第6話 王家の禁忌と、愛の代償
翌朝。私は意を決して、副団長アルヴィス様を呼び止めた。
ゼノン様には内緒で、屋敷の裏庭での密会だ。
「……国王陛下への謁見、ですか?」
私の申し出に、アルヴィス様は驚いたように目を丸くした。
「はい。ゼノン様の……あの『傷』のことについて、どうしても陛下にお伺いしたいことがあるのです。ゼノン様は、私には教えてくださいませんから」
私は真っ直ぐに彼を見つめた。
昨夜見た、死の輝き。あれを「見なかったこと」になんてできない。
アルヴィス様は少しの間、沈黙していたが、やがて深く息を吐き出した。
「……閣下は、君に知られたくなかったのでしょうね。ご自身の命が、もう長くはないことを」
「長くはない……っ」
やはり、そうなのか。
胸が張り裂けそうになるのを堪え、私は拳を握りしめる。
「アルヴィス様。あなたはゼノン様の乳兄弟で、一番の理解者だと伺っています。……あのまま、あの方を死なせてもいいのですか?」
「いいわけがありません!」
アルヴィス様の顔が歪んだ。彼もまた、苦しんでいたのだ。
「私は何度も進言しました。聖女を探しましょう、と。ですが閣下は頑として首を縦に振らない。『誰かを犠牲にしてまで生き永らえたくはない』と」
「誰かを、犠牲……?」
「……詳しいことは、陛下からお聞きになった方がよいでしょう。私が話せるのはここまでです。……案内しましょう、王宮へ」
アルヴィス様は覚悟を決めた顔で、私に騎士の礼をとった。
◇
王都の中央にそびえる王宮。
その奥深くにある「星見の間」で、私は国王レグルス陛下と対面した。
ゼノン様の漆黒の髪とは対照的な、太陽のような金の髪を持つ陛下。けれどその瞳は弟君と同じ、冷たく冴えた銀色をしており、そこにはどこか寂しげな光が宿っていた。
「よく来たね、シエラ嬢。……弟の『毒』を見たかい?」
陛下は全てを見通しているようだった。
私はドレスの裾を握りしめ、深く頭を下げた。
「はい。……あの銀色の結晶は、何なのですか? 私の薬学の知識には、あんな病はありません」
「あれは病ではない。我がアストレ王家に代々伝わる『星の呪い』だ」
陛下は窓の外、青い空を見上げながら静かに語り始めた。
「我ら一族は、星の魔力を借りて国を護る力を得ている。だが、その代償として、魔力を使えば使うほど精神と肉体が結晶化し、蝕まれていくのだ」
「そんな……」
「特にゼノンは、歴代でも稀に見る強大な魔力の持ち主だ。彼は『氷の処刑人』として戦場に立ち、国を護るために力を使いすぎた。……その結晶が心臓を覆い尽くせば、彼は死ぬ」
死。
その言葉が、重くのしかかる。
「助ける方法は、ないのですか? 私は薬師です。どんな希少な薬草でも探し出して……」
「薬では治せない。あれを溶かすことができるのは、対となる『聖女』の浄化の魔力だけだ」
「聖女……!」
私は顔を上げた。
それなら、希望はある。私は村で、無自覚ながらも「聖女」と呼ばれた。私の魔力なら、彼を救えるかもしれない。
「私にやらせてください! 私の魔力で、ゼノン様を!」
「……簡単なことではないのだよ、シエラ嬢」
陛下の銀色の瞳が、痛ましげに私を射抜いた。
「ただ魔力を送るだけでは、深部まで根を張った結晶は溶かせない。呪いを解くには、『星の脈動の同期』が必要なのだ」
「シンクロニシティ……?」
「魂と肉体、その全てを深く結合させ、魔力の回路を完全に繋げる儀式だ。……つまり、夫婦として契りを交わし、その瞬間に爆発的な魔力を流し込むしかない」
私は息を呑んだ。
夫婦として、契りを交わす。
それはつまり……。
「ゼノンが君との『白い結婚』を貫いた理由が、これだ」
陛下は悲しげに告げた。
「彼は知っていたのだよ。君が、彼を救いうる『聖女』の資質を持っていることを。副団長が君に命を救われたあの日から」
「え……?」
「だが、彼は君を抱かなかった。なぜなら、君を『愛する妻』ではなく、『自分の延命のための道具』として扱いたくなかったからだ」
衝撃で、立っていられなくなりそうだった。
ゼノン様は、知っていた。私が彼を救えるかもしれないことを。
それでも彼は、私に指一本触れなかった。
私が「愛されていない」と勘違いしていたあの半年間、彼はたった一人で、死の恐怖と戦いながら、私を守ろうとしていたのだ。
『君にだけは、させたくないんだ』
昨夜の、彼の言葉が蘇る。
あれは拒絶ではなかった。
あまりにも深く、高潔すぎる愛だったのだ。
「……馬鹿な人」
涙が溢れて止まらなかった。
自分の命よりも、私の尊厳を守ろうとするなんて。
「陛下」
私は涙を拭い、顔を上げた。
「儀式の方法を、詳しく教えてください」
「……いいのか? ゼノンは望まないだろう。君が犠牲になることを」
「犠牲ではありません」
私はきっぱりと言い切った。
「私は道具として彼に抱かれるのではありません。彼の妻として、愛する夫を救いたいのです。……それとも陛下は、私がゼノン様をお慕いしていないとでもお思いですか?」
私の言葉に、陛下は一瞬驚いたように目を見開き、やがて優しく微笑んだ。
「……やはり、弟が選んだ女性だ。強くて、美しい」
陛下は懐から、一冊の古びた書物を取り出し、私に差し出した。
「持って行きなさい。これに、解呪の全てが記されている。……弟を、頼んだよ」
「はい。必ず」
私は古書を胸に抱き、深く一礼した。
もう迷いはない。
今夜、私は全てを捨てて、ゼノン様の元へ行く。




