会合
銀色の機体の推力が完全に停止し、重力に従って落下を始める少し前、それを眺めているだけだった遼河の身体は自然と走り出していた。
「あ! おい待てよ遼河!」
隆市がそれを見て慌てて追いかけてくるが、その差はどんどん開いていく。そのことにも気が付かないほど、遼河の頭は先ほどの戦闘のことでいっぱいだった。
隼風のテスト飛行での美技とはまるでかけ離れた、相手を痛めつける事を目的とした戦い方が、怖くなかったと言えば嘘になる。
しかし最後、身を挺して管制館の仲間を庇ったのも。その隼風だ。
あの落下の様子……恐らく操縦士の意識喪失による、機体の制御不能が起こったのだろう。隼風には姿勢制御システムが搭載されているが、大気圏内での運用には未だ難が多く、現状では操縦士の操作アシスト程度にしかなっていない。
早い話が、操縦士が気を失えば、その姿勢を保っていられなくなると言う事だ。エアバックがあるとはいえ、安全性に不備が無いとは言えない。
幸い遼河達のいた位置と隼風との位置は近い。自分が行って何になるかは分からないが、もはやそういった意思とは無関係に足は動いていた。
場所は木々の生い茂る自然地域。この島に元々あった自然を残した場所で、森林浴の場としても人気の高い場所だ。島内には各所に、住居者のストレスを溜めないよう娯楽施設が設けられているが、その中でも人の手が全く加えられていない場でもある。
当初は火災など発生の原因になりかねないとされ、全て刈り取られる予定であったようだが、作業員の多くの意向を受けて、作業に必要な箇所以外の自然は残されることになったという。
その背の高い木々の間を、足元に気を付けながら走りぬける。およそ十五分ほどで、目標地点にたどり着いた。
「はぁ、はぁ、はぁ……いた」
肩で息をしながら、遼河は汗だくの顔を目の前の機体に向けた。
生い茂る木々の中にぽっかりできた空間。恐らく上空から見たら不自然な広場のようになっていることだろう。
隼風はその広場の中心で、木々をなぎ倒しながら、手足を投げ出すように、あおむけに倒れていた。
今朝まで傷一つ無い光沢を放っていたボディのあちこちに高熱を受けて煤けた跡と、金属が擦り合ったような歪な傷が目立つ。
まるで実際の戦場で運用された兵器のような、マニア心をくすぐる外観で、こんな時でなければ、そのレアな現場に心を抑えきれず、抱きつくなり写真を撮りまくるなりしていただろうが、流石の遼河の機械オタクも今は自重してくれたようだ。
「状態は……」
ピクリとも動かないその機体の全身に素早く目を通す。
負傷箇所は主に頭部と右腕部。右腕部は内装の電子回線がいくつかいかれているようだが即座に処置が必要というわけでは無さそうだ。
問題は頭部。どういうわけか、敵の炎の弾丸は直撃した位置からその火力範囲を広め、狙い澄ませたようにコクピット付近にまで伸びている。まるで炎自身が意思を持って操縦士を殺めにきているかのようだった。不自然に残り火が無いこともこうなってくると、その炎の秘密を隠すためなのではないかと思える。そもそも炎には比較的強いはずの隼風の装甲をここまで疲弊させる炎熱兵器とは一体どのような代物か。
“追尾性能を持った炎”
まるで漫画のような話だが、そういった可能性も考えていかねばならないのかも知れない。
ガザガサ。
遼河の背後で草を踏み分ける音が聞えた。後を追いかけてきた隆市が、ようやく追い付いたようだ。苦しそうに膝に手をついて、呼吸をする。
「はぁ、はぁ、待てって……お前足早すぎ……」
しばらく息を整えると、ようやく目の前の隼風の様子に気が付いたようだ。表情を険しくする。
「……ゲッ! ひっでえな、操縦士は無事か?」
「……行ってみましょう」
二人で慎重に隼風の側に近づく。いつも間近で見ていた隼風だったが、こうも損傷の激しい状態を目の当たりにしたのは初めてだ。そんな姿ではあるが、中に操縦士がいるためか、これまでよりも“生きた”雰囲気を纏っている。
その機体の腕からよじ登って、操縦席のある胸部まで来たとき、遼河はある問題に気が付いた。考えてみれば当然のことではあるが、
「……そういえばどうやって開けます?」
「あ……そっか、外からだと開けようがねえもんな」
コクピットを目の前に、二人は立ち止まる。
胸部のハッチは機体の外からでは開ける事が出来ない。製造過程では、あらかじめハッチを完全に閉じないようにしていたため忘れていたが、通常、運航中は管制館の許可か操縦士自身の承認が必要になる。 このままではこの場で立ち往生ということになってしまう。
しばらくして隆市が手を叩く。
「そうだ、こうなったら太い木の枝を間に差し込んでテコの原理で!」
「間が分からないくらい完全密閉ですし、人力で開くことも無いと思うので、多分無理です」
「なら火を起こして熱膨張で」
「でも隼風は熱に強い素材ですよ、さっきの赤鬼の炎ならともかく……」
「……駄目だお手上げだ」
「ですね……あっ」
どうしたものかと頭を悩ませていると、二人の目の前で隼風の胸部装甲がガタっと音を立て、ハッチが上に開いていった。中の操縦士が自ら開けたとは考えにくいので、恐らく下の救助の動きを見て、管制館の誰かが外部操作をしたのだろう。なんにせよ素早い判断は助かる。
「……行ってみましょう」
「お、おう」
しっかりした救助が来るには、まだしばらく時間がありそうだ。
「黒焦げだったらどうしましょう……」
「馬鹿! 縁起でもねえこと言うなよ!」
嫌なイメージを払しょくするように、二人は恐る恐るコクピットの中を覗き込んだ。そしてすぐに驚愕の表情をつくる。
「え、女の子……?」
「マジか!?」
コクピット内に熱気は感じない。よく思い返してみれば、整備の時から、コクピット周辺は最も頑丈な造りになっていた。操縦士を生き残らせることを第一に考えてた設計者の配慮が見えると、整備士達の仲でも評判だったくらいだ。
そして肝心の操縦席には、力無く座席にもたれかかる少女がいた。どうやら気絶しているようで、遼河達が踏み込んでも一切の反応を見せない。
「あれ? この子……」
遼河はこの少女の姿に見覚えがあった。今朝のラストチェックから台地に向かう道すがらすれ違った奇妙な一団。その一人がこの少女だった。この少女がこの席に座っているということは――――
「この子……操縦士なんですかね」
「まぁ……この状況からするとそうとしか考えられねーよな」
「ですよね」
見ればわかることではあるが、頭の整理のために無意味な問答をする。
飛行機における女性の操縦士というのは、いまどき珍しくも無い。日本の防衛隊では女性は戦闘機の操縦士になることはできないが、海外では続々と増えていると聞く。
男女平等が広まる現代では、いつまでも軍事は男の仕事、ということも無くなっているのだ。
しかしまさか隼風の操縦士が女性とは思わなかった。
もしかすると世界発のMSGの女性操縦士なのかもしれない。
「おい、あんた大丈夫か?」
遼河の横から、隆市が少女の肩を叩く。それでようやく遼河も我に返った。そうだ、今は驚いている場合では無い。見たところ大きな外傷はないようだが、空での戦いには、直接的な傷以外にも様々な危険が潜んでいる。その例が、強力なGによって引き起こされるグレイアウトやブラックアウト、それ以上のGの場合に起こる意識喪失だ。
隼風は非常に高機動のため、操縦士にかかる負担も特に大きいものとなる。少女はGを多少和らげる効果のあるGスーツを着用しているが、あれだけの機動を行ったのだ。Gによる意識喪失は十分考えられる。
遼河も慎重に様子を伺った。
「どうですか? 隆市さん?」
「ダメだ反応ねえ。しゃーねえ、もう少ししっかりやるか」
続いて隆市は腕まくりをすると、少女の耐Gスーツの一部を手際よく脱がせ、心音、脈、呼吸の確認を順次図っていく。あまりの手際の良さに、遼河が唖然としていると、全ての作業を終了した隆市が首を傾げた。
「うん……?」
「ど、どうでした?」
恐る恐る尋ねる。しかし隆市は拍子抜けしたような顔で、
「それがよ、なーんも異常ねえんだよこの子。それどころか健康そのもの。多分昏睡の原因は脳震盪だと思うんだけどよ、それ以外、脈も正常心音も平常そのもの。……だから心配しなくてもいいぜ。後はゆっくり休めば……っと、救助来たみてーだな」
木々の向こうから数人の話声と草を掻きわける音が聞えてくる。ようやく救助の準備が整ったのだろう。
「そういえば隆市さん、さっきの処置、やけに慣れた対応でしたけど補講受けてたんですか?」
隼風の整備士に課せられる座学には、心肺蘇生や人工呼吸等、応急処置のものがあり、これは全員必須だが、希望者は更に詳しく補講を受けることができる。隆市のイメージには合わないが、もしかしたらそういったことに興味があったのだろうか。
「補講? ああ、ちげーよ。ただ昔似た経験があったから今度は上手くやれただけだな」
「似た経験?」
「あーまあ、なんつうか――」
その言葉の意味を聞く前に、木々の隙間から担架を担いだ筋肉質な男達が現れた。すぐさま遼河達を発見し、手を振る。どうやらエンジンチームが救助の先頭を切ってくれたらしい。
エンジンチームのリーダーの中根が速足で隼風の機体に昇る。
「おい! そこにいるのは坊主たちか!? 操縦士さんは無事か!?」
「気を失っていますが緊急ではないっす! 担架お願いします!」
隆市の声によーし! と頷いて、中根が二人と同じルートで隼風をよじ登ってくる。そして二人に申し訳なさそうな顔を向けた。
「遅れてすまなかったな。全員でここに押しかけても野次馬にしかならねえからよ、虎武に指示してもらって俺達エンジンチームが代表して操縦士の救助を任されたんだ」
そしてコクピットの中に眠る少女を確認すると、先ほどの二人同様、いや、それ以上に驚愕の顔を見せた。
「……って、お、女じゃねえか!」
「中根さん、驚いてる暇ないっすよ。呼吸、心音は問題無かったんですけど、医務室でより適切な検査してやってください」
中根は隆市の声掛けでハッと我に返ると、
「お、おうそうか、すまねえな。おい、担架すぐ来い! 管制館の医務室まで特急で行くぞ! 坊主たちも一度戻ってこいよ。隼風は後から回収に当たるからよ」
その掛け声に合わせて、下で待機していた体格のいい男達が素早く隼風に駆け上り、少女を担架にゆっくり横たえると、今度は来た道を全速力で駆け抜けていった。森道を感じさせない、一糸乱れぬ隊列は流石だ。
「すごいですね、エンジンチーム」
「伊達に脳筋じゃねーな。俺はああはなりたくないもんだぜ……さて、俺達もいったん戻るか」
「そうですね…………あれ?」
「ん? どうした遼河」
「いえ、あそこなんですけど……」
遼河がコクピットの操縦席、その裏側を指差す。
先ほどは少女の様子が気になっていて気が付かなかったが、そこからは微かな光が漏れだしていた。
隆市も気が付くと、不思議そうな顔を浮かべる。
「あそこって“おもちゃ部屋”だよな」
「はい、ただの余剰スペースのはずですし、機体が停止した今、あそこに電力を供給しているとは考えられないです」
「ふーん、別に大した理由じゃねーだろ。機体の異常を感知したシステムが修理しやすいように電気回したんじゃねーの?」
確かに隼風には、緊急電力供給という、万が一電力が停止した場合の予備バッテリーへの移行が可能となっている。
「それにしたって発光時間長すぎますよ。予備バッテリーに移行してから五分以内に手動で許可しないと、供給も停止されますし」
「それもそうか。よし、折角だからちょっち確認して……あ」
「あ……」
隆市が座席の後ろに手を掛けた丁度その時、元々発光などしていなかったかのように、唐突に光が消えた。
念のため留め金で固定された座席をどかして、中を確認してみても、やはり暗い室内には見慣れた狭い空間があるだけだった。
「しゃーねえ。また第二で調べようや」
「……そうですね」
これだけの損傷だ。またこの場所に来ることもあるだろう。
二人はようやくその場を後にすると、来たときとは逆に、ゆったりとした足取りで格納庫へと向けて――――遼河はその足を止めて懐からインスタントカメラを撮りだした。
「あの! 帰る前にこのレアな一枚を写真に収めてもいいですかね? 」
「……お前もぶれねーな。カメラいつも持ち歩いてんのかよ」
一枚どころか二十枚は写真を撮った遼河はホクホク顔で、付き合わされた隆市はあきれ顔で、今度こそ格納庫へと向かった。
二人が格納庫へ戻ると、作業員の間では先ほどの敵機襲来と隼風の話題は持ちきりになっていた。操縦士が少女という話は広まっていたが、全員が顔を確認したわけでは無く、医務室も今は立ち入り禁止となっていたため、音も葉も無い噂が錯綜しているようだ。
少し小耳に挟んだ話では、二メートルを超す大女だとか、ゴリラのようにマッチョな女だとか。隆市がしししと不気味な笑いをあげる
「ここの人達、あの娘みたら飛び上がるだろーな。あんな可愛い娘が隼風の操縦士だったなんて聞いたらよ」
あの少女の身体つき、対Gスーツごしのため、そこまではっきりとは分からなかったが、そこまで筋肉質でもなかったと思う。かと言って脂肪が多いわけでもなく、しなやかで無駄な脂肪の無い手足をしていた。
「それに胸も大きかったしな。な、遼河」
「う……」
確かに隆市が心音を図ろうとしたときに少し服を脱がせたが、同年代より大きめだったと思う。初めてすれ違った時は分からなかったが、着やせするタイプだったらしい。
「お? もしかして遼河は巨乳好きか?」
思い出して顔を赤らめた遼河を見て、ここぞとばかりに茶々を入れてくる隆市。その顔は珍しいおもちゃを見つけた子供のようだった。
「ど、どうでもいいでしょ、そんなこと」
「そっかそっか、機械バカだと思ってたが、ちゃんと人間らしいところもあったんだな。別に恥ずかしがることはないぞ、遼河。男は皆巨乳が好きなんだからな」
「そんなんじゃないですって」
「まあそう言うな。今度俺の秘蔵のコレクションの中からいくつか……」
「あ、いたいた。二人とも」
その時、人の波の中をかき分けて、陽子がこちらに向かってきた。
「早くに見つかってよかったわ。二人に伝えたいことがあったの」
「なんかあったのか?」
陽子は隆市の問いかけに頷くと、遼河に顔を向けた。
「ほら、遼河覚えてる? 隼風のテスト飛行後に波見さんが管制館に来てくれって言ってたこと」
「あ、そういえば」
所属不明機襲来ですっかり忘れていたが、午後三時には管制館に来いと波見から伝えられていたのだ。
「すみません、忘れてました」
「やっぱり。まだ二時前だから、急いでシャワーでも浴びてから向かいなさい。で、隆市だけど……」
「あん? 俺も管制館に向かえばいいのか?」
「いや、さっき中根さんに会ったんだけど、朝指示した始末書はしっかり仕上げておくようにって」
「――――――あ」
こちらも忘れていたようで、顔面蒼白になっていく隆市。
「あたしの方は、今がこんな状況だし、フライト後のF-A01の整備は無くなったんだけど、お父さんたちと一緒に隼風の緊急整備をすることになったから、管制館には結局いけないみたい。波見さんによろしくね」
「わかりました。……お父さん?」
思わず聞き返す。初耳だが、陽子の父親もここで働いているのだろうか。となると今まで出会っていたかもしれない。
「んだよ陽子、お前親父さんもここで働いてたのか。で、どの人なんだ?」
遼河と同じ疑問を隆市も感じたようで、隆市がキョロキョロと周りを見渡す。付き合いの長い隆市が知らないということは、遼河がど忘れしたということではないようだ。
この島の整備士は千人を超す。ここで生活するうちに、ほぼ全員の顔は頭に浮かぶようになってきたが、陽子の父親らしき人はすぐには思い浮かばない。
「陽子さん、俺も気になります」
「なあ、正解教えてくれよ。誰なんだ? お前の父親って?」
結局思い浮かばなかったため二人そろって尋ねると、陽子はことも何気な表情で、
「あれ? 二人とも言ってなかったっけ。あたしの名前、虎武陽子って言うんだけど」
と言った。その名前の意味するところに気付くのに、少し時間がかかる。
「虎武……?」
「虎武っつーと……」
二人は五秒ほど考え込むように沈黙した後、周りの作業員全員が振り向くほどの驚愕の声をあげた。
「おまっ! 虎武ってあの虎武か!?」
「多分その虎武よ」
「何で今まで教えてくれなかったんですか!」
「もう教えた気になってたんだけど……ていうかあんた達、同僚の苗字くらいちゃんと覚えておきなさいよ」
それを言われると遼河も隆市も言葉に詰まる。バツが悪そうに二人で顔を見合わせた。
「だってよぉ、俺がここに来たときにはお前もう陽子ってみんなに呼ばれてたし……なあ遼河?」
「はい、俺の時も陽子さんって呼ばれてたので、それに倣って……」
どうりで他の整備士達と仲がいいわけだ。ここでの整備期間が長い虎武の実の娘なら、以前からの知り合いという人も多いだろう。
陽子はそんな二人の態度に呆れたようにため息を吐くと、
「まあお父さん公私混同する人じゃないし、仕方ないけどね。あ、あたしのことは今後とも陽子でよろしく。じゃ、あたしもう行くから、二人とも後でね!」
時計を確認し、それだけ言うと、人ごみの中に消えていった。
今日はいろいろとあった日だが、またとんでもない事実が発覚してしまった。
「……と、俺らもそろそろ移動すっか。俺はだるいけど、ちょいと寮で原稿用紙の山と格闘してくるわ」
「あ、はい。じゃ俺もシャワー室で身体洗ってから管制館に向かいますね」
と、そこで隆市とも別れる。時計を見るとすでに時間は二時を回っていた。あまりのんびりとしている時間はなさそうだ。
遼河は少し急ぎ足でシャワールームへと向かった。




