第2章:第20話『水野美心、がんばる』
水野美心は、水を操る水流魔導を得意とする。川や海などの水があるところや雨の日などは、そこにある水に自らの魔力を流し、操作する。この場合少ない魔力で膨大な水を武器として扱う事ができるため、無類の強さを発揮する。しかし、この路地裏のような水気の無い場所においては、大気中に存在する水蒸気の水分子に干渉し、強制的に液体化させることで水を生み出している。また、それだけでは水の総量に限りがあるため、魔力を直接水に変換する事で補っている。しかし、前者の方が魔力の消費量が少ないため、後者で生み出す水の量は極力少なくするように調整している。
(今更だけど、せっかく魔力を使って作り出した、みーこお手製のアクア・バスケットちゃんをあっさりと奪われちゃった。顔面をキャッチして視界と呼吸を奪っている間に拘束しちゃおうと思ったんだけど)
目の前の男―ハンドルネーム鎌足は、美心が作り出した水に触れ、それを液体から結晶のような固体に変えた。その上で、コントロールも完全に奪っている。初めて見る魔導だが、美心にとっては天敵だった。
(凍らせてるわけじゃなくて、水を強制的に固体にしてる感じ。となると、水分子に魔力で圧力をかけて、分子間の距離を詰めて結晶化させた…ってところかな? 原理としてはわたしが水を生み出す魔導に似てるかな。たぶん)
「あなたの魔導、すごいですね。そんなの初めて見ました。ちゃんと原理を理解しないとそこまでの事は出来ない。勉強したんですね」
鎌足は目を伏せる。自分の魔導が誰かに褒められるなんて、初めての経験だったからだ。どんな顔をすればいいのか、わからなくなってしまった。
「こんなの…なんの意味もない。何の役にも立たなかった」
「ありますよ。現に今、みーこを追い詰めています。どうやって攻略しようかなって、めちゃくちゃ悩んじゃってます」
(何なんだこいつ…さっきから。話しかけてくるなよ! )
「と、いいつつ実はもう攻略法を思いついたのです。すぐにお見せしますよ」
(切り替えるの早…)
少しずつ、美心のペースに巻き込まれていく。だが、それを振り切るように鎌足は動き出した。結晶体を全身に装着した体を振るわせて美心に向かって突進する。身体強化の魔導も使っているが、結晶体の重さもあり動きは緩慢だ。美心は結晶体の影に隠れて鎌足の死角に入るようにステップを刻む。美心の姿を早々に見失った鎌足は結晶体を纏って巨大化した左右の拳をめちゃくちゃに振り回すが、美心を捉える事はできない。
「うぐっ、このっ、どこだ! ちょこまかとっ! 」
「予想通り、賢者の石片の力に体が追いついてないみたいですね。その腕でみーこに一撃入れられれば、確かに大ダメージでしょうけど…当てることができますかっ? 」
「舐めるなっ! 喰らえっ! このぉぉっ! 」
鎌足は怒鳴り声を上げながら追撃する。その姿は結晶体の刺々しいシルエットも相まって、さながら獣のようだった。
「そんな大振りじゃ当たりませんよ。そして次はみーこの必殺技を受けてもらいますっ! 」
美心は単調な攻撃をかわしながら、後ろに跳んで鎌足から距離を取った。両手を合わせてハートの形を作り、前方に構える。魔導で生み出した水が手の中に渦を巻くように集約していく。
「必殺、みーこビーーーーム!! 」
美心の手から、渦を巻く水が高速で発射された。弾丸のように回転しながら、細く真っ直ぐな軌道で鎌足の腹部に直撃し、その体を後方に吹き飛ばした。
「うがっ!? 」
線状に圧縮した水は対象に衝突する面積が小さくなる事で、圧力が高まる。更に回転を加える事で辺りに霧散せず全ての水をぶつけることができると共に、対象を削り取るように動くことでその破壊力を増す。そこに魔力による攻撃力を上乗せする事で、少量の水で大きな威力を生み出す。それが水野美心の必殺技、みーこビームなのである。名前こそあまりに安直だが、高度な技術を用いた強力な魔導だ。
「いっ…つ、くそ…やってくれた、な…」
鎌足は腹部への強烈な一撃で、一瞬呼吸が出来ないほどの衝撃を受けた。みーこビームを受けた腹部は、まとっていた結晶体が崩れ、更に内側に着ていたシャツを破り、腹部に黒いアザを残していた。美心が生み出した水は鎌足が魔導で固める間もなく地面に散らばり、小さな水たまりになる。
「結構頑丈ですね。でも、今のは出力35%くらいです。本気を出したら、鎌足さんのお腹に風穴が空いちゃいますよ? 降伏を勧めます」
35という数字は『みこ』の語呂合わせで、わりと適当に決めた。本気ではない事に違いはなかったが。
「まだまだ…こんなもんじゃない。僕は、僕はぁぁぁ!! 」
鎌足は叫びながら、右手首に装着された賢者の石片に再び魔力を込める。その球体から禍々しい光が吹き出し、鎌足の体を包んでいく。
「それは危険な物なんです! それ以上出力上げたらダメです! 鎌足さん! 」
自分に襲いかかってきた男の身を案じて美心は叫ぶが、その声は届かない。
二人の戦いを、路地裏の雑居ビルの屋上から眺める人影があった。この戦いをけしかけた行商人と、その同胞である久住至遠だ。
「あの人、魔道の素養は悪くないけど、いかんせん実践経験が皆無だね。なんとか喰らい付いてはいるけど」
「それはそうでしょうな。そこまで求めるのはさすがに酷というものです」
「じゃあどうする? このまま賢者の石片の出力を上げたとしても限界がある。あの様子では美心に勝つ事はできない」
「おや、元同僚をいたく評価してらっしゃるのですね」
「適正に判断しているだけさ。彼女はああ見えて優秀な魔導士だ」
「確かに、ワタクシ少々驚きました。彼女、やりますねぇ。このままでは至遠サンのおっしゃるとおりになってしまうかも」
「では、どうする? 」
「ふふふ…それは、アナタと同じですよ、至遠サン。彼は今出力を上げ続けているようですが、賢者の石片の本当の力は、あんなものじゃあない」
「…リミッターを外すんだね。だったら、なかなか面白いものが見られるかもね」
「ワタクシの魔力に反応して制御装置の機能を停止させる仕組みを施してありましてね。それでは早速…」
行商人は左手の人差し指を前に突き出し、指先に魔力を集中させる。指の先端に現れた半透明の魔力の球体から、鎌足の右手首に向けて一筋の光線が放たれた。
「さぁて…見せていただきましょうか。実に楽しみですねぇ」
美心の立ち位置からは、行商人達のいる場所は死角だった。気づいた時には鎌足の右手首に装着された、バングル状の制御装置に光線が命中する。美心が何が起こったのか理解する間もなく、鎌足が苦しみ始める。
「う!? ぐ、ぐぐ…うがぅああぁぁぁ!! 」
「何!? 一体どうしたんですか! 」
制御装置に埋め込まれた賢者の石片がより一層強く光を放ち、鎌足は頭を抱えたままもがき苦しむ。全身を包んでいる結晶体が肥大化していき、鎌足の体が巨大化したように、そのシルエットがみるみる膨れ上がっていく。それと同時に美心はいつの間にか自分の唇が渇ききっている事に気づく。
「まさか…大気中の水分を吸収している? 」
先ほどのみーこビームの後に出来た水たまりも、あっという間に干上がった。そして結晶体に包まれた巨体は全長三メートル程にもなる怪人と化した。
「あっ…が、はぁ…ぎぐぐ、ううぅううぁああぁぁ!! 」
言葉にならない咆哮を上げながら、苦しみから逃れようとしているのか、鎌足は手足を振り乱して暴れ始める。
「まずい…なんとか止めなきゃ」
美心は再び手でハートの形を作り、水の集約を始めた。
「出力…70%くらい! みぃぃこビィィィィム!! 」
先刻よりも速度と回転数を向上させた一撃が放たれる。今度は胸の辺りに当たり、その箇所の結晶体を粉々に破壊した。しかし、次の瞬間、ミーコビームを形成する水が紫色の光に包まれ、結晶体が砕けてできた穴に吸い込まれていく。そして瞬時に水が固まり、結晶体が再生した。
「そんな…今度は手で触れなくても水を操れるの? しかも高速で飛んで来たみーこビームを捕捉できるなんて」
美心が驚愕していると、鎌足は背中の結晶体から魔力をジェット噴射のように放出し、その勢いで美心に向かって一気に接近した。肩を下にして、タックルの体勢で突撃する。
「しまった、速い…! 」
美心が身構えた時には鋭利な結晶体の塊が美心の眼前に迫っていた。美心は両腕を顔の前に出してガードの体勢を取る。そして、腕に魔力を集中させると同時に、腕の前方に魔導で水を発生させた。水の摩擦でタックルのスピードを殺すと共に、水をクッションにする事で衝撃を分散させる狙いだ。
「きゃあぁっ! 」
結晶体をまとった巨体が美心の小さな体を捉える。水に遮られたがその勢いは依然として強力で、美心は大きく吹き飛ばされた。アスファルトの地面に叩きつけられ、体が擦れる。魔力と水のガードが功を奏し、骨折等の重大なダメージは防ぐ事ができた。しかし、服の袖は裂け、その内にある細く白い腕にはいくつもの擦り傷が付いている。美心はすぐに立ち上がったが、血の滲む腕が痛々しい。
「こ、こんのぉ…今のは少し効きましたよ、さすがにぃ…」
派手に吹き飛ばされて、痛まない訳が無い。だが美心は痛みを堪えて涙は流さない。一方の鎌足は唸り声を上げながら苦悶の表情のままだ。賢者の石片が依然として鎌足の肉体を蝕んでいる。魔力を生み出す器官である魔導核を刺激し、本来出せるはずの無い量の魔力を生成させている。水道管を破裂させて強引に大量の水を噴出させるかのような行為だ。体内でそれが起こる苦しみは想像を絶する。
「ぐ、ぐぅぅぅ…うがあぁぁぁ!! 」
鎌足が結晶体でできた巨大な腕を振りかぶり、美心に向けて狙いを定め…その拳を放った。凶悪な一撃が、ダメージを負った美心に襲いかかる。
「やって、やろうじゃないですかぁっ! こぉぉぉいっ!!」
美心は雄叫びを上げ、迎撃の構えを取る。体の痛みが引かず、今はまだ機敏に動く事はできない。あと数メートルの所まで、拳が迫る。そして…。
空から青白い刃が舞い降りた。それは巨大な拳に上から真っ直ぐ突き刺さり、地面に叩き付けた。ズドン!! という大きな音を立てながら刀は拳を貫通して地面にまで達し、結晶体を大地に縫い留めてその動きを封じる。
「随分と、熱心な追っかけだな」
刀の主である魔導士、神楽誠奈人がそこにいた。
「無事か? アイドル様」




