第3章:第4話『近衛秀作』
誠奈人は右手の人差し指の先に魔力を集中させ、それを小さな火に変換した。オレンジ色の灯火が松明代わりに辺りを照らす。誠奈人が降り立った洞穴に灯りは無く、舗装もされていない。だが足元は硬くなっており、何人もの人間がここを歩いて踏み締めた事が予想できた。あまり先までは見えないが、道はしばらく続いているようだった。最初はゆっくり歩いていた誠奈人だったが、慣れると徐々に早歩きになっていった。
「これだけの物をバレずに掘ったとなると、魔導で作った可能性が高いな。重機で派手にやったら音や振動で勘付かれるだろう」
当初は魔導士とは関係ない事案の可能性も十分に考えられたが、今は魔導士が関わっていると誠奈人は確信できた。一層気を引き締めて歩き続ける。
「しかし、意外と長いな…もうとっくにスタンドの敷地からは出てる」
光も届かない洞穴の中では、時間や距離の感覚が掴みづらい。どれくらい歩いたのかは定かではないが、体感では数百メートルは移動しただろうか。やがて、少し開けた場所にたどり着いた。相変わらず明かりはないが、六畳間ぐらいの広さがある。近隣住民に目撃されたという不審人物達は、この場所に集まっていたのだろうか。
「ただの秘密基地ってのは考えづらいな。どこかに繋がってるんじゃないか…? おっと」
辺りを見回すと、案の定隅の方に入口と同じような斜面が見つかった。誠奈人は迷わずそこから先に進むと、すぐに光が差しているのが分かった。そして、地上に繋がる出口の穴を見つけた。そこからそっと顔を出して周囲を見渡すと、そこはどうやら小さな廃工場だった。敷地の隅に大きなドラム缶が幾つか積まれており、穴はそれによって周囲から見えない様に囲まれて、隠されていた。
「どこなんだ、ここは」
周囲の見通しが悪く、ガソリンスタンドからの位置も掴めない。ひとまず廃工場の内部を調べようかと考えていると、誠奈人の耳に微かな物音が聞こえた。人が走る様な、ばたばたとした音。少し離れたところから聞こえてくるようだ。
「工場の中…か? 」
音の出所を察すると、誠奈人は物陰に身を隠しつつ、廃工場へと近づいて行った。建屋の隅にある小さな扉の年季が入ったドアノブに手を掛けて施錠されていない事を確認すると、音を立てない様に注意しながら中へと入った。廃工場の中はやはり明かりが無く、まだ日没には早い時間が薄暗い。誠奈人は辺りの様子を窺いながら、奥へ進む。すると足音のような音が徐々に大きくなり、人の荒い息遣いも聞こえてきた。一人ではない。その音の主達は程なくして姿を現した。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、ちくしょう! 」
「戦ってもよかったんじゃないか!? 」
「馬鹿野郎。危ない橋は渡るなって言われてるだろ! 」
「とにかく走れ! 来るぞ! 」
四人組の男が懸命に走りながらこちらへやって来る。まるで何かに追われているかのように。そして目前までやって来たところで、四人はようやく誠奈人の存在に気づき、一斉に立ち止まった。
「んなっ!? 」
「回り込まれた! 」
「違う! 別の奴だ」
「仲間がいたのか畜生! 」
誠奈人は男達が何かから逃げてここまで走って来たという事は瞬時に理解できた。
「そんなに慌ててどうしたんです? 」
とりあえず丁寧な言葉で声をかけてみる。男達はとにかく怪しいが、状況がよく分からない。
「うるせえ! どうやって嗅ぎつけやがった! 」
「協会の犬め! 」
口ぶりが明らかに悪人のそれだ。協会を敵視しているという事も理解できた。続けて誠奈人は問い掛ける。
「ある意味、話が早いな。協会に見つかったらまずい事をやっていたと? 」
「くっ…もうやるしかねえよ! 」
「そうだな…覚悟決めろよお前ら! 」
四人の男達がそれぞれファイティングポーズを取った。その様子を見て誠奈人も得意の形成魔導を発動し、練り上げた魔力で、青白く発光する直刀を作り出して臨戦態勢に入る。
「かかって来るのは勝手だが…容赦はしない」
一瞬の間を起き、男達が一斉に誠奈人に襲い掛かった。まず二人が拳を振るって攻撃を仕掛ける。腕全体が魔力を纏っており、二人とも魔導士である事が確認できた。難なく二人の攻撃をかわすと、残りの二人が誠奈人を両側から挟み込んだ。そして同時に手からサッカーボール程の大きさの魔力弾を撃ち出して誠奈人を狙う。殴り掛かっていた二人は巻き添えを受けない様に二人は瞬時に身を引いた。
「なるほど。結構連携が取れているな」
誠奈人は感心しながら、前へ跳んで両側からの魔力弾を避ける。二つの光球が衝突して爆ぜる音がしたが、構わずに前方にいる二人への追撃を図った。魔力弾を難なくかわされて慌てた二人だが、果敢に誠奈人へ格闘を仕掛ける。誠奈人はそれを刀の峰打ちで払いながら、蹴りや裏拳で男達に少しずつダメージを与えていく。後衛の二人の男達が援護射撃しづらいように、なるべく接近戦に持ち込むように立ち回った。攻めあぐねた男達は顔をしかめて一旦距離を取り、身構える。
「もう終わりか? だったら話を聞かせてくれてもいいんじゃないか」
男達の表情に焦りの色が浮かぶ。すると、四人のうちの一人、最も誠奈人から離れた位置にいた男がいきなり吹き飛び、地面に叩きつけられた。
「がはっ…! 」
「うっ、追いつかれた!? 」
誠奈人だけはそれが魔力による攻撃だと気付いていた。『それ』が放たれた方向へ顔を向けると、誠奈人と同じ学制服に身を包んだ男が立っていた。身長は誠奈人よりやや高く、細身で長い手足の引き締まったシルエット。左右に分けた前髪の下には鋭い眼光を備えている。
「神楽…お前、こんな所で何をしている」
「近衛先輩? こっちの台詞ですよ」
近衛秀作。東京魔導学園高等部三年生にして、第二学生魔導隊の一員。学生部隊の中では誠奈人と同じくトップクラスの実力を誇る魔導士だ。
「フン…とりあえずこいつらを抑えてから話すとしよう」
「それは賛成です」
誠奈人と秀作に囲まれた男達は焦り、二人の会話は全く耳に入っていない。秀作に吹き飛ばされた一人は呻き声をあげながらもなんとか立ち上がる。
「うぐ…やりやがったな…! 」
「くそ…こうなったら、やぶれかぶれだ!」
「あぁ! 行くぞぉぉぅ! 」
「う、うわあぁ! 」
四人の男達はそれぞれ近くにいる方へと突っ込み、謀らずも二人ずつ誠奈人達に攻撃を仕掛ける形になった。
「冷静さを欠けば終わりだ。愚かだな」
勢い任せの攻撃に秀作は全く動じず、掌で相手の格闘攻撃をさばいていく。二人がかりでも正面からでは崩せないと悟り、一人が秀作の横に回り込む。
「もらった! 」
秀作が正面の男の攻撃を防いだ瞬間に、横に回った男が拳を放つ。秀作の腕は既に防御に使われていたため、二人目の攻撃を防ぐ術はない、と思われた。
「ぐげっ!? 」
次の瞬間、男の下顎に衝撃が走る。まるで下からアッパーを喰らったかのように全身が軽く浮き上がった。秀作の腕は塞がっているはずなのに、拳で殴られたような感触を確かに感じていた。
(な、なんだ? どこから…攻撃を…)
理解できないまま、男は地面に倒れ込んだ。
「な、何っ!? 」
それを見ていた正面の男も、何が起きたのか理解できていない。
「ここまでだな」
動揺して相手の動きが鈍った隙を見逃さず、秀作は一瞬にして正面の男の背後に回った。その首筋に鋭い手刀を放つと、残った男の意識も一瞬にして奪った。
時を同じくして誠奈人も二人の敵と相対した。前衛と後衛に分かれて攻めるが、誠奈人は徒手空拳と魔力弾による攻撃全てを刀でいなしていく。連携の取れた動きから、ある程度場数を踏んでいる事は予想できたが、個々の実力は誠奈人には遠く及ばない。自分たちの攻撃が全く通じない様子から男達もそれを察したのか、勢いで押し切ろうと攻勢をかける。しかしそれも長くは続かず、体力の限界が着て一息ついたその瞬間を誠奈人は見逃さなかった。
「終わりだな」
二人の男に一気に近付き、すれ違いざまに二人の腹部にそれぞれ一撃ずつ、刀の峰を打ち付けた。魔力を込めた峰打ちを受けた二人は腹を押さえて悶絶し、地面に倒れ込んだ。
「ふぅ。ちょうどそっちも終わりましたか」
「他愛も無い。拘束するぞ」
「じゃあ俺、鎖作ります」
「相変わらず器用だな」
「形成魔導は自信あります」
刀を作り出す事にも使っている、誠奈人の形成魔導。魔力を特定の形に押し固めて物質化させる。普段は刀を好んで使うが、他にも多くの形の物を作ることができる。大概の魔導士は自身の得意とする武器等を作るに留まるが、誠奈人は戦闘の幅を広げるために形成魔導の技術を磨いてきた。その甲斐あって、様々な物を作ることができる。
「これでよし、と」
魔力でできた青白い鎖で四人を縛り付け、手足も拘束した。
「さて、先にこっちから説明します」
誠奈人はこれまでの経緯を秀作に話した。協会からの指示で、複数の不審人物が目撃されたガソリンスタンドを探索したこと。その敷地内の洞穴からここに辿り着いたこと。誠奈人の話を秀作は頷きながら聞いていた。
「なるほど…なんとも奇妙な話だな。俺の方は、あの中の一人を尾行していたのだ。別の事件に関する聞き込みをしている中でたまたま話しかけたんだが、挙動不審でどうにも不審な点が多くてな…ここで他の三人と合流したところで声をかけたのだが、話を聞く間もなく魔力弾で攻撃を仕掛けてきた」
「その隙に逃げて来たところを俺と遭遇したってところかな。じゃあ、正当防衛ですね」
「あぁ。正当防衛だ」
「でも、一体何なんでしょうね。聞き込みの時に近衛先輩が協会の人間だという事は知ってたわけだから、協会に知られたくないような何かが…? 」
「さてな…何か秘密の話でもしていたか、それともここに何かあるのか。どちらにしろ後は調査隊の協力を仰ぐか」
「そうですね。そういえば、今度の合同演習よろしくお願いします」
「ふん、お前は最近子守りにかまけているそうだが、鈍っていないだろうな」
「子供から学ぶ事もありますよ。それに最近も結構修羅場が続いてますから」
「子守りという事は否定しないのか…? 」
子守りとは莉央奈の事を皮肉っているわけだが、莉央奈と面識の無い秀作は逆に困惑した。一体どんな人物なのかと。
「前川が言ってましたよ。近衛先輩が気合い入ってるって」
「学生部隊の気を引き締める良い機会だからな」
「そうですか。ま、俺はいつでも受けて立ちますよ。先輩」
「珍しく、挑発しているのか? 俺を」
「…近衛先輩は俺にとっても張り合いのある相手ですから。俺、最近もっと強くなりたいっていう欲が出てきたので。合同演習は願っても無い機会だ」
「…いいだろう。存分に鍛えると良い。久住に負けんようにな」
誠奈人が莉央奈を守るために、親友だった久住至遠と交戦した事は他の部隊にも共有されていた。
(発破をかけようとしてくれてるのかな。不器用な人だ)
多少棘のある言葉だったが、言い方に嫌味が無いと感じた誠奈人は、そのように判断した。しかし、誠奈人を知る人間が聞いたとしたら、不器用なんてお前は人の事を言えないぞと突っ込まれていただろう。
「もちろんです。今度は負けませんよ…ありがとうございます、シュウ先輩」
「その呼び方は止めろと言ったろう」
「もっと広まったらいいと思いますけど」
誠奈人は素直に激励の言葉と受け取り、秀作に決意を示した。しばらくすると応援の協会職員が到着した。捉えた男達の取り調べとと現場の調査を引き継ぎ、誠奈人と秀作は現場を後にした。
その廃工場から少し離れた丘の上で、地面が大きく隆起した。地面に穴が空き、土の中から一人の男が姿を現した。無骨なヘルメットと大きなゴーグルを装着し、作業服に身を包んだ中年の男。
「くそ、四人とも捕まっちまうなんて…仇は必ず取ってやるからなっ! 」
顔についた土を払い、わなわなと体を震わせながら、男は呟く。
「とにかく、ボスに報告だっ! 」
男はどたどたと、手足を振りかざしながら逃げて行く。その姿はどこか間の抜けたものだった。




