虎武文雄
この物語はフィクションです。実在の人物・団体・兵器・開発情報とは一切の関係がありません。つまり出てくるそれっぽい名前の兵器も嘘っぱちなので、ご注意ください。
小鳥のさえずりが心地よい朝の五時、遼河は宿舎のベッドの中からこっそりと起き上がると、大いびきをかく相部屋の同居人を起こさないよう、音を立てずに作業服に着替えた。
廊下を忍び足で渡りきり、ボロボロの靴を履いて外に出る。目指すは島の中央付近にある格納庫だ。
宿舎から格納庫までは大体歩いて三十分といったところだが、走れば十五分ほどで到着する。
まだ朝日が昇り切っていない四月の空は薄っすらと白く、冷たい空気が全身を包み込む。軽く汗を流しながらしばらく走っているとその大きな建物と、広大な滑走路が見えてきた。
国内では知らぬ者がいない大手企業、四方寺重工が新型航空機を開発するためだけに九州の沖に浮かぶ小さな島を買い取ったのが、今から十年前である。さらに設備の充実、インフラの整備、人員の確保が四年の年月をかけて行われ、以降は機体の開発がすすめられてきた。
そして二週間前、莫大な予算をつぎ込んだ計画はひとまずの区切りを迎えた。開発機体の製作行程が終了したのである。
その機体が、今遼河の目の前にそびえたつ第二格納庫に収容されている。格納庫はハンガーとも言われるが、この島では専ら格納庫の方が一般的だ。
隣りに立つ第一格納庫、通称第一では、いつでも飛び立つことが可能な戦闘機が格納されている。スクランブルの時はこちらの格納庫から島を守護する戦闘機が発進することになっている。
対して遼河の目の前にある第二格納庫、通称第二はいわば開発及び大修理のための施設であり、機体の開発、あるいは小整備では済まない戦闘機などを修理・整備するための施設である。第一の入り口には専用の事務所があり、警備員が二十四時間体制で監視をしているが、第二ではそこまでしては無い。こちらは逆に徹底的に人員を排することで人の目にそもそも届かせないようにしているのだ。
遼河はきょろきょろと辺りを慎重に見渡して身をひそめた。どちらもかなり巨大な施設だ。いくら警備の目を光らせていようと、必ず穴はできる。第一の警備員に見つからないようにそっと第二の入り口まで辿り着き、もう一度見渡して誰にも見られていないことを確認すると、作業服のポケットから社員証を取り出し、入口のカードリーダーに翳した。
「……あれ?」
思わずそうつぶやく。カードリーダーが一切の反応を見せない。角度を変えたり距離を変えたりしても結果は同じだった。
「壊れてるのか? んー、こうなったらどこか侵入できるところでも――」
探しに行こうとした時、後ろから大きな手が肩を叩いた。
「そこで何をしている遼河」
遼河は自分の身体がビクっと跳ね上がるのが分かった。ここに来てから毎日のように聞いた声だ、聞き間違えるはずがない。
「虎武主任……おはようございます」
「おう、おはよう。で? 朝の点呼にはまだ早いと思うが?」
冷や汗を垂らしながら振り返ると、口元に立派な髭を蓄えた男が、至近距離で遼河を見下ろしていた。熊を連想させる巨体。裏に四方寺と書かれた煤けた作業服は、男が着る事によって熟練の意匠にも見えてくる。四方寺重工MSG特別開発担当一等技術主任の虎武文雄は、呆れたような目線を遼河に向けた。
「あ、あはは……その、テスト飛行前にもう一度隼風を見ておきたくて」
「飛行前にラストチェックする予定だったはずだ。そのメンバーにはお前も入っているだろう。……それにその左手に持っているツールボックスは何だ。見るだけならそんなものいらんだろ」
「うっ……すみません、少し点検する気でした」
虎武の全身から溢れる威圧感に押され、遼河は観念して正直に話した。
「お前なあ、二週間前の工程終了から昨日まで、特に昨日は入念にチェックしてきたろう。まだ不安か?」
「いえ、不安というか、今日はテスト飛行ということなので、その最後の最後に微調整をして更なる万全の状態でと……」
もはや自分でも何を言っているのかわからなくなっている遼河を、虎武はしばらく見つめると、唐突にふっと笑うように息を吐いた。
「まあお前の気持ちもわからんでもない。俺はこう見えても小心者でな、これまでいくつもの航空機やMSGを送り出してきたが、いざ飛び立つ前日ともなると不安で仕方なかったものだ。実際今回もこうして早朝に見に来てしまった。……俺より早く来ている奴がいるとは思わなかったが」
そう言って遼河の頭に手を置いてくしゃくしゃにする。
「や、止めてください!」
唐突に優しい雰囲気になった虎武に戸惑っていると、虎武が格納庫のカードリーダーに自分の社員証を翳した。すると、遼河の時はピクリとも反応しなかった扉が、ピーという軽快な電子音と共にその重い口を開いた。
「あ、あれ?」
「ん、なんだ入らんのか?」
「あの、どうして……」
遼河の疑問に答えるように、虎武は自らの社員証を掲げた。
「第二のカードリーダーは深夜二時から朝八時までは、一般社員証では認識できないようになっている。第一と違ってスクランブルすることは無いからな。それ以外の時間に空けようと思ったら管理者、つまり俺のカードを使うしかないが、なんだ知らなかったのか?」
「す、すみません」
「お前もここに来てもうすぐ一年になるんだ。それくらい覚えておけよ」
謝りながら虎武の後に続いて中に進む。まず目に入ったのは、アメリカの企業が開発したものを四方寺重工がライセンス生産した戦闘機、F-A01だ。一時的な整備のため、二機が第二に格納されている。
本家アメリカのものよりもスマートなデザインとなっており、随所に日本独自の工夫が凝らされていて、遼河としては本家よりもこちらの方が気に入っていたりする。
そして数機のF-A01のさらに奥にある、明らかに異質な物体。
それが見えた時、遼河は知らずに駆け出していた。
全長およそ二四メートルの機械の塊。手足があり、まさに機械の巨人と呼ぶにふさわしいその姿。
多目的支援大型機械――MSGが世界で初めて姿を見せたのはそう昔ではない。アメリカが二十年前に世界初のMSG“YG-22スモークジャイアント”を開発して以来、世界中でその有用性を証明してきた。当時は大規模な災害救助を目的として開発されたものであるが、後に戦闘用としての資質を見込まれ、現在では兵器としての運用が主となっている。
MSGよりさらに十数年前より開発が進められた航空機もまた、発展を遂げ、現在のアメリカは世界最先端のMSGと戦闘機部隊を併せ持つ、世界最強の軍隊を持つと言われている。
日本が戦闘機開発に着手したのは今から三十年前であるが、当時世界最先端技術を持つアメリカやイギリスすら驚かせる仕上がりのものが出来上がってしまったため、国際会議で、半ば脅されるように開発を制限されてしまった。
現在では辛うじてライセンスによる戦闘機の生産が行われているが、技術は売られないため、内装はほぼブラックボックスと化している。しかし遼河は日本には、他先進国にも負けない技術力があると確信している。アメリカやイギリスが、強引な手を使ってでも日本を抑え込むのは、それが理由だろう。
そんな日本が戦闘機よりも高度な技術が使われているMSGの開発に乗り出したと来れば、この二国や欧州の先進国が黙っていない。そのため、四方寺重工は政府と緻密な開発計画を練り、こうして秘密開発を行っていたのだ。その名も汎用型空中戦闘機械隼風。隼のように大空を飛び、風と共に舞うという意味を込められた傑作機(仮)だ。
このMSGの特徴は、“飛ぶ”と言う事だ。
MSGに明るくない人ならば、なんだそんなことか、と拍子抜けするかもしれないが、少しでも知識があれば必ず驚愕する。
なぜなら、市場に流通しているMSGの九九パーセントが地上稼働だからだ。重厚な金属の塊が宙を舞うには、それなりの努力が必要になる。ジャンボジェット機が安定して空を飛び続けられるのは、飛ぶことに適した形状をしているためだ。しかしMSGは人型。人は空を飛べない。
そもそも、MSGは当初、戦車や装甲車のような地上走行車両の一種だとされてきた。それが一変したのが、初の空飛ぶMSGをアメリカが開発してからだ。
戦闘機に近い速度で空を自在に駆け回り、飛行機には不可能な機動をするその姿はさながらアニメや映画の世界を切り取ったかのようだった。
アメリカに負けていられるか、と各大国はそれ以降、空を飛ぶMSG開発に躍起となり、現在世界では少数のMSGが飛行に成功している。
そうした一部の存在から、MSGは航空機として認識されていったのだ。
そしてこの隼風も、その仲間に加わることになる。
◆
「ああ、この美しい曲線美。緑色のラインもなんて素敵なんだ!」
遼河は隼風に近づくと、慈しむような手つきで撫で、何度も何度も頬すりをした。その様子に虎武が呆れたようにため息を吐く。
「あー、遼河。軍手は……ちゃんとしているな。だがあまりベタベタと触れるなよ。今日はそいつの、お偉方への初お披露目なんだから」
「わかってまーす。はぁ、はぁ、すごいよぉ……」
虎武が冷めた目つきで遼河を見る。遼河は生粋のメカオタクなのはこの隼風の開発チームでは皆が知っていることだ。ただ、いささか度が過ぎている気がしないでもないが。
遼河が初めて隼風を見たときの反応はこんなものではなく、まるで新しいおもちゃを見つけた子供のようだった。虎武はそのころに比べたら最近はましになってきたな、程度には思う。精々、ましにはと言ったところだが。
「これがなければ将来有望な若手メカニックなんだがな……」
「虎武さーん、何か言いました?」
「なんでもねえよ。ほら、おかしなことしないか見てやるからさっさと点検しやがれ。最後にどこを弄ったか報告しろよ?」
そう言うと虎武は格納庫奥の壁際に設置された、使い古されたベンチに腰かけた。この島に開発の手が伸びてまだそう経ってはいないはずだが、ベンチは所々痛み、塗料が剥げている。それだけの密度の濃い期間がこの島では流れたと言うことだ。
作業服の内ポケットから日本酒を取り出すと、軽く仰いだ。技術屋として褒められたことではないが、虎武にとっては、少量ならば目覚めもよくなり、頭もスッとするため、やめる気はない。頭の堅い副主任にはいつもどやされているが。
「それにしても、とんでもないものを作り上げたものだ……」
虎武はいそいそと隼風に取り付けられた梯子を上っていく遼河を見ながらつぶやく。
今年齢五十二。およそ三十年にもなる整備士人生の中で、これほどまでに現実離れしたものが生み出されることとなろうとは、思いもしなかった。
「全く……いったいどんないかれた頭したヤツが作ったんだか」
虎武が幼い頃には、すでに世界中で厭戦思想が広まっていた。各国とも長きに渡る戦争準備による予算の消費が深刻化し、もはや戦争をしたとしてもその費用の回収は見込めないほどであったためだ。
そこで、当時力をつけ始めたアメリカ主導で平和協定を締結し、各国の軍備が制限されることになったのだ。もはやかつてのように際限なく軍備を増強することはできない。そうすれば各国からの制裁に合うのは確実だ。世界はゆっくりと協調外交を進めていった。
それからだろうか、MSGが現れ始めたのは。どこかの科学者が提案した災害救助目的の機械巨人はやがて戦闘による利用が見込まれた。
これまでの兵器では突破も難しい堅牢な装甲。人のように器用に動く手足。その重量をモノともしない推力を発生させるエンジン。さらには空を飛ぶ戦闘機さながらのものまで現れた。
――こんなもの、軍事転用させるなと言うほうが無理な話だ。
故に虎武はある一つの可能性に思い至る。
これを開発した者はあらかじめ軍事転用を考え、国際規定を避けるために災害救助と言う名目を立てたのだ。
そしてそれは黙認されている。世界各国が口裏を合わせるようにその事実を無視したのだ。これは各国にMSGが与える影響に起因する。
かつて、軍事準備は世界の大国に安心感を与えていた。
これで敵が攻めてきても戦える、我々には敵に対抗する準備がある。そういった安心感を大量の兵器に見ていた大国にとって、軍縮は己の鎧を次々に剥ぎ取られていくようなものだったのだ。
各大国は、自分達が知らず兵器依存症だということに、軍縮といった形になってようやく気が付いた。 そんな大国にとって軍縮に規定の無いMSGの開発は渡りに船だった。結果、第二回国際軍事会議では戦闘機の台数の新たな取り決めと、成長著しい日本を圧力で押さえつけるだけして、MSGの話は終了した。
「しっかし妙な話だ。世界の大国がこぞってMSGを造るのはまあ分かるが、なぜ数機だけ、異様な性能のやつがいるのかねえ」
世界で様々なMSGが量産されているが、その中でも飛びぬけて高性能な機体が先進国のいくつかの国に、一機ずついる。見分けは簡単だ。なぜなら、そういった機体は必ずと言っていいほど、飛行能力を兼ね備えているのだから。さらにそれらはどれも量産化されていない。
よほど高価なのか製造法が特殊なのか……。
特殊なのは間違いない。これほど空気抵抗を受けやすい機体を、エンジンの出力だけで浮かせるのだ。並大抵のエンジンでは不可能だし、かといって装甲を薄くしたのでは本末転倒だ。戦闘機で事足りる。
虎武の知る限り、アメリカ、イギリス、ドイツ、ロシアがその特殊なMSGを保有していたはずだ。
視線が自然と、隼風の薄く、光を反射する白銀の装甲に向かう。間違いなく国内最高水準の技術が集められたその装甲に、一体どのような金属が使用されているのか、虎武ですら知らされていない。ジュラルミンでもチタンでもコバルトでもない。恐らくは複合金属ではあるだろうが、見当もつかない。
技術が先走り過ぎている。そう感じても仕方ない出来のMSG。
「お前もそうなのか……?」
誰に問いかけるでもないその言葉は、静かに響いた。




