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黒と銀


「さて、もう後戻りはできねえぞ、いいな、スカイキャット」

 

ソアラと最後の打ち合わせを済ませ、通信を切る。

上官にも何度も注意されていたが、ラッセは通信しっぱなしの状況が苦手だ。

可能な限り無音で空を飛んでいたい。


――やれるだけのことは全てやった。


 後は相棒を信じるのみ。

 実はこれだけ長くスカイキャットを操縦していたのは初めてのことだった。

 いくら両腕の特殊機構があるとはいえ、廃熱処理に難を抱えるスカイキャットは可能な限り長時間の航行は避けるべきというのが軍の出した結論だった。

 元々テスト機体のため、そのあたりの欠点は二の次になっていたところがあるのだ。

そも、無駄な挙動で負荷を避けるための行動パターンすら定められている。

それだけデリケートな機体に、今回は限界ぎりぎりの動きを繰り返している。

先ほどから駆動音に異音が混じっているように感じるのは、気のせいではないだろう。

 それでもラッセの思い描いた通りの動きを繰り返してくれる。


「さあ、終わらせに行こうぜ、一緒にな」


 信頼に応えるように、静かにスカイキャットは動きだした。

 何か懐かしむようにその姿を見届けていた黒騎士だったが、こちらの覚悟を見届けた後、動き出す。


「オ、オオオオオオオオオオオオ!」

「……なんだ?」


 思わず動きを止める。

 まるで獣のような咆哮を挙げ、黒騎士が苦しげにうずくまる。

 直後、人間でいうところの肩甲骨のあたりが、勢いよく隆起した。先ほどまでの堅牢さを見せた鎧を内側から食い破るように、直径二メートル程度の棒状のものが姿を現す。

機体同様黒く染まった円筒。そしてそれより一回り小さい同様のものが、中間あたりから砲塔のように飛び出している。

 まるでエンジン機関に使用されるピストンのような機構だ。それはまだ熱を持っているのか、暗闇でもわかるくらいに、煙を上げていた。


 ガコン!

 

 それは周囲を震わせるほどの巨大な音を発し、小さい円筒が内側に押し込まれた。まるで注射針で何かを注入されたかのように黒騎士の身が大きく跳ね、落ち着いていく。

 と同時に、周囲を包む霧がひときわ濃くなり、辺りがますます暗くなっていった。


 ――っ!

 もはや何をされても驚かないつもりだったが、さすがにこれほどまでに異様な挙動をされては警戒レベルを引き上げるしかない。

 何せラッセはもう一撃も食らうことが許されないのだから。


「――!」


 咄嗟にレヴォを敵機に向け、放つ。

 こうやって実用で使うのは初めてながら、非常に手になじむ愛銃は、今回も美しい流星を思わせる光の尾を引きながら、敵機へ向かう。

 黒騎士に避ける動きは見えない。

 ラッセが不審に思った瞬間、レヴォの光弾に異常が現れた。

 敵機に迫る淡い光が突如色を失いはじめ、縮小しだしたのだ。

 やがて黒騎士に到達する頃には豆電球にも等しい灯りになっていた。

 当然威力は見込めず、敵機体に煤一つつけることができない。

 今まで効果的に戦闘のリズムを作ってきたレヴォを消されたことに、ラッセは舌打ちをする。ここでも一々驚いていたらもうキリがない。


「クソ、いくつ隠し玉持ってんだ」


 レヴォを立て続けに放つ。

 無駄な抵抗かもしれないが、少しでも原因を探るためだ。

 光弾は今回も敵に到達する前にかき消えてしまう。ラッセは目を懸命に走らせ、周囲に何か変化がないかを探る。


「……なるほど。この霧か」


 数度目にして、ようやくその正体をつかむ。

 よく見ると光弾を包み込むようにして一際暗い霧が集まっているのだ。

 いったいどういう原理なのかは全くわからないが、この霧はただ痛覚を共有させるだけのものではないのだろう。


「まあ弱点っぽいものが見えてるってのはありがてえか。そっち狙ってみるだけだからな」


 先ほど突如出現した肩甲骨の円筒。

 霧の動きが変わったのもあれが姿を見せてからだ。何もないということも考えられず、杞憂だとしても狙ってみる価値はあるだろう。


「悪いスカイキャット、もう少し無理に付き合ってくれ」


 背面ブースターの出力を上げるレバーを押し込んでいく。

 同時に背面ブースター周囲の空気が熱せられていくのがわかる。


 ――さて、これでどこまで迫れるか……


 レバーは通常、一定の位置まで押し込むと自動制御に切り替わり、その速度を維持できるようになる。燃費もよくなり、一々速度を切り替える必要が無くて便利なものではあるが、それ以上の速度を出すことはできなくなる。

 一方でこのように手動でレバーを押し上げて速度調整をすると、自動制御時では出せない速度を可能とするが、その間は常にレバーを押し込んでいる必要があり、高度な操作を要求するスカイキャットにとっては非常に痛手となる。

 この欠点は以前から指摘されていたが、そもそもスカイキャット事態が高速戦闘を意識して作られたものではない上、設計者のカオスが、この機体を設計して後亡くなっているため、誰も手を加えられなかったのだ。


「さーて、そろそろそっちもネタ切れだろうからこっちの奥の手その2で行かせてもらうぜ――」


 欠点の多い手動制御だからこそ、ラッセも敵の行動パターンをある程度以上把握てきるまでこの手段を取れなかった。

 手動制御はいわば片手を失いながら敵と戦うに等しい。

 相手が格下ならそれでもどうにかなるが、機体のスペックはあきらかに相手の方が上となれば、リスクが大きすぎる。

 今まではそれを押し隠すように操縦技術でのらりくらりと躱していたが、こちらの攻撃のほとんどは不意打ちじゃなければ当たりもしなかった。

 つまり、現状の戦い方では持久戦に持ち込まれる危険があるのだ。

そうなってしまえば、黒い霧が本島まで届いてしまう可能性がぐっと高まる。いくら腕に自信があっても、一発も食らえないという状況は焦りを生み、操縦の幅を狭めてしまう。

 勿論島にいる皆は現在進行形で危険の真っただ中にいるが……。


――大丈夫だ、あっちはうまくやってくれているはずだ。信じろ。


 心の中で祈るように唱える。

 いわゆるカウンターが得意なラッセだが、今回に限っては自分から攻めないと勝ち目はない。


「それが狙いなんだろうが……望み通りにしてやるぜ!」


 背面で空気が爆発した。

 先ほどに比べれば圧倒的ともいえる加速をしたスカイキャットに、敵機の動きが一瞬遅れる。敵もまさか一発ももらえない状況でスカイキャットが接近してくるとは思ってもみなかったのだろう。


「ッラア!」


 距離三メートルまで来たところで右腕の銃を向ける。


“ペルケレ”


 ここぞという時に使うペルケレの特徴は圧倒的な一点突破の貫通力。

 たとえこの距離だろうと放射熱で自分が巻き込まれる心配はない。

 ジッ!

 金属が一瞬抵抗し、融解する音が響く。

――コイツ、咄嗟に身をひねって最小限で済ませやがった!

 黒騎士は恐るべき回避速度で身を反転させ、すべてを飲み込む極光から逃れていた。

 しかし完璧には逃れられず、右腕を丸まる奪うことに成功した。

 それは同時に、両肩甲骨の突起の片方が消えたということだ。


「……どうやら効果てきめんみてーだな」


 目に見えて濃度を落としていく黒い霧。

 しかしそれを悠長に眺めてはいられない。

 黒騎士が無事な方の左腕の手のひらを向ける。

 手のひらに周囲の霧が集まり、球体の形を取り始める。


「――っ!?」


 慌てて距離をとるのと、球体が放たれるのはほぼ同時だった。

 球体はスカイキャットよりわずかに遅いくらいの速度で追ってくる。


「ホーミング……ミサイルみてーなものか」


射線を外れても問答無用で向かってくるホーミングタイプの攻撃。現代兵器でいうところのミサイルだが、ジェット噴射が無いこともあり、十分避けられる速度だ。

敵が右腕を失いながら出した攻撃。何でもない攻撃とは到底思えない。


「チッ!」


 今日何度目か分からない舌打ちと共に、振り向きざまにレヴォを放つ。

 無数の光のいくつかは球体に命中し、消滅した。


「なんだそりゃあ!?」


 レヴォの光を食らって相殺するどころか、むしろ一回りほど大きくなったようにも見える。

 レヴォのエネルギーを食らって威力を増すホーミング爆弾といったところか。

 しかもどこか速度も速くなったような気がする。

 エネルギーの吸収。時間経過での速度上昇。しつこい追尾能力。

 もしかしたら接近で破裂するタイプかもしれないのであまり近づきすぎることもできない。

 今日見せられたどっきり武器の集大成のような兵器だ。


「……なるほどな。さっきから背中がうずくと思ったら刻印を打った相手を追ってくるのか。まあいい、攻撃が効かねえのは厄介だが一つだけなら対して問題には――」


 そこまで言ったラッセの視界には、十数個の同じ球体が迫るさまが、まざまざと映っていた。


「ふざっ……!」


 速度制御のために限界まで押し込んでいた右手を、無意識にさらに押し込もうとする。

 一個一個は確かにそれほどの速度は無いがこれだけ数が多ければ話は別だ。

 咄嗟の瞬発力のみで十数個の球体を避け続ける。全神経を回避に回す。

 時に海面すれすれを蛇行し、急上昇で水面に沈めてみたり、変則な動きで球体同士を勝ち合わせてみたりするも、まったく問題なくスカイキャットの身を追い続ける。そしてこちらの攻撃は効かない。

 レヴォに仕込まれた、一メートル以内限定の電子妨害も試してみたいが、もし殺傷半径がそれ以内だった場合のリスクが大きすぎるので試せない。

 幸い黒騎士がこの近距離でこの武器を放ったということは、威力はそれほどの距離に及ぶものではないのだろう。

 新たに分かったこの兵器の情報を整理する。

 同士打ち不可、耐水、攻撃誘爆無し、ジャミング電波耐性あり……かどうかは不明だが試せない。現代戦闘機におけるミサイルの対処法はすべてクリアしている。

 こうなってくると本当に打つ手なしといっていい。

 ラッセは舌打ちをし、球体のちょうど切れ目をめがけて速度ブーストを掛けた。


「ここにきてさらに反則じみたもん使ってきやがって! こうなりゃ本体を直接叩くしか……!」


 その時。ラッセの進行方向の空間が歪む。


 空間の歪から顔をのぞかせた漆黒のヘルムは、闇夜に一層際立ち。


 隻腕が鞭のようにしなり、恐るべき速さでスカイキャットの両腕を払う。


「がっ!?」


 ラッセ自身も手が痙攣したかのような衝撃を受け、思わず操縦桿を離してしまう。

敵機にもはや油断は無い。畳みかけるように、鞭のようなその腕が、スカイキャットの腹部を貫いた。


「ぐああああああああああああああ!」


 クランカイゼンでももはやカバーしきれないほどの痛みが全身を駆け抜ける。

 スカイキャットのモニターに砂嵐が混じる。

 どうやらカメラにも異常を来したらしい。

 スカイキャットの顔に走っていたライトが消える、ブースターが停止し、完全に黒騎士に身を預けるか形になる。


 黒騎士は自身の背後へ迫ってくる球体を一瞥するだけで消滅させた。そして一息ついたように一度動きを止めると、スカイキャットの腹部から手を引き抜こうとする。


ガシッ!


――!?


 黒騎士の驚愕がこっちにまで伝わってきそうだった。


「へ、へへ……ようやく捕まえたぜ……」


 もはや銃すら持たぬ右腕は、しっかりと黒騎士の左腕をつかみ、ありったけの力で握りしめる。


「驚いた顔してんな……スカイキャットは古い機体だからよぉ、予備バッテリーも少ねえしそう時間はもたねえ……でもおかげで一見作動していないような演出ってのが、できるんだせ……」


 黒騎士が慌てて反撃しようとするも、その動きが止まる。


「そう、てめーの攻撃はすべて自分の身から放たれるもの……さっきの球体もこうなりゃ消してくれると思ってたぜ……この距離じゃ自分も巻き添えになっちまうからなぁ。……さて」


 スカイキャットは何も握っていない。先ほどの払落しで両銃とも海に沈んでいった。

 当然スカイキャットに他の武器は無い。あるならとっくに使っている。


「けどよお、忘れちゃいねえだろうな? もう十分廃熱機構は冷めきってるんだぜ!」


 ラッセが何をしようとしているのか気づき、黒騎士が一層身をよじろうとするのを抑え込み、さらに自身に近づける。しかし片腕を失ったことに加え、その唯一の腕すらスカイキャットのボディに突き刺しているせいで、馬力がうまく活かせていない。


「くらいやがれ! 世界最速パンチだ!!」

 

 十分に冷却された両腕の運動が一基に加速し、スカイキャットに残されたエネルギーすべてを食い尽くすかの如く搾り上げ、左腕が黒騎士の胸部を貫く。

 強靭な素材に守られた黒騎士の機体も、旧世代とはいえ同じく強靭な素材に守られたスカイキャットの腕には貫かれる。

 バキャン! という耳障りな音があたりに響き、バラバラと機械の細かい部品が海へと落ちていく、

 

「ぐっ……ぁあ……!」


 左腕の骨が砕ける感触を覚えながら、ラッセは維持を貫き、悲鳴をこらえた。


「あまり男がぎゃーぎゃー泣くもんじゃねえしな……」


 泣くのはコイツを完全に倒してからでいい――!

 そうしているうちに、黒騎士のボディに変化が現れる。全身を包み込んでいた闇寄りの黒が解けていき、もともとの白銀がさらけ出されていく。

 やがて全身が銀色に染まった時、銀騎士のヘルムが心配そうにゆっくりと島の方を向いた。

 そして驚いたように停止する。


「……ああ、多少頼りないが、俺の同僚達は優秀なんだぜ……じゃなきゃここまで無茶はできねえ」


 騎士の目線の先を後追いで見つめ、ラッセは苦笑する。

 先ほどまで夜明島を覆っていた黒い霧は一切残っておらず、そこだけまるで台風の目のように周囲の闇から隔離されているかのようだった。

 そしてその中央。飛び立つのもやっとな様子でホバリングしているエメラルド色の丸みを帯びた機体。

 その周囲の空気が、彼の機体を中心に渦巻いているのが分かる。


――隼風は風を操るMSGよ、こっちのことは任せなさい。


「頼りになるぜまったく……隼風だってまだ本調子じゃねえってのによ」


 実際、ラッセからしても、これほどの相手に対して無傷を貫ける保証はどこにもなかった。その心配を、隼風が一手に引き受けてくれたおかげでこちらの戦いに集中できたのだ。

 銀騎士はそれを確認すると、静かにうなずき、スカイキャットの肩に手を置いた。

 まるでこちらを祝福するかのようなその態度に、ラッセが困惑していると、騎士は勢いよくスカイキャットを突き飛ばした。

 既に稼働限界を超えていたスカイキャットは何の抵抗もなく落下していく。


「う、ぉ……てめ、何を……!」

 

 直後、銀色の機体がひときわ輝いたと思うと、激しい光と轟音をまき散らして爆発した。

 一瞬のみ、夜を消し去るほどの爆発は、なぜか落下するスカイキャットまでは届かなかった。

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