発覚2
遼河とソアラは格納庫内の寂れたベンチに腰かけていた。ソアラの「とりあえず座って話しましょう」という言葉に従った結果だ。
何となく天井を見あげると、真っ白な照明の光が明るく庫内を照らしていた。それに目を細め、静かに口を開く。
「……それでさっきの話なんだけど」
ソアラの透き通るような青い瞳が遼河に向く。相変わらず近い距離ということで少し緊張しながら、続けた。
「俺が隼風の操縦士って、その……ホントの話?」
「ええ。当然ホントよ。この子が認めた以上、私が口を挟む余地は無いわ」
ソアラの視線が隼風に移る。既におさまっているが、確かにさっきまでコクピットの部分は淡い緑色の光に覆われていた。
「あのさ、隼風が認めたって……どういうこと?」
「隼風自身が、あなたを正式な操縦士として認めたと言う事よ」
それでは答えになっていない。
「……分からないよ。漫画やSFの世界じゃないんだから、MSGが独自の意思を持って操縦士を選ぶはずがないじゃないか」
「あなた、さっきの私の話を聞いてもまだSFだ漫画だと言っているの?」
「うっ、それは……」
ソアラが会議室で話した異世界の話は、最初は荒唐無稽だと思っていたが、その内容は鬼気迫るものであり、現にこの島を襲ってきた謎のMSGがEX‐G並みの性能を有している以上、信じる他ない。
そしてソアラのような技術者がいた異世界なら、操縦者を選ぶというような高度なAIを備えていても不思議ではない……のかもしれない。
そんな表情を読み取ったのか、ソアラがため息交じりに言った。
「言っておくけれど、そこまで特殊なAIなんて搭載していないわ。隼風の反応も、私があらかじめプログラミングしておいたことなのだし」
「プログラミング?」
「ええ。隼風の核となるアビオニクスに私が少し組み込んでおいた機能。とある体質の操縦士を見つけた場合のサインとしてね」
電子機器類……通称アビオニクスの分野は航空機製造の中でも特殊な位置にあり、はっきり言えば現場の作業員とは畑違いの整備箇所だ。
遼河も一通り整備方法は学んだが、通常の整備に比べてどうしても苦手意識を持っている。なぜならその作業は身体を動かして調子を確かめるのではなく、コンピュータまたは端末を片手に行う、理詰めの作業だからだ。
頭を使う以上に身体を動かしていたい遼河としては、アビオニクスはあまり肌に合わないところがある。
そのことが顔に出たのか、ソアラがくすりと笑った。
「遼河、あなたさてはあまり電子機器が得意じゃないのね?」
「うっ……まあ正直苦手かな」
こと整備において苦手箇所を指摘されるのは恥ずかしい。少し顔を赤くしながら、話を元にもどした。
「それで、とある体質っていうのは?」
ソアラは笑いを止め、頷いた。
「Gに耐性を持つ者」
遼河が何かを言う前にソアラが言葉を続ける。
「言うまでもないけどGはグラビティ、重力のことよ。遼河は人間が耐え切れる限界のGは知っている?」
突然の質問に遼河は戸惑った。必死に記憶を探る。
「えっと、どうだろう。知り合いの戦闘機の操縦士に聞いた話だと9、10Gが限界って話だったと思うけど」
「それは操縦可能な限界って意味ね。……まあいいわ、概ねそんなところかしら。人間にはどうしても重力という枷が付けられているわ。どれだけ戦闘機やMSGの技術が進歩してもこればかりはどうしようもない。でも、もし重力に対して非常に強い耐性を持った体質の人間がいたとしたら……その機体の性能を十二分に発揮することができると思わない?」
機体の性能がどれだけ向上しようとも、それを操るのが人間である以上、どうしても重力が邪魔をする。だからこそ耐GスーツやGに耐える機内構造など、人間以外の部分の技術開発が推し進められているのだ。
だが、もしそれらを必要としない人間がいたら?
Gの圧力にすら耐えるような強靭な身体の持ち主がるとしたら? そして遼河は既にその体質を持っているであろう人物に心当たりがある。
「まさか……」
「気が付いたようね。そう、その特別な体質を持っているのが唯花よ。あの子はテスト飛行中は最大15G、戦闘時は最大20Gまで余裕で耐えきって見せたわ」
「に、にじゅっ……!?」
Gスーツを着ていたとは言え、テストフライ。そして赤鬼との戦闘で加速度的な動きを連続して行い続けた唯花。あの運動にかかるGは並大抵のものでは無いとは思っていたが想像以上だった。それだけの圧がかかれば、意識の混濁や内臓の異常が起こってもおかしくない。
「あのね、驚いているけれど、あなたも似たようなものなの」
「――俺も?」
「じゃないと隼風が反応しないでしょう」
そうだ、隼風の操縦士に任命された以上、強い耐Gの適正が要求されるという話だ。つまりそれは、遼河自身も唯花と同じ体質という証左ではないか。
「あなたは唯花とは少し事情が違うわ。それに関しては、あなたの母親の話から始めなければならないのだけれど」
「母さんが? どうしてここで母さんの話が出てくるんだ?」
そう尋ねると、ソアラがどこか懐かしむように、そして決心したように言った。
「それはね、あなたの母親の蓮杖明日葉……ううん、アスフィアは、私達デバイス・チルドレンの仲間だからよ」
◆
遼河の頭は再び真っ白に染まった。
「母さんが、ソアラの仲間? それってつまり――」
「向こうからワープしてきた仲間の一人ってこと。私もまさかこんな身近に身内がいるとは思わなかったから、かえって時間がかかったわ」
「ちょっと待って! 母さんは日本人だよ。だって――」
母、明日葉は確かにアジア人の見た目をしていたはずだ。
「別に全員が私みたいに西洋風の顔立ちと言うわけでは無いわ。アスフィアとステラはアジア系の顔立ちだったわけだしね」
ソアラがその姿を思い出すように遠い目をしながら言う。
「彼女は機械部品のアイデアや製造に関して、天才的な素質があった。その才能はこっちでも遺憾なく発揮していたみたいね」
「…………」
思い当たる節はいくつもある。遼河の両親は航空機部品を取り扱う小さな町工場を経営していた。父も優秀な技師だったが、母の出す提案や技術はそれ以上のものがあり、その積み重ねが次第に顧客に認められていったのだ。
「恐らく自分なりの方法でEX-Gに関わろうとしたのね。それがあんなことになってしまうなんて……」
ビジネス交渉のために乗り込んだ飛行機が事故で墜落。遼河にとっては両親をいっぺんに失った辛い記憶だ。
「ソアラは、母さんと仲が良かったんだね」
先ほど会議室で、母が死亡したと伝えた時のソアラの反応を見ればわかる。きっと母とは遼河が思う以上に親しい仲だったのだろう。
「そうね、アスフィアは私達の姉のような存在だったわ。いつも穏やかで、私達に優しくしてくれて。最年少だった私とレインは特に構ってもらっていたから……ごめんなさいね、いつまでもしみじみして。今後の話をしていかないと」
「いや、仕方ないよ」
遼河はもう吹っ切ったが、ソアラにとっては母の死は寝耳に水だったわけだ。過酷な環境で、姉のように慕っていた人物を失ったのだとしたらそれは身を削られるほどの辛さだろう。遼河にも兄弟がいたとしたら同じ風に感じるのかもしれない。
「……あれ? 姉?」
一つの疑問が沸く。
「えっと、ソアラっていくつだっけ?」
「急にどうしたの? 十八歳だって前に言わなかったかしら?」
「で、でも母さんは確実に三十は超えてたと思うんだけど」
姉と呼ぶにはいささか歳が離れ過ぎてはいないだろうか。そんな疑問にソアラは呆れたように、
「それこそ今更よ。私たちが違う年代にバラバラに飛ばされたって言ったでしょう? アスフィアは私より十数年前にこの地球にやってきたのだから、年が離れて当然よ」
なるほど、合点がいった。
「さて、そろそろ本題に入るわ。あなたが隼風に乗ることができる一番の理由、それはあなたに向こうの世界の血が半分流れているということよ」
「……どういうこと?」
確かに今の話を信じるならば遼河の血の半分は異世界のものだろう。しかしそれがどうして隼風の操縦士に繋がるのか。
「元々向こうの人間は重力に強かったのよ。地球とほぼ同じな中で唯一違ったのが、耐G能力、つまりGに対する強い耐性ね。唯花とは違って身体が丈夫ということはなかったけれど、重力には強かった」
元々MSGとは極度にGが発生しやすい乗り物なのだという。しかしそれは異世界側の人間に合わせたからであり、今世界に現存するMSGの殆どは地球人に合わせた耐Gが低めになるよう設定されたものなのだそうだ。
「後はもう分かるわね。隼風はそのリミッターを設けていない。つまり、耐Gに異常に優れた人間しか操ることができない実質上の専用機というわけ。きっと私の仲間達が開発した他国のEX-Gも同じ仕様でしょうね」
「……で、異世界人の血が半分流れている俺なら隼風にも問題なく乗れるということか」
「そういうこと。中には唯花のようにこっちの世界でも特殊な体質を持った子はいるけど、本当にごく一部ね。私が隼風を開発した時、思い切って複座式にしたのは、操縦士の負担を減らすため。でもそう都合よく重力への耐性を持つ者が二人も見つかるはずもないと思っていたから、その機能は封印されると思っていたの。でもあなたがいた」
「俺、操縦経験なんてないけど……」
「そこは唯花に任せなさい。操縦は一人でもできるようになっているから。それにあなたにしかできないこともあるわ。隼風のことを分かっている人が乗っていれば不足の事態にも対処しやすくなるでしょ。唯花は感覚に頼りすぎるきらいがあるから、あなたが冷静に機体の性能を活かしてあげて」
「でも、それだったらソアラが乗ったほうが活かせるんじゃないの?」
そう、設計者本人であるソアラだったら、遼河とはくらべものにならないくらい隼風には詳しいだろう。異世界の血も遼河以上に濃いはずだから、適正も高いはずだ。
「……できることならそうしたいのだけれどね」
しかしソアラは悔しそうに顔を歪ませた。そして吐き捨てるように言った。
「ゲンティアナの科学者は私たちデバイス・チルドレンを生み出したとき、最初に考えたことはね、私たちが反乱を起こさないようにしようってことなのよ。そのために奴らは私たちの身体にある細工をした」
そういってソアラはおもむろに白衣を脱ぎだした。
「ちょ、ソアラ!?」
「ここ。見えるかしら?」
慌てて目を隠そうとしたところ、ソアラが後ろを向いて自分の一纏めした髪をかき上げ、首筋を示した。
「それは……」
そこには、いくつもの小さな赤い斑点ができていた。見るからに痛々しいその痕は、明らかな注射痕だ。
「私たちに施された薬物はおよそ五十……その中には、一部の金属アレルギーを誘発させるものがあるわ。その金属っていうのがEX‐Gのコアに使われている素材。今も、隼風の外装に触るくらいならまだ大丈夫だけれど、コクピットに乗るとなると発作がおきるでしょうね」
「そうなんだ……」
「施設を脱出したときもね、研究者たちが安心しきっていたところを見計らって、カオスがそれらの金属素材を使わない方法でワープマシンを完成させたからなの」
ソアラが悲しそうに隼風を見上げた。自分が設計したMSGに乗ることができないのは、設計者として非常に悔しい思いだろう。
「……わかった。俺が隼風に乗るよ」
そういう事情を聴いた後じゃもう断る理由はない。
「遼河……」
「正直操縦サポートを活かしていけるかはわからないけど……」
隼風の操縦サポートは多岐にわたり、自動姿勢制御、照準補正等、全部合わせて三百以上ある。遼河も一応全て学んではいるが、即座に応用するのは難しいだろう。
「俺にできることがあるなら、何でも協力するさ。大切な友人のソアラの頼みなんだから」
「……本当にありがとう。私も可能な限りサポートするわ。……それともう一つ。これは私の杞憂かもしれないけれど、唯花の事で不安要素があるから、誰かが付いていてくれた方が安心なの」
ソアラが考え込むように言った。
「唯花さんの不安要素?」
「あなたも見ていたでしょう? あの子、赤鬼との戦闘でちょっと異常に好戦的な性格になったの。普段のあの子からは信じられないくらい」
「…………」
何となく分かる気がした。途中、隼風はまるで敵機をいたぶるような戦闘をしていた。最終的に管制館を守るという形になったから全員が納得したが、それが無ければ隼風はとても味方とは思えなかった。
「あの時唯花に通信を切られて実感したの。誰かがそばにいてあげないといけないって。近くであの子を止められる人がいないと、きっといつか取り返しのつかないことになるわ」
「唯花さんを止める……はは、ホントに責任重大だ」
身体が震え始める。さっきは勢いで了承したが、ようやく隼風に乗ると言うことが現実味を帯びてきたようだ。顔の筋肉も緊張してきた。
「損な役を押し付けているのは承知しているわ。本当にごめんなさい。何分特殊な機体だから、普通の操縦士ではだめなの」
ソアラがそんな遼河の震えを見てとり、深々と頭を下げた。ここまで殊勝なソアラは見たことが無い。しかし遼河もそろそろ限界だった。
「いや、そのことは別にいいよ。むしろ……」
「むしろ?」
遼河はがくがくと抑えきれなくなった震えに従うように両手で自分の身体を強く抱きしめた。
「隼風に乗れるなんて、さいっっっこうじゃないか! いいいいやっほおおおう! 感動的だ! ホントに、ホントに乗っちゃっていいんだよね!」
「……え?」
ソアラの眼が点になる。初めて見た遼河の豹変に脳が思考停止状態となっているようだ。
「愛しの隼風に触れるだけじゃなくその操縦席に座ってフライトできるだなんて、これ以上の誉れがあるだろうか! いや無い!」
「りょ、遼河? あなた緊張してたんじゃ……」
「してたさ! 俺なんかが隼風に乗っちゃっていいのかって、でも我慢できない! もう外から見てるだけじゃ満足できない身体になってしまったんだ! ああああもうダメだ! ちょっと隼風に当たって身体冷やしてくるよ!」
「ちょっと! 私の隼風になにするのよ!」
隼風の足元に向かって全力疾走して、その全身を押し付け頬すりを始めた遼河を必死に後ろから引きはがそうとしていると。
「ソアラ、いる!?」
格納庫の入り口に、見慣れたボブヘアの少女の姿があった。
唯花はすぐに視線を巡らせた。そして、隼風にしがみつき、全力の頬すりをしている遼河とその後ろから覆いかぶさり作業着が伸びそうなほど引っ張っているソアラを交互に見比べ、一言。
「……どういう状況?」
「ち、ちがうの唯花、私とこの変態の行動には決して関係は無くて――」
ソアラが言い訳を述べようとした時、
『国籍不明機、領土内へ侵攻! 全操縦士はこれを即時撃墜せよ! 繰り返す! 全操縦士は国籍不明機を即時撃墜せよ!』
昨日聞いたばかりの警報が島のスピーカーから響き渡った。一気に三人の間に緊張感が走る。
「所属不明機……もしかしてゲンティアナの!?」
「丁度良かった! このまま私が隼風に乗って……」
唯花が隼風に向かおうとするのを、遼河が止めた。さすがの遼河もこの放送で正気を取り戻していた。
「まだ駄目だよ! 隼風はまだエンジン部分しか精密な調整が終わっていないんだ! 今出ても飛ぶことはできても戦闘は絶対に行えない!」
「でもこのままじゃ!」
そこへスクランブル発進のためにやってきたF-A01の操縦士達が次々に第一格納庫の方へ入っていく。あと三分もしない内に離陸できるだろう。
ガゴン!
その時、固いものを地面に打ち付けるかのような音が響き、微弱な揺れに襲われた。三人は急いで格納庫の入り口まで向かい、その震源地である滑走路に目を向けた。非常時のためか滑走路にはまぶしいくらいの明かりがともっており、その異常はすぐに気づくことができた。
穴だ。
固いコンクリートが敷かれた滑走路に、底の見えない穴が開いていた。
「何!? 何が起きてるの!?」
唯花が呻く。
見ている間にも次々に穴が穿たれていく。その数はすぐに十を超え、二十を超えた。
「これじゃ戦闘機は発進できない!」
広大な滑走路が無ければ戦闘機は離陸できない。それを見計らってことだろうが……。
「おかしい。何で格納庫本体を攻撃してこないんだ」
遼河は思わず呟いた。
手も触れずにこれだけの攻撃が可能ならば、格納庫をつぶした方がてっとり早い。しかしそれをしないということは――
「舐められてるってことね。胸糞悪いわ」
そう、恐らく敵は遊んでいる。隼風がまだ修理状態なのを知っているのかそうでないのかは分からないが、少なくともすぐに決着をつける気は無さそうだ。
「遼河くん! やっぱり隼風に乗らせて! 隼風なら垂直離陸ができるから戦えるはずだよ!」
唯花が焦りを隠さず言う。しかし遼河は譲れなかった。
「だめだよ! 整備不全の機体が飛び立っても、はっきり言って足手まといにしかならない!」
今までそれで何度も航空機が空中で故障したり酷い時は墜落したりした。一整備士として、そんな自殺行為を見逃すわけにはいかない。機体本体、何より操縦士が帰らぬ人となってしまうことも少なくないのだ。
「でも! ここでアイツを止められるのは隼風だけなんだよ! 今出ないとこの島にいる人全員が死ぬかもしれないんだよ!」
「それは――」
「おっと、そいつは違うぜ唯花」
遼河の言葉を遮り、その声は三人の耳にすっと入ってきた。
三人が入り口に目を向けるのと同時に、青い耐Gスーツを着た、若い男は格納庫へと足を踏み入れた。
「ここにはもう一機EX-Gはあるんだぜ。なに、多少旧式だが少なくとも今の隼風よりは動けるだろうさ」
「ラッセ……」
「ま、しばらく世話になるんだ、宿代くらいは払わないとな。というわけで、アイツは俺に任せておけ。……つか譲ってくれ。アイツには個人的に少なからず因縁があるんだ」
ラッセが目つきを鋭くしながら背後を振りむく。
すでに敵のMSGの姿ははっきりと視認できる位置まであった。
銀色のボディの美しい機体だった。どことなく甲冑鎧をイメージさせる堅牢そうな見た目は、月灯りを反射させてより神秘的な気配を漂わせている。右手にランスを握っており、その矛先からは微かに煙が上がっていた。滑走路に穿たれた穴の正体は、あのランスによる攻撃なのかもしれない。
銀色の騎士はその位置から微動だにせず、明らかにこちらの動きを待っているようだった。
「いいねぇ、騎士道精神ってやつか? 相変わらずで安心したぜ。さて、んじゃちょっくら行ってくるわ」
ラッセは闇に同化しそうなほど青い機体、はしごを使ってFSスカイキャットを駆け上り、胸部コクピットに乗り込んだ。すぐに機体の瞳が輝き、稼働を始める。
あちこちに大小様々な凹みが目立つ不格好な機体は、静かに格納庫を出ていった。
「――大丈夫かな、ラッセ君」
その傷跡を見つめながら、唯花が不安そうな声を出す。
「きっと大丈夫だよ。昼にも言った通り、あの機体、FSスカイキャットの傷跡は昔のものばかりだったから」
遼河が自分の考えを口にする。そう、その考えが正しければ、スカイキャットを駆るラッセは――
◆
銀色の騎士の元へ、その機体は飛び上がってきた。
そう、まさに飛び上がってきたのだ。垂直飛行によるノズルを使用することなく、純粋な馬力で銀色の騎士と同程度の高さまで登ってきた。
一応ホバリングはできているが、絶え間なく上下運動を繰り返し、完全な停止はできていない。その動作からノズルの出力は大したことないとうかがえる。
旧式の機体。
それが銀色の騎士が目の前のMSGに下した評価だった。無骨で洗練されていない大柄な見た目。所々傷跡の目立つボディ。
こちらの世界では最高の性能を誇る機体の一つなのだろうが、自分の世界では明らかに一、二世代ほど前のものと言える。そんな機体で自分の前に出てきたことに、逆に敬意を表したいくらいだった。
せめて一撃で。
その思いから、騎士はランスを振るう。ただの突き。しかしその速度は目の前の機体が知覚できるものでは無いだろう。
双方の距離はおよそ八十メートル。
通常であれば槍の届く距離ではないが、騎士の槍はただの近接装備ではない。多少離れていたところにいる敵をも貫く性能を持っている。
故に騎士にとって間合いは意味を成さない。一対一の場合はただ一突きするのみですべてが終わる。
――はずだった。
騎士は確かにその槍で敵を貫こうとした。しかし敵の鋼鉄の身体を貫くかすかな抵抗感も、機械越しに伝わる生ぬるい感触も無かった。
改めて確認すると、青い機体はランスを向けた位置から身体半分ほど離れた場所にあり、ダメージは見受けられない。
闇夜で座標を見誤ったか。運のいい奴だ。
そう考え騎士は再びランスを振るった。しかし結果は同じ。
いよいよ異変に気付いた騎士はランスを連続で繰り出した。
それでも結果は同じだった。
騎士のランスはまるで何もない空間をなぞるかのように、一向に当たらなかった。
ことここに居たって騎士は悟る。
目の前の機体は確かに旧型の格落ちだろう。しかし、操縦している中身は、まぎれも無く――
「ラッセは――エースだよ」
騎士の思考と遼河の言葉が、ほぼ同じタイミングで同調した。




