加賀名唯花3
――――六年後。
「ん、んーーーー!」
朝の六時に鳴り響くアラームを止めて、唯花はベッドの上で大きく伸びをした。六年の月日は少女の身体はすっかり成長させ、同年代より少し大きめのバストが気になる年頃になっていた。
あれから毎日のように厳しい訓練を行ってきた唯花は、もう一端のMGS乗りになれただろうか。
実はいまだに隼風に乗った事は無いのだ。
『思ったより調整に時間かかっているの。下手するとぶっつけ本番になるかもれないから覚悟しといてよ』とはソアラの弁。
そしてそれは現実になったようだ。今日は隼風の初フライトらしい。
昨日の内に福岡県のホテルにチェックインしていた唯花は、軽めの調整の後、ぐっすり眠ってしまっていた。どこでも寝られるようになったのはかつての苦い経験の中で得た一つの利点だ。
再び大きく伸びをし、唯花はベッドから立ち上がった。
「今日、隼風に乗るのかあ……」
さすがに少し声が震える。
どこかから密輸した地上稼働のMSGに乗ったり、F‐A01のような戦闘機にも乗ったりした唯花とはいえ、いきなり隼風に乗るのは不安だった。
その気持ちを抱えながら髪をくしで梳き、服を着替える。四方寺重工は過保護すぎるほど唯花に気を使ってくれて、自由時間ができれば街に繰り出すことも許可してくれた。吉川か菅のどちらかを引き連れてではあるが。
忙しいのか、ソアラとはしばらく会えていない。最後に一緒に食事をとったのは三年前だったか。ただどんなに忙しくても毎晩電話は掛かってきて、その日の愚痴だとかうれしかったことだとかを話あえたので、さびしい思いはしなかった。
コンコン
中に気を使うように扉が叩かれた。もうその音で誰か特定できるようになってしまった。「はーい」と返事をしながら、急いで扉を開ける。
「加賀名さん、そろそろ朝食の時間です。準備はいいですか?」
六年前から一切変わらない声音で、吉川は言った。少しだけ顔にしわがはいったが、それがより年期を感じさせる。普段と変わらないように見える真っ黒なスーツだが、今日は心なし丁寧にアイロンが掛けてあるように思える。
ちなみに敬語は止めてほしいと言っても止めてくれなかった。最近になってこの人のいたずらっぽさがわかってきた唯花には、これも意地悪の一環なんじゃないかと思うようになった。
「大丈夫です、もう行きますね」
「ああ。それと昨日あなたが寝た後、寝坊助が一人チェックインしたようで。起こしに行ってやってはくれませんか?」
そう言ってにやりと笑い、マスターキーを唯花の手に握らせた。
「ソアラ、来てるんですか?」
「部屋番号は一つ上の三〇八号室です」
「わかりました! すぐ起こしてきます!」
唯花は部屋番号を聞くやいな、全速力で駆けだしていった。筋肉が付きにくい体質のため目立たないが、その身体能力はかなり高くなっている。あっという間に唯花の姿は階段へ消えていった。
三〇八号室の前で大きく深呼吸をする。親友に会うのはもう三年ぶりだ。丁寧にドアをノックする。
「ソアラ? 私、唯花だけど」
しかし返事は無い。これは予想通り。そこで先ほど吉川から受け取ったカード型のマスターキーを扉に翳す。
心地よい音と共に電子ロックが外れる音がした。
ゆっくりと扉を開ける。窓際のベッドからは、スース―と可愛らしい寝息が聞こえてくる。
「ソーアーラー……」
ゆっくりと毛布を顔の部分だけめくりあげると、そこには六年経ってさらに美しく成長した親友の姿があった。寝不足だったのか、目の下には隈が残り、むずがゆそうに毛布にもぐりこんだ。
「ハッ! いけないいけない!」
その美しさに一瞬見とれていた唯花だったが、自分の使命を思い出すと、今度は毛布を一変にめくり上げた。
「起きろ寝坊助――! 朝だぞ――!」
毛布を取り上げられたソアラはベッドの上でうずくまり、身を震わせた。そしてソアラがちゃんとパジャマを着ていることに、少し安心する。さすがにこの年で裸ということは無かったようだ。
そしてそこでようやくまぶたを開ける。
「……あれ? 朝……?」
まだ寝ぼけているソアラに、唯花が特大の笑顔を向ける。
「そう、もう六時半! そろそろ起きないと、隼風の現場まで間に合わないぞー!」
「それはダメ! ……って」
そこでようやくソアラと目が合う。一瞬キョトンとした表情を作った後、突然がばっと抱きついてきた。
「唯花!」
「ソアラ久しぶり。元気してた?」
「今した! 今元気になったわ! もうずっと会いたかったんだか――」
そこまで口にしたソアラが、急に体の動きごと止めた。
「ソアラ? どうしたの……ひゃ!」
突如ソアラのカモシカのように細い手が、抱きついた唯花の胸の上に置かれた。そして激しくもみしだく。
「ゆ、唯花さん? これは一体どういうこと……?」
「ど、どういうって……ちょっと止め……止め……いい加減やめなさい!」
静止を聞かず胸をもみ続けるソアラの上に強めのチョップをかます。
「おかしい生活環境は大差ないはずそれはたしかに少し睡眠不足だったし食事も疎かにしがちだったけどいったいどうしてここまでの差がうまれてしまったのか見当もつかないわ……」
頭に巨大なたんこぶを作りながらソアラがぶつぶつと呟く。
「もう! ほら早く着替えて! 早くしないと置いてっちゃうから」
「ごめんなさい! 今着替えるから――」
本当に久しぶりの再会だと言うのに、ソアラの変わらなさに、安堵する。
「ところで唯花、良ければ後学のために後でもう一回胸をもませてくれないかし――」
「馬鹿!」
――というのは嘘で、どうやら少し下品な風に成長してしまったようだ。
夜明島に着いたのは、午前九時を回ったところだった。
「今整備士達が最後の点検をしておりますので、しばしお待ちください」
いかにもビジネスマンといった感じの男性が、唯花達を管制館の三階の来賓席へ案内する。
島の様子は六年前とは大きく変わっていた。広大な滑走路。巨大な二つの格納庫。そしてこの管制館と、ずっと綺麗になっていた。
唯花は隣りで暇そうにしているソアラに話しかける。
「ね、ね、ソアラ。後で泳ぎに行かない? 私水泳上手くなったんだよ、教えてあげるよ」
「あのね、遊びに来たんじゃないのよ。それにあんたのは軍仕様の着衣水泳でしょうが。私がやったら普通に死ぬわ。付き合せないでちょうだい」
「うーん、白衣はすぐに脱ぎされるから着衣水泳に向いているんだけどね」
「え……ちょっと唯花、あなた話聞いてた?」
ソアラはなぜか白衣を着ていた。確かに似合っていなくもないが、折角元がとてつもなく可愛いんだから、もっとおしゃれするべきだと思う。
そんな会話をしていると、外で管制官たちと確認を取っていた吉川が戻ってきた。今日は菅は非番の日のため、付き添ってくれているのは吉川だけだ。
吉川曰く、菅は非番の日は必ず某アイドルグループのライブに行っているらしい。「もういい年なんですがねえ」と言いながら苦笑する吉川は、昔に比べて良く笑うようになったと思う。
「お二人共、そろそろ移動をお願いします」
吉川の呼びかけに緊張が高まる。ようやくご対面の時が来たようだ。
管制館から格納庫まではそこまで距離は離れていなかった。唯花と吉川なら走ればすぐだろうが、こちらにはソアラがいる。
ここに来てソアラは眠気が再発したらしく、歩く速度も子供のようになっていた。
「ほら、ソアラ! 急がないと遅れちゃうよ」
「待ってえ。インドアの私にはこの坂道は辛すぎるわ……」
どうにか手を引いて登っていると、格納庫の方から、一人の男性……いや、少年が走ってきた。ここの作業員だろうか。作業服がとてつもなく良く似合った活発そうな少年だった。
年は自分とそこまで変わらないくらいだろうか。この島ではベテランばかりだと聞いていただけに、少々意外だった。少年はソアラの方をじーっと見つめた後、今度は唯花の方に目を向けた。
――わ! 目が合っちゃった! どうしよう!
どうすればいいかわからず、笑顔を作ってとりあえず頭を下げておく。
そういえば、長い間MSGや戦闘機の訓練ばっかりで、人とのコミュニケーションはさっぱりだった。
――ど、どうだ?
途端に不安になったが、案の定少年も返しで頭を下げた後、すぐにプイと顔をそむけてしまった。
ガーーン
そんな擬音が頭で鳴った気がする。確かに男性とのおつきあい経験もないしまともに会話できる男性も吉川や菅しかいないとはいえ、これは酷い。
その様子を見ていたのだろう、吉川がにやりと笑う。
「くく、落ち込むことは無いですよ、今の反応、私から見たらかなり脈ありに思います」
「脈? 何の話です?」
「いえ、分からないならそれでいいのです」
そう意味深の言葉を残し、吉川は再び前を歩き始めた。
凄い。そうとしか言えない光景が広がっていた。目の前には、かつて自分が目にした機械の巨人。しかし当時は画面の中にしか存在しなかったものだった。
それが目の前に、現物として存在している。
シーツを剥ぎ取られた隼風に、思わず駆け寄り抱きつく。四月の昼前の暖かい気候に、金属特有の冷たさが、ひんやりとして気持ちがいい。
その様子を見ていた作業服の大柄な男性が、思わずといった風に笑っていた。
「なんですか?」
「いやなに、実はうちの若いヤツにもお嬢さんと同じことをしたヤツがいましてね、あまりに同じ動きだったもんでつい」
その人のことを思い出したのか、また男性が笑う。豪快で嫌味のない笑顔だ。なんとなく、この人はいい人だなと思った。
「さて、自己紹介と行きましょうか。俺は四方寺重工MSG特別開発担当技術主任の虎武文雄と言うもんです。あなたがこの隼風のテストパイロットですかい?」
虎武は吉川の方を見て、そう尋ねる。確かに、この中に操縦士がいるとなればそうなるのも無理はないか。
「いえ虎武さん、私ではなく、こちらのお嬢さんがそうですよ」
吉川もその問いは想定済みだったようで、すぐさまそう返して唯花のほうを向いた。
「ほぅ! それは本当ですかい、ふむ……」
そう言われた虎武は笑うでもなく、唯花をじっと見つめると、
「強い意思を感じるいいお嬢さんだ、あんたになら隼風を任せられるだろう」
そう言って頷いた。さすがにこれには驚きを禁じ得ない。
「あの、不満は無いんですか? 私みたいな若輩者がこんな最新機に乗って……」
「うん? 別に無いな。腕があれば誰でも受け入れる。日本の技術屋は昔からそうして発展してきたんだ、それが操縦士になったところで変わりはないだろう。まあ強いて疑問があるとすれば……お嬢ちゃんの腕、皮が厚くなっているな。操縦桿を良く握りしめている証拠だ。だというのにマメの一つもできていないってのが不思議っちゃあ不思議だが」
凄い。まさかそんなところまで観察されていたなんて。唯花は改めて、プロというものを思い知った。尊敬の意を込めて、あいさつをする。
「加賀名唯花、十七歳です。本日はお世話になりゃ……なります」
緊張のあまり噛んでしまった唯花に、虎武が再び笑った
「しかしうちの娘よりも若いとは驚きだな、ところで、そちらのもう一人のお嬢さんはどうしたんだ? 熊にでも襲われたのか?」
「はぁ……はぁ……熊のような体力の奴らに連れまわされはしたわね……私はソアラ。そのままソアラって呼んでちょうだい。年は十八。この『隼風計画』の立案と開発の総指揮をとっているわ」
その発言に虎武は、唯花以上の驚き方をした。
『唯花、聞こえている?』
「うん、感度良好だよ」
その後、専用の服に着替えて、虎武の指示に従って隼風に乗りこんだ唯花は、あらかじめ頭に叩き込んでおいた操作の手順を確認していった。
今は無線で管制塔へ移動したソアラと連絡を取りあっている。
『あの虎武っておっさん凄いわ。私が設計した箇所が、予定よりも格段に良くなってる。全く、日本の技術屋ってのは怖いわ』
「ふふ、なんだか楽しそうだね、ソアラ」
『ま、少し楽しかったわ。こっちじゃあまり話がわかる奴いなかったし』
「こっち?」
『……なんでもないわ。さ、じゃそろそろエンジン点火してもらえる?』
誤魔化すようにそう言って、ソアラが黙った。あまり触れられたくない話なのだろう。
唯花は敢えて何も聞かずに。エンジンを点火した。周囲が一気に明るくなる。自分の周りに遮蔽物が何もないかのようなクリアな視界に、驚きの声が漏れる。
「これどうなってるの!?」
『電気が通うと透過する金属が仕込まれているのよ。飛行機にはない下方向の様子まで見渡せるけど、被弾すればするだけ彩度が落ちていくから気を付けて』
「へー、うん了解」
目線を前に向ける。すると、足元で虎武が手を振っていた。そちらを注視すると、画面が勝手にズームアップし、人物の全高、距離、温度が表示される。
「改めてとんでもない技術というか……」
思わず苦笑して隼風の手を振っていると、今度は入口の方からパトカーのようなランプを灯らせた車両が入ってきた。
『目の前の誘導者は見えるわね? 一メートルほど機体を浮かせてついていって』
ソアラの声に従い、前方を行く車に追随する。もう飛行は目前だった。
「そういえばソアラ、テスト飛行のプログラムまだ受け取っていないんだけど」
『ああ。ないわよそんなもん』
「え」
『自由に飛びなさい。隼風ならきっと、唯花の飛行に着いてきてくれるから』
「…………」
最後の最後で凄い無茶振りだった。
結果から行って、テスト飛行は成功に終わったのではないだろうか。自分でも満足する飛行ができたと思う。
締め付けるようだった重力を脱却し、上空に停止した隼風は滑走路脇の見学者達に手を振る。趣旨と異なるかもしれないが、隼風は観客を楽しませ、自分も達成感に包まれている。
外からの女性の無線はもう戻れと言っているが、気分的にはまだこの余韻を味わっていたかった
『……お疲れ唯花。ねえ、あなた今の飛行の最高Gいくつかわかる?』
「さあ? 7Gくらいかな」
『15Gよ』
え。
「ちょっと待って。それってもしかしてとんでもなく不味いんじゃない?」
『不味いも何も、普通は首の骨や背骨がゴキっといっても不思議じゃないわね。それが無くともブラックアウトか、最悪意識の喪失か……そんな重力をあなた五秒も耐えていたのよ。いや、素質あるとは思っていたけど……人間卒業おめでとう』
「いやああああ!」
そんなジョークを交えていると、再び外の無線が早く格納庫に戻れと催促し……
ゴウ
そんな激しい音と共に、島の沿岸が炎の柱で削り取られた。
『えっ』
ソアラの間の抜けた声。
一方、唯花は炎の柱が見えるや否、右腕操縦レバーの内側にある、赤い色のスイッチを、ためらいなく押していた。
《隼風・ウィンドバリアモード機動》
機内にそんな音声が流れる。
『ちょっと唯花!?』
いきなり隼風の奥の手を使ったことに、ソアラが咎めようとした矢先、炎の柱が晴れてその先から赤い鬼が姿を現した。
赤い鬼はジロリと島の全体を眺めながら、何かを探しているようなしぐさを取る。
「私かな……」
唯花は知らず舌なめずりをしていた。不自然にニヤつく顔を抑えられない。頬にかかる髪が邪魔くさい。次からは後ろで縛っておこう。
『唯花』
「なに?」
ソアラの声は落ち着いたものだった。突然の事態にも関わらずすぐさま思考を入れ替えられるのは流石だ。
『あなた、アイツが来るの分かってたの?』
「ううん。ただ、何となく手がスイッチに伸びていただけ」
それは事実ではあるが少し違う。実際は、常に敵が来ることを想定していただけだ。幼いころ、あの紫色のMSGは突如として空に現れた。再び現れる際は、また突然現れるのだろうと予測していたわけだ。
ディスプレーに表示された、刻一刻と減り続けるタイマーに目を向ける。隼風の奥義の時間制限を知らせるものだ。
ウィンドバリアモード。読んで字の如く、風に自らの姿を隠し、相手から身を隠す隼風の奥の手だ。仕組みとしては、スイッチの作動と同時に気孔から装甲を覆い尽くす特殊な塗料が吹き出し、それによって瞬時に姿を隠すもの。ただし塗料の効き目は五分ほどで切れる。本来は最後の手段に使うために用意されたものだが、戦闘の最初に使う場合は、別の利点が見出せることを、唯花は気づいていた。
「遠慮なく先制攻撃させてもらうよ!」
音も無く隼風が敵機に近づく。敵機は右腕の銃口を対空兵器に向け、今にも打ち出そうというところだった。
相変わらず人を人とも思わないその行動。思わず唾を吐きそうになる。
「せい!」
敵機の右腕を、力いっぱい蹴飛ばす。大きく銃口を外された右腕は、波一つない海へと向かう。直後、放たれた銃弾は遠くの海にぽちゃんと沈み、三本の火柱をあげた。
そして混乱している敵機の側頭部に、上段からの拳を叩きこんだ。
制動をする間もなく海に突っこむ敵機。そのタイミングで
《ウインドバリアモード終了》
そういった機会的な音声が流れ、その姿が再び島の上空に現れる。
確認をすると、対空兵器を放っていた作業員は素直に待避を開始したようだ。それでいい。今は邪魔になるだけだ。
唯花は無線に怒鳴りつけるように言った。
「ソアラ、さっきから警報がうるさい。それとスクランブルは別にしなくていいから、そう伝えといて」
『え、ええ』
迫力に押されたかのような返事を聞くか聞かないかで、唯花は無線を切った。ここから先は自分一人の問題だ。
敵機が海面から上昇してきた。心なし怒りに身を震わせているようで、その瞳もこれまで以上に赤々と輝いていた。
「あはっ」
愉しむような声音が喉から漏れた。そのことを不思議に思う。恐らくあいつは六年前に地元を襲ってきたヤツらの仲間のはず。憎しみしかなかったはずの相手に対し、なぜ自分は笑っているのか。
――潰せ。破壊しろ
六年ぶりに、胸の内からどす黒い声が聞こえてくる。かつてはそれを抑えつけようとしていた唯花だったが、今は身を任せることにした。
そして笑顔を作る頬を手でなぞる。
「そっか。私、今愉しいんだ――」
機体を押し上げ、急速に接近してくる敵機。そして左腕を突きだした。それを難なく右腕で弾くと、今度は左腕が先の右腕よりも早い速度で突き出された。よく見ると左腕にはナイフが握られている。
先ほど海からあがるときに出しておいたのだろう。いかにも切れ味が鋭そうに、刃の部分から振動音が聞こえる。
怒りに身を任せた突進に見えて、敵機は冷静だった。自らの右腕を七割程度の速度で突出し、それを隼風が弾いたところを、今度は本命のナイフが握られた左腕で追撃する。そのリスクの高い戦法からして恐らく刃が触れれば勝ちなのだろう。
そしてその刃はもう隼風の胸部装甲の目前。
――――殺った
「――なーんて思ってるのかな?」
敵機の驚きが隼風越しに唯花にまで伝わってきた。
もし今が戦闘中でなければ、今頃唯花はあまりに予想通りの展開に、のた打ち回って笑っていたことだろう。
突き出された左腕の側面を、いつの間にか敵機の握ったナイフ以上に巨大な刃が貫いていた。
その刃は先ほど敵機の右腕を払った隼風の右腕から伸びており、丁度刃を伸ばした先に敵機の右腕があったようだ。
「狙いは悪くないんだけど、目線が早すぎ。何かしますよって言ってるようなものじゃん」
そしてその体勢のまま敵機の右腕を取ると、間接を固める。いくらMSGとはいえ、基本は人型だ。曲がらない方向には、曲がらない。
隼風の力任せの逆関節で、敵機の右腕の間接から火花が立ち上り始めた。
「ほらほらどうしたの? もっとできるでしょ? もっとやれるでしょ? あの時みたいに、上からエラそうに見下ろしながらさぁ、私らを殺せるでしょ!? 早くしなよ!!」
この状況を最高に愉しみながら、唯花はその締める力を強くしていく。
もはやこうなってしまっては敵機は自由に動けない。
すると何を思ったのか、敵機は今にも外れそうな右腕の甲から、先ほどの火柱を放った機銃が顔を覗かせた。
「今更そんなもの――はっ!」
そしてその銃口は、島の地表。人々が最も集中しているであろう管制館に向けられていた。
胸の内から溢れてくる、敵をつぶせという声が唐突に止む。隼風は間接を極めていた腕を外し、管制館へと最大速度で飛んだ。その直後に敵機の銃弾が発射される。その銃弾が間に割り込んだ隼風の右腕、頭部、に当たり、鈍い音と衝撃が操縦室を揺さぶる。炎の柱はすぐにあがった。操縦室の気温がどんどん上昇し、アラームと赤い点滅が機体の損傷を伝える。
「こ、の……」
それでも唯花は隼風を動かした。もはや気力だけでた保った意識の中で、赤いMSGに向けて、無事な左腕を向ける。
それを見て、追撃するか迷っていた敵機の決心はついたようだ。取り落としそうになる右腕を左腕で支え、赤いMSGは空中へ浮かんでいく。
そして目映い極光を放つ光の穴が空中に現れ、それに吸い込まれていくように飛び込んでいった。敵機を飲み込んだ光の穴は役目を終えるとすぐさま消えた。
「待、て……まだ……」
炎が消える。そこには、ボロボロの有り様の隼風が浮かんでいた。同時に、気力が切れた唯花の失神と共に、その高度を下げていく。
◆
「消防車をだせ! 山火事になるかもしれんぞ!」
「担架用意しておけよ! おそらく重症だ!」
「手の空いている者は全員操縦士の救助に向かえ! 絶対に救い出すぞ!」
島の中でも比較的自然を残した地域に落下していった隼風に、全員がハッとしたように消火器具を持って走り出す。正直、途中までの隼風の操縦士の戦闘には鬼気迫るものがあり、敵機より恐ろしかった。
しかし最後、身を挺して管制館を庇ったあの操縦士はまぎれも無く味方だ。あの操縦士を絶対に助けなければならない。
そういう思いを持って、全員が落下地点へ向かう。
そんな中、誰よりも早く隼風に辿り着いた少年がいた。




