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プロローグ

「ふー……よしっ!」


 作業服を纏った全身を包み込むような熱気の中、額の汗を軍手をはめた手で拭い、連城遼河(れんじょうりょうが)は今一度気合を入れた。

 右手に握りしめた鈍色に輝くトルクレンチで、ナットの締め付けを確認する。この締め付けもやり過ぎると摩耗してしまう。ナットの調子を確かめるように、慎重にレンチを動かしていく。

 今回の作業は点検でしかないので、戦闘機であろうとも本来ならそこまで時間のかかるものではない。しかしこの機体だけは別だった。

 今遼河が整備しているのは、MSG――Multipurpose Support Giant――。日本語にするなら多目的支援大型機械となる。

 現在世界で急激に開発の手が伸びているMSGの国内初の機体が、この“隼風(はやかぜ)”だ。

 国外はおろか、国内にも決して知られぬように、最大手企業の四方寺重工が九州沖の小さな島、夜明島(よあかりしま)を丸々買い取って、少数精鋭のチームで秘密裏に開発していた兵器である。

 MSGの名前が示す通り、その外見からして異様な姿をしている。

 

 その全容はさながら機械の巨人であった。


 全長24.13メートル。全身を白銀の装甲で覆い、その装甲を管のように緑のラインが伝っている。直線と曲線の入り混じった、全体的に細見でシンメトリーな全体像。頭部はカメラと赤外線全方位感知装置を備えており、レンズを兼ねた銀色の双眸が覗き、起動時にはこの眼が緑色に輝く。

 背面部には性能そのままに可能な限りダウンサイジングした多数のノズルが並び、その推力を支える。手足は限界まで人間に近い、或いはそれを超える動きを可能とし、操縦士の操作にタイムラグなく反応するよう調整されている。

 両手には何も装備が無いように見えるが、多数の隠し兵器が収納されており、有事の際には強力な武装として活躍してくれるだろう。勿論外部からの追加武装も可能である。

 地上での戦闘はもちろん、理論上では海中でも問題なく活動できるという、圧倒的汎用性を持つMSGだが、その分非常にデリケートな機械でもある。

 特にこの隼風はそれが顕著で、まだ実働はしていないものの、三か月に一回の大型点検の他、出撃ごとに微細点検を必要とするなど、一年通しの維持費だけでも十ケタの数字の金が動くという。

 文字通りケタが違い過ぎて遼河には想像も付かないが、この約24メートルの巨人には国の最高峰の技術と機材が使用されているということははっきりとわかる。

 自分は今、そんな機体の開発に関われているのだ。そういった思いが機械好きの血を沸かす。

 遼河が最新MSG開発計画、通称『隼風計画』に参加することができているのは、通っている航空術第一学校のおかげである。

通称術校と呼ばれるこの学校は航空機に関する様々な教育を施す機関で、将来の優秀な操縦士、整備士、管制官等を育成する。元々はかつての一触即発の世界情勢を危惧した日本政府が、優秀な人材を育成するために打ち立てた戦争のための教育機関であったが、世界協調が主流の今では航空機全般に関わる教育を施す日本一の学校となっている。

 そして術校の伝統の一つに、毎年一名、特別研修生として一年間企業の一員となって実習を受けるという決まりがある。

 どの企業になるかは年々まちまちではあるが、そのほとんどが国内に知れ渡る大企業ばかりだ。

 そして術校で優秀な成績を修めていた遼河は第六十三回特別研修生として、四方寺重工の開発チームの仲間入りを果たした。

 隼風の開発チームでも最年少である遼河の知識は、今はまだ下から数えたほうが早い。しかしいずれはチームの皆の技術を学び尽くし、世界に誇れる技術屋になるのが遼河の夢だ。その夢を達成するのに、ここほど優れた職場はないだろう。


「おーい連城、そろそろ格納庫閉めるぞ、早く降りて来い!」

「すみません、今降ります!」


 隼風はもう九割方完成している。あと数日のうちには作業工程を終えるだろう。それが嬉しいような寂しいような、言葉にできない気持ちを抱え、遼河は隼風にかけられた梯子を降りた。

 


 


 世界が最も緊張したと言われる1914年、当時の列強国はどこも軍事を増強し、初の世界大戦はもはや時間の問題となっていた。

 そしてその大戦は――――起こらなかった。

 ある国は開戦前に国内でクーデターが起こり、その隙を突こうとした国では革命が、さらに他の国では上の人間の不信感の高まりから指導者の暗殺と言った風に、どの国も戦争どころではなくなったのだ。

 そして現在。各地での小競り合い、地域紛争などは起こりつつも、世界規模の戦争は終ぞ起こることなく百年の時が立った。その間に民主主義が広まり、今やほとんどの国が王政を廃し、民衆による国家を作り上げている。

 あらゆる国が独立を宣言し、その数は195カ国にも上った。国際平和を維持するための国際連合も誕生した。過去に世界中が戦争をしようとしていたことなど、現代の人間にはもはや歴史の教科書以外では知りようがない。

 しかし知識人の中にはその平和を訝しむものもいた。戦争が始まる直前になって、世界中で大規模な事件が起こるのはあきらかに不自然だ、と。しかしこれが何者かの仕業だとして、誰がそれを仕込むことができようか。地球を半周するほどの距離で同時に起きた事件、その全てに関わるなど、個人……いや、組織であっても不可能だ。そういった主流の意見に流され、いつしかその説は忘れ去られていった……

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