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『道具』


「なあ、唯花。ちょっといいか?」


 会議室を出て、管制館の二階まで下りてきたところで、ラッセが唯花に声を掛けてきた。


「今からちょっと話せないか? さっきのソアラの話なんだけどさ、どうも頭こんがらがっちまって上手くまとめられねえ」

「……うん、良いよ、私もちょっと考えを整理したいし」


 ソアラの話は二時間を回り、現在時刻は夕方の五時。夕食にはまだ早い時間だ。ソアラと遼河の話もまだ続きそうなので、空いた時間は情報の整理に勤めるべきだ。それに唯花一人でまとめるには話しが大きすぎる。

誰かと一緒に話せたほうがいい。


――ソアラと遼河くん、何の話なんだろう。


 本来ならその話相手はソアラか遼河にやって貰いたいが、生憎二人は大切な話があるようだ。

 となると事情を相談できるのはラッセしかいなくなる。お互いMSG、それも世界でも数台しかないEX-Gの操縦士ということからも、聞きたい話は多く、丁度いい機会かもしれない。

 二人はカップ式自販機で飲み物を買うと、都合のいい空き部屋を見つけ、中の様子を伺った。上の階の会議室程ではないが、中々広々とした部屋だ。位置と広さからして多目的室なのだろうが、役割の大半が会議室と被るため、放置されたのだろう。使われた形跡はほとんど無かった。


「よし、そんじゃさっきソアラから伝えられた話の整理からするぞ」

「うん、すごい話だったね、ソアラじゃなかったら信じられなかったかも」

「ああ、俺も信じるぞ。アイツの話を前提に考えると、敵のMSGに納得できる部分も多かったからな」


 二人は適当な椅子に腰かけた。

 ひんやりとした椅子に背を預け、先ほどのソアラの話を一つ一つ思い出す。


  ◆


 ――二時間前・会議室。


「まず信じられないかも知れないけど、これを最初に言っておかないと話が進まないから先に言うわ」

 そう前置きしながらも、あまり気が進まないような顔で口をもごもごした後、ソアラは言った。


「私はこの次元とは異なった世界、いわゆる異世界から来た技術者なの」


 直後、部屋の空気が凍った……ように唯花は感じた。話しを聞いていた誰もが言葉を失った様子だ。

 それは最も付き合いが長い唯花も例外では無く、頭の中でソアラが今言ったことばの意味を必死に理解しようとしていた。 


――い、異世界? 異世界ってあのファンタジーやメルヘンなあの? でもソアラがそこから来たって……ええ?


唯花が混乱する頭を必死に動かしていると、ラッセが呆けた顔を基に戻し、


「お前頭大丈夫か? 疲れているんじゃないのか? なんなら医療室まで俺が同行してや――」


 つかつかつか。


「ん?」


バッシイイイン!


 一時間ほど前に見た光景が再び目の前で起こった。

 無言で近づいたソアラの右手の平が、ラッセの左頬を鋭く打ち抜いたのだ。実に見事な平手。運動神経はお世辞にも良くないソアラだが、どうも人をぶつ時の動きは洗練されているように見えた。

 ラッセは大きくのけ反った後、ばねのように元の体勢に戻ると、不満あらわに、


「いってえええええ! お前、ホントいい加減にしろよ! 人の頬を何度も何度も叩きやがって!」

「あなたがそうやって信じようともしないからでしょう! 私の手だって痛い!」

「だったら殴らなければいいだろ! つか何でお前の方が痛そうにしてんだよ! 俺が手出したみたいな構図にしてんじゃねえ!」

「ま、まあまあ、二人とも落ち着いて。それで、ソアラ、異世界っていうのは?」


 慌てて遼河がその二人の間に入っていく。隆市と陽子のやり取りを毎日見ているからか、こういったことに慣れているようだ。

 ソアラは痛そうに手を振りながら、納得していない顔で続ける。


「言葉通りの意味よ。別の座標にある別次元空間、同じ地球っていう名前のその星から私達はこっちの世界にワープしてきたってわけ」

「……お前やっぱり頭」

「もう一度殴られたい?」

「……なんでもないっす」


 流石に懲りたのかラッセが目を逸らす。フンっと鼻を鳴らしてソアラが話を再開する。


「その別次元の地球の……もうめんどくさいわね、仮に異世界Xとするわね。Xはこの世界の何倍も科学技術が進歩していたの。生活、政治、ビジネス……様々な場に化学が浸透していたわ。勿論、軍事にもね」


 軍事。その言葉にピンと来たのか、遼河が声をあげる。


「もしかして、MSG技術とかも?」

「ええ、当然こっちとは比較にならないくらい進歩していたわ」


 こちらの世界ではMSG、特にEX-Gが大きな抑止力として機能している。その原因の一つはその数が限られ、製造方法も知られていないからだ。しかしもしどこの国もEX-Gを製造するだけの科学力があるとしたら。

 一機で戦争が変わると言われるEX-Gが大量に戦場に投入されたとしたら。

……他国との関係も大きく変わっていくことになるだろう。

 ソアラがこくりと頷いた。


「そう、異世界Xでは常に戦争が起きていたわ。一つの戦争が終わればまた戦争が起こり、それが終われば利権をめぐってまた戦争が起こり……てね」


 一つの戦争が終われば新たな資源を求め、他国に攻め込む。また戦勝国であったとしても疲弊したところを別の国が後ろから不意打ちをし……連鎖的な戦争が大小問わず起こり続ける。まさに悪循環だ。

「私が物心ついた頃には既に世界大戦は第二十次を数えていたわ。最もそこで打ち止めとなったのだけれど」

「お、戦争が終わったのか? じゃあ平和になったんだな」


 黙って聞いていたラッセが口笛を鳴らす。最初は半信半疑だったが、段々興味を惹かれ、今まで熱心に聞き入っていたようだ。

 終わらない戦争は無い。その言葉通り、終戦による平和が訪れるようになったのだろうか。


――いや。


唯花は嫌な予感を感じた。ソアラの世界の戦争はただの戦争では無い、二十次にもわたる大規模な世界戦争なのだ。その最中、誰も止められなかった戦争が終わったとして、後はずっと恒久平和などと、簡単な話にはならないはずだ。果たしてその予感は正しかったようで、


「平和……それとは程遠いものだったわ」


 ソアラが自嘲気味に笑った。


「その証拠が私のような存在よ」

「? どういうことだ?」

「戦争は終わったわ。ゲンティアナ帝国の完全統治によってね」


 ゲンティアナ。唯花はその言葉を知っていた。忘れもしない六年前、ソアラの口から語られた組織の名前だった。

 ――私の家族と、故郷を奪った、敵。

 その時のことを思い出すと、胸の奥が、チクリと痛むような感覚を覚える。あの事件のことを考えると時々起る胸焼けのような感覚だ。


「正義も何もないような極悪帝国よ」


 ソアラが吐き捨てるように言った。


「非人道兵器、利益優先の条約の取り付け、見せしめの殺戮、強引な科学実験……自分の利益になることなら何でもやる国だったわ。そして私もそんな帝国の生み出した負の遺産の一つ」


 そこでソアラが言葉を切った。ここから先を言うかどうか迷っているかのような、そんな表情をしていた。


「あの、ソアラ、言いたくないなら無理して言わなくてもいいんだよ」


 胸焼けの感覚を表情に出さないように気を付けながら、唯花は言った。直観で、その話しがソアラにとっても気持ちのいいものでは無いことを悟ったからだ。

それに対しソアラは、安心させるような笑みを浮かべた。


「いいのよ唯花。どうせ来週にはあなた達に知らせるつもりだったから」


 そこで再び大きく息を吸い込むと、決意したように、


「私は、人工で造られた存在なの。ゲンティアナが戦後に行った数々の人体実験の被験体『デバイス・チルドレン』。そのラストナンバーが私よ」


 そう言い切った。


「デバイス……チルドレン?」


 遼河がその言葉の意味を悟り、絶句した。

唯花も、自分の喉がカラカラに乾いていることに気が付いた。誰も二の句を告げない中、ソアラの話は続く。


「戦争を終結させたゲンティアナは、早速統治に取り掛かったわ。まずは圧倒的な軍事力の復旧と確保、そして新技術開発ね。『デバイス・チルドレン計画』はそんな技術開発の一環だったわ」

 デバイス・チルドレン。直訳で“道具の子供達”。あきらかに良くない響きを冠したその計画に、唯花の中で嫌な予感が膨れ上がる。


「様々な優秀な遺伝子をかき集め、その配合率を調整しながらより優秀な人材として生み出された私達被験体に、さらに高度な教育を施すことで現在の研究者には無い発想や発明をさせようとした……そんなバカみたいな計画よ。この実験のために失敗として切り捨てられた新生児の数は実に四百人。成功は私を含めたったの六人」

「酷い……」


 思わず口を抑えた。よく見ると遼河やラッセも拳を握りしめて嫌悪感をあらわにした表情をしている。


「おかげ様で私達は覚えも早く、様々な範囲で応用の効く特別な頭脳を持っていたわ。私達は皆優秀だった。そんな私達に帝国の科学者は、兵器の開発を仕込んでいったのよ。主にMSGのね」


 自分が生み出した技術が次々と兵器に利用されていく。突き詰めれば医療の分野で使えそうな発見も、今は兵器の開発優先と、補完され、後回しになっていく。そんな環境で、ソアラは十歳まで育ったのだと言う。


「私が最後の被験体だったらしいわ。これ以上はコストに見合わないってことで実験は中止されたみたい。気まぐれに始まった企画は気まぐれに幕を閉じたってこと」


 当時を思い出してか、虚無感にあふれたような雰囲気を漂わせる。

 毎日毎日、兵器の開発をさせられる。人を殺す道具を生み出す、まさに生きた道具としての生活を、ソアラは語った。


「でも私達だって黙って言う事を聞いていたわけではないの。機を見計らって、かねてより計画していた作戦を実行に移したわ。施設からの脱走計画よ。私達のリーダーだった最年長の『カオス』が、制作中の新型MSGに特別な機能を付けていたの。それが、瞬間座標移動装置。いわゆるワープ装置」

「ワープ装置? そんなものが本当に実在して……?」


 遼河の呟きは驚きに満ち溢れていた。SF映画の世界でしかお目にかかれないような夢の道具だ。無理も無い。


「カオスは私達の中でも群を抜いて天才だったわ。彼ならワープ装置なんて夢物語な道具を作れてもおかしくない。そう私達は信じ、完成と同時に点検と偽ってそのMSGに全員で乗り込み、脱出を敢行した。その結果……ワープには成功したけれど、想定とは大きく異なる結果となったわ」

「……自分達のいる世界とは違う次元の、世界に来てしまったのね」


 ソアラは頷いた。


「そう、しかも時空を渡ったことの弊害で、私達全員がバラバラの世代に漂着してしまった。私が辿り付いたのは八年前だけれど、他の皆はもっと前の時代に流されたみたい。最初は驚いたわ。こっちの世界の化学技術は、ゲンティアナに比べて全然進んでないんだもの。でも当然よね、戦争をしてこなかったんだから。戦争による加速度的な科学技術発展が起きていなかったんだから」


 ソアラは当時周りの大人に聞きまわってその事実を知ったのだと言う。


「戦争は科学技術を飛躍的に高める。それが行われなかったら緩やかにしか成長は無い。だというのに、この世界はどこか歪だった」

「歪? なにがだよ」

「戦争が無いにしては科学技術が発展しすぎているのよ。戦闘機がある。レーダーがある、インターネットが普及し電子回線が世界を掛けめぐっている。そして何より、MSGがある……これは異常なことよ。時代をすっ飛ばしていると言ってもいいわ。そこでようやく、私以外の皆が先にこの世界にやってきて、技術を伝えたことを悟ったってわけ」


 そうだ。歴史を見返しても、戦争が起きる兆候はどこかしらにあった。しかしそれが、まるで何者かに操作されたかのように収まっていた。もし何者かが戦争の火種を消して回り、尚且つ戦争で得られるはずの技術も伝えているのだとしたら、ソアラの言う戦争をしないで技術だけが発展する歪なこの世界が生まれてもおかしくは無いのかもしれない。


「それに気づいた私は、とにもかくにも仲間とコンタクトを取ろうとした。それはもう、黒いことも色々してね。四方寺重工に入ったのも、ここが一番EX-Gを作りたがってて、その上世界中にパイプを持っていたから利用させてもらったわけ」


 簡単に言うが、日本で最も有名な企業の一つに僅か十歳で入るなど、並大抵のことでは不可能だ。それだけでもソアラの天才性が伺える。


「それで、最初に連絡が着いたのはアメリカの特別支援技術開発局二代目局長なんて御大層な肩書を持っていた『サンボールトン』。そしてあなたの国、フィンランドで技術顧問を担当している『レイン』よ」


 ソアラの視線がラッセへと向く。

 つられて唯花と遼河もラッセを見た。ラッセは頭を掻きながら、「あー」と言葉に詰まるように言った。


「まあレインのおっさんはちょいと特殊な経歴だって聞いてはいたけどな。まさかそんな事情があったとは思わなかったぜ」

「レインは機体設計はそこまで得意じゃなかったから、最初あなたのMSGを見た時は少し驚いたわ。けれど連絡を取ってみて理解できた」

「う……」


 ラッセが痛いところを疲れたといったような顔をする。そして冷や汗をぬぐいながら諦めたように言った。


「知ってるんじゃしょうがないか。そう、あの機体……『FSスカイキャット』は元々は合衆国のMSGをフィンランドが極秘裏に無償で譲り受けたもんだ。これ、誰にも言うなって言われてたんだけどなあ」

「EX-Gの譲渡!? そんな大ニュースが国家間で秘密裏に行われてたの!?」


 遼河の驚きももっともだ。現代の最大戦力となるEX-Gを譲渡するなんて考えられない。内方する技術も含め、どれだけの価値があるか知れたものでは無い。それを無償だなんて虫が良すぎる話しである。


「まあ、言外に、今後軍事行動があった場合は協力してくれると嬉しい、て釘を刺されたけどな」

「そうね。その譲渡に関しては大体想像が着くわ」


 ソアラが口を挟んだ。


「恐らくカオス……彼が最初にこの地球にやってきたのだと思う。カオスなら歴史の転換点に立ち会って、未来を変えるくらいのこと、やってのけても驚かないもの。EX-Gを国家ごとにばらけさせたのも彼の指示でしょうね。絶対的戦力を分散させ、抑止力としての平和の維持を図ったのだと思うわ。そして、彼がなぜそこまで平和にこだわりながらMSGというい兵器の開発を止めなかったのかと言うと……」


 視線を再びホワイトボードに移す。そこには謎のMSGが攻めてきた傷跡が、マーカーとなって地図を塗りつぶしている


「敵が……ゲンティアナが時空を超えて攻めてきたってこと?」


 唯花の呟きに、ソアラは頷いた。


「そう。ゲンティアナはきっと、私達が脱走した後、血眼で世界中を探し回ったんでしょうね。けれど見つからなかった。私達は世界中のどこにもいないのだから仕方のない話ね」


 世界中を探し回っても、いないものを見つける事は出来ない。

「ここからは想像でしかないけれど、向こうの誰かがこう言ったんじゃないかしら。『もしかしてやつらはこの世界とは違う世界にワープしたのではないか?』。そんなバカげた発想を帝国が信じたかどうか分からないけれど、実際カオスができた以上、ゲンティアナの科学者でも何十年も研究すれば時空移動のワープマシンを作れてしまうかもしれない」

 ワープマシンはカオスという天才によって生まれた。しかし同じ材料がそろっていれば、カオス程の天才は居なくても、時間をかける事で同じ回答に辿り着くこともある。


「結果……奴らの手がこの地球にまで伸びてきた。当初はやたらと投資した私達の回収が目的だったのでしょうけど、そうでなくても、こっちの世界には向こうでは滅んでしまった技術や資源も大量に残っているから、それだけでも奴らからしたら垂涎ものでしょうね。これまでの戦闘規模から察するに、まだ大部隊での侵攻はできていないみたいだけれど、時間の問題よ。早急に対処する必要があったわ」


 時空を超えて迫りくる敵。科学技術も向こうの方が上。それに対処するには、同じ時代から来たソアラ達の協力が欠かせない。


「この襲撃……完全に私達の責任なのよ。すでに大きな被害が生まれていて、それを止めきれなかった私達の」


 ソアラが俯きながら言った。その目は懺悔の色にあふれている。そしてその視線は唯花へ向けられていた。


「私、ソアラ達を恨んでいないよ」


 だからこそ唯花ははっきりと答えた。ここでしこりの残る返事をしてしまってはソアラに後悔を残し続ける事になる。


「私の家族を殺したのは、あの紫色のMSG。なのにソアラに責任転嫁なんて、しないよ」

「唯花……」


 唯花は柔らかく微笑む。そうだ、自分の本心をさらけ出せば、それだけで十分な返事となるはずだ。

「その代わり、あの紫色も、ついでにあの赤色も――」


――確実に潰す。手足を折って、燃え尽きるまで炎で炙り続けるんだ。


「っ!?」


唯花が口を抑える。今、自分は何を言おうとしたのか。完全な無意識による発言。それ故に、抑え込んだ言葉は心の底からの言葉であった。


「唯花? どうしたの?」

「な、なんでもないよ。とにかく、ソアラはずっと私の親友だから! それより話の続きを聞かせてほしいな」


 必死に誤魔化す。今の言葉が漏れていたら、三人からどういう目で見られていただろうか。軽蔑的な目で見られるのは、絶対に嫌だった。

 ソアラは心配そうな顔で話を再開した。


「えっと……そうね、ここからが大事よ。昨日隼風が完成したことにより、私達の技術が詰まったMSGが六機そろったことになる。この機体を一同に集結させ、ゲンティアナが通過しようとしている『次元の穴』、それを――完全に破壊するわ」



   ◆


「次元の穴の破壊を、時空移動能力を搭載したEX-G六機で行う……作戦としてはかなり単純なもんだよなあ」


 ラッセの言葉に唯花も頷く。


「異世界Xからこの世界へ続く時空への穴そのものを塞ぎ、完全に行き来できなくする……っていうけど、どうするんだろう。隼風たちの機能にそういうのがあるって言ってたけど……」

「スカイキャットにもある、って言われてもなぁ、俺はMSGはあんま詳しくねえからいまいちピンとこないぜ」


 ラッセは早速考えを放棄したように背もたれに全体重を預ける。


「そういえばラッセ君はどうやってあの機体……スカイキャットの操縦士になったの?」


 ずっと気になっていたことを尋ねた。先ほどの会議室の話では、ソアラの同僚のレインという人物がスカイキャットに関わっているというが、唯花同様に唐突に選ばれたのだろうか。


「選ばれた? ……んー、というよりは俺が一番適正が高かったというか」

「適正? スカイキャットの?」


 ラッセは被りを振って否定した。


「いやいや、薬だよ。唯花だって打ってるだろ? “クランカイゼン”」

「クラン……カイゼン?」

「一時的な皮膚表面の硬質化、内臓・骨格の強化。つまり身体が硬くなる薬だよ。俺はそれを適用しても大丈夫な身体だから適用した。EX-Gの性能を活かすなら欠かせない薬品だろ?」

「そんなの……知らないよ」

「なに? いやでも待てよ……唯花、少し手を見せてもらってもいいか?」

「え? うん」

 言われるままに唯花は右手を差し出した。

「ちょいと失礼」


 ラッセはその手を遠慮なく掴むと「うーん、しなやかだがよく鍛えられている。だが一般的な身体付きに見えるが」とぶつぶつと呟き始めた。


「なあ唯花。お前何か特別な運動とかしてたか?」

「い……」

「い?」

「いやああああああああ!!」


 掴まれていないほうの腕による鋭い平手がラッセの左頬を打ち抜いた。



 ◆



「ごめんねラッセ君! 突然腕掴まれてびっくりしちゃって……」

「さすが操縦士……ソアラの三倍痛かったぜ。にしても今日は良くぶたれる日だ……」


 左頬を真っ赤にはらしながらラッセが起き上がった。痛みを感じさせないその挙動に、頑丈さならラッセも十分負けていないだろうと唯花は思った。


「ま、唯花が鍛えていることは分かった。が、一見普通の身体に見える。そういやレインのおっさんに、この世には薬を打たなくても先天的に頑丈な人間がいると聞いたことがある。もしかしたら唯花がそうなのかもな」

「私が……?」


 そう言えば六年前、ソアラも似たようなことを言っていた気がする。


――私は丈夫だからいいかもしれないけど、他の人達は?


 薬。真っ先に思い浮かぶのは違法薬物だ。もしラッセが服用しているというクランカイゼンに副作用があるとしたら。


「ラッセ君、その薬、ホントに安全なの?」


 恐る恐る唯花は尋ねた。もし違法性の薬を偽って服用させられているとしたら、どれだけ恐ろしいことだろうか。

 その疑問に対しラッセは。


「安全……じゃないかもしれない。でも副作用は今のところないし、あったとしてもゲンティアナを撃退できるのならそれでもいいと思っている」

「で、でも――」


 唯花が口を開こうとして、止まった。ここで何を言うべきなのか分からなかった。薬が危ないかもしれないからスカイキャットに乗るな? 軍を抜けろ? 戦場に出るな?

 どれも言えるわけが無かった。人の人生を左右しかねないそんな言葉を、無責任に語れるほど、唯花は偉くない。 


「……俺の祖国がゲンティアナのMSGに襲われた時、俺は何もできなかった」


 唯花のそんな葛藤を見抜いたように、ラッセが静かに語り始めた。


「軍にいたくせに、戦闘機という戦う手段があったくせにだ。港町一つが焼け野原になった時、俺は誓ったんだよ。奴らを絶対許さないってな。どんな手を使ってでも、奴らの侵攻を止める。それができるんだったら、俺の身体なんてどうなってもいいさ」


 その覚悟を決めた表情に、唯花は二の句が告げなくなってしまう。これだけ覚悟を持った人物には何を言っても無駄だろう。


「うん、それじゃあなんとしても早くこの作戦を終わらせて、平和を取り戻さないとね」


 やっとの思い出それだけ言うと、ラッセも表情を元に戻して頷いた。


「おう、互いに頑張ろうぜ! ……さて、結構長く話したな。そろそろ移動するか。唯花はどうする?」

「私は……少し散歩してこようかな」

「そっか。んじゃまた明日な。俺は会議室覗いた後は管制館の個室貸してもらえるよう交渉してくるわ」

「うん、またね」


 ラッセの背を見送り、その姿が見えなくなると、唯花はフー、と大きく息を吐いた。

 ラッセはああ言っていたが、やはり心配だ。ソアラは薬のことを知っているのだろうか。後で聞いてみる必要がある。


「うっ……」


その時、唯花の心の中でドロリとした感覚が生まれた。ドロリとした感覚は声となって唯花の内側から語りかける。


 ――ソアラは薬のことも知っているんじゃないか?

――もしソアラがラッセ達を戦争の道具と考えているのだとしたら?

――あの女は戦争がしたいだけなんじゃないの?

 

その声は間違いなく唯花自身のモノだった。耳を塞いでも関係なく聞こえてくる声。


「違う! ソアラはそんなことを考える子じゃない! 私は誓ったんだ! ソアラの言う事は絶対信用するって!」


 六年前、唯花はソアラに救われた。その後、仕事の都合で顔をあわせられなくなっても定期的に電話をくれた。

 そこまでしてくれる親友を疑う事なんてできない。


 ――戦争の道具を大切に磨いていただけじゃないの?

――わたしも実は既に薬漬けなんじゃない?

 

「違う!」


 頭の中の声は無くならない。段々と声を大きくしながら唯花の心を揺れ動かし続ける。唯花は駆けだした。階段を駆け下り、逃げるように外に出た。自分の中のソアラへの疑念がいつまでも消えない。先ほどの声も際限なく続いていく。


「あ……」


 外はとっくに暗くなっていた。節電ということでここから寮までの道は等間隔に電灯がともっているが、あとは何も見えない。そんな中で、唯花は管制館の庭先にある花壇に気が付いた。

 春先特有の淡い色をした数々の花が夜風に揺れている。


「気に入る花があった?」


唐突に後ろから掛けられた言葉に振り向くと、可愛らしい象のじょうろを持った若い女性が笑顔で立っていた。服装からして、管制官なのだとわかる。


「あ、えっと……」

「加賀名唯花さんだよね、隼風の操縦士の。この島じゃちょっとした有名人だから。……っと、ごめんさないね、名乗りもしないで。私は佐々木恵美。今年で二年目の新米管制官よ」


 唯花の不審な目に気付いたのか、佐々木と名乗る女性は慌てて自己紹介をした。どこか挙動不審な様子が、いかにも新人といった感じだ。


「……初めまして、えっと、佐々木さんはここの花の世話をしているんですか?」

「うん、まあね。私も花が好きだから半分趣味みたいなものだけど」


 花壇の側の蛇口をひねり、じょうろに水を入れながら、佐々木は答えた。


「唯花さん、花壇をじっと見てたけど、何か気になる花でもあった?」


 そう言われると困ってしまう。確かに花壇を見つめてはいたが、特に意味はなく、何気なく目についただけだったからだ。


「あ、えっと……そのピンクの花、可愛いなって思って」


 適当に最初に目に着いたピンク色の花を指差した。綺麗だと思ったのは嘘では無い。まるで小さな桜のように咲くその花は、見ていて唯花の気持ちも少し、和らいだ気がしたくらいだ。

 指差した花を見ると、佐々木は少し驚いた顔をし、すぐに微笑んだ。


「な、なんですか?」


 その表情の変化に少し戸惑う。


「いえ、少し驚いちゃって。その花はゼラニウムって言ってね、春から秋にかけて咲き続ける長寿の花で、花も可愛らしいし良い香りがして人気があるの」

「へえ……花、詳しいんですね」

「お花のことなら、多少は自信があるの。でもその花はちょっと特別」

「特別?」


 改めてゼラニウムを見つめる。確かにその花だけ他の花以上に管理が行き届いているように見える。群がる雑草も虫も無く、花弁に瑞々しさがある。しかしどうしてこの花だけ特別なのか……。

 頭に?を浮かべる唯花に、佐々木が優しく語りかけてきた。


「唯花さんはこの島にどうして花壇ができたか知ってる?」

「えっと、確か女性職員の提案で設けられたって」


 これもソアラから聞いた話だ。ソアラの事を思い出したことで再び頭の中のドス暗い声が大きくなった。

頭を抑える唯花を不思議そうに見つめ、佐々木は言った。


「そう、でも最初は上の人は渋っていたんですって。面倒は増やしたくないし荘厳さを出したい管制館の景観にも悪いって。でも、この島の“隼風計画”の責任者さんが一人だけ賛成してくれて、花壇はできたの」

「責任者って……」


 そう呼ばれている人物は、この島で一人だけだ。


「そう、ソアラさん。実は今日私も初めてソアラさんを間近で見かけてね、管制室にいきなり入ってきて「不明機に手出し止めーー!」だって。みんなに自分が誰かも説明しないからびっくりしちゃった」

「ふふ、ソアラは思い立ったら説明飛ばして行動する子ですからね」


 ソアラならやりそうだ、頭の中の声を押しのけるように、思わず笑みがこぼれる。


「そのゼラニウムは、ソアラさんがこれだけは植えてくれって直々に頼まれた花らしいの」

「ソアラが?」

「ええ。私も又聞きになってしまうんだけど、先輩によると、その花は唯花さんの花なんですって」

「私の?」

「ゼラニウムの花言葉はご存じ?」

「……いえ」


 花言葉は幾つか有名なものは知っているが、敢えて突っ込んで調べることはしなかった。


「『真の友情』、『尊敬と信頼』です」

「あ……」

「先ほどあなたを見かけた時、何か思い悩んでいるようだったから。私が相談に乗っても良かったんだけど、折角良い友人がいるみたいだから、ここは譲ります。話せる友達がいるって、素敵なことよ……唯花さん?」


 佐々木は俯いた唯花の様子に戸惑ったように声を掛けてきた。


「私……馬鹿だ」

「え?」

「佐々木さん、ありがとうございました! 私ちょっとソアラに聞きたいことがあるので行ってきます!」


 もう迷いは無い。頭の中の声もドス暗い声も、いつの間にか止んでいた。疑問があるならソアラに直接聞けばいい。結局自分が怖がっていただけなのだと、唯花は気づいた。

 暗闇の中を頼りに、当ても無く走り続けると、光を放っている建物があった。第二格納庫だ。何となく、唯花はそこにソアラがいるような気がして、足を速めた。



  ◆


――同時刻

夜明島からおよそ三キロ離れた、波立つ海上の暗い空間に、一筋の亀裂が走った。

亀裂は広がり、その隙間から鋭い金属の爪が姿を覗かせ、生気の無い金色の眼が、静かに月明かりを反射させた。


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