第3章:第8話『悔しい、だが、それでいい』
魔導士が行使する魔導の威力は、主に魔力の出量によって決まる。つまり、一度に放出可能な魔力の量だ。魔力出量は体内に蓄積可能な魔力総量とは別の素養を必要とする。魔力総量が多くても出量が少なくては、大きな威力の魔導を使う事はできない。タンクの中に大量の水が入っていても、そこに繋がる蛇口が小さくては、少しずつしか水を出す事が出来ないのと同じだ。魔力出量は先天的な才もあるが、魔導を使い続ける事で後天的に鍛える事も可能だ。
誠奈人は龍馬に魔力出量で劣っている事をここまでのやり取りで感じていた。そこに高所からの落下エネルギーや、重力による破壊力を加味すると、重力魔導により上空から攻撃を仕掛けてくる龍馬に対して正面からぶつかっても、勝ち目がない事は火を見るよりも明らかだった。だから誠奈人は、策を弄した。
(…今! )
誠奈人は直刀を居合の構えで一気に振り抜いた。そして、その高速の刃で龍馬の短刀を受け止めるのではなく、受け流す事に終始した。誠奈人の直刀と龍馬の短刀がぶつかった瞬間、誠奈人は巧みな刃先のコントロールにより、龍馬の短刀を横に受け流した。刀を使って戦い続けてきた事による誠奈人の技量が、十分に発揮された。龍馬の体は受け流された短刀に引っ張っられて空中でバランスを崩す。龍馬は動じず、体を回転させて体勢を立て直そうとするが、誠奈人はこの機を逃さない。
「纏風刀―翠嵐刃! 」
振り下ろした刀身から突風が吹き荒れ、かまいたちのように収束した風の刃が龍馬へ襲い掛かる。加えて強風が龍馬の回避行動を阻害する。避ける事はできないと悟った龍馬は左手の短刀を振りかざして迎撃した。小さな刀身に込められた膨大な魔力が、誠奈人のもとから飛来した風の刃を跡形もなく消し去る。龍馬はそのまま地面に着地して誠奈人のいる方向を見据えたが、誠奈人は地を蹴り、既に次の攻撃に移っていた。
「纏雷刀―雷撃閃! 」
誠奈人の握る直刀に雷が走った。誠奈人は地面を強く蹴って龍馬との距離を詰め、雷を纏った刀で刺突を放つ。突き出された刀の刃先がバチバチと激しい音を立てながら、龍馬へ向かう。
「重力連鎖」
龍馬は左手の短刀を誠奈人に向かって投げた。その柄には、同じく魔力で作ったであろう鎖が接続されている。短刀が龍馬の手の中にあった時には無かったものだ。まるで手品のように現れたそれに、誠奈人は警戒する。
(形成魔導で物体を作るスピードも桁違いだ! )
鎖は誠奈人の手と、握られた刀に絡みつく。それは重力魔導を表す紫色の光を纏っている。
「くそっ!? 」
鎖が絡みついた瞬間、誠奈人の右手が地面に引っ張られた。腕が地面に叩きつけられ、地に縫い付けられたかのように動かせなくなる。先ほどの過重力と同じ感覚だった。
(鎖で触れたものに過重力を与える魔導! )
「雷撃閃はさすがに防ぐのが大変そうだったからね。でも届かなければ意味はない」
「うおぉぉっ!! 」
誠奈人は刀に込める雷を更に強めた。辺りに激しい閃光が走り、腕に絡まった鎖に魔力を帯びた雷撃が流れる。
「破壊するつもりか? 面白い! 」
誠奈人はどんどん魔力の出量を高め、雷撃を巨大化させていく。やがて、何かが砕け散るような音が聞こえ、誠奈人は拘束から解放される。そして、雷による閃光が今までよりも更に強くなった。
「うっ! 」
そのあまりに強い輝きに、龍馬は思わず目を細める。
(鎖の破壊だけでなく、目眩しも狙っていたか)
誠奈人はこの機を逃さずに龍馬へと突撃する。
「うおあぁぁぁ!! 」
渾身の力で刀を振るい、龍馬にその刃先を向けた。そして閃光が収まり、いつの間にか観戦していた三木を始めとする隊長・副隊長、並びに第一・第二学生魔導隊の面々が二人の姿を目で捉える。
「うっ…ぐ…」
龍馬は眼前に迫っていた誠奈人の刀を避けて、紫色の光を帯びた己の左拳を誠奈人の腹部に叩き込んでいた。
「一撃も…入れられなかった…か…」
「いや、一撃は受けたよ。見事だった」
誠奈人の刀は龍馬の頬を掠め、そこにわずかな切り傷を残していた。それを見た誠奈人は苦笑いを浮かべながら地面に崩れ落ちた。
「一発で意識を奪うつもりでやったんだけどね…君はそのまま俺に刃を届かせた」
倒れ込んだ誠奈人を見下ろしながら、龍馬は笑みを浮かべる。
「頼もしいな。期待してるよ、神楽誠奈人」
意識を取り戻した誠奈人は飛び起きた。どうやら地面に横たわっていたらしい。場所はさっきまでと同じ芝の上。そばに居た莉央奈が驚いて仰け反る。
「うわぁ! お、おはよう、誠奈人くん」
「莉央奈…俺はどれくらい寝てた? 」
「2、3分くらい? 」
「また莉央奈に助けられたわね。真っ先に駆け寄って治癒魔導をかけてくれてたのよ」
歩み寄った律華の言葉を受けて、自分の体にほとんどダメージが無い事に気付く。
「治してくれたのか」
「ううん。お疲れ様」
「また莉央奈の前で負けてしまった」
「しょうがないわよ。さすがに相手が悪いわ」
少し落ち込んでいる様子の誠奈人に、律華がフォローを入れる。
「うんうん、皆驚いてたよ。二人ともすごいって」
「でも最後に一撃掠っただけだしな…」
「それがすごいって言ってるのよ。そんな事できる人が、他にどれだけいるか…」
「そうそう。俺が言うのもなんだけど、もっと自分を褒めてやってもいいんじゃないかな」
当事者である龍馬が腕を組んで頷く。
「う、いたんですか」
「いたよ。賞賛の言葉を送りたくてね。嫌味ではなくほんとにすごかったよ。ちょっと本気だったし」
「ちょっとですか」
「ちょっとだ」
「神代さんて結構意地っ張りっていうか、負けず嫌いですか? 」
「じゃなきゃ、ここまでやれてないさ」
「…なるほど。勉強になります」
龍馬は微笑みながら誠奈人を見ていたが、やがて少し真剣な表情となり、誠奈人に告げた。
「ただ、焦りが見えていたかな。強くならなきゃ、勝たなきゃ、そういう強迫観念にも似た、強い焦りがね」
誠奈人は耳が痛かった。自覚はあったが、そこから目を背けていた。自分はもっと焦らなければならないと思っていた。
「急ぎたい時こそ、焦っちゃいけない。急ぐというのは速く進むだけじゃなくて、正しい道を選ぶ事も大切なんだから。慌てて間違った道を進んだら、結局遠回りだろう? 」
「確かに…そうですね」
「とくに結果や力を求めての焦りはそれが顕著だ。人の眼を曇らせ、道を間違えている事にすら気付かなくなる。あるいは、間違えていると分かっていてもその道を行ってしまう。神楽にはそうなって欲しくないからね」
誠奈人はそばに居た莉央奈と律華の顔を見る。龍馬の言葉に賛同するように、二人を首を縦に振った。
「こういう仕事をしてると、何かを失う経験も往々にしてある。失ったものを忘れる必要は無いけど、今そこにあるものを大切にする事も、覚えておかなきゃいけない。今の自分には何があるのか、誰がいてくれるのか、見失わないようにね」
「失ったものより今あるものを…」
「神楽、君は優しい人間だ。だからこそ、自分が守れなかった人や出来なかった事をいつまでも気に病んでしまう。君には守れた人や出来た事の方がずっと多いのに」
「…自分に、自信が無いんだと思います」
「ははは! やっぱり昔の俺に似てるよ」
「俺が…神代さんと? 」
「うん、俺も若い頃は自分にさっぱり自信が無くってね」
「そう、なんですか。それは知りませんでした」
「ウチは代々陰陽道を継承して来た魔導士…陰陽師の家系だ。その中でも五行…木・火・土・金・水の五属性を司る術を得意としている」
「そういえば、神代会長も高名な陰陽師でしたね」
「そう。だけど長男である俺には、陰陽道の才覚は無かったんだ。アレは特殊な魔導だから、一般的な魔導とはまた違った素養が必要になるんだ。俺はそれがどうしても上手くいかなくてね…はっきり言って一族の中では落ちこぼれもいいとこだったよ」
「神代さんが…落ちこぼれ」
「うん、跡取候補なのに一族が代々修めてきた魔導が使えないんだから、まぁ無理もない。それで俺は、陰陽道はダメでも他の魔導を使いこなして強くなってやる! と決心したんだ。心折れそうになったりもしたけど、魔力量や魔力出量はそれなりにあったから、そこになんとか活路を見出してね。時間をかけて重力魔導を身に付けて、魔導隊で結果を出して、今では周りからも認められるようになったよ。陰陽道は未だに不得手だけどね…なんとか形にはできたけど」
「それで…自信が持てるようになったんですか? 」
「そうだよ。俺、頑張ったなぁ…って、思えるようになった。努力というのは実力をつけるためでもあるけど、こんなに努力したんだから俺はすごい! できるはずだ! って自分を鼓舞する役割もある。神楽は多くの事を今まで積み重ねて来てるんだから、もっと自分の事を認めてあげなよ。少しずつでもね」
「はい…ありがとうございます。やってみます。自分をもっと好きになれるように」
「その意気だ! 」
「でも神代さんに完敗したのは、それはそれで悔しいです」
「うん、それもそれでいい! 負の感情を否定しない。正しい方向にそのエネルギーを変換してやろう。魔導は心の力、だからね」
「基本、でしたね。恥ずかしながら苦手分野ですが…」
誠奈人は苦笑いしながら後頭部を掻く。
「ふぅ、神代さんのおかげで色々みえてきました。本当にありがとうございました」
「うん。時間ある時ならまた相手になるよ。お疲れ様ね」
擦り傷を一つ付ける事しかできなかったが、誠奈人にとっては得る物が大きい一戦だった。




