにはここへ来た真の目的、はっきりと告げていたのである。
「まずい!」
しかも今にも件のリロイの元へ駆け寄りかねない、そんな抑えられぬ勢い持って。
「!」
「何だと?!」
――だが、それは途端牛頭馬頭が甚だしき反応示したように、そしてコールが慌ててすかさず制してきたように、この場ではまさに禁句にも等しい危険な言葉だったのであり、
「ああ! これで、何もかも――」
「……ほう、やっぱりそれが狙いだったか。小賢しい」
「あ」
そう、何より他でもないロクスム・ハラの領主が、そこにしかと、隠然と立ち会っていた以上、
「しかしまさか、この男を街から出すつもりだったとは」
……場の空気は、途端とんでもない緊迫感、帯び出していたのだった。
◇
元より昼日中から始終薄暗い街中にある上に、やたら窓の少ない、陰鬱といっても過言ではない神殿の中――。
「あんた、一体そんなことして、何を企んでいるんだい?」
はたしてそんな状況下ふいに黄色い眼光妖しくも鋭く輝かせたのは、もちろんマステラその人だ。何より元々あやかしのオーラ甚だしく放つ彼女、今やその存在感がさらに危険なものと化していたとしても、そこに何らおかしなところはない。
「しまった……」
「ふん、何せ相手はこの魔道士だよ。まさかただ解放してやるだけが目的のはずあるもんか」
そう、かように加えてうかつにもハッとしたアリソンへ、そんな威嚇の言葉吐いていたのを見れば。
「うん、これはもう、ただ追放するだけで済ます訳にはいかないね。その目的聞き出して、魔女たちへ注進しなくちゃ」
「!」
「だからいくらリロイがかばおうとしても、無駄。さあ、お前たち、元の仕事に戻りな!」
むろんそうしてそれが示していたのはまさしく、問答無用の風というやつで――。
しかもさらに言えば、そんな老婆の中ではもはやこれから行われること、完全極まる決定事項だったらしく。
『ハッ』
すなわちたちまちにして、それは二人の部下へも鋭い命令となって伝わり、
「くそ、結局こうなるのか……」
「コール、どうしよう!」
「どうもこうも、戦う以外に道はない」
ゆえにそれ見たアリソンたちが、再度戦に臨む態勢、無理矢理取らざるを得なかったのも当然のことだったのだから。
「そう、やるしか」
……すなわちそこにはもはや小さな欠片一つたりと、逃れられる可能性、あるはずもなく。
「ここを乗り切る方法は、他に――」
そうして当然の如く、青年と少女は精神集中、マステラ第一の部下迎撃しようとし。――決して相手に後れは取らぬ、と。
「ふん、それにしても往生際の悪い奴らだ」
もちろん対して高みの見物と決め込んだ老婆による嘲るが如き声聞こえてきても、一切構いもせず、
「さあ、来い!」
絶叫一下、コールが先頭切ってその剣を鋭い眼差しの下力強く構えていたのは、ゆえにあらゆる状況からしてまさしく必然としか言いようがなかったのである――。
「はん、お前なんぞ、一撃だ!」
「ああ、力の違いを」
むろん同時に、それ見た巨漢二人にすかさず正面から迎え討たんとさせて。
「――ん?」
ただし、そのほんの僅か数秒後、二本の棍棒がぐいと振り上げられた、……次の瞬間、
それはまさに奇襲というべきか。
「な、何だ?!」
「わ、わああ!」
なぜかそんな彼らは、ふいに謎めいた力の衝撃受けるとともに、突如として甚だしき混乱の中へ叩き落とされることとなったのだが。




