第3章:第6話『特別』
結果は、手も足も出なかった。一つ後輩の神代宮子との初めての模擬戦。莉央奈は精一杯やろうと意気込んではいたが、終始から回っていた。結界魔導で防御しようとしてもその裏を突かれ、接近してきた相手を体術でさばこうとしたら足がもつれて転んでしまった。宮子の優しい手刀が頭部に触れたところで、三木から「そこまで」とストップの合図があった。
「あ、ありがとうございました」
「…ありがとうございました…」
莉央奈は恥ずかしくて顔を真っ赤にする。宮子を直視できない。
「…あの」
「あっ、はい! なんでしょう」
「どうして魔導隊に入れたんですか」
宮子からの鋭い指摘に莉央奈は完全に固まる。魔導隊は魔導士による犯罪に対処する存在。対魔導士戦のスペシャリスト。それがこの体たらくでは、疑問を持たれても致し方無い。
「う…返す言葉も、ありません」
「あなたの事を聞いて、気になってました。協会の中には『コネで入隊した』なんて心無い事を言う人もいたけど。でも事件の被害者がわざわざ魔導隊に入ろうだなんて、そうそう無い。一体どんな覚悟があったのだろうかと、思いました。だから自分で見極めたかったんです」
「…そう、ですか」
「既に経験しているかは分かりませんが、私達が関わるのは時に危険が伴う仕事です。実力が伴わないなら、身を引いた方が懸命ですよ」
莉央奈は何も言い返せなかった。言われた事は全て正しい。嫌味で言っているわけでもない。でも、ただ悔しかった。守れるだけではなく皆を守れるようになりたいと言っておきながら、何もできない自分の事が。涙が流れそうにもなったが、それだけはいけないと、唇にぎゅっと力を込めて懸命に耐えた。
「神代さん。会うのは初めてだな。さすがだね」
そんな時、誠奈人が助け舟を出した。
「神楽先輩。お噂はかねがね。勉強させていただきます」
「こちらが学びたいくらいだな。魔力の流れがとても綺麗だった。いかにセンスがあっても長い鍛錬を積まないとできることじゃない。練習熱心なんだな」
「ありがとうございます。家柄や才能だけをもてはやされる事が多かったので…ちゃんと自分で誇れる実力を身に付けたいと。でもまだまだです」
「家柄…あっ! 」
「気付いたか? この子は日本魔導協会、神代龍文会長の娘さんだ。そんでお兄さんは協会最強の魔導士と言われる神代龍馬さん。その家柄のおかげで苦労する事も多いという訳だな」
「恐縮です。神楽先輩は私個人の能力をちゃんと見て、評価してくださいました。ありがとうございます」
「ま、莉央奈にもそれなりに事情があってね。まだ実力は追い付いてないけど、今熱心に修行してるところなんだ。今回の演習でも何かを掴みたいってさ。今この場は大目に見てくれないか」
「実力不足なのはわかってて…でも、私はみんなの役に立ちたいんです。失望させちゃったかもしれないけど、わたし頑張るから! 見てて、ください! 」
「いえ…詳しい事情も知らず、私も出過ぎた事を言いました。申し訳ありません」
「真面目だな、神代さんは」
「宮子、と呼んで下さって構いませんよ。神代という姓に萎縮してしまう人もいて…私も名で呼んでいただけた方が気楽です」
「わかった。まぁ、仲良くしような」
「よろしくね、宮子ちゃん」
「宮子ちゃん……はい、よろしくお願いします」
三人が話している間に、離れた所で何組かの模擬戦が行われていた。各々活気のある声や魔導による衝撃音を響かせている。
「どうした一条ォ! お前の筋肉はそんなもんかァァ! 」
「んな訳ないでしょうがぁ! オラァァ!!」
共に肉体派で体育会系の大治と速見堅。その衝突はとてつもない熱量だった。鍛え上げた肉体を魔力で強化し、互いに徒手空拳を放つ。拳が、蹴りが、肘が、頭突きが。鈍い打撃音と共にぶつかり合う。それでも筋肉と魔力に守られた肉体は傷一つ付かない。
「っしゃァ! 行くぞォォ!」
速見は握りしめた右拳を左手で包み力を込めると、魔力が集中した拳が一際大きく光る。
「ま、まずい! 」
速見のやろうとしている事を理解し、大治は腕で顔や体を隠して防御に専念する。
「二重衝撃拳! 」
振り抜いた拳が、身構えた大治の腕に突き刺さる。その威力に大治は顔をしかめるが、次の瞬間、速見の拳に纏っていた魔力が音を立てて爆ぜ、更なる衝撃を生み出す。手元で爆弾が爆発したかのような衝撃に、たまらず大治の腕のガードが吹き飛ばされる。
「ちょっと威力抑えすぎたか…オラァ! 」
ガラ空きになった大治の右脇腹目掛けて、速見は続け様に左拳を放つ。腕のガードを戻す事が間に合わなかった大治は右足で速見の左手を蹴り上げて弾き飛ばす。腕を上に大きく弾かれ、速見は上半身が後ろに逸れて態勢を崩した。期せずして攻撃のチャンスを得た大治は攻勢に打って出た。
「お返しっすよ! 」
速見の胸から下腹部にかけて、左右の拳でラッシュを叩き込む。
「オラオラオラオラァ!」
ドドドド! と、骨と肉がぶつかり合う鈍い音が響く。しかし速見はやがて態勢を立て直し、大治が繰り出す拳の雨に己も拳をもって応えた。互いの拳がぶつかり合い、交錯する。
「あいつら…格闘漫画の世界の住人か? 」
その鬼気迫る拳の応酬に誠奈人は冷や汗をかきながら、ぽつりとつぶやいた。
「誠奈人くん…わたしも、これができるようにならないとだめかな? 」
「いや、ならないでくれ。頼む」
負けたばかりなこともあり真剣に悩んでいた莉央奈だったが、誠奈人はすぐにそれを否定した。莉央奈のこんな姿は想像したくなかった。大治と速見の肉弾戦に見入っていると、反対側から聡太の悲鳴が聞こえてきた。
「うわっ! 」
誠奈人と莉央奈がそちらを見た時には、地面に尻餅をついている聡太と、それを見下ろす近衛秀作という構図になっていた。恐らく、何らかの攻撃を受けたのだろう。
「どうした? もう終わりか聡太」
「…まだいけるよ、秀作」
「いいだろう」
聡太は起き上がりながら右手を前に構えて魔力弾を連射する。秀作は瞬く間に四発放たれた光球を左右の手で一発ずつはらい、残りの二発は勝手に狙いがそれたかのように弾かれた。
「えっ、今何が起きたの? 聡太先輩の攻撃が勝手に飛んでったような」
「よーく見てみろ。近衛先輩の背後を」
「むむ…」
誠奈人の言葉を受け、莉央奈は両手を両側の頬に当てて眉間にシワを寄せて、聡太と秀作をじーっと見つめる。それを知ってか知らずか、聡太が秀作に狙いを定めてさらに魔力弾を連続で放つ。しかし、それらは全て目前で弾かれ、秀作に命中することはない。それでも秀作は攻撃を続ける。そのおかげで莉央奈は秀作の魔導の正体を捉える事ができた。
「近衛先輩の後ろに…幽霊がいる! 」
秀作の背後に立つ人影。全身を鋭利な鎧で包み、顔も上半分は兜で覆われている。僅かに見える口元には鋭い牙を噛み締めている様子が窺える。二メートルを超えるその白い巨躯は誠奈人が魔力で作り出す刀と同じようにぼんやりと発光しており、それが人ではない事、魔力によって生み出された存在である事を示していた。
「魔装顕現体。魔力によって作り出した物を、生物のように自在に操って戦わせる魔導だ。かなり高度な技で、使い手は少ない」
「すごい…物語に出てくる陰陽師みたいだね」
「陰陽師が操っていたとされる『式神』は、まさにコレの原型だと言われているな。昔は魔力の塊ではなく、本当の生物や精霊を操ったともされているが」
「一体どうやったら、あんな事ができるの? 」
「アレはまず心臓部となる魔力の塊を作成し、それを体となる魔力で覆うことで形成される。心臓部に予め命令をインプットしたり、リアルタイムで命令を送信したりして操作するんだ。『前方の魔力弾を弾け』とかな。もちろん複雑な命令ほど行使するのが困難になる。あれだけ高速で自在に操れるのは近衛先輩の研鑽の賜物だな」
「なんだか、プログラムを組み込んで動かすロボットみたいだね」
「いい例えだな。形としてはかなり近い」
「魔導って、わたしの知らない事がまだまだあるんだね」
「まだまだ序の口だ」
誠奈人と莉央奈が話している間に、秀作は聡太との距離をじりじりと詰めて行った。聡太はそれを阻もうと魔力弾の連射を続けるが、全て秀作の魔装顕現体によって防がれる。
「行け…白童」
秀作が命じると、魔装顕現体・白童は左手を前に突き出し、聡太に向かって突進した。白童の指先は鋭利な爪が装着されており、防御の構えを取った聡太の腕を引き裂く。聡太は魔力を込めてガードしたが、腕には僅かに赤い爪痕が刻まれた。
「くっ! そこだ! 」
聡太は白童の脇腹を掠めるように魔力弾を放ち、直接秀作を狙う。しかし、それを予期していた秀作は上に跳んでかわしながら、上空からお返しの魔力弾を放つ。聡太は横に避けようとしたが、目の前に立っている白童に両腕をがっしりと掴まれ、身動きがとれなくなった。
「なっ!? う、うわぁっ! 」
次の瞬間には聡太の頭部に秀作の魔力弾が命中し、ドン! と小さな爆発音が鳴った。
「ふん。威力は最小限に抑えておいた。これで勝負あったな」
「いてて…うん、参ったよ」
「サポート役とデスクワークばかりで体が鈍っているようだな。そ否定はしないがもう少し勘を取り戻しておけ」
「返す言葉もないよ」
聡太は苦笑いしながら、頭を下げた。その様子を見ていた莉央奈は、ぽつりと呟く。
「やっぱりみんな、すごいなぁ…」
「…ふん」
誠奈人は豆粒ほどの大きさの魔力弾を指先から放ち、莉央奈のこめかみにぶつけた。ポンッという小君の良い音を立てて、魔力弾は爆ぜて消えた。
「うひゃっ」
痛みはなかったが、莉央奈は反射的に声を出した。
「そんなに心配するな」
「…えへへ。ありがとう」
誠奈人なりの励ましを、莉央奈は受け取った。
「誠奈人くんの考えてることが、最近よく分かるようになってきたよ」
「最初は分かってなかったのか? 」
「所々ね。わりとみんなそう言ってるよ。自覚ないの? 」
「…ないね」
「ふふん」
「何を勝ち誇ってる」
他の面子の模擬戦はまだ続いていたので誠奈人はそちらに目を向けた。するといつの間にか学生達の動きを熱心に観察している人物がいた。最初は模擬戦を見ているのは各隊の隊長二人と副隊長二人だけだったのだが。
「…まじか」
誠奈人がその正体に気付いた時、誠奈人の目線を感じたその人物が、誠奈人達の方に歩いて向かって来た。
「知ってる人? 」
驚いている誠奈人に、莉央奈が不思議そうに尋ねる。
「あぁ。あの人は神代龍馬。日本魔導協会最強の魔導士だ」




