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青い機体

島内のほぼ全員が見守る中で、そのMSGが着陸の準備を始める。

 遼河達整備士は台地でその様子を眺めていた。

 先ほどのソアラからの特大音量の攻撃中止放送により、現在すべての迎撃セクションはその動きを止めている。つまり、もし今あのMSGが攻撃を始めた場合、なすすべも無く制圧されてしまう状況にあるということだ。

 そういった事情から、かなりの緊張感を漂わせた滑走路に、未確認のMSGが接近する。

 その全貌を全員がまじまじと見つめる。

 

 ――青い


遼河も手に持っていた双眼鏡から目を離し、裸眼でその機体を見つめた。青空に溶け込むような紺碧の機体だ。サイズは隼風よりも一回りほど巨大で、重厚なフォルムが無骨なイメージを観る者に与える。曲線の多い隼風とは対照的だ。

 やはり見覚えが無い。

 脳内でその外見に合致するMSGの姿を先ほどからずっと探していた遼河だったが、結局見つからなかった。各国のMSG事情は、世界協調の下、公開情報が推奨されるものではあるが、あくまでそうすることが望ましい、という程度のものであり、強制力は無い。

 協調という言葉に頼って、自国の軍事を縮小して、万が一他国が裏切ったならば一方的に蹂躙されてしまう。そういった最悪の事態を避けるため、いわば保険として国際協調の世の中であっても、自国の軍事は申告制に留まっているのだ。

そして今、遼河の目の前に降り立とうとしているMSGは資料に保管されていないもの……つまり、機密保持されている存在というわけである。

 元々MSGの中でもトップクラスに機密性の高いEX‐Gではあるが、どの国がどれだけ保有しているかは公開されている。その理由は様々だが、特に重要なのが、抑止力としての役目である。

 過ぎたる兵器は、時に、存在が明らかな方が効果的な場合がある。

 かつて、アメリカが初めてEX‐Gを、紛争地域に投入した結果、これまでのこう着状態が嘘のように、一日で解決に導いたと言う。その噂が広まってからというもの、EX‐Gはいつでも振りかざせる刃として牽制の材料にされるようになったと言うわけだ。

 そんな中でも勇ましく外見までも公開している国がドイツ。毎年行う軍隊セレモニーでその姿を衆目に焼き付けている黄色い機体は、遼河が最も憧れる一つでもある。

 ドイツを除くと、保有が確認、登録されているのはアメリカが二機、そしてイギリス、ロシアがそれぞれ一機ずつとなっているが、その姿を公の場に曝したことは一度も無い。

 この紺碧の機体が赤鬼のような全くの不明機で無いのならば、それらの国のどれかのはずだが……。

 視線を目の前の機体に戻す。

 改めて機体をよく見ると、かなり傷だらけの機体だった。飛行能力を有している以上、あの機体がEX-Gである可能性は高いが、EX‐G特有の堅牢さを考えると、いささか被弾痕が多い。

 さらに板金で隠されているが、多くの箇所に若干の凹みが視られ、お世辞にも美しいと言えるMSGでは無い。


――操縦士の技術はたいしたことないのか?


 周囲の職員達の視線はおおよそそう言った感想を物語っていた。


「……遼河くん?」


 ある種楽観的な表情をする職員もいる中で、遼河を含めた数人は未だ表情を引き締めたままだった。唯花がそんな遼河の表情に疑問を抱き、尋ねる。


「あの機体がどうかしたの?」

「……あの機体の弾痕や凹み、かなり前のものなんだ。それにあの飛び方や挙動であそこまで被弾するとは考えられない。多分操縦士が変わったんだよ」


 特別な装甲を用いられるEX‐Gは装甲の交換も数が限られるため、よほどのことが無ければ行わない――今回の隼風ほどの損耗なら別だが――。つまり機体表面の変化を見れば、それがどれだけの飛行を行ってきたのか、ある程度なら予測は可能なのだ。

 紺碧の機体の表面の弾痕は全てがほぼ同時期の凹みで、最近のものは見当たらない。それは凹みの上から、ほんのわずかなしわが寄っていることからも明らかだ。

 それは言い換えれば、操縦士が変わってからは一切の被弾が無いこと。圧倒的高出力による積載量無視を可能としたEX-Gの重装甲を突破するには30㎜のバルカン砲だろうが空対空ミサイルだろうが困難なので、MSG乗りは被弾を気にせず行動することができるという。恐らく紺碧のEX-Gの前操縦士もそう言ったマニュアル通りの操縦をしていたのだろう。

 操縦士が交代してからどれだけの期間が経ったのかは分からないが、あの乗り慣れた様子からして結構な時間が経っていることだろう。その間に一切の被弾が無いとなると、実戦経験が無いのか、超凄腕の操縦士なのか……。

 全員が注目する中で謎のMSGは下向きのジェット噴射で勢いを殺していき、そのまま両足を滑走路に同時に下ろした。


――ごくり


 自然と喉が鳴る。現状は押さえているが、傷だらけの機体というものも遼河の大好物の一つである。ロールアウト前のピカピカの機体というのもまた素晴らしいものであるが、やはり戦闘機及びMSGは傷だらけであることこそその魅力を倍増させると言うものである。


――さっきソアラが放送で攻撃を停止させたってことは、少なくとも敵じゃないってことだよな。ということは友軍であってつまりあれに触れる機会も必ず訪れるということだから、今は我慢するしかないわけだ。でもちょっとくらい、操縦士に許可を貰って抱きしめたり頬ずりしたり舐めたりしても……


「……遼河くん、顔が少しキモいよ」

「えっ、顔に出てた!?」


 隣の唯花が僅かに遼河から距離を置いた。自覚は無かったがどれだけ酷い顔をしていたのだろうか。


「はぁ、あんたのその悪い癖も、いい加減どうにかした方がいいね」


 同時に、いつの間にか横にいた陽子も深いため息を吐いた。その顔は所属不明機に向けられ、真剣そのもの。次に会ったらあのバイクの事を尋ねようと考えていた遼河だったが、今はそういう空気でもなさそうだ。


「陽子さんまで……」


 隆市同様付き合いの長い陽子は遼河の悪癖についても詳しい。そんな陽子に言われては何も言い返せない。


「そう言えば隆市さんは?」

「まだ隼風の修理に取り掛かっているみたい。ソアラさん……でいいんだっけ? その人の放送があったとはいえ、念のため急ピッチで進めているわ。操作をするには先にエンジン回りを生き返らせなきゃいけないから中根さん達エンジングループと作業に取り掛かっているとこね」


 又聞きではあるが、傷ついた隼風の最重要修理ポイントは排熱用のタービンとファンのようだ。とりあえずそこさえ直せば動かすことは可能となる。現在は少数精鋭で森林地帯での応急処置に勤しんでいるのだそうだ。

 幸いなことにアビオニクスには異常が無いようなので、それならば部品の交換をするだけで事足りることだろう。


「ま、どちらにせよ相手の出方しだいで状況が変わるのは確かね」


 陽子が停止したMSGを見やる。今、ゆっくりとハッチが開こうと言うところだった。



 中から出てきたのはまだ若い人物だった。逆立った金髪に灰色がかった瞳。スッと通った鼻筋はモデルのよう。機体同様青を基調としたパイロットスーツに身を包んだ少年がハッチの位置から縄梯子をおろし、ゆっくりと降りてくる。


「おいおい随分と若いな。まだ二十歳ぐらいじゃないか」

「唯花ちゃんといい、EX-Gの操縦士は若い子が多いのか……?」


 周りで口ぐちに操縦士の感想を言い始める。遼河も同感だった。てっきり唯花が特別なのかと思っていたが、若いMSGの操縦士というのはまだまだいるようだ。

 少年はその透き通った瞳を職員一同に向けると、手を口元に当て、大声で叫んだ。


「□△※×!」


 一瞬混乱するが、どうやら英語のようだ。考えてみればご丁寧に日本語を話してくれるはずもない。この島に来てから一年間、整備の知識と共に毎日必ず覚えさせられた英会話の知識を総動員する。


『もう一度聞く! この中にEX-Gの操縦士はいるか!? それと開発者も!』


 翻訳についていくのがやっとではあるが、なんとかそう言っていることが分かった。どうやら少年は唯花に用があるようだ。それと開発者と言う事はソアラも。

 ちらりと横目で唯花を見る。周囲から視線を集める唯花は、同時に遼河に困ったような表情を向けてくる。それに対し、静かに首を横に振った。

 何をしてくるか分からない以上、相手の素性が割れるまでは、様子を見た方が正解だろう。恐らくこの後、波見辺りが上手く対応してくれるはずなので、話はその後にでもゆっくりと――


 ふと周囲がさらにざわめきを強めた。

 何事かと遼河が視線を前に向けると、少年の元へゆっくりと歩みだしている人影があった。

 長く輝く金髪を後ろで一つに縛り、寄れた白衣を着たその後ろ姿は、まさしく先ほど待ち合わせをしていたソアラご本人である。周りの職員が口ぐちに説得しているのがわかるが、ソアラはそれを一切無視して少年の元まで歩いていく。


「……怒ってるね」

「うん、間違いなく怒ってる」


 遼河と唯花、二人で全く同じ意見が出た。

 ソアラと出会って間もない遼河であるが、昨日の隼風討論で分かったことは、ソアラが結構……いや、かなり感情的になりやすい人物だということだ。どうやらその考えは的外れでは無かったようで、唯花も苦笑いをしている。

 後ろ姿、その歩き方から見ても分かる通り、ソアラは今物凄く怒っているようだ。ようやく自分に近づいてくる存在に気が付いた少年は、しかしその怒りに全く気が付かないようで、


「ん? この島の研究施設の留学生か? あー、英語分かる? 悪いんだけどこの島に格納されているEX-Gの開発者と操縦士を――」


バッシイイイイ!


 少年は最後まで言う事が出来なかった。頭一つは高い位置にある少年の無防備な右頬を、ソアラの平手が鋭く打ち抜いたのだ。


「うわ、痛そ」


 静まったその場に、陽子の声だけが響いた。

 大きく左にのけぞった少年は、すぐさま体勢を立て直し、ソアラを睨みつける。


「ってーな! なにしやがんだ!」


 当のソアラは叩いた右手をさすりながら、少し涙目で、


「そ・れ・は、こっちのセリフよ! あなたの勝手な行動でこの島の多くの人にどれだけ迷惑がかかったと思っているの!! 防衛庁に察知されないように妨害電波流したり操縦士総出でスクランブルしたり! 地対空だってただじゃないのよ!」


 一気にまくしたてた。あまりの迫力に、流石にたじたじとなる少年。


「あー……いや、騒がせたのは悪かったよ。ただどうしてもお仲間に会いたくてよ。おっさんの話じゃあ最後の一人らしいし、一目だけでもと思って……」

「それだったらちゃんと手順を踏みなさい。一週間後にきちんとした場をセッティングしておいたでしょう。レインから聞いていなかったの?」


 呆れたようにソアラは腕を組む。どうやら一発殴って捲し立てたことで怒りが収まったらしい。隼風の開発者だというのにその短絡さはどうかと思うが、それを口にしたら遼河の頬にも赤い手の跡が残ることだろう。

 その後、慌ててやってきた波見と管制館の館長がその場を何とかおさめ、職員が全員それぞれの持ち場に戻ったところで、再び島内放送で遼河と唯花が呼び出されることになった。




「失礼します」

「しまーす」


 まず遼河から、続いて唯花が後に続いて会議室に入る。昨日も入室したばかりではあるが、今回は面子が少し違っていた。

 まず会議室の発表代に背を預け、難しそうな顔で腕組みをするソアラ。続いて退屈そうに椅子にだらしなく腰かけて頭の後ろで腕組みをする少年。

 少年がまず遼河達に気が付き、ぴゅーと口笛をあげる。


「お、女連れとは隅に置けないねえ隼風の操縦士さん」


 相変わらず英語だったが、今回は心構えをしていたので十分に聞き取れた。しかしその言葉は聞き捨てならない。


「勘違いしているようだけど、俺は隼風の操縦士じゃないぞ」


 こう言う時英語は便利だ。無理に敬語を使わなくてもいいのだから自分の気持ちを直に伝える事ができる。


「何? じゃあ隼風の操縦士ってのは……」


 少年が驚愕の表情と共に視線を遼河の後ろに向ける。

 すると唯花が遼河よりも流暢な英語で、


「私が隼風の操縦士の加賀名唯花です」


 と柔らかな笑顔と共に答えた。

 今度こそぽかーんとした表情をつくる少年。その姿がおかしかったのかソアラが笑いを堪えながら、


「ほら、唯花が自己紹介したのだからあなたも」


 と少年を促した。どうやら少年と和解は既に済ませていたらしく、滑走路の時の刺々しさは無くなっていた。


「あ、ああ。いや驚いた。EX-Gの重力に女がついてこられるとは思ってもいなかったからよ。俺はラッセ。ラッセ・ユリウス・フルスカイネンだ。気軽にラッセとでも呼んでくれ」


 そう言って唯花に近づくと、右手を差し出した。


「よろしく、ラッセ君。私のことも気軽に唯花って呼んでね」

 その手を握り返しながら、唯花も挨拶を終えた。

 その様子をぼんやり眺めていた遼河だったが、すぐに自分にも差し出されたラッセの右手を見て困惑した。


「おいおいどうしたんだ。お前も名前を教えてくれよ」

「え? 俺も?」

「当たり前だろ? ここに呼ばれたってことは操縦士じゃなくても重要人物ってこった。なら名前を聞いておいて損は無いさ」


 これは参った。実際遼河自身も、なぜ自分がこの場に呼ばれたのか定かでは無いのだ。その理由を知っているであろう金髪はさっきからあらぬ方向を向いて話が終わるのを待っており、とても話を聞いてくれそうにない。


「蓮杖遼河だ。よろしく、ラッセ」

「ああ、よろしくな、遼河」


 遼河の答えに満足そうに右腕をしっかり掴むと、ラッセは突如顔を近づけ、


「……ところで唯花は遼河のガールフレンドなのか?」


 と小声で囁いた。


「ブッ!」


 思わず吹き出し、慌てて唯花へと顔を向ける。幸い聞こえていないようで、にこにこしながらこちらを見ているだけだった。


「な、なにを言い出すんだ!」


 こちらもできるだけ小声で話す。


「なんだ違うのか、一緒に行動してたり仲良さそうだからてっきり……」

「それはたまたま歳が近いからであって――――」


「ああ、ゴホン!」


 遼河の言葉は、わざとらしい咳払いにかき消された。今まで黙っていたソアラだ。室内の全員の視線が集中する。


「さて、自己紹介も終わったみたいだから、そろそろ話を進めましょう。そこのバカのせいで色々と迷惑を被ったわけだけれど――」

 バカ、のところでぎろりとラッセを睨む。ラッセはどこ知らぬ顔で目を逸らした。


「――――まあ説明の手間が少し省けるからこの際それはいいわ」


 ソアラは部屋脇のボタンを押し、ホワイトスクリーンを降ろすと、プロジェクターの電源を入れた。そこには、所々赤く塗られた世界地図が映し出されていた。


「これはね、この前ここを襲ってきたようなMSGが出現したポイントとその被害を現わした地図よ」


 ソアラの言葉にハッとなる。よく見ると日本の北海道の一部も赤く塗られていた。


「ああ、俺のところにも現れたぜ。赤いヤツじゃなくて銀色のヤツだったけどな」


 ラッセが憎々しげに画面を見つめる。その瞳の先が示す先の地図の一部が赤く染まっている。


「この地図の赤い場所。つまり襲撃地のほとんどに共通しているのは、EX-Gの機体が存在していることよ」


 ソアラがレーザーポインタを用いながら、大陸を順に指していく。

 アメリカ、イギリス、ドイツ、ロシア、日本……そしてもう一地域、ラッセが見つめていた場所だ。

 あれ、と遼河は内心首をかしげた。EX-Gが存在する国は五か国のはずだ。しかし地図にはもう一国、赤く塗られた場所がある。ロシアの近くの国で、地理的知識に詳しくない遼河にはどこの国か判断つかない。ラッセの様子からしてその地域こそが故郷なのだろうが――


 ――――あとでラッセに尋ねよう


 そう考え、今はソアラの話に耳を傾ける。


「この襲撃者達の存在は、ずっと前からもう分かっていたの。その事について、本当は来週説明するつもりだったのだけど、あなた達には先に伝えておくわね」

「ちょっと待って。来週来週って、来週にいったい何があるのさ」


 遼河が我慢しきれずに会話に割り込んで尋ねる。ソアラと花壇で会ってからずっと気になっていた一週間後という言葉。その意味が分からないまま話が進められようとしているので、置いていかれた気分になる。


「俺達まだ何も聞いてないわけだし……ね、唯花さん。……唯花さん?」


 遼河が先ほどから押し黙っている唯花に視線を向けると、思わず息を呑んだ。

 唯花は無言で、地図のとある一点を凝視していた。その目つきは、今まで観てきた明るくて優しげなものでは無く、暗く深い闇のようで、遼河の言葉が一切耳に入っていない様子だった。


「唯花!」


 ソアラが一際大きな声をあげた。

 その声に、唯花は一転してハッと驚いた表情を作り、周りをきょろきょろと見渡す。


「あ、あれ? みんなどうしたの?」

「どうしたって、唯花さん……」

「もう、あなたぼーっとしてたのよ。最近寝不足じゃないの?」


 遼河の言葉を遮り、ソアラがおどけた口調で言った。


「そんな! 私ソアラと違って寝つき良いんだから!」

「はいはい、話は後で聞いてあげるから、今はこっちの話に集中してね」


 ソアラは目線で遼河とラッセを見やると、「何も聞くな」と無言の圧力をかけた。そうされては何も言えず、ラッセと顔を見合わせる。


「さて、改めて説明するわ。遼河が疑問に思っている、来週開かれる集会のことからね」


 ようやく全員が落ち着いたところでソアラがゆっくりと口を開く。その内容を聞くにつれ、遼河と唯花、そしてラッセの表情までもが驚きに包まれていく。


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