第2章:第22話『ファンサービス』
「やったな。お疲れ」
「助かりましたぁ、先輩」
誠奈人と美心はお互いの健闘を讃える。暴走していた賢者の石片が破壊されたと共に、鎌足は意識を失い地面に崩れ落ちた。
「さて…一応回収しておくか」
誠奈人は鎌足に歩み寄り、近くに落ちている賢者の石片の残骸を回収しようとする。もう少しで手が届く所まで近付いたが、不意にどこかから突風が吹き荒れ、残骸が宙に舞う。それはそのまま上昇していき、傍にある雑居ビルの外階段に立っていた少年の手に収まった。
「お前…至遠! 」
誠奈人は先日死闘を繰り広げたばかりの旧友の姿を捉え、声を荒げる。至遠は上から誠奈人を見下ろし、冷たく言い放った。
「ソレは別にいらないよ。日野と違ってこちら側の人間ではないからね。たまたま見つけただけのオモチャだから」
「相変わらず、人の命を何だと思ってんだ」
「たいしたものじゃないと思ってるよ」
「至遠先輩。なんでこんな事するんですか? 」
「さぁ…どうしてだろうね? 考えてごらん。それより美心、今日はよくがんばったね。君のその精神性は見習いたいところだよ」
「乙女を覗き見てたんですか。シュミ悪いですよ」
「手厳しいな。さて…今日はコレの回収に来ただけだ。一応、そちらに渡すのは良くないからね」
「逃すと思ってんのか? 」
誠奈人は至遠に鋭い目線を送り、威嚇する。
「やめておきなよ。かわいい後輩が心配じゃないのか? 」
至遠の言うとおり、美心はかなり消耗している。誠奈人も一戦交えた後で、多少の魔力と体力を消費している。この状態で万全の状態の至遠と戦うのは得策ではなかった。
「そんなに焦らなくても、機会はあるさ。また会おう」
至遠は誠奈人達に向けて巨大な魔力弾を放つ。わざとゆっくり放ったこともあり、誠奈人と美心は倒れている鎌足を救出しつつ難なく回避する。しかし、舞い上がる砂煙が晴れた頃には、至遠の姿は無かった。
それから程なくして第一学生魔導隊の面々が次々に集まってきた。まずは最年長の聡太、続いて大治、次に一緒に行動していた律華と莉央奈が、順番に到着した。
「みーこちゃん! 大丈夫だった? 」
莉央奈は美心に駆け寄り、心配そうに声をかけた。
「莉央奈せんぱぁい! 怖かったですー」
「そうだよね、よしよし。怖かったねー。頑張ったね。えらいよ」
抱きついてきた美心を受け止め、莉央奈はその頭を優しく撫でる。
「はぁー。莉央奈先輩…ほんとに優しい。しゅき…」
「ありがとう。わたしも、みーこちゃんのこと大好きだよー。なでなで」
「みーこは全然怖がってなかった。むしろ勇敢に戦ってた。凄いと思う」
口では怖かったと言いながら、莉央奈に甘やかされて顔がにやけている美心に、誠奈人が茶々を入れた。半分は褒め言葉でもあったが。
「そんな事ないです。とっっても怖い目に合いました」
「そうだよ誠奈人くん。女の子が大変な目に遭ったんだから、なぐさめてあげないと」
めっ! と、むくれ顔で誠奈人に人差し指を立てて注意する莉央奈。
「む……悪かった…でも、その…褒め言葉だから」
その様子を見ながら美心はニヤリと笑みを浮かべる。誠奈人はそれを見逃さなかった。
「莉央奈、そいつ笑ってる。ちょっとこっちに」
「わー、怖いです莉央奈せんぱーい! 」
「よしよし、大丈夫だよー」
莉央奈は再び美心を優しく撫でた後、誠奈人を半目でじーっと見つめる。
「誠奈人くん。ダメだってば」
「むぐ…ゴメンナサイ」
莉央奈に二回目の注意をされて、誠奈人は言い返せなくなる。
(誠奈人先輩って莉央奈先輩に弱いんだなぁ。数少ない弱点発見! )
美心がよからぬ事を考えている一方で大治、聡太、律華は倒れている鎌足の側にいた。律華が屈んで鎌足に治癒魔導をかけている様子を、二人が見守っているところだった。
「その人はどうだい? 目立った外傷はほとんど治ったようだけど…」
「はい。あとは軽い打ち身程度ですね。賢者の石片によるダメージの多くも魔力由来なので、だいたい治せると思います。すぐに眼を覚ますといいんですけど」
律華の報告を聞き、尋ねた聡太は胸を撫で下ろした。
「人的被害は最小限に抑えられそうだね…不幸中の幸いだ」
「まさか、こんなにすぐ至遠先輩と再会するとは思わなかったっすね」
大治は辺りを見回して周囲を警戒しながら話す。
「そうだね…それに賢者の石片を使い捨てられる程所持してるみたいだ。正直、脅威だね」
「どんだけやばい組織と関わってるんでしょうね。あの至遠先輩が…正直、未だに信じられないです」
「それはきっと、皆同じだよ。誠奈人君もね…」
(至遠…あなたの望みは何? もう昔みたいには戻れないの…? )
律華は先日自分達を、おそらくは殺す気で襲いかかって来た友人の姿を思い出す。昔は優しかった。だからこそ、人一倍悩んでいた。そして、再び現れた時には、狂気に蝕まれていた。
(あの時は誠奈人と莉央奈を守るのに精一杯で、至遠とはあまり話せなかった。話しができる精神状態なのか分からないけど…でも、もう一度…)
「うぅ…」
意識を失い横になっていた鎌足の口から呻き声が出る。そして、うっすらと眼を開き、意識を取り戻した。
「こ、ここは…」
「お目覚めね。通り魔さん」
「あなたは…魔導隊、ですか」
「はい。私達は第一学生魔導隊。あなたと交戦した二人の魔導士の仲間です」
「二人…あっ…」
鎌足が辺りを見回すと美心と誠奈人が視界に入り、それによって自分がさっきまでしていた事を思い出した。自分の意思でやった事だが、今になって大それた事をしてしまったという焦燥感に襲われた。
「ぼ、僕は……とんでもない事を、してしまった…ですね」
「そうね…とりあえず、今は落ち着いたみたいで良かったです。色々と、話してくれますか? 」
「……はい」
「あっ! 鎌足さん、起きたんですね! 良かったー」
「鎌足…? 」
横にた誠奈人が疑問に思っていると、美心が補足を入れる。
「SNSでのハンドルネームです! 本名は分からなかったので」
「あ、みーこの投稿にコメントしてた人。そういう事か」
美心は鎌足が通り魔事件の犯行を自供した事や、自身のSNSに批判的なコメントをした張本人だという事を説明した。一方、先日警察によって捕えられた犯人が模倣犯だったという事が聡太から説明された。美心が戦闘している最中に警察から連絡が入ったらしい。
「なんて間が悪い…でも真犯人が見つかったから、ある意味タイミング良かったんでしょうか」
「みーこちゃんはポジティブだね」
「はい。アイドルに必要なメンタルなので! 」
鋼のメンタルを持つ美心に、莉央奈は感心する。美心をよく知る人間は皆彼女の心の強さを口にしていたが、莉央奈もそれを実感する事ができた。
「それじゃあ鎌足さん。もう少ししたら魔導協会の人があなたをお迎えに来ます。それまで、あなたの事を教えてください。知りたいんです」
「……釜田正一」
「釜田さん、ですか。やっとお名前、教えてくれましたね」
美心が優しく微笑みかけると、釜田は全身の力が抜けて、安堵したような表情になった。
「僕の両親は…二人とも魔導士じゃなかった。母方のひいじちゃんの代は魔導士だったらしいけど、それが途絶えていた。だから…僕が魔力を持って産まれて、両親はすごく落胆したみたいだ」
釜田が自身の身の上を話し出す。それを、一同は神妙な面持ちで聴いていた。
「両親は魔導士が嫌いで、僕は魔導士として生きる事は許されなかった。学校でも隠してたんだけど、ある時驚いた拍子に魔力が発動してしまう事があった。そこからは腫れ物扱いだった…両親に相談したけど、僕が悪いって散々責められた。魔導士の学校に行く事も絶対に認めなかった。近所に魔導士の子供も多少いて、何度か話しかけた事があったけど、うちの両親が何かしたんだろうね。彼らも僕を見ると逃げるように行ってしまって、決して受け入れてはくれなかった」
魔導士と縁の無い人生を送って来た両親が、自分の子供に魔力があるという事が受け入れられない。現代で散見されるネグレクト事案だ。魔力を持つ子供が、それを制御するための正しい教育が受けられず、家庭でも学校でも排斥されながら暮らす。
「高校卒業するまで…なんとか耐えて…逃げるように実家を出たよ。そのまま就職したけど、ろくな社会性を養えなかった僕は、社会に出ても何も上手くいかなかった。魔導という存在そのものを憎んだよ。自分が普通に産まれていれば…こんな事にはならなかったんだって。魔導なんていう存在がこの世にあるからいけないんだ」
「だから魔導を、魔導士を憎むようになったんですね。自分の事も含めて」
美心の指摘に、釜田は深く頷く。
「冷静に考えれば、実家を出た時点でできる事はあったかもしれないし、そもそも魔導士そのものが悪いってわけじゃない…でも、僕は全部憎まずにはいられなかった。そんな事は考えられなくなってた。頭の中はドブ川みたいにぐちゃぐちゃだった」
心の中のドス黒いものを吐き出すように、釜田は話し続けた。今までせき止められていたものを、一気に。
「少し前に仕事をクビになって…途方に暮れてた。自分はどうして産まれてきたんだろう。なんでこんなに惨めなんだろう…その頃には他人のことも妬むようになっていった。水野さんの事を知ったのもそんな時だった」
そして釜田は美心のSNSを荒らした事や、女生徒達に通り魔を仕掛けた時の心情、そして行商人から賢者の石片を受け取った事やその後の接触まで話し終えた。頭が冷えた今なら、女生徒達に対して抱いた感情も、ちょっとした行き違いだったかもしれないと、考える事ができていた。
「話してくれて、ありがとうございます。重要な話が聞けました。あなたが出会った人…おそらくわたし達が追いかけている悪い人達の仲間なんです」
「悪い人、だよね…当たり前だ。今思えば怪しい誘いだった。でも、あの時の僕は馬鹿だった」
期せずして犯罪行為に走ってしまい、気が動転していた。そこにつけ込むような甘い誘い。釜田は己の浅慮を悔いて両手で頭を抱える。
「釜田さん。今、どんな気持ちですか? 魔導士を憎く思う気持ちに変わりはありませんか? 」
「…分からない。頭の中の整理がついてなくて。今までずっと抱えてきた物がそんな簡単には消えないと思う一方で…二人が僕に語りかけてくれた事が、すごく心に響いてる」
「良かったです。人に何か良い影響を与えられたなら」
「でも僕は…取り返しのつかない事をしたから。もう…」
「幸い、被害を受けた二人に怪我はありませんでした。メンタルはちょっとダメージを受けてますけどね…」
釜田は眼を伏せて被害者に思いを馳せた。今なら、彼女達に対する申し訳ないという感情が自分の中にある事をはっきりと認識できた。
「わたしはあなたを許すとか裁くとか、そういう事が言える立場ではないです。でも…罪を悔いる気持ちを忘れちゃいけないけど、一生卑屈なまま生きることもないんじゃないかなって思います」
美心の言葉を受けても釜田は答えが出せず、黙ったまま考え込む。
「そんなあなたに必要なのは、『生きがい』じゃないかと思うんです。そ・こ・で! アイドルの推し活をしてみるというのはどうでしょう? かわいいの癒しパワーは無限大だって、さっきも言ったでしょ? 」
「えっ? 」
釜田はあっけにとられたような表情になったが、やがてその意味を理解した。なぜかは分からない。だが、自然とその頬を涙が流れていく。
「あなたも、みーこのファンになりましたか? 」
美心は満面の笑みを、新たなファンに向けた。




