第3章:第9話『学生魔導士たちのお泊まり』
「…ちくしょう」
「まだ言ってるのか、神楽」
模擬戦の後、夕食と入浴を済ませてからも、誠奈人は未だに龍馬との一戦を振り返っては悔しがっていた。そんな誠奈人を見かねて近衛秀作が声を掛ける。
「飯の時もずっとそうでしたよね。どんだけ悔しかったんすか」
後輩の大治も、やれやれといった表情で嗜める。
「神代さんも悔しがるのは良いって言ってたし…なんか、もっとやれる事なかったかなって思い返してしまう」
「十分でしょ。皆見入ってましたよ。二人の試合」
「いつの間に…」
「そりゃそうでしょ。あんだけ派手にやったら」
「でも…神楽先輩はすごいですね。ボクだったら怖くてとてもとても…」
中等部二年でこの場では最年少の小宮達巳も、おずおずと声を上げる。
「小宮はまだまだこれからだ。背もそのうち伸びるだろう」
「近衛先輩…ありがとうございます。身長、もっと伸びるといいな」
「タツぅ! お前はもっと飯食え! 育ち盛りなんだからよ」
律華にヤンキーと評された速見堅が達巳の背中をばしばしと叩く。
「頑張ってるんですけど、もともと少食でぇ」
「速見は食い過ぎだ。よく太らないな」
誠奈人が呆れたように言うと、堅は得意そうに胸を張る。
「俺はその分動いてっからな。そうやって体を作ってんのよ」
「大治とは正反対だな…大治的にはどうだ? 」
「俺には絶対できないやり方すね。そもそもあんなに食えない」
「情けねぇなぁお前ら! それでも男か? 」
「男っすよ…」
大治は先輩ながら、半ば呆れたような目で堅を見た。
「そういや、あの実《りおな》ってのはどうなんだ? 俺らも詳しい事情は聞かせれてねぇし邪推する気は無いけどよ」
思い出したように堅が話題を変えた。あっけらかんとした様子から、邪推する気がないというのは本音だと見て取れる。裏表の無い男だ。
「いいやつだよ。それと、莉央奈がいてくれなかったら俺は死んでたかも」
「魔導士として戦力になるってことかよ」
「そうだな。本人もその気だ」
「ほーぉ。見た目よりガッツあんだな」
「おお。莉央奈は強いぞ」
「随分勝ってるじゃねぇか。お前ともあろう者が」
「そういうことだ。察しろ堅」
「そういうことっすか!? 」
「いや、どういうこと? 」
誠奈人と莉央奈の関係を深読みする秀作と堅だが、当の誠奈人は理解できずに置いてけぼりだった。堅は二人の普段の様子に詳しいであろう大治に意見を求める。
「おい一条。そういうことか? 」
「んー、半分は合ってる…というか」
「一方通行ってことか!? 」
「それはこちらから見て上りか?下りか? 」
「お二人とも俗っぽい話、意外と好きですよねっ」
盛り上がる堅と秀作をよそに、苦笑いする達巳。
「それは、下りっすね。上りはよくわかんないすね。もしかしたら…って感じっす」
「え、何だ? 高速道路? 」
この場で唯一話を掴めていない誠奈人が困惑する。
「下り…! 神楽てめぇよぉ! やってんなぁ! 」
「え、え、ほんとに何? 」
「ふ…面白くなってきたな」
「いや、ふ…じゃなくて。何…」
「分からないならそれもいい。明日からの楽しみが増えたな」
話はひと段落したが、未だに理解できずおろおろする誠奈人。空気を切り替えて誤魔化すために次の話題を切り出したのは、以外にも達巳だった。
「そういえば常盤先輩がいらっしゃらないですね」
「ん、確かに」
誠奈人が辺りを見回すが、聡太の姿は無い。
「さっき外で自主練していたぞ。風呂上がりだと言うのに…俺に完敗したのが余程こたえたらしいな」
秀作がしれっと言い放つが、最後に薄い笑みを浮かべたところを誠奈人は見逃さなかった。
「人の尻に火を付けるのがうまい人だ」
「知らんな。あいつが勝手にやっているだけだ」
「そういえば聡太先輩なんか忙しそうですね。休みの日も学校いったり、協会本部行ったり」
「あいつは成績優秀だからな。論文が海外の魔導系大学に取り沙汰された事もある魔導隊ではなく協会内の研究職や管理職に進まないかと言う声もあるようだ」
「すごいな…でも、だから悩んでるし色々とやる事があるんでしょうね」
誠奈人自身、成績が悪いわけではないが、知識や知力で仕事に就くというのは想像できない世界だった。以前担任と今後の進路について話した事はあったが、魔導隊としての未来しか想像できずにいた。
「体を鍛える暇もない程にな。協会の研究室に通ったりもしているようだ」
「どんだけ頭良いんですかね。学年トップと聞いた事はありますけど」
「あいつは俺の知る限り、テストの点数でトップを譲った事はない」
「え…全教科? 」
「全教科だ」
「……すご」
「お前も勉学を疎かにはするなよ」
「善処します…」
「信用ならんな」
確かに最近は魔導の事ばかりで学業が手に付いていなかったかもしれない。授業中に居眠りをかました事もあった。
「大治…お前、テストの成績何位? 」
「下を見ないでください。上を見てください」
「おぉ…」
仲間はすぐに見つかったようだ。
一方、こちらは女性陣。男性陣と同じく食事と入浴を終えて一息ついているところだった。
「そっか…大変だったね、りおちゃん」
「えへへ…紗代さんなんだか話しやすくて、ほとんど全部話しちゃいました」
(りおちゃんて呼び方、かわいいな)
莉央奈と律華、美心は吉原紗代と向かい合って座り、莉央奈の口から自身のこれまでの身の上話をしていたところだった。脇には莉央奈と模擬戦を行った神代宮子、莉央奈が一方的に警戒している前川愛美もいる。
「ほんとですねぇ。その上で魔導隊に入って自分でも戦おうなんて、ハートが強いんですね。ね? 宮子」
「…そうだね、愛美」
宮子は模擬戦の際に莉央奈に対して強めの言葉をかけた事を、悔いていた。意地悪で言ったわけではなかったが、知らなかったとはいえ莉央奈の事情を考慮すると、デリカシーに欠ける発言だったのではと思い始めていた。
「同じ女性魔導士として歓迎するよ。私達は味方だからねっ、りおちゃん! 」
紗代は莉央奈の体をぎゅっと抱き締める。
「いい匂いが…おうふ」
女性同士なのに、こんなにも熱く抱擁されると、莉央奈はなんだか恥ずかしくなってしまった。
「紗代先輩。莉央奈にあまりべたべたしないでくれますか? 」
律華がむくれ顔で紗代に抗議する。
「あー、ごめんね。なんかこの子、とても可愛らしいじゃない。愛でたくなっちゃうよね」
「それは全くそのとおりです」
「なるほど。じゃありっちゃんは、嫉妬しちゃったのかな? 」
「……はい。莉央奈を一番に愛でるのは私です」
「ハッキリ言っちゃったよこの人」
律華の歯に衣着せぬ物言いに、美心は思わず突っ込む。
「みーこも好きあらば莉央奈に甘えようとするくせに」
「それはまた別の話です。律華先輩は甘えキャラじゃないでしょ」
「実先輩、愛されてますねー」
愛美は両手を合わせてにこにこしながら一組のやり取りを見ていた。
「それに、神楽先輩を治した治癒魔導はとても上手だったですね」
「確かに、出量も安定して迅速な対応だった」
愛美の意見に宮子も同意し、首を縦に振る。
「ありがとう。治癒魔導は誠奈人くんと律華ちゃんの役に立てた一番の魔導だから、自分でもちょっとだけ自信があったんだ。他はまだまだなんだけどね」
莉央奈は照れくさそうにはにかんだ。
「まー君も、愛されてるねぇ」
「まー君…誠奈人くん? 」
「そうだよ。りおちゃんが大好きな、まー君」
「ん、んなっ!? 」
紗代の言葉を理解して、莉央奈は顔が真っ赤になる。
「あら、やっぱりそうだったんですねー」
莉央奈の様子を見て両手をぱちんと合わせる愛美。予想が当たって嬉しそうだ。
「い、いや、そんなこたぁないよぉ!? 」
「声がすごく上擦ってますけど…なぜ隠すんです? 」
宮子が不思議そうに尋ねる。
「だ、だってそのぉ…」
莉央奈はもごもごしながら律華の方をチラチラと見る。
「あ、律華先輩、気を遣われてますよ」
「莉央奈…もしかして私が誠奈人を異性として好きだと思ってるの? 」
「え、だって、ずっと一緒だったんでしょ? お似合いだよ? 」
律華は大きく大きく、溜息をついた。
「この話を誰かにするのも久し振りだけど…私はそんな気持ち全然無いの。誠奈人から私に対しても無いわよ」
「え、そんな馬鹿なぁ! 」
「驚きのあまり悪役みたいに台詞になってますよ? 」
美心が苦笑いしながら突っ込む。律華や美心からすると周知の事実だが、莉央奈は全くそんな風には考えられていなかった。
「確かに一緒にいる時間は長くて、良い友人で仲間だと思ってるけど…そういう意味での相性はあんまりだと思うの。誠奈人って結構ぼーっとしてる時あるし、一緒に住んだりしたら私結構ビシビシ言っちゃうんじゃないかしら。誠奈人も誠奈人でマイペースなところがあるから、そういうの嫌がりそう」
「それは確かに…目に浮かぶね」
「まぁ他にも色々あるけど…とにかく、私は誠奈人を異性として意識はしていません。だから安心していいのよ」
「あ、あんしん…」
「そう。好きでしょ? 誠奈人のこと」
「え、と、す…すきです……」
莉央奈は顔を真っ赤にして俯き、顔から蒸気を出しながら身を小さくした。
「きゃー! りおちゃん、かーわいい」
紗代が黄色い声を上げた側で、愛美が笑顔で告げる。
「ふふ、ではライバルですね。実先輩」
「ら、ライバル!? って、やっぱり!? 」
「やっぱりですねー。ふふふ」
愛美は口元に手を当てて、煙に巻くように笑う。
(むむ…やはり強敵)
「莉央奈先輩は、誠奈人先輩のどういうところが好きなんですか? 」
「それは…皆に優しいところとか、友達や仲間を大切にしてるところとか、一見クールに見えるけど実際は何も考えてなかったりちょっと抜けてるところとか可愛くて…」
「あらま、一杯出てくるわね」
「最後のは好きなところ、なんですね? 莉央奈先輩はそういうタイプが好きなんだぁ」
普段の様子から察してはいたが、改めて本人の口から聞くと楽しくなってしまう律華と美心だった。
「結構的を得てるんじゃないかな? まー君の事、よく見てるんだねぇ」
紗代はニヤニヤしながら莉央奈に生温かい視線を送る。
「えぇっ、その、いつも一緒だし! そのぅ…」
「可愛らしくて何だか意地悪したくなっちゃいますねぇ。ね? 宮子ちゃん」
「えっ!? いや、私は別にそんな」
宮子は莉央奈の慌てる様子が可愛らしいくて若干の加虐心が芽生えていたところだったが、愛美の一言で理性を取り戻す。
「あーいいわぁ。やっぱり恋バナは女の娯楽よね」
「むぅ…紗代さんも何恋バナしてくださいっ」
「私の? いいよぉ。それじゃね…」
男子と女子、それぞれの夜は更けていった。魔導士であっても、戦いから離れれば、他の学生達と何ら変わらない。




