第2章:第21話『かわいいがもたらすもの』
「ま、誠奈人先輩っっ」
美心は目を丸くして、目の前に立つ先輩魔導士の姿を見つめていた。
「とりあえず治癒魔導かけるから動くな」
「えっ、そんな、魔力勿体無いですから! 」
「ちょっとくらい魔力を使っても、俺は平気だ」
治癒魔導は自身の治療よりも他者の治療の方が難しく、魔力の消費も大きい。それを知っていた美心は遠慮したが、誠奈人はすぐに治癒魔導での治療を始めた。美心の体が淡い光に包まれ、瞬く間に目に見えた擦り傷が消え去っていく。
「とりあえず目に見える傷は治ったはずだ」
「せんぱい…ありがとうございますっ! 見つけてくれて助かりました。メッセージ見てくれたんですね」
「みーこがスマホでグループチャットに投稿したドーナツ屋の名前、路地裏という単語、そしてブレてるけどなんとか風景を写した写真。それを元に皆で探し回ったんだよ。写真に位置情報が付いていたのが大きかったな。冷静によく判断したな」
「全速力で走ったら追いつけるかもって考えたりもしたんですけど、なんか嫌な予感がしたので。ふふ、大正解でした」
「ここの位置も今みんなに連絡しておいた。散らばって探してたから、少し時間はかかるだろうが」
「みーこ達ってやっぱり良いチームですねぇ。みんな大好きです」
「違いないな。さて…アイツの情報を簡潔に」
「通り魔事件の真犯人と思われます。魔導士だったんです。水を凝固させる魔導を使います。それから…賢者の石片を所有、使用しています」
「…なるほど。お前が苦戦したのも納得した。魔導の相性も良くなかったな。敵は他にいるか? 」
「顔は見えなかったんですけど、もう一人います。最初はその人がみーこを遠くから攻撃してきて、その人を追いかけているうちに、この人に二重尾行されたみたいです。最初に追ってた人は見失っちゃいました」
「周りへの警戒も怠らない方がいいな」
「至遠先輩…でしょうか」
「どうかな…今は余計なことは考えない方がいい。そろそろ来るぞ」
魔力の刀が手の甲から貫通し、地面に縫い留められていた鎌足。深々と突き刺さった刀を反対の手でようやく抜く事ができ、自由を取り戻す。刺さっていた部分はあくまで結晶体が手の形を成していた物で、本体へのダメージは見られない。
「グゥゥ…また、魔導士…!」
「日本魔導協会、第一学生魔導隊の神楽誠奈人だ。以後よろしく」
「そいつの、仲間か…いっしょに、つぶしてやるるるぉぉぁぁ!! 」
「こいつの賢者の石片も暴走してるみたいだな。頭に繋がれて意識がほとんど飛んでた日野よりは話が通じるみたいだが」
「ぐらえっっ!! 」
鎌足は再び右の拳を振り上げ、大振りなパンチを放つ。力に任せた単調な攻撃だ。
「ウチの後輩を痛ぶってくれた礼だ。正面からぶちのめしてやるよ」
誠奈人は鋭い目付きで敵を睨み付ける。そこに込められた静かな怒りが鎌足にも届き、怯えたように一瞬体がびくんと跳ねたが、やけくそ気味にそのまま攻撃を続ける。誠奈人は腰を落として右手を引き、左手は前方に自然に構えた。誠奈人の体内にある魔導核が躍動し、生み出された魔力が右の拳に集中していく。右手が淡い光に覆われ、その光はどんどん大きくなっていく。迫ってくる結晶体の巨大な拳を真っ直ぐに見据えて、それが自身の間合に入った瞬間、誠奈人は渾身の右ストレートを放った。
「うおぉぉっ!! 」
誠奈人の咆哮と共に蒼く光る拳が叩き込まれ、ガラスが割れたような激しい音を立てながら結晶体は粉々に砕けていく。破壊の余波は鎌足の右腕全体に達した。結晶体を全身に纏い、巨人と化していたその右腕が丸々消失し、鎌足自身の華奢な右腕が露出していた。
「脆いな。他愛無い」
「なん、ちゅー威力…」
誠奈人は特別で強力な魔導を習得する事よりも、基礎を鍛える事に重きを置いてきた魔導士だ。故に魔導士ならほとんどの者ができるであろう『魔力を込めただけの右ストレート』も、並の魔導士とは一線を画す威力を持つ。それを改めて目の当たりにして、美心は驚愕の表情を浮かべた。
「ば、ばかな…こんな…」
「多少は目が覚めたようだな。ついでにもうこんな馬鹿な事はやめたらどうだ」
「う、うるさ、い…魔導士なんて、いなくなればいいんだぁぁ!! 」
「…つまり、自分もいなくなりたいって事か」
「な、何っ! 」
鎌足は驚く。さっき現れたばかりの男が、自分の内面を一瞬で見抜いた事に。
「魔導士だったせいで、世間からはじかれたタイプか。魔力を呪い、自分を呪い…鬱屈とした人生を歩んできた、か」
「やめろ…言うなぁ!!」
心情を見透かされた鎌足は激昂し、水晶体が残った左腕を中心として、タックルを放つ。
「さっきより速い! 結晶が小さくなったから? 」
身構える美心を誠奈人は左手で制し、一人で前に出た。そして得意技である形成魔導で青白い魔力の直刀を作り出し、両手で強く握る。顔の横に手がくるように高く刀を構え、足に力を込めて強く踏み込んだ。魔力により強化された脚力が誠奈人の体を一瞬で敵の眼前に運ぶ。そして、禍々しい結晶体に覆われた鎌足の左半身に向けて、一気に刀を振り下ろす。誠奈人の常人離れした腕力と魔力を乗せた太刀筋は、眼で捉える事すら叶わず、圧倒的な破壊力でもって結晶体を粉砕した。前方に来ていた左肩から左手にかけて破壊され、その余波で鎌足は吹き飛ばされる。
「うがっ! かはっ…! 」
地面に叩きつけられ、その衝撃で肺から空気が搾り出された。転がりなが全身を地面に打ち付け、痛みにのたうち回る。
「い、いたい…うっぐ、ふぅっ…! 」
「あんたの親、たぶん魔導士じゃないんだろ」
「…どうして、わかるんだよぉ…!」
次々と正解を言い当てる誠奈人に、地面に這いつくばりながら疑問を投げつける。
「俺も、似たような境遇だったから。俺の母親は魔力が無くて、俺とは相容れなかった。あげく俺が7歳の時に魔導士の抗争に巻き込まれて死んだ。最後の最後まで、魔導士が嫌いだったと思う。俺も含めてな」
誠奈人の話を聞いて絶句する鎌足。今この場においての立場は全くの逆だが、自身と誠奈人の境遇に共通点を見出さずにはいられなかった。
「俺にとって運が良かったのは、母方の祖父は魔導士だったって事だ。だからこそ母と祖父は仲が良くなかったみたいだけどな。魔導士の家系に魔力無く産まれてしまった事で苦労もあったみたいだな」
鎌足は身を起こしたが、動き出す事はできなかった。地べたに座りながら誠奈人の話を聞き入っていた。
「そして俺が魔力を持って産まれた事で、母に更なる絶望を与える事になった。やっと自分の家庭を持てると思ったのにな…俺は今でも申し訳なく思ってるよ」
「そんなの! 誠奈人先輩のせいじゃないです。誰も悪く無い」
鎌足が思わず口を開こうとしたところに、美心が割って入った。自分を責めるような誠奈人の語り口に、我慢ができなかった。誠奈人はバツの悪そうに後頭部を描き、美心に苦笑いを送る。それから、まだ動けずにいる鎌足へと向き直った。
「突然自分語りして悪かったな。でも、俺達はみんな同じような経験をしてる。あんたはひとりぼっちじゃない。周りから見たら傷の舐め合いかもしれないが、それでも…同じ魔導士の仲間がいるという事を知って欲しい」
誠奈人の言葉が鎌足の心の奥底に突き刺さる。胸中に様々な感情が渦巻き、表情が歪む。しかし、それに水を刺すように右腕に装着された賢者の石片が光を放つ。鎌足の体から細い糸状の魔力が無数に伸び、辺りに散らばった結晶体に繋がっていく。
「うぅ、がぁぁぉぉぁ!!」
既に限界を越えて魔力を作らされている体が悲鳴を上げる。全身に激痛が走り、皮膚が裂けて鮮血が飛び散る。その苦しみから鎌足は再び暴れ出す。
「このままじゃ命が危ない。賢者の石片を破壊するしかないな」
「二人で行きましょう。その方が隙もできやすいです」
「体は大丈夫か? 」
「問題ありません! 」
「わかった。行くぞ! 」
誠奈人は美心すぐさま駆け出す。鎌足は魔力の糸で拾い上げた結晶体を再び全身に装着した。先ほどまでとは違い、急拵えのツギハギな鎧だった。それでも圧倒的な質量を誇り、更にいくつかの結晶体は体には装着せずに地面を這い回っている。結晶体に繋げた魔力の糸を引きずって力づくで動かしていた。
「落ち着けよ」
誠奈人は邪魔な結晶体を刀で砕きながら前に進む。美心がその少し後ろから、魔力弾を放って結晶体を狙撃しながら誠奈人の後を追う。先ほどまで露出していた右腕は結晶体で覆われ、そこに装着された賢者の石片を目視する事はできない。まずはこれを剥がしてから、本命である賢者の石片にピンポイントで攻撃を仕掛ける必要がある。鎌足の生身の右腕を丸ごと吹き飛ばす事も誠奈人なら可能ではあったが、その選択肢は最初から考えていなかった。
「ああぁぁぁぁ!! 」
鎌足は叫び声を上げながら、めちゃくちゃに攻撃を繰り出す。腕や脚を振り回すだけの単調なものだが、結晶体の質量によって、依然として強大な破壊力を発揮していた。誠奈人と美心はそれをかわしながら、時に結晶体を破壊しつつ立ち回る。激しく動き回っているため、右腕を攻撃するチャンスはなかなか訪れない。それでも誠奈人と美心はお互いの様子をうかがいながら、冷静に攻撃を捌き続けた。
「目ぇ覚ましてください! そんな物に負けないで! さっきまで、ちょっとだけ、分かり合えてたじゃないですか! 」
美心は戦いながら懸命に呼びかける。
「…う、うぅ…」
その言葉に応えるかのように、鎌足の唸り声が収まり、小さな呻き声へと変わっていく。
「もう、いやだ…全部、…どう、でもい…」
「ダメですっ! がんばれっ! まだまだっ!」
鎌足が意味ある言葉を発したが、美心はそれを根性論でねじ伏せる。その流れに誠奈人は思わず苦笑いする。
「辛かったら…みーこのファンになってください! アイドルは良いですよ。かわいいが発する癒しのパワーは無限大です。世界中のすべての人がかわいい夢中になれば! この世から争いは無くなるのです! 」
「そん、なの…無くなるわげっ! な、いっ!」
「人間一人の力はちっぽけだけど! それでもやってやると決意して! 走り出さないと! 何も起こりはしないんですよ! 魔導士はアイドルやっちゃいけないなんて、誰が決めたんですか!? わたしは諦めたくない。自分の大好きを貫きます。そして世界中の一人でも多くの人にみーこのかわいさをお届けして、魔導士がどうとか関係ないって、伝えたい! その信念がある限り、みーこは負けませぇぇぇん!! 」
語気が強まると共に、美心の魔導のボルテージも上がっていく。魔力の出量が高まり、肉体強化の効果も魔力弾の威力も向上する。速さを増していく美心の動きにやがて鎌足は追いつけなくなり、動きが鈍る。美心はそれを見逃さなかった。
「必殺、みーこビィィィムッッ!! 」
ハート型に合わせた両手から、細く集約した水と魔力の束が、渦を巻きながら放たれる。それは射線上にあった結晶体をすべて破壊し、そのまま鎌足の胸元あたりに突き刺さった。胸部を覆っていた結晶体の鎧が砕けると共に、跳ねた水が鎌足の眼にかかる。
「うっ!? 」
急に眼に水が入り、思わず鎌足は硬直する。
「今ですっ! 」
「後は任せろ」
美心が声をかけるとほぼ同時に、誠奈人は鎌足の右腕に迫る。握りしめた左の拳を右腕に叩き込むと、腕を守っていた結晶体が全て粉々に吹き飛んだ。間髪入れずに右手に握った刀を下から振り上げ、剥き出しになった鎌足の生身の右腕に輝く球体を、正確に捉える。パキン! というガラス瓶が割れるような音をたてながら、賢者の石片は真っ二つになり、地面へと落ちた。
「任務、完了」
標的を切り裂いた刀を振り払い、崩れ落ちてゆく結晶体と鎌足を尻目に、魔導士・神楽誠奈人は宣言した。




