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合同会議へ

 

「おぅ、来てくれたのか遼河」


 夜明島のあまり広くは無い医務室の個室、その奥で暇そうに寝転がるラッセは、遼河の顔を見るなり左手を挙げようとして、苦笑した。


「やっぱ慣れねえな」

「ラッセ……左手……」


 入室してすぐ言葉を失っていた遼河は、どうにか言葉を出す。声が震える。話には聞いていたが、やはり実際に確認すると言葉が出てこない。

 そんな遼河に、ラッセが呆れたように溜息をつく。


「……たく、なんて顔してんだ。たかが左腕がなくなったくらいでよ」


 そう、ラッセの左腕は肩のあたりからばっさり無くなっていた。左腕だけではない。頭や両足は包帯でぐるぐる巻きにされており、右腕もところどころにガーゼが巻かれている。

 病人服以外の露出では包帯の白色の方が多いくらいだ。

 先の戦闘でスカイキャットの腹部を貫通した銀騎士の腕は、機体のみならず、操縦士のラッセにも重大なダメージを与えた。元々の痛覚共有に加え、実際に受けた傷の方も凄まじかったのだ。

 戦闘後、すぐに機体ともども回収されたラッセだが、その状態は酷く、ほぼ潰れていた左腕、皮膚を貫き、潰れかけの内臓に刺さる細かな金属片、そして侵入してきた海水が急速にラッセの体温を奪っており、呼吸をしているのが不思議なくらいだったのだという。


「ラッセ俺……」

「あー聞きたくない」

「え?」


 ラッセは疲れた顔で右手の親指を窓の外に向けた。この病室は二階なので、どうやら外の階下を指しているようだ。


「あっち見てみろ。お前が来る前もごめんなさいすみませんだの、散々言われて面倒だったってのに毎度毎度見舞いが来るたびに相手していられるかっての」


 ラッセに言われるまま窓の外を見ると、外ではソアラと唯花がゆっくりと島の管制館の方へ向かっていくところだった。

 遼河も面会の機会が与えられて真っ先に来たつもりだったが、立場上、重要な関係者のソアラ達の方が先に会えたのだろう。


「女二人の泣き顔見せられちゃこっちも冗談も言えやしねえ。もう痛みはねえし、大丈夫だってんだがなぁ。この怪我は俺自身の落ち度だ。むしろあんな化け物相手にしてこれくらいの傷で済んでる分自分を褒めたいくらいだね」


 はは、と笑うラッセ。そしてそのまま視線を落とす。


「この左腕も宿敵を倒した代償と考えたら悪くねえ。最悪差し違えも考えてたくらいだからな。それがこうやって生きてられるだけでも十分だ」


 満足気なラッセの表情から、遼河の頭を一つの不安がよぎる。


「ラッセ……まさか、操縦士辞めるのか?」


 尋ねた瞬間、ラッセは一瞬「あー」とつぶやき、深くため息をついた。


「まあな。さすがにこの腕じゃMSGどころか戦闘機も無理だろうよ。ただまあ、何も操縦士だけが空の仕事じゃねえしな、軍のツテでどこか別の働き口でも探すさ」

 そういうラッセの顔は本人の言う通りすっきりしており、本当に未練が無いように思える。

 しかしラッセはもう、自分の手で空を飛ぶことが出来なくなってしまったのだ。


「……本当にごめ――」


 神妙な顔でうつむく遼河の顔に、軽い布がぶつかる。手に取ってみると、白色の枕だった。


「謝んなっつってんだろ。俺はありがとう以外の言葉は聞かねえぞ」

「でも……」

「でももクソもねーよ! いい加減にしやがれ! ソアラも唯花もお前も勝手に俺が落ち込んでると決めつけやがって! 俺は『やり遂げた』つってんだろうが! 男が一度誓ったことをやり遂げて後悔なんぞするか!」

「――っ!」


 その声は実際の声量以上に遼河の胸に響いた。今までラッセへの申し訳なさが先行していたが、それがかえってラッセの重荷になっていたのではないか。

 自分が申し訳ない顔をすればラッセは満足するだろうか。

 突然黙った遼河にラッセが気まずそうに頬を掻いた。


「あーいや、怒鳴って悪かった。ただ日本人はすぐなんでもかんでも頭を下げすぎだぜ。悪くもねーのに頭を下げられるとこっちが無理やりやらせた気分になるからもうすんなよ」

「ああ……ありがとう、ラッセ。おかげで目が覚めたよ」


 ずいぶん遠回りになったが、ようやく言いたかったお礼の言葉を繰り出すと、ラッセはニカっと笑って、右手で遼河の脇腹をどついた。


「おう! こっからはお前たちの番だから気合い入れてけよ!」

「俺、達の……」

「おうよ、敵の機体はまだ残ってる。残念ながら俺とスカイキャットはここでリタイアだが……後を託せる奴がいるってのは頼もしいだろ?」


 ラッセの視線と態度から、その言葉が自分に向けられたものだとわかり、遼河は慌てて首を振る。


「いや! 俺なんて操縦士としてはズブの素人だしまだ全然……!」

「んなことはわかってるっての。さっきソアラから聞いたけどよ、お前あれから猛練習してたんだって? 退院したら成果を見せてくれよ」


 その言葉に遼河はピクリと反応する。


「それは、ぜひ見てほしい!」


 無傷のエースと呼ばれたラッセに練習に付き合ってもらえるなら間違いなく身になる。一応これまでも唯花に色々と教えてもらったりはしていたが、正直唯花に自分のできないところを見てもらうのは少し気恥ずかしかったので、願ってもない申し出だ。


「おし、決まりだ。隼風は確か複座機だったよな。俺も昔訓練で複座機に乗ったことがある。飛行機の方だがな。あれって難しいんだよな。今じゃ全部電子制御でやっちまうからいいけど通信士と息を合わせてってのは俺には向かないみてーだ」

「そういえばソアラが言ってたよ。ラッセは全然管制室からの指示を聞かないって」

「まあな。空飛んでるときは一人で耽っていたいのさ。戦闘中もそうじゃない時もな。ま、教えるとなるとあんま苦手とか言ってられねえ。ま、大船に乗ったつもりで任せとけ!」


 ラッセがそういって胸を張った時、


「ん? なんだ、思ったより元気そうじゃないか」

 

 医務室の入り口が開き、すらっとした男が入室するなりそう言った。

 銀縁の眼鏡をかけた、三十代ほどの外国人の男だ。ファッション雑誌の海外モデルを思わせるようなその見た目は、一見技術者が集まるこの島には不釣り合いに思える。

 その男を確認すると、露骨にラッセが顔を顰める。


「げっ! なんであんたがここにいるんだよ、おっさん!」

「なんでとは失礼な。あと一応お前の上司に当たる私におっさんは無いだろ」


 ラッセは気まずそうに口をすぼめると、いやいやといった風に、


「……大変失礼しました、レイン博士」

「よろしい。元気そうで何よりだ、ラッセ」


 ――レイン博士


 ソアラと同じく、かつてデバイスチルドレンと呼ばれ、こことは次元の違う異世界で最高の科学者として人工的に造られた人間。

 ラッセが入院してすぐ、ソアラと個人的なアポを取りながらこの島を訪れた博士は、ラッセがこの島で行ったことへの後始末を一手に引き受けてくれた。


「しっかしまあ……派手な傷負ったな」


 レイン博士がラッセの左腕を指して言う。ノリは軽いがその視線の鋭さから、彼なりに心配して言っているのだということがわかる。


「ああ、だけど奴……銀騎士は倒したぜ。あんたとのシミュレーションのおかげだ」

「フン、ソアラの話だと敵の行動パターンが多すぎてあまり役に立っていなかったのではないか?」

「んなこたねえよ。あんたが敵の行動パターンがまだ残っている可能性を教えてくれなけりゃ危なかった。それにレヴォとペルケレ。ぶっ壊れちまったけど、最高の武器だったぜ」

「レヴォントゥレットとペルケレか……いくつか考案しておいたスカイキャットの武装の中でも特に扱いづらいものだからな、どちらにせよお前以外扱えないだろう、構わんさ。それよりも――」


 博士が顎を抑えながらベッドに近づいてくる。そしてベッドわきに立つと、手すりにもたれ掛かるようにして露骨に疲れたような顔をした。

 そして先ほどまでのまじめな会話の空気からガラリと変わる口調で、


「いや~、しかし大変だったんだぞ、他国でウチの軍人が最重要機密兵器を持ち出してドンパチやらかして、しかもその兵器を紛失! さらに軍人自身も生死の境をさ迷うほどの重症を負ったとなれば、それはそれはとんでもない国際問題だ。なあ、ラッセ? お前はどう思う?」

「うッ、それは……」


 遼河は先ほどまでの上官と部下のピンと張った空気はどこかへ消え去るのを感じた。


「そんな両国が糾弾されるのを防ぐためにお前がぐっすり寝ている間必死に走り回って秘蔵の異世界技術を提供してや~っとの思いで軍部を納得させた科学者がいるらしいんだが、誰か分かるか? ん? ん~~?」

「……あ、ああ。礼を言うよ、おっさん」

「博士と呼べ。ま、お前の後始末だけが目的ってわけでもないしな。というかお前の件は物のついでだ、ついで」

「ああ? ついでって、何の?」

「なんだソアラから聞いてなかったのか? 各国に散らばった俺達デバイスと、EX‐Gの操縦士が集まって行うゲンティアナ対策会議の準備だ。この島で開催する予定だったからな。もう明日だぞ」

「……は?」


 ラッセの目が点になる。


「遼河? 俺、何日寝てたんだ?」


 普通は起きたらまずそこを気にするべきだと思うが……。そんなことを思いながら遼河は今日までの日にちを思い浮かべる。


「ええと、あれから一週間かな」

「一週間!? マジか……そんなに寝てたのか……俺」


 ラッセはベッドの背にもたれ掛かる。その様子に、レイン博士も付け加えるように言う。


「ま、お前はけが人だから欠席ということにしておけ。私だけ参加しておく」


 それには遼河も賛成だ。ラッセは先ほど意識が回復したばかりだ。身体の調子も万全じゃないとなれば今回の欠席は致し方のないことだろう。


「いやだ」

「……おいラッセ」


 しかしラッセはそれでおとなしくなる人間ではないことは、遼河ももういやというほど知っている。


「せっかくエースと呼ばれる奴らが現れたってのに、ベッドで寝てられるかってんだよ! 這ってでも参加するぞ俺は!」

「バカか! 病み上がりが何言っているんだ」

「今日起きた。つまりもう治った。これでいいだろ」

「いいわけないだろう! ガキじゃあるまい、わがままを言うんじゃない!」

「いーや行くね! 邪魔するってんならレインのおっさんでも容赦しねーぞ!」


 遼河が止める間もなくしばらくいがみ合いを続けていた両者だったが、やがて疲れたようにレインが腰を下ろした。


「はあ、わかったわかった。参加してもいいからくれぐれも邪魔はするなよ」


 その表情は言外に、「やはりこうなったか……」と語っていた。遼河以上に付き合いの長い二人だからこそ、お互いのことをより深く理解しているのだろう。


「わーってるよ。そんじゃ、俺は明日に備えて休むから二人もまた明日な」


 ラッセはそういうと、バタンと倒れて、そのままいびきをかき始めてしまった。寝つきが良すぎる。


 眼鏡のつるを押し上げたレイン博士は、溜息をつくと、遼河の方へ向き直り、右手を差し出した。


「今日までにも何度かすれ違ったね、Mr.蓮杖。騒がしくしてしまってすまない」

「遼河でいいです。いえ、俺だけだと重苦しい空気にしちゃってたと思うので助かりました」


 その右手をとり、握手を交わす。技術者らしい、ごつごつとした腕だ。


「いやいや、ソアラにも言ったんだが、ラッセの怪我のことなら君たちが深く傷つくことは無い。ラッセ自身もそれを望まないだろう」

「ええ……ラッセにも言われました。謝罪じゃなくて感謝の言葉がほしい、て」


 自分が逆の立場だとして、助けた人に感謝じゃなく謝罪を言われたら、妙な気分になるだろう。それを忘れてひたすら謝るのは、今思えばただの自己満足だった。


「フム……私からすればこちらこそありがとうだ。君とMs.加賀名が島の霧を払ってくれたのだろう? ラッセが戦いやすい条件を整えてくれた」

「いえ、あれは……俺にもっとできることがあれば、ラッセの左腕がなくなることもなかったかも……」


 そこでレイン博士は右手で遼河の言葉を遮った。


「すぐネガティブな方向へ話を持っていこうとするのが君の悪い癖のようだ。それは最新の注意を必要とする技術屋には素晴らしいものだが、こと操縦士に関しては逆の方がいい」

「逆……」

「イエス。ラッセもそうだが、自分の行うことが一番正しい、自分が一番だと思っていたほうが、自分の力を引き出すのに役立つからね。私も操縦士ではないのであまり大きな口では言えないが、世界のエースと呼ばれる操縦士はみなエゴイストだよ。もちろん、調子に乗りすぎない程度にね。例えば――」


 そしてレイン博士は何人かの名前を挙げた。


「今言った中には明日この島を訪れる者もいる。私の仲間の話を聞く限り、結構な曲者揃いだそうだ。だが私はそれでいいと思う。戦闘前に「自信がない、不安だ」と口にする者に背は任せたくないだろう?」

「……ええ」


 自分だったら言ってしまうかも、と少し考えながら遼河はうなずく。一週間前、銀騎士が襲ってきた時のラッセの自信満々の演説は、混乱の渦にあった島の人々に勇気を与えてくれた。


「そう、だから君ももう少しわがままになってもいいんだ。ソアラも無茶を言って突然操縦士に任命されて大変だろうが、私でよければいくらでも力を貸すよ。ま、兵器のこと以外はあまりよくわからんがね、はっはっは」


 その表情は穏やかで、大人の余裕を感じた。軍という組織の中で、様々な操縦士を見てきたからこそ言える言葉なのだろう。


「……ありがとうございます。レイン博士。俺、少し自信がわいてきた気がします」

「ああ、期待している。おっと、私もこの後少し予定があるのでね、遼河、では明日また、会議の場で」

「はい、本当にありがとうございました」


後ろ手に手を振りながらレイン博士が退室する。

 遼河はしばらく待ってからラッセに一言、


「ありがとう」


 と口にし、一人決心を胸に病室を後にした。


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