第3章:第2話『魔導学園の日常』
東京魔導学園高等部魔導科、二年一組の教室。誠奈人、莉央奈、律華が在籍するこのクラスで、担任の生田凛子が授業をしていた。魔導に関わる歴史や世界情勢等の座学だ。
「たとえば原子力の分野においては、IAEA…国際原子力機関という国際機関があります。魔導にも同様の組織があるわけですが、佐倉さん、わかりますか? 」
凛子に呼ばれた律華が、滞りなく答える。
「はい。ISA…国際魔導機関です」
「ありがとう。そのとおりですね。International Sorcery Agency…ICAは世界中の魔導士を統括するための組織で、各国魔導士の連携や魔導士の地位向上などを目的に活動しています。日本国内の事は日本魔導協会が、世界全体の事はICAが担当しているわけですね。協会とICAが連携する事もよくあります。魔導士業界は世界的にも人手不足だから、ICAは他の国際機関と比べても非常にフットワークの軽い組織です」
誠奈人達が所属している第一学生魔導隊は日本魔導協会の所属だ。基本的には教会の意向を受けて活動する。一方でICAから協会に届いた依頼を、魔導隊が遂行する事もある。
「魔導協会は私設組織ですが、日本国内の魔導に関する事案については絶大な権限を持ちます。若い魔導士の育成にも力を入れていて、この東京魔導学園も協会が運営していますね。協会が関わっていない魔導学校もあるけど…さて、ここまで何か質問ありますか? 」
凛子の呼びかけを受けて、すかさず莉央奈が挙手をする。記憶喪失となり、魔導に関する記憶もすっぽり抜けている莉央奈は、授業でも積極的に質問する事が多い。
「はい。どうぞ、実さん」
「魔導協会は私設組織…という事なんですけど、魔導事件の捜査や犯人の逮捕を行っていますよね。魔導士以外の人に対しては公的組織の警察がその役割を担っているわけですけど…どうして魔導に関しては私設組織の魔導協会にそんな権限があるんでしょうか? 」
「いい質問ですね! 結構複雑な事情があるの。日本の現在の法律が形作られたのは戦後に日本国憲法が出来てからです。その時点で日本魔導協会という組織は既に存在していたの。そしてその頃、政府には魔導に関するノウハウが無くて、協会に魔導に関する諸々を委託したのが始まりね」
「なるほど。それが現在まで続いてるんですね」
「協会を公営化するべきという議論も今まで度々あったのだけど、それは国の税金で運営するという事だから、反対の声も根強いの。魔導って、普通に生きていく中では関わらない人も多いからね。他にも色んな大人の事情があるけど、とにかくそのままなし崩し的にこの状態が続いているっていう形です。それでも重要な部分は…例えば魔導法違反で逮捕された人への処遇を決める際は、裁判所の認可を得て決定する事で体裁を保っています」
「魔導に関係ない事件と同じように、司法によって裁かれる形にしてるんですね」
「そのとおり。詳しく話すとかなり長くなっちゃうから、これくらいの説明にさせてもらいますね」
「いえ、ありがとうございます! よく分かりました」
莉央奈は記憶喪失で彷徨っていた所を誠奈人に保護された。自分が今までどこでどのように生きてきたのかは何も覚えていない。一方で日常生活で必要な知識や、一般的な教養や学問についてはよく知っているが、魔導に関する知識は一切無い。魔力を有している事から魔導と全く関わらずに生活していた可能性は低く、彼女にまつわる謎の一つだ。なので、本人は欠けている知識を積極的に取り込もうとしている。
「実さんは勉強熱心で、先生も嬉しくなっちゃいます。もっと聞きたい事があれば、授業以外でもいつでも聞きに来てね」
「はい! 凛子先生、いつもありがとうございますっ」
生田凛子は面倒見が良く、授業の内容も分かりやすいため、生徒からの信頼も厚い。誠奈人達が任務で魔導士と交戦して手傷を負うと、心の底から心配もしてくれる。なので、誠奈人は常日頃から自分は周りの大人に恵まれて幸運だと考えている。
「さて、他に質問が無ければ、授業を進めますね」
滞りなく授業が進み、やがて昼休みとなった。
「さぁ、莉央奈特製ランチの時間だよ」
「今日はサンドイッチかぁ。うまそうだな」
「いつもありがとうね、莉央奈」
莉央奈は保護された当初、二人に守られてばかりだったので、せめてもの恩返しとして昼のお弁当を作るようになった。今でも定期的に二人の分も作って振る舞っている。
「水筒にコンソメスープもあるからね」
「用意がいいな」
「えへへ。料理得意なので」
「そうね、家事全般得意だものね。女子力高いわ」
「いやぁ、女子力なんてそんな、えへへ」
莉央奈は顔を紅潮させて手をぱたぱたと振る。
「律華は意外とそういうの弱いからな」
「弱くありませんっ」
「そうだよ。律華ちゃんはちょっと料理にズボラで、カロリーメイトやバナナばっかり食べてるだけだよ」
「莉央奈っ! 」
莉央奈からの思わぬ流れ弾に律華はうろたえる。
「ごめんね律華ちゃん…でも、わたしは律華ちゃんにはちゃんとした食事を摂ってほしいんだ。倒れちゃうよ? 」
「ほぉ…保護者が逆転したな」
誠奈人は顎に手を当て、二人の顔を交互に見る。律華が物申される立場になるのは珍しいことだった。
「別に、ちゃんとしたものだって食べてるわ」
「体に悪い物を食べなければいいってわけじゃないんだよ? ちゃんとバランス良く、栄養のあるものを食べなきゃ。同じものだけじゃだめだよ。それに柔らかいものばかりだと、将来お肉とか硬いものを噛みきれなくなっちゃうかも。心配だよっ」
「うぅ…」
律華に一切の反論の余地は無かった。
「分かった? 律華ちゃん」
「わかりました…」
「うん、よろしい! それじゃ、今日は莉央奈の栄養たっぷり特性ランチを召し上がれっ」
「…ありがとう、莉央奈」
「どういたしましてー。ほらほら、食べて食べて」
莉央奈に促され、律華と誠奈人はお弁当をたべはじめる。サンドイッチをメインに、コンソメスープやソーセージ、カットしたリンゴなど、品数が多く手が込んだメニューだった
「うん、今日も美味しい」
「えぇ、ほんとに。莉央奈シェフの腕はさすがね」
「えへへ。それほどでもぉ」
「律華は今度、莉央奈に料理教わったらどうだろうか」
「う、そうね…」
「いつでも歓迎だよ。まかせてね」
「律華の手作り弁当…楽しみに待ってるな」
「くっ…やってやろうじゃない。いずれね」
「いずれか…」
「そういえば莉央奈、寮でも筋トレしてるの? 」
「うん。朝起きてから毎日かかさずやるようにしてるよ。継続は力なり」
「えらいな。体術の訓練もやってるし」
「魔導隊に入れてもらったからには、ちゃんと一人前にならないとね。自分一人でも多少は戦えるようにならなきゃ」
「無理はするなよ。それと、何か危ない事があった時には、迷わず助けを呼ぶ事。一人で戦えるようになっても、誰かに頼っちゃいけないわけではないからな」
「私達も外では莉央奈をなるべく一人にしないようにするけどね。またいつ狙われるか分からないから」
「うん。いつもありがとう。しかし、ほんとになんでわたしなんかを狙うんだろうねぇ」
「可愛いからよ」
「ははっ」
律華が即答すると、誠奈人は思わず鼻で笑ってしまった。
「誠奈人くん、鼻で笑ったね? 」
「…だめか? 」
「わたしは可愛く無いということかな? 」
「べ、別に…お前こそ自分の可愛さに自身があるということか? 」
「そ、そういうわけじゃないもんっ。でも、可愛く見えるように努力はしてるんだから! 女の子だもの」
「そうよ。今のは誠奈人が悪い」
「いーや、律華が悪い。いきなり変な事言うから」
「莉央奈が可愛いのは変な事じゃないんですけど! 」
「いやそういう事じゃなくてだなぁ…くそっ」
「どうする? 誠奈人くん。旗色が悪いよ」
律華の牙城を崩せずにいると、莉央奈が誠奈人に降伏を要求し始める。いつもこの二人のタッグにやり込められている誠奈人はなんとか抵抗しようと考えを巡らせる。その結果、彼の脳が導いた答えは。
「…ごめんなさい」
謝罪だった。
「はい、素直でよろしい」
「うんうん。それじゃあみんなで、おべんと食べようねぇ」
いつかこの二人を言い負かしたいと誠奈人は考える。しかし生来口下手な事と、莉央奈と律華のコンビネーションが強力な事もあり、その願いはなかなか叶わない。
「俺も、まだまだ修行が足りないな」
「そうかなぁ? じゃあ一緒にがんばろーね」
「うむ」
誠奈人と莉央奈の解釈は微妙にずれていたのだが、それに莉央奈が気付く事は無かった。




