13.
「ハア!」
噛みついてきた相手の三つ頭常人離れした後方へのジャンプで上手くかわし、そして眼前、真ん中の獅子の首がまさにがら空きとなった、その刹那。
コールが一挙に間合い詰め、必殺の突きが裂帛の気合もろとも叩きつけられるや、
「グアアアア!」
たちまちにして魔獣の口から耳をつんざくほどの大絶叫が迸り出て、
「やった!」
その直後、見上げるような巨体は見る間にどうと床へ崩れ落ちていった――。
むろんそれは無闇やたらと放たれていた死のブレスが一旦途切れたその隙を狙った、黒衣の青年の凄まじき、かつ正確極まる剣撃がもたらしたものだ。
「決まった、か」
すなわち攻撃後すばやく体躯突き刺した刃引き抜いた剣士は、標的の息の根止めたことその場でしかと確認すると、
「――やはり、治癒魔法が弱点だったか」
どこか冷静さ残したまま、そんなこと呟いていたのだから。
「凄い、一撃で……」
もちろんその背後より発された、どことなく脱帽した感がある相棒の声音、耳にしながら。
「……」
ただし特に大したリアクションは、返すこともなく。
――そして、それから休む間のほとんどない、僅かの後。
既に白光の消えた長剣はいまだ抜き身にした状態のまま、傍らのアリソンとともにアンデッド・キマイラの亡骸(?)、そのすぐ手前へと近づくコールの姿があった。
「ハア、ハア……」
むろん見事戦いに勝利したとはいえ、その息遣いはかなり荒れた感じである。なかなかの激戦だったのだ。状況が許してくれるなら、今すぐにでもその場に座りこんでいたかもしれない。
「コール、大丈夫?」
「ああ、心配ない。それより、例のものを」
「え? あ、そうね」
それでも青年は弱音一つ吐くことなかったが。
何より、彼らにはここで為さねばならない重要な行為が、まだ後一つ残されていた以上。
「確か、リロイは髭を持って来いって――」
そう、リロイ・シュバルツシルトがこの死都を出る、そのためにどうしても必要となるある一つの獲物を、必ず得なければならない、という……。
「でも、一体どれかしら? 三つの頭、全部に髭があるんだけど……」
「そうだな、とりあえず一番取りやすそうな山羊にしたらどうだ? リロイからも特に指定はなかった訳だし」
「そうね。まあ、同じキマイラである以上、どれも一緒か」
むろん、だがそれは直前の戦闘に比べれば余りに容易な仕事であるのはまさしく厳然たる事実。しかも終わり次第、ようやくこの昏い場所から去ることも可能な。それゆえコールのアドバイス聞いたアリソンがすぐ意志を決めて、さらに躊躇なく死骸に近寄って行ったのは言うまでもなく。
「さあて、では一仕事終えるか」
はたして得物のダガー片手に、その口ぶりにはあからさまなまでの余裕感さえ、漂っていたのだった。
◇
「……でも、本当に死んでいるのよね、これ?」
「ああ、というか、元々死んではいたんだが」
「いえ、そういうことじゃなくて」
そうしてついにキマイラの三頭の内が一つ、右側にある山羊頭のすぐ傍まで接近したアリソン。だがそこでふいに不安なもの過ったか、そんな疑問が思わず口から零れている。
「凄い迫力……」
すなわち、相棒の剣撃に倒れもはや動きもないとはいえ、いまだその体躯には隆々たる小丘の如き迫り来る威圧感があったのだから。
「確かにデカいが、しかし今はただの亡骸だ。恐れるには当たらない」
もちろん一方コールの方にはもう対して、畏れの感情なかったと思われたものの。
「それより、さっさと髭を取ってしまおう」
何より、あっさり少女へそんなこと言ってきたとすれば。
「――これが、マステラの魔力に対抗できる唯一のアイテム、なのか」
「リロイ自身がそう言っていたからな、恐るべき力宿っていると。多分、その通りなんだろう」
「これでようやく、あの人を街の外へ出すことができる」
「だから、早くした方がいい」
加えて一つの闘い終わったばかりだというのに、どことなく気の急いている風、示しながらも。
「……そんな慌てなくても」
「いや、一つ嫌に気になることがあるんだ」
「気になる――?」
しかもそこにはどうやら、ある見逃せない懸念点が存在したようでもあり。
「何かあるの?」
はたして、アリソンに知らず疑問の声、洩らさせていたくらいに。
「それはやはり、マステラだ」
「マステラ?」
「ああ。あの老婆にとって、リロイは決して逃してはならない人物のはず。何より、魔女たちの命で100年もの間彼を閉じ込めていた以上は。……そう、それはまさに歴然たる契約であり」
特にふとその声音が、真剣なもの帯びていた以上。
「……まさか、決して私たちの望み通りにはさせない、ってこと?」
そしてそれゆえだろう、それが対する少女をして刹那、ゴクリと唾飲みこませていたのは必然のことなのだった。
「うん。確かに同盟関係にあるとはいえ、所詮あの老婆は力関係的に魔女には到底逆らえない。何より下手に歯向かえば、ロクスム・ハラごと滅ぼされる可能性すらあるからな。……だからもしそんな彼女に件の魔道士を俺たちが連れ出そうとしていること、知られたら」
「……確実に、マズい」
「もちろん。それも必ずや総力を結集して、妨害してくるとしか」
そうしていまだ重々しく横たわっている魔獣の死骸、すぐ前にして。
コールの声は、いかにも気懸かりそうにそんな相棒へ続けて掛けられていったのだが。
「だからこそ、なるべく早く」
そもそも今はこんな話をしていること自体、もどかしいと。
戦闘のすぐ後であるゆえか、いつしか場の空気がかえって寒々しいくらいにその冷たさ、いや増してきた中……。
「! そ、そうか、じゃあこの髭を」
ゆえにその言葉が途端しかと紛れもない緊張感もたらし、かくてハッとしたアリソンに慌てて再び山羊の頭へと目をやらせたのは言うまでもなく、
「これで、リロイも――」
「……あんたたち、そんな所で一体何をしているんだい?」
「!」
「わ!」
――そう、従ってその時突如として、すなわち刃を獲物の傍に持っていこうとしたまさしくその直前、二人の背後、奥殿入口の方よりついさっき耳にしたばかりでもあるあの老婆の年季入った嗄れ声が響いてくると、彼女たちはたちまち驚きの声、上げざるを得なかったのである。




