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案内2&来訪

 

 夜明島の中央からやや南西、格納庫から歩いて十分ほどに位置する管制館は、この島の機密の中心でもある。島が管理する航空機の管制は勿論、整備された機体の状態確認、職員の情報もろもろを一手に担う。この島で最も背の高い建物であることから、待ち合わせスポットとしてもぴったりな場所である。

 更に管制官の待ち合わせスポット性を促進しようと、一部の女性社員たちの計らいで館の入り口を挟み込むように、ちょっとした花壇が設置され、四季折々の花を見る事ができる。

 

――――うわ

 

あらかじめ唯花達と約束しておいた二時半に管制館から出て、館から見て右手の花壇へ身体を向けたソアラの目の前で、今にも死にそうなほど真っ青な表情をした男女がベンチに腰かけていた。

昨日に引き続き快晴にも関わらずどんよりとした空気を周囲に纏うその男女の様子に思わず、美しい花壇を汚す吐瀉物でも無いだろうかと辺りを軽く伺う。幸いそれらしいものは見当たらない。ひとまずそれに安堵し、二人に恐る恐る近づいた。


「…………あっ、ソアラ…………」

「お、お疲れ様です…………」


 ソアラに気が付くと二人は弱弱しく手を挙げて挨拶した。言いたいことは色々あったが、軽く手を振って応じて、


「え、ええ。それで二人共何かあったの?」


 取りあえず二人の尋常では無い様子から聞くことにした。


 ◆


何の事はない、あの化物バイクで二人揃って酔っただけである。

バイク乗りとはいえ一般人である遼河は兎も角、隼風の操縦士の唯花まで酔ってしまったのだから恐ろしい。

そのことを正直にソアラに話すと、滅多に視られないような極上の笑顔で腹を抱えて笑った。

――――こうなったら絶対一度後ろに乗せてやろう。

そんな黒い思いを心に描きながら、遼河は続けて島の観光が思いのほか早く終わってしまったことを告げた。バイクの性能の高さも相まって、見まわる予定だった箇所は予想外に早く回ってしまったのだ。

これに関してはソアラは特に残念がることもなく、一つ頷いただけだった。


「そう、もうあらかた案内は終わってしまったのね」

「そうなんだ。ごめん」

「ごめんねソアラ。あ、でもソアラさえ良ければもう一度同じところを回っても――」


 唯花の言葉をソアラが首を振って遮る。


「別にそこまでしてもらわなくてもいいわ。観光なんていつでもできるもの。それに遼河に案内をお願いしといた手前言い辛かったけど、私も色々と疲れていたところだしね。丁度いいから部屋でゆっくり休むことにするわ」


 そう言うソアラの目の下にはよく見ると大きな隈ができており、少なくとも十分な睡眠を取ったようには見えなかった。

 この時期にそれだけ熱心に行う作業と言えば…………。


「ソアラ、聞いてもいいかな。その目の下の隈って」

「何? 心配してくれるのかしら遼河? 中々優しい所もあるじゃ……」

「隼風の新装備の開発の件だよね! どう!? どこまで進んだ!?」


 ガクっと肩を落とすソアラ。痛そうに頭を押さえ、大きなため息。そして唯花をじろりと睨んだ。


「唯花ったら…………まだ秘密だって言ったでしょ」

「ご、ごめんソアラ、ついうっかり」


 申し訳なさそうに手をあわせる唯花。悪意のないその姿にソアラも起こる気が失せたのか、もう一つ大きなため息をついた。 

そして観念したように、


「ええそうね。新装備の設計段階までは来たから、その微調整でここ最近徹夜気味なの。言っとくけどこれ以上の情報はまだ出せないからね」

 としぶしぶ言った。こんな見た目でも隼風計画の中枢を成す一人。ようやくテスト飛行を終えるまで至った隼風ではあるが、昨日の襲撃や追加装備の案件等、心労は相当なモノなのだろう。

 追加の装備も遼河としては非常に気になる所ではあるが、機体の武装の詳細を、設計段階で一整備士が知るべきではないのも確かだ。いずれは新装備もお披露目されるのだから、ここは諦めるしかないか。

 遼河が納得して頷くと、


「そうそう、休む前に二人に伝えないといけないことがあるの」


 この話しはそれまで、とばかりにソアラが話を変える。今度は良い話なのか、どこか嬉しそうな表情で話始める。


「多分一週間後くらいになると思うんだけどね、私の友人が今度……」

 

 ピピピピ


そこまで言った時、ソアラの白衣の内側から軽い電子音が鳴り響いた。久しぶり過ぎて一瞬何の音か分からなかったが、この音は携帯の鳴る音だ。


「ちょっとソアラ、携帯電話は島内に持ち込み禁止のはずだよー」


 自分が持ち込めなかったからか、ふくれ面で文句を言う唯花にソアラは軽く手を振って対応する。


「私はいいのよVIPだから――――はい。…………なんだあなただったのね、今度の件で何か用でも?」


 と流暢な手つきでタッチ式の電話を取り出し、会話を始めた。世間話でも始めようかというソアラの口調に対し、電話先の相手は何やら焦りの混じった声で、早口に喋っている。

 その人物と会話を続けているうちに、段々とソアラの顔つきも険しいものへと変わっていった。


「…………えっ? ちょっと待ちなさい、それってホントの話!? どんな教育しているのよ! ……ええ、こうなった以上はあなたも後からすぐに来なさいよ、対応はこちらで何とかしておくから」


 ブチ、と音がしそうなほど――――実際はタッチスクリーンなので万が一にもそんな音はしないのだが――――電話を乱暴に切って白衣の内ポケットにしまいこむと、ソアラは額に汗を垂らしながら、こちらを向いた。


「申し訳ないのだけれど、ちょっと厄介な用事が出来たから管制館に戻らないと行けなくなったわ。あなた達も念のため隼風の元に向かっておいて」


 ソアラはそう言うや踵を返し、管制官の入り口へと足早に消えていった。

 取り残された遼河とソアラはお互い顔を見合わせた後、そろって真っ赤な陽子のハヤブサ(モンスターマシン)に目を向けて顔を青くした。

 管制館から隼風が墜落した森林地帯まで行くならバイクでの移動が最も早いが、そのためにこの化け物にもう一度乗るべきかと二人して頭を悩ませていたその時。

 けたたましいサイレンと同時に、二日前に聞いたばかりのアナウンスが島内に響き渡った。


『国籍不明機、本島付近へ接近! 待機中の操縦士は即座に出撃せよ!』


「唯花さん…………!」

「うん、気は進まないけど、バイクで隼風のところに向かおう、遼河くん!」

 迷っている時間は無さそうだ。


 ◆


 管制官の佐々木恵美は焦っていた。

 大企業であること、そして飛行機にほんのちょっぴり興味があったことから四方寺重工の航空機開発部門に配属されただったが、上司の口車に乗ってしまい、そこで一年目に航空管制官の資格を習得したのが運の尽きだった。

 以降、二年目という若さでこの夜明島に左遷もとい派遣され、こうして日々の航空管制を担当する羽目になったのだ。

 待遇に不満があるわけでは無い。土日が固定されるわけでは無いにせよ週休二日は守られているし、厳格な持ち物検査は受けるものの、夜明島と本島と結ぶチャーター船だってある。

 大企業だけあって給料は良いし仲間や上司も信頼できる人達だ。しかし――――


『管制室、こちら第一斑。離陸準備完了。許可を求む』


 若干早口な男の声が、ヘッドマイクから伝わってくる。事が起きてからまだ四十秒ほどしか経っていないのにさすがの速さだ。昨日の今日なので当然と言えば当然なのだが。

 目の前の画面に素早く目を通し、後ろに立つ上官に確認を取る。


「第一斑、離陸準備が完了したようです」

「許可する」


 素早い返事だった。恵美は頷いて前に向き直る。


『第一斑、出撃を許可します。風は十二ノットです、気を付けて』

『ラージャ』


 管制室のガラス越しに複数のF-A01が飛び立つのを確認し、深く息を吐く。そしてカラカラの喉に紙コップのコーヒーを流し込んだ。作業はこれで終わりでは無い。敵機までの距離や風向きは自分の右隣りの管制官が担当してくれるが、自分はそのバックアップを行う必要がある。無線からこぼれる言葉は何一つ聞き漏らせない。


――――やっぱり転職しようかな……

 

 恵美は緊張感と言うものが苦手である。誰も余計なことを一言も発さないピンと張りつめた空気、そんな場所にいては喉は渇くし身体はだるくなる。

 疲れることは嫌いだ。この仕事を選んだ時に感じていた働く意欲と熱意はこの一年で砂漠の花の如く枯れていった。

 航空会社ほど頻繁ではないが、この島でも管制官の仕事は多い。管制官は午前、午後のいずれかでオペレーション業務を担当し、残りの時間で会議や書類作成を行うこととなっている。会議や書類作成はそうでもないのだが、このオペレーション業務は何よりキツイのだ。

 空を飛んだ操縦士が頼れるのは自分の技量と管制官のみ。

飛行訓練ですら毎回のように緊張感を持ってこなさなければならないので、精神の削られようがハンパでは無いのだ。それでもなお辞めずに続けているのは、僅かに残ったプライドか、もしくは心の底ではまだ飛行機が好きだからなのか……。

しかしそんな思いを抱いて今日まで働いてきた恵美も、この二日間は本当に辞職を考えた。

 昨日の赤鬼の襲来、そして今日の謎の飛行物体接近と、これまでに無い緊張が走る管制室内。できる事なら逃げ出したいくらいだった。


――――お願い操縦士さん達! できるだけ早く追い返してー!


 嫌な予感を感じつつ心の中で祈った思いも虚しく、ヘッドマイクに届いたのは絶望の声だった。


『こちら一斑! 正体不明機、こちらの通信に応じず依然として領内へ接近中! これより迎撃態勢に移行する!』


 ――――ああ…………


これで偶然迷い込んだわけでは無く、なんらかの意図をもってこの島に接近してきたことが判明してしまった。なおも嫌な予感が続く。

 一分後、再び通信が入った。


『こちら一斑! 正体不明機に防衛ラインを突破された! 正体不明機はEX-Gと思われるMSGであると確認! 速度は昨日の機体程ではないがこちらの攻撃がまるで当たらない!』


――――終わった…………


 威嚇射撃で折り返さなかったため、本格的に撃墜を目指したF-A01の射撃を軽々とすり抜けたらしい敵MSGはどうやらEX-G。

 つまり昨日の赤鬼と同様、隼風クラスの化物のようだ。昨日は隼風の奮闘で辛くも赤鬼の撃退に成功したが、隼風は現在森林地帯で緊急整備中である。

 固まる恵美の横で別の管制官が机を叩いた。彼の担当は地上唯一の対応兵器、地対空ミサイルのはずだ。彼がそのような態度を取ったということはミサイルも残念ながら通じなかったのだろう。

 これは本格的に人生終了かもしれないな、と恵美が観念していると。


バタン!


 激しい音に室内の全員が振り向くと、今にも倒れそうなほど荒い呼吸をする金髪の少女が部屋の入口にいた。


「と、島内放送用の、マイクは、ある……?」


 言葉を発するのも苦しげに顔を挙げた少女に、その場にいた全員がハッとする。彫りの深い顔立ち、くっきりとした青い瞳、まるで漫画の中から飛び出してきたお姫様のようだった。着ているのが白衣では無く煌びやかなドレスだったならば、恵美はその光景を、夢を見ているのだと感じていただろう。

しかしたとえ白衣をきていてもその容姿は間違いなく目を引くものだった。非常事態ということも忘れて恵美も見入ってしまう。


「あの、君は……?」


 おずおずと若い管制官が尋ねる。少女はそちらをキッと睨みつける。怒っていると言うよりは焦ったような声を出す。


「いいから、マイクっ!」

「は、はいここです!」


 その迫力に圧され、普段島内放送を行っている管制官が席を開けた。

 少女は疲れからか、よろよろとマイクの前に立つと、スイッチを入れて叫んだ。


「全員不明機に手出し止めーーーー!」



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