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加賀名唯花2


「唯花、そんなに焦って食べなくても無くなったりしないから、もっとゆっくり食べなさいな」

「んぐ、ごめんね。久しぶりの食事だったから……」


 そう言いながらも、唯花は無我夢中で目の前の豪華な朝食に手を伸ばす。その食べっぷりに、ソアラが笑顔を見せる。

 食堂は貸し切りなのか、唯花達しかいなかった。大きな円形の丸テーブルに、ソアラ、唯花。そして吉川、菅が向かい合って座っている。

 少しばかりテレビドラマで見る長机を期待していた唯花だったが、ソアラいわく、話辛いということだった。確かにあれほどの距離があったら声を大きくしないと届かないだろうと納得する。

 料理は唯花がこれまで食べたことがないほどのおいしさだった。これは本当にベーコンエッグなのだろうか。こっちはコンソメスープ? 見た目が同じなだけで全く別の高級料理なのでは?

 そう思わずにはいられないほど胃袋を強烈に刺激する料理の数々に、――空腹という調味料があるとはいえ――夢中でパクついた。


「あはは、いっぱい食べるといいよ唯花ちゃん。子供のうちはしっかり栄養とっておかないと、大人になった時に貧相な身体つきになっちゃうからね」

 そう言って唯花以上にもりもりとナイフとフォークを動かし、五個目のバターロールに手を伸ばす菅。あのバターロールもふわりと口の中でとろけるような味わいがあり、非常に美味である。一方ソアラは紅茶とサラダを口にしただけでフォークを置いていた。


「菅、あなたもしかして私に言ってるのかしら?」


 ジト目を向けられ、菅が大仰な手振りで否定する。


「いやいやとんでもない。お嬢はすでに美しいプロポーションをお持ちなんですから、僕の言う事はお気になさらないでください」

「……まあいいわ。吉川、今日の予定を唯花に伝えてあげて」


 すると今まで黙々とベーコンエッグを食していた吉川が口を吹き、ビジネスバッグから大きめの手帳を取り出した。


「本日十時から病院で健康診断、後十一時からしばしの勉強をしていただき、十二時にうちの会長と会食。十三時からは語学のレッスンに戻られ、十八時からは例の場所へと向かってもらいます」

「うん、ありがと」


 軽く流されそうになったそのセリフに、慌てて割り込む。


「ちょ、ちょっと待って! あの、なんなんですかそれ?」

「え? あなたの今日のスケジュールよ。多少の遅れは仕方ないけど、概ねこれに従ってもらうわ」


 スケジュール? 覚えのない言葉に唯花がさらなる疑問の声をあげようとするのを遮って、ソアラが言った。


「言い忘れてたけど、あなたは今日、正確にはあなたを保護した昨日から四方寺重工の一員となったの。少し不自由するかもしれないけど、我慢してね」

「四方寺……重工?」


 聞き覚えがある名前だ。確か、日本が重工業の分野のさらなる発展に大きく貢献した企業だったはずだ。学校の歴史の教科書にも載っている超大手企業だ。


「そう、私達は全員四方寺重工に努める社員なの」

「え、でもソアラちゃんはまだ、十二歳じゃ……」

「優秀な人材に年齢は関係ないでしょ。私は確かにまだ十二歳だけど、あるプロジェクトを既に任されているわ」

「プロジェクト?」

「そう、『隼風計画』のね」


 その慣れない言葉に、唯花がキョトンとしていると、今度は聞き捨てならない言葉がソアラの口からこぼれた。


「そうだ唯花、あなたロボットを見てはいないかしら? 空を飛んでて、鋭角的なデザインをしていたと思うんだけど――」


 直後、唯花の握っていたフォークが床に落ちる。抑えきれない感情が迸り(ほとばしり)、どろりとした泥のようなものが胸の内から溢れてくる。


「どうして……」

「え?」


 あまりに小さな声だったためか、ソアラが聞き返した時――


 ガタン


 気が付いたら唯花はテーブルに乗り上げ、対面のソアラの胸倉を掴みあげていた。両脇の吉川と菅が即座に席を立ちあがる。


「どうしてソアラちゃんの口からあいつのことがでてくるの……? どうしてあいつのことを口にしてそんな平然な顔していられるの?」


 自分でも驚くくらいの低い声だった。


「落ち、着いて……私たちは北海道の件には関わっていないわ……」


 ソアラは顔を歪ませ、どうにかそう口にした。

 何か無性に腹が立つ。殺してしまおうか。そんな思考が一瞬脳裏をかすめる。

 目の前のソアラの存在のなんと儚げなことか。こんなにか細い首の骨など、もっと力を入れれば簡単に折れてしまうだろう。


「ごめん……なさい」


 しかしこんな状態でも、ソアラはそう言い切った。今にも聞こえなくなりそうな小さな声。

 違う、悪いのはソアラじゃない。こんな風に謝る必要なんて何もない。

 唯花がしていることは、ただの理不尽な暴力以外の何物でもない。

 それに気が付いた時、ハッとなって手を離す。


「ゲホッゲホッ……」


 ソアラが地面に向かって、激しくせき込む。

 自分は何をしていたのだろうか。自分の命の恩人を、こんな、まるであの時のロボットみたいに、何のためらいも無く殺そうとするなんて――――


「ソアラちゃん! ごめん!私――――」


 慌てて近寄って背中をさすろうとした時、大きな影が行く手を遮った。

 吉川が厳しい表情で唯花を見下ろしている。

 吉川だけじゃない。菅も今までにない真剣な表情を作って、睨んでいた。


「はあ、はあ……いいの吉川、菅、もう大丈夫。私の配慮が足りなかったわ。でもね、聞いて唯花。私達の敵は、あの空飛ぶロボット(MSG)。ううん、それを擁する組織“ゲンティアナ”」

「ゲンティアナ……」


 初めて聞く言葉だ。何を意味するのだろうか。


「そう、あなたの街を突然襲ったのも、こいつらの仕業。事件の黒幕ってわけ」


 唯花はしばし思考する。

 ソアラの話は本当だろう。ここで嘘を吐く理由は無い。この子、いや、四方寺重工は恐らく、そのゲンティアナの情報をもっと知っている。ならばここは大人しくしたがった方が得策だ。そして何より、今はソアラに対する罪悪感で胸がいっぱいだった。


――――ゲン、ティアナ


 再び脳内でその名前を反芻する。決して、決して忘れないように。

 そしてそれを悟らせないように、まじめな顔で、頷く。


「わかった。ソアラちゃんたちの言う事聞くよ。それとソアラちゃん、さっきは本当にごめんなさい!」


 そう言うとソアラは安心した顔で笑った。


「ありがとう唯花。大丈夫よ、ほらもう全然平気だから! 今日一日は私も付きそうから、一緒に回りましょう」


 力こぶをつくる動作をして、必死に安心感を与えようとするソアラに、安心するより先に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


――――決めた。今後この子の言う事は絶対信用する。


 吉川と菅にも頭を下げた後、一行は食堂を後にして階段へ向かった。。



 結論から言うと、スケジュールは尋常じゃないほどハードだった。

 病院では、自分の身体の丈夫さに驚かれ、会食では四方寺重工の大物らしき人と訳の分からない会話をし、語学では、得意じゃない英会話を延々とやらされた。

 倒れそうになる度に、ソアラに励まされ、なんとか語学の講義が終わった時、唯花は高級車のソファで今度こそ横になっていた。


「ソ、ソアラちゃん……今日はこれで終わりだっけ……?」

「ええっと、あと最後に一か所行ってそれで終りね」

「え~~」

「これで今日は最後だから、もう少し頑張って」

「ん……わかった」


 しぶしぶと頷く。

 しかし車が着いた場所を見て、何十回もある高いエレベーターを昇り切って、次々に自分に取り付けられていく装備を見て、唯花の不安はどんどん高まっていった。


「あ、あの~ソアラちゃん。今から私達どこに行くの?」

「九州沖の夜明島。もう暗いけど安心して、四方寺重工(うち)の操縦士は腕がいいから墜落することは無いと思う。あ、もしもの時はその紐を引っ張ればパラシュートが開くからね」


――――怖いこと言わないで!


 思わず出そうになった言葉が引っ込む。そんなことを口にして、本当にパラシュートを使う機会になったら笑えない。

 ビルの屋上のヘリポートでは、側面に大きく“四方寺”とペイントされたヘリコプターが爆音をたて、飛び立つのを今か今かと待っていた。


「……船で行くとかはダメなの?」

「いいけど時間かかっちゃうから。こっちの方が手っ取り早いわ。さ、乗って」


 この時ばかりはソアラが鬼に見えた。そして後ろで唯花以上に青い顔をしている菅が、恐る恐るソアラに尋ねた。


「あの……お嬢、僕はここで待機していても構いませんかね」

「はぁ? 何言ってるの。ダメに決まってるでしょ。あなた私のボディガードなんだから」

「いえ、その、実は僕高い所はダメでして、もうこの屋上の時点で色々と口から出しちゃいそうで――」

「吉川、汚物がヘリコプターの中でばら撒かれないようにあなたしっかりエチケット袋持ちなさい」

「わかりました」

「お、お嬢――――!」


 情けない悲鳴と共に、ヘリコプターは離陸した。


 

 それから菅の顔が暗闇でもわかるほどどんどん青くなるのを眺めながらしばらく揺られていると、どうにか目的地の島が見えてきた。時刻はとうに夜の九時を回っていた。

 ヘリを降りてすぐ、口を抑えながら島の海岸に向かう菅を冷ややかな目で見ながら、ソアラを大きく伸びをした。冬に入ったとはいえ九州はまだ仄かに気温が高く、あの地獄の寒さを経験した唯花にとっては暑すぎるほどだった。


「うわ、すごい……」


 島に降り立っての第一声はそれだった。

 工事現場でよく見かける重機が、島の表面を造り変えていた。

 ガガガと巨大な重機が奏でる音のおかげで、一見物寂しげな島の景色が騒がしい繁華街のようなそれに代わる。

 唯花の驚きの顔に釣られて、ソアラも笑顔を作った。


「でしょでしょ? 二年前にこの島を買い取って、その時から開発を進めているの。予定通りの島になるまでまだしばらくかかると思うけど、時間も惜しいしプロジェクトはもう始まっているわ」


「プロジェクトって、朝言ってた『隼風計画』ってやつのこと?」

「そうそう。あ、そこのテントの中に入ってね」


 言われるままに側のテントに入ると、そこは二人の女性と、室内を埋め尽くすほどの大量のコンピュータが存在した。

 唯花達が入ってきたのを見て、二人の若い女性は席を立ってお辞儀をする。


「「お待ちしておりました、特別主任」」

「うん、ちょっとコンピュータ借りるわよ。あと少し席を外してちょうだい」

「はい。では、終わりましたらお呼びください」


 女性達がテントを出ていくと、ソアラがキーボードをものすごい速さで叩いていく。ちょっと人間を辞めているとしか思えないほどの高速で打ち出される英語に、唯花は頭がくらくらしてきた。


「さて、まだ製作段階には入っていないけど、いずれ生まれる隼風の姿を見て頂戴」


 ようやく作業が終わったのか、ソアラはそう言って、パソコンの画面を唯花に向けた。


「これって……」


 唯花が息を呑む気配を察して、ソアラが優しく肩を抱く。


「落ち着いて。これはあなたが視たものでは無いでしょ?」


 パソコンの画面には、まるで写真のように細かくモデリングされた機械の巨人の姿があった。


「……うん、大丈夫だよソアラちゃん。これ、えむえすじーだよね?」


 今日四方寺重工の大物との会食で散々耳にした言葉を出す。


「そう、これが現状、私達がゲンティアナに対抗するための唯一の手段“隼風”よ」


 画面の中で三百六十度回転するその機体は、美しい銀色の鎧に、所々緑色の管のようなラインが引かれていた。全体的に細見のデザインは丸みがあり、愛嬌のある顔には二対の緑眼があった。


「なんか可愛いかも」


 思わず呟いた唯花の感想に、ソアラが照れたように鼻を擦る。


「そう思う? 流石唯花、私のセンスがわかるわね」

「私の……? え、もしかしてこれって」


 ソアラは大仰な仕草で手をあげると、


「そう、実はこの隼風の設計は何から何まで私がしたものなの! 勿論デザインもね! どう、すごいでしょ!」


 そういって慎ましやかな胸を叩いた。直後に強く叩きすぎたのか、「ゲホゲホ」とむせる辺り、締まらないが。


「すごい! すごいよソアラちゃん!」

「ま、まあね。で、これからが本番なんだけど、良く聞いて」


 ソアラの真剣な表情に、唯花もドキっとする。


「唯花、あなたにはこの隼風のパイロットになってほしいの」


 そしてトンデモナイことを口にした。



「……え?」


 自分の聞き間違いかと思った唯花は、救いを求めるように周りを見渡した。吉川は黙って、遅れてやってきた菅はにこにこと、そしてソアラは真剣そのものといった顔をしている。


「じょ、冗談だよね?」

「嘘でも冗談でもないわ。加賀名唯花。あなたを汎用型空中戦闘機械“隼風”の専属操縦士に任命したいと思います」

 一切の私情を抜き去ったソアラの言葉に、それがまぎれもない真実だと悟る。しかし頭の中は疑問符でいっぱいだった。その混乱を突くように、ソアラの言葉が飛ぶ。


「唯花、あなたは自分の特別性について自覚してる?」

「特別性って……」

「三か月前のあの大参事で、どうしてあなただけ大した外傷も無かったんだと思う? あの大事故……死者、行方不明者は四百万人強。……重軽傷者ゼロ。この意味分かる?」

「それは……」

「あなただけなの。あの事故から生還したのは。政府はあまりに異例の事態に、局地的な大震災として国民に報道したわ。そして謎のMSGがまた現れる可能性を考慮して、救助の手が止まっていた。最も、生き延びたのが一人だけとは考えてもみなかったでしょうけどね」


 矢継ぎ早に語られる真実に頭がごっちゃになる。三か月間、誰とも会わなかったのは、生き延びた人が誰もいなかったからだったのだ。


「あなたの身体――さっき今朝の医者からのカルテが届いたわ。所々寒さで凍傷になりかけた場所があったけど、外傷はゼロ。人が跡形も残らない攻撃を、敵機が見える範囲で食らって無傷って有り得ると思う?」

 無理だ。それは何よりも唯花自身が知っていた。最愛の家族も、それで死んだのだから。


「以上から、あなたは特別な体質を持っていることがわかる。いい? あなたの頑丈さが、この隼風には必要なの」

「で、でも私程度じゃなくても他にももっと適した人が――」


 その先の言葉を口にする前に、ソアラがポケットからトランシーバーのようなものを取り出した。


「これ、私が開発した隼風に最も適正の高い操縦士を選別するための機材なの。スイッチを入れた状態でその人に近づくと」


 機械がビーとけたたましい音を立てた。唯花は慌てて耳を塞ぐ。すぐにソアラがスイッチを切り、「わかった?」と言った。

「あなたを発見できたのも、この機械のおかげ。私にはあなた以上の素質を兼ね備えた人を見つけるのは不可能でしょうね」


 でもやっぱり無理だ! ……そう言おうとして口が空いた状態で止まる。口を抑えるかのように、再び黒い感情が、胸の内からのし上がってくる。


――受けておけ

――あいつを壊せるチャンスだ


 心の声に従うように、口が自然と動いた。


「……ソアラちゃん、その隼風に乗れば、あいつを倒せる?」

「あいつ……ああ」


 一瞬首をひねって、すぐに北海道を襲ったMSGだと気が付いたようだ。


「ええ勿論。あんなポンコツに、私の可愛い隼風が負けるわけないでしょ」


 そしてぼそりと呟くように、


「――それに、あいつらに恨みがあるのは私もおなじだしね」


「何か言ったソアラちゃん?」

「なんでもないわ。それで、引き受けてくれるの?」


 少し緊張した面持ちで唯花を見つめてくる。もしここで自分が断れば、ソアラは了承してくれるかもしれない。正直断りたい気持ちのほうがずっと強い。しかし――


「うん、私やるよ。隼風に乗る」


 口から出たのは了解の言葉だった。自分が、もうあんな思いをする人達を無くすために、あのMSGをやっつけるんだ。


――違うだろ? お前がやりたいのは復讐だ。

――うるさい。頭に響く声をむりやり抑える。しかし胸の内に残る気持ち悪さは消えなかった。


 一方ソアラはどこかホッとした顔で一呼吸すると、


「ありがとう唯花。さて、そうと決まったら明日からは操縦士としての訓練も行っていくわよ! 今日よりハードになるから、そのつもりで覚悟してなさい!」

「あ……お、おー」


 それを忘れてた……一瞬表情を硬くして頷く。かくして、唯花の人生を大きく変える道のりが始まった。


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