第3章:第3話『莉央奈の特訓、誠奈人の任務』
合同演習は二週間後。莉央奈はひたすら筋トレ・体術・魔導の特訓に明け暮れた。合間には大治の監修による栄養食を食べ、夜は早く寝て体を休めた。己の体をいじめつつも、オーバーワークで体を壊さないように注意を払っていた。魔導は誠奈人と律華が主に教えていたが、時折他の隊員たちが交代で教える事もあった。
今日の莉央奈は、放課後に校庭のエリアで魔導と体術の特訓をしていた。今日の指導役は美心。莉央奈に懐いている美心は進んで協力し、楽しんでいるようだった。誠奈人は任務のため不在で、律華は少し離れた所で大治と組手をしていた。
「すごーい! 莉央奈先輩、結界魔導ばっちりですよ。飲み込み早いっ」
仁王立ちして両手を前に構えた莉央奈を囲むように、魔力で生成された半透明の直方体が出現していた。みこが手の甲で軽くノックすると、コンコンと軽い音を立てるが、その物体が崩れたり揺らいだりすることはなかった。
「うん! で、できた…。今まではちょっと小突いただけで壊れちゃったり、安定しなかったけど。今回は大丈夫みたい」
「それなりの強度が保たれてますね。ちょっとした攻撃なら問題なく防げます。強力な魔導には破られちゃうだろうけど、それでも緩衝材くらいの役割は果たしてくれますよっ」
「やっぱり練度によって結構強度が変わってくるんだね。律華ちゃんのはすごく強力だった」
「魔力の出量…一度に放出できる量とか、多くの魔力を一定の形に止める技術とか、色々必要なんですよね。他の魔導は得意でも結界魔導は苦手って人もいます。治癒魔導も同じように、独自のコツが要ります。魔導にもそれぞれ向き不向きがあるんです」
「一口に魔導士といっても、それぞれ得意分野があるんだねぇ。みーこちゃんの水の魔導は綺麗で可愛いよね」
「さすが先輩。お目が高い! 見栄えが良くて、応用も効くので、お気に入りです。それに戦う事以外にも使えますからね! 仕事柄どうしてもそっちに目が行きがちですけど、本来魔導は色んな使い方ができるものなのです」
「確かに、限度があるとはいえ水を作り出せたらそれだけで便利だよね。日常生活でも」
「SNS映えする写真が撮りやすいんですよ。水で演出を入れてあげると。虹とかも作れます」
「あ、そういう使い方ね」
「現代ならではですね! 」
「でも、芸術方面と言ったらちょっと大袈裟だけど、人の心を惹きつけるような使い方は確かに素敵に思えるね」
「でっへへ。分かってくれますか。やっぱり莉央奈先輩はみーこの良き理解者です。もっと褒めてくーださいっ」
「よしよし、平和利用できて偉いねーっ」
「むふふ。ごきげんです」
「それじゃあみーこちゃん。今度はちっちゃい結界の作り方を教えて欲しいな」
「任せてくださいっ。今のみーこはどんなお願いも聞いちゃいますよ。いざっ! 」
美心が右手を前に構えると、地面から生えたかのように、魔力でできた半透明の壁が現れた。大きさは美心の身長より少し高い程度で、横幅は人間が二人収まる程だった。
「おぉ。結界よりも小さい代わりに、ちょっと分厚い感じだね」
「結界を盾みたいに使う技術です。これも結界魔導の応用なんですけど、盾とかバリアとか壁とか、人によって色んな呼び方したりしますね。律華先輩もよく使ってます。魔力を立体ではなく板状にしますから、慣れれば素早く出すことができます。身体を魔力で強化するよりも消耗は激しいですけど、防御力が高いし広い範囲を守れますよ」
「うんうん。律華ちゃんがやってるのを見て、わたしもこれができたらなぁって思って。身体強化は素の肉体が弱いと、大変なのかなぁって」
「いい考えです。実際、筋力に劣る人が身体強化の魔導で身も守ろうとすると、必要な魔力が多くなります。足りない筋力を魔力で補うようなイメージですね。だから誠奈人先輩や大治先輩は戦闘で結界魔導を使う事は少ないです。身体強化した肉体で守った方が効率良いみたいですから。律華先輩は結界魔導が上手で、結界を作る時の魔力の消費効率が他の人よりも良いんです。だから身体強化よりも結界を使って守る方が多いそうですよ」
「戦い方も、人によって違うんだね」
「自分に合ったやり方を徐々に見つけていくのです。魔力は使い続ければそのうち底をついてしまうし、じぶんにとって効率の良い使い方を知るのも大事ですよ」
「みーこちゃんはすごいねぇ。中学生とは思えないくらいしっかりしてるよ」
「もぉー、莉央奈先輩ったら褒め上手ー! 」
喜ぶ美心の姿を見て、莉央奈も笑顔になる。
「じゃあ、私もやってみるね」
「はい。張り切っていきましょー! 」
やはり莉央奈は飲み込みが早く、その日のうちに自分の顔ぐらいの大きさの結界を作る事ができた。魔力のコントロール技術が向上すれば、大きさの調節も上手く出来るようになる見込みだ。
一方、誠奈人は協会からの要請で任務に出動していた。とある東京郊外の町。その外れにある高台に向けて歩を進める。
「不審な魔導士集団の調査、か」
協会からの指令を復唱する誠奈人。
『場所は町外れのガソリンスタンド跡地。夜遅い時間に、複数の不審人物が入っていく所を目撃されてるわ』
誠奈人はイヤホンに小型のマイクが備え付けられた機器を装着しており、協会本部にいる卯月と通話していた。
『付近の監視カメラを確認したところ、その場所に複数の成人男性が向かっていくのが写っていた。けど、おかしな事に出てくる所は写ってないの』
「王道パターンですね。夜、人気の無い所で、何か奇妙な事が起きていたら。まぁ魔導士でしょうね」
『接敵の可能性があるから、調査隊ではなく魔導隊に指示が来たの。だから十分に注意してね』
「了解です。無茶はしませんよ。とりあえず行ってみます」
目的の場所に辿り着いた誠奈人。一般的なガソリンスタンドと同様に、手前に給油や洗車をするためのスペースがあり、奥には事務所のような建物が見える。誠奈人は周囲に人気が無い事を確認すると、事務所から死角になるように身を隠しながら、敷地内に入っていく。閉店してからそこまで時間が経過してはいないようで、荒廃したような様子は見られない。敷地内を見回しても特に怪しい物は無い。
(やっぱ、何かあるとすれば建屋の中か)
引き続き身を隠しながら、誠奈人は敷地の奥にある建物へと近付いていく。人の気配は感じられない。ガラス張りになっている扉から中を確認するが、見える範囲に人影は無かった。
「外には何もありませんでした。建物の中に入ってみます」
『了解。扉は開くのかな? 』
「最悪、ガラスに穴を開けて…あ、開いてる」
『施錠してないなんて不用心ね』
「もしかしたら、思ってるより多くの人間が出入りしてるのかもしれないですね」
『そのために鍵を掛けていなかった? だとしても無関係な人が入れたら困るだろうから、何か仕掛けがあるのかもね』
「そうすね…とりあえず、行きます」
誠奈人はしゃがみながら、施錠されていない扉に手を掛け、音を立てないように少しずつ開いた。建物の中に入り、再びゆっくりと扉を閉める。昼間ということもありそれなりに中を見通す事はできたが、それでも明かりを発するものが何も無いため、少し薄暗い。慎重に辺りを窺いながら、前へ進む。入口のある広い部屋には誰もおらず、家具類もほとんど無くて殺風景な有様だった。
(生活感は全く無いな…)
念の為、備え付けられた棚や、来客用だったのであろうカウンター等を調べてみるが、特に何も見つからなかった。部屋の隅には扉があり、更に奥に進めるようになっている。
「この部屋には特に何も無いですね。他の部屋を探ってみます」
『了解』
卯月との通信が途絶えていない事も確認しつつ、先に進む。扉の前まで来ると、耳を当てて音がしないかを探るが、特に何も感じない。ドアノブに手を掛けてゆっくりとひねる。少しずつ扉に体重をかけると、奥に向かって扉が動くのを感じた。一瞬動きを止めてから、再び力を入れる。音を立てずにそっと扉を開いていく。扉の奥の部屋も灯りは無く、薄暗い。
(人の気配は感じないな…)
物音も呼吸音も話し声も聞こえない。誠奈人は警戒しながら部屋の中に足を踏み入れた。
「誰もいない…か」
部屋の中には誰もいない。誰かがいたような痕跡も、一目見ただけでは見当たらない。一通り室内を探ったが、置いてある物や家具の類もほとんど無く、捜索の成果は無い。他にも給湯室やトイレもあったのでそちらも捜索したが、特に発見は無かった。
「ふむ、今のところ怪しいものは無いですね」
『そうねぇ。何か魔導の痕跡は無いかな? 』
「それも無いですね…何か物理的な仕掛けがあるのかもしれません。隠し通路とか、隠し金庫とか」
『この建物は小さいし、隣接している建造物も無いから、あるとしたら下かな? 』
「俺もそう思います」
誠奈人は辺りを観察しながら、再び奥の部屋へ入った。
「なんとなく、ここが怪しい気がする」
『今までの経験から来る勘、てところかな? 』
「そういうことです。任せてください」
『ふふ。じゃあ成果を期待してるわね』
先ほどはざっと調べただけだったが、今度は部屋の隅から隅まで調べていく。床や壁の感触も確かめるが、違和感はない。
「うーん…ん? 」
不意に誠奈人の視界に、部屋の隅にある大きめの窓が目に入った。窓の向こうはガソリンスタンドの外壁になっており、周囲からは死角になっている。
「…怪しい」
ピンと来た誠奈人は窓を開けて外に出る。窓のすぐ側には薄汚れたブルーシートが敷かれており、いくつかの小さなコンクリートブロックで押さえてあった。ブロックをどかし、ブルーシートをめくると…そこには、人が一人ちょうど入れるような大きさの穴が現れた。明らかに人工物だと分かる。
「大当たり」
『さすがね。でも地下だと通信が途絶えちゃうかも』
「深追いし過ぎないように、安全第一で行きますよ」
『誠奈人君なら心配は無いだろうけど、無理はしないでね。連絡待ってる』
「了解です。また後で連絡入れます」
誠奈人が穴に入ると傾斜があり、そこから降りて行くと少し開けた所につながっていた。左右は人が二人すれ違える程度で、天井は身長が一八〇センチ近くある誠奈人の身長から察するに二メートルぐらいの高さ。広いとは言えないが、通路として十分だった。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか…」
誠奈人は暗い地下道をゆっくりと歩き始めた。




