第3章:第12話『水飛沫の中の攻防』
律華と大治に後を任せて、誠奈人達四人は先を急いだ。瓦礫やコンクリートの壁といった障害物で先の見通しはあまり良くないが、今の所行き止まりになる気配は無い。やがて、少し開けた場所に辿り着いた。
「広い場所に出ましたね。こっちで合ってるんでしょうか」
辺りの様子をうかがいながら、美心が疑問を投げ掛ける。
「予め、旗のあるゴール地点の方向は聞いているけど、こっちで合ってるよ。まだそれらしき物は見えないけどね」
「さすが聡太先輩! しっかり者ですねー」
「ははは、ありがとう」
聡太は美心に礼を言うと、すぐに緊張した面持ちになった。何かの気配を察したような。
「かすかに、足音が聞こえる気がするね」
「確かに…遠くから少しずつ近づいて来るような」
聡太に言われて耳を澄ませた誠奈人もそれに気付く。
「じゃあ今度は、わたし達が先手を討つのはどうかな? 待ち伏せ作戦っ」
莉央奈が笑顔で指を立てて提案する。
「うん、名案だね」
聡太の相槌と共に四人で顔を見合わせて、全員少し意地の悪い笑顔になった。
それからさほど間を空けずに、第二学生魔導隊の面々が到着した。堅と愛美は律華、大治と交戦中のため姿が見えないが、残りの四人は全員揃っていた。
「警戒を怠るなよ。先回りされてるかもしれん」
いつも冷静な秀作が仲間達に注意を促した。秀作、紗代、宮子、達巳の四人は速度を落とさずその場を通り抜けようとする。すると、四人の前方の地面から空に向かって、勢いよく水が吹き出した。四人とも立ち止まって防御の姿勢を取る。水の噴射は別の箇所からも次々と発生し、あっという間に四人を円形に囲むように水のカーテンが出来あがった。
「水野さんですね」
水を操る魔導の使い手を、宮子は一瞬で看破する。
「目眩しか。来るぞ」
秀作が言い終えるや否や、水のカーテンを突き破って誠奈人が襲撃して来た。魔力の刀を握りしめ、秀作に向かって行く。自身の横から現れた誠奈人に秀作は不意を突かれつつも、迎撃の構えを取った。
「魔装顕現体・白童」
秀作の魔力によって、鎧に包まれた白い巨躯が顕現する。白童はぼんやりと光を放ちながら秀作の前方に仁王立ちし、誠奈人を迎え討つ。誠奈人は右腕をしならせ、体の各部の力を連動させながら渾身の刺突を放つ。白童は両腕を交差させて防御したが、誠奈人の刀はそれを貫き、胸部へと突き刺さった。
「ふっっ! 」
誠奈人はそのまま踏み込み力をこめる。腕を貫通して胸に達した刃は白童の体に徐々に沈み込んでいき、傷口に亀裂が走る。
「ち…宮子! 」
「符術・木縄縛! 」
宮子が紙幣程の大きさのお札を投げると、それに込められた宮子の魔力によって札が光を放ち、その表面から細い木の根が現れて誠奈人の刀に絡みついていく。しかし、別の魔導が木の根の進行を阻んだ。
「抑制! 」
宮子が作り出した木の根が淡い光に包まれ、そして枯れていく。その全てが力なく地面に落下した。
「干渉魔導! そーちゃんね」
その現象を一目見て、そーちゃん…聡太の仕業だと見破る紗代。しかし、肝心の聡太の姿は水に阻まれて見つける事ができない。まずは誠奈人以外の三人の姿を捕捉したいところだったが、誠奈人の先制攻撃から間をおかずに水のカーテンから水飛沫が散弾銃のように飛んで来た。魔力の込められたそれは、大きなダメージにはならずとも、視界を遮る効果は十分だった。
「増幅! 」
今度は誠奈人の手の刀が淡い光に包まれた。先ほど宮子の攻撃を防いだのは他者の魔導を弱体化させる魔導だったが、今度は強化の魔導だ。刀に纏った淡い光が強い輝きに変わり、魔力がほとばしる。次の瞬間には白童の体は上半身と下半身に分たれていた。そのなめらかな断面から、誠奈人の斬撃の鋭さが見て取れた。刀を振り抜いた誠奈人はそのまま突き進み、秀作に迫る。
「あまり調子に乗るなよ」
秀作は白童を破壊されても動揺せず、誠奈人の攻撃を冷静に見極めようとしていた。
「行け…黒童! 」
秀作の前方に、白童とは打って変わって、漆黒の鎧で身を包んだ巨躯が現れた。博童よりもガッシリとした体格のそれは、その太腕を振るい、手の甲で誠奈人の刀を弾く。
「早々に黒も出すとは、焦ってますか? 」
「この適度、造作もない」
誠奈人と秀作は軽口を叩きながら対峙する。数秒間、両者は攻撃のタイミングをうかがっていたが、お互いの背後から援護のための魔力弾が無数に放たれた。秀作はそれらを跳んでかわしながら、黒童の両腕を払い、周囲に展開していた水のカーテンを吹き飛ばした。一方の誠奈人も後方へ跳び、回避に徹する。魔力弾の掃射が止んで暫くすると、視界を遮っていた砂煙と水飛沫が消えて両陣営の姿をお互いにはっきりと捉えることが出来るようになった。四人ずつ、向かい合って佇む第一隊と第二隊。
「待ち伏せ失敗です? 」
「秀作の魔力を白童一体分削る事が出来た。十分だよ、みーこちゃん」
「この悪知恵はお前のものだな、聡太。少しはお得意の頭脳を使ったようだ」
「ありがとう、秀作。きみのおかげで少し気合いが入ったしね。それに今の僕には仲間がついてる」
「そうだそうだー! みーこ達は負けないぞー! 」
「まけないぞー!! 」
美心が声を上げると、己を鼓舞するために莉央奈もそれに続いた。
「シュウちゃん。私達もお返しに、策を弄してみない? 」
秀作の横に立っていた紗代が、悪戯っぽく笑いながら秀作に提案する。
「そうだな、考えがあるなら任せる」
「ふふ、任せて」
「あっ、向こうもなんか作戦を考えてるよ! 」
二人の様子を見逃さず、莉央奈が指を刺して指摘する。
「大丈夫だ。こっちの作戦もまだ終わってない。冷静に行こう」
「う、うん! 」
誠奈人が梨央奈の方へ振り向き、自信に満ちた表情で莉央奈を落ち着かせる。その間に紗代は他の三人に何やら指示を飛ばしていた。
「敵の準備を待つほど、お人好しじゃないな! 」
紗代達が話し終わるのを待たず、誠奈人は強く地面を蹴り、第二隊の四人に向かって行く。美心と聡太がそれに続き、莉央奈も一歩下がったところに着いた。
「符術・白霧招! 」
宮子が再び札に魔力を込めて振りかざすと、今度は札から白い霧が発生し、瞬く間に辺りを覆い尽くした。
(目眩し…目には目を、てことか? どちらにしろ好都合。こっちは作戦通りに行くだけだ)
誠奈人は考えながらも足は止めない。まずは、事前に居場所を把握していた莉央奈のもとへ向かい、その手首を握る。莉央奈は驚いたが、相手が誠奈人だと気付くと安心した表情になり、誠奈人と共に駆け出す。そして…一目散に霧の中から抜け出し、目的地点へ向けて走り出した。
「向こうが視界を遮ってくれて逆に助かったな。待ち伏せして、ここで決着をつけると思わせておきながら、隙を見て俺達が先に向かう…とにかく作戦通りだ」
「うん、みーこちゃんと聡太先輩が上手く時間を稼いでくれるよね」
二人は霧の中で誠奈人が莉央奈の手首を握った流れで、手を繋ぎながら走っていた。誠奈人は完全に無意識での行動だが、莉央奈は繋いだ手の方にちらちらと目をやりながら落ち着かない様子だ。
「えっへへ」
「どうした? 」
「え、あ、いや! なんでもないよ! 」
莉央奈が顔を赤らめて、空いてる方の手をぶんぶん振ってごまかしていると、すぐ後ろから予期せぬ声が聞こえてきた。
「成程、考える事は同じだったか」
誠奈人と莉央奈が振り返ると、そこには秀作と紗代の姿があった。秀作は黒童、紗代は白童の肩に座っており、二体の魔装顕現体が猛スピードで走ってここまで追い上げて来ていた!
「うわ、ずるい! 」
「ずるいもくそもあるか。悔しかったらきさまも自分の魔力でなんとかしてみるんだな」
黒童と白童は徐々に誠奈人達に追い付き、そして引き離して行く。
「戦わないつもりですか! 」
「戦う事が目的では無い筈だが? 」
「く、確かに…」
今やるべきことは、あらかじめ教えられた地点にあるという旗を先に手に取る事。そこに至るまでの戦いや競走は、全て目的達成のための手段でしか無い。
「そういうところも含めての訓練という事か…」
「そういう事だ。お前ともあろう者が、強くなりたい気持ちに駆られて、本質を見失ったか」
誠奈人は返す言葉も無かった。今試されているのは、魔導士としての戦闘力よりも、チームで目標を達成する事だった。
「では、お先に」
「ごめんね、りおちゃーん! 」
秀作と紗代の背中がみるみる遠ざかって行く。黒童と白童の走るスピードは人の足よりも余程速く、このままでは追いつく事ができないのは明白だ。
「アレをやるしかないか…乗れ莉央奈! 」
「うひゃあ!? 」
誠奈人は意を決して、莉央奈を抱え上げて自身の背中に乗せた。両手を後ろに回して莉央奈が落ちないように支えつつ、逆手で魔力刀を握る。まるで尻尾が生えたように誠奈人の背後に伸びた刀身は、魔力を帯びて風を纏っていく。
「しっかり掴まってろよ…纏風刀ッ!! 」
風はやがて小さな竜巻となり、誠奈人と莉央奈の後方へ解き放たれた。空気を裂くような激しい風の音と共に、二人の体は前方に弾き出された。
「うっひゃあぁぁ! 」
突風に吹き飛ばされるような感覚に、莉央奈は思わず悲鳴を上げる。
「二人分の重量を飛ばすのは…さすがに、きついなっっ! 」
誠奈人は魔力のコントロールに注力する。
(風だけじゃない、脚力も魔力で強化して、踏ん張りを効かせつつ更に加速を…! )
誠奈人は風に飛ばされながらも足を走らせ、不安定ながらも猛スピードで追い上げていく。
「ジェットコースターみたぃぃぃ!! 」
莉央奈の悲鳴を辺りにこだまさせながら。




