第7話 星の脈動、魂の結合
王宮から戻ったその足で、私はゼノン様の寝室へと向かった。
時刻は深夜。
廊下の警備兵たちには、アルヴィス様が事前に話を回してくれている。「今夜、大公妃が訪れるが、決して邪魔をするな」と。
重厚な扉の前に立つ。
中からは、苦しげな呼吸音と、何かが軋むような音が漏れ聞こえていた。
(……間に合って)
私は震える手を抑え、ノックもせずに扉を開け放った。
「ゼノン様!」
「……シエラ、か」
部屋の中は、冷気で満ちていた。
カーテンの隙間から差し込む月明かりが、ベッドの上でうずくまる彼を照らし出している。
その光景に、私は息を呑んだ。
ゼノン様の上半身は、先日見た時よりもさらに酷い状態だった。
心臓から伸びた銀色の結晶が、首筋や左腕にまで広がり、彼の肌を硬質な輝きで覆い尽くそうとしている。
部屋の温度が低いのは、この結晶が周囲の熱を奪っているからだ。
「来るな……!」
私を見て、ゼノン様が声を絞り出した。
その瞳は虚ろで、焦点が定まっていない。
「見るな……こんな、醜い姿を……」
彼は残った右手でシーツを掴み、必死に身を隠そうとした。
愛する者に、死にゆく化け物のような姿を見られたくない。その強烈な拒絶と羞恥心が、痛いほど伝わってくる。
「醜くなんてありません!」
私は駆け寄り、ベッドの縁に膝をついた。
冷たい。近づくだけで肌が粟立つほどの冷気。
けれど私は、ためらわずに彼の手を握りしめた。
「放せ……っ、君にまで、毒が回る……!」
「構いません! ゼノン様、私は陛下から全てを聞きました。解呪の方法も、あなたが私を遠ざけた理由も!」
私の言葉に、ゼノン様の動きがピタリと止まった。
ゆっくりと、銀色に侵食されかけた瞳が私を捉える。
「……兄上が、話したのか」
「はい。どうして……どうして隠していたのですか。私が『聖女』の資質を持っているなら、すぐに言えばよかったのに。そうすれば、こんなになるまで苦しまずに済んだのに!」
「言えるわけが、ないだろう……!」
ゼノン様が、悲痛な叫びを上げた。
彼は私に掴まれた手を振り払い、背を向けた。
「君は、傷つけられたばかりだ。伯爵家で虐げられ、家族に利用され……ようやく自由になれたんだ。それなのに、今度は私が君を利用するのか? 私の命を延ばすための『道具』として、君の身体を求めるのか?」
彼の声が震えている。
「そんなことは、死んでもできない。私は君に、ただ幸せでいてほしかった。綺麗な服を着て、美味しいものを食べて、レオと笑っていてほしかったんだ……!」
それが、彼の愛だった。
あまりにも高潔で、不器用で、自己犠牲に満ちた愛。
「……馬鹿な人」
涙が頬を伝う。
私は背後から、彼の広い背中に抱きついた。
氷のように冷たい背中。けれど、その奥にある心臓は、まだ生きようと必死に脈打っている。
「ゼノン様。あなたは一つ、勘違いをしています」
「……なに?」
「私は、あなたを助けるために『犠牲』になるのではありません」
私は腕に力を込め、彼の耳元で囁いた。
「私が、あなたを欲しいのです」
「……っ!?」
「道具としてではありません。妻として、女として、愛するあなたと一つになりたい。……私のこの気持ちも、あなたは『犠牲』と呼ぶのですか?」
ゼノン様が息を呑む気配がした。
長い沈黙。
やがて、彼がゆっくりと振り返る。
その瞳には、理性の光と、抑えきれない情熱の炎が揺らめいていた。
「……後悔するぞ」
「しません」
「私は、君が思うような綺麗な男じゃない。一度触れれば、もう二度と離してやれない。君の全てを、私の色で染め上げてしまう」
「望むところです」
私は涙で濡れた顔で微笑み、彼の方へと身を寄せた。
「私を、あなたのものにしてください。ゼノン様」
そう言うと、私は銀色の結晶に覆われた彼の左胸にそっと口付けた。
ひやりとした結晶の中で脈動するゼノン様の心臓を、愛しげに撫でる。
それが、最後の引き金だった。
「……シエラ……!」
ゼノン様の腕が私を捕らえ、ベッドへと押し倒した。
重なる唇。
それは今までのような優しい口付けではなく、互いの魂を求め合うような、必死で貪欲な口付けだった。
「……んっ、……」
ゼノン様の舌が私の全てを吸い尽くす。唾液も、吐息も、声も、何もかも。
徐々に熱を帯びてきた大きな手が、私の夜着を滑り落とす。
「愛している……誰にも渡さない……」
彼の熱い吐息と共に、冷たかった部屋の空気が一変する。
長い指が月明かりに白く浮かぶ私の身体を、確かめるように撫でていく。
顔の輪郭、首筋、肩、そして、柔らかな胸の膨らみを。
「……ゼノン、様……っ!」
手の動きを追うように丁寧に口付けては、赤い所有の印をつけていく。
肌と肌が触れ合うたびに、私の中から溢れ出した黄金の魔力が、彼の銀色の冷気と混ざり合っていく。
(ああ、これが……シンクロニシティ)
ゼノン様の指が私の秘めた熱に触れ、甘く鋭い感覚が背筋を貫いた。
それは痛みではなかった。
あるのは、溶け合うような陶酔と、愛する人を救えるという歓喜だけ。
シャラン――
私たちの結合が深まるにつれ、ゼノン様の胸を覆っていた銀色の結晶が、光の粒子となって霧散していく。
窓の外から差し込む月光よりも眩しく、部屋中が星の輝きで満たされていく。
「シエラ、シエラ……!」
熱に浮かされたように名を呟きながら、二人の身体が重なる。
寸部の隙間なく重なり合い、深く繋がって、全てが混ざり合う。
彼は何度も私の名を呼び、私は何度も彼を愛していると伝えた。
死の運命をねじ伏せるほどの、愛の夜。
私たちは夜明けまで、互いの存在を確かめ合い、深く、深く契りを交わしたのだった。




