46 秘密
「コルネリア様のお気持ちもわからないわけではないんです」
ヘルガは明日に迫った王族との直接対決に向けて、心を落ち着けるためにそんな言葉を口にした。
私室の外のバルコニーから、王城とその空に広がる星空を見つめていた。
さらりと風がふいて、結っていない髪がさらわれてなびく。
それを少し抑えて、隣に居るオリヴァーへと視線を向けた。
「私も、怖いと思います。なにも言わずに目を背けて耳を塞いでいたらすべてが何もかもマシになって今まで通り暮らせるのではないか、そう考えないわけではないんです」
「……」
「しかし、結局そうしているだけでは、目を背けたくなるような事実があると言うことも、聞きたくないような悲しい言葉があることも、何も変わらない。そういう都合の悪いことはきっと放置すればするだけ増えていく」
オリヴァーは静かにヘルガと同じように夜空を眺めて、話を聞いてくれていた。
「それではきっと未来で後悔する。だから手をこまねいているばかりではなく、傷を負うかもしれなくても行動を、できる人間が」
「うん」
「皆がそう思っていればきっともっと、よりよい未来になると私は考えます。だから行動で示したい、コルネリア様にも、そうだと思ってもらえるように」
「君は一貫して真剣だな」
「……そんなふうに多くの人は生きられないと言いますか?」
気軽に感想を言ったオリヴァーの言葉に、次に続く言葉を予測してヘルガは問いかけた。
彼はチラリとこちらを見て、また視線を戻してからゆっくりとかぶりを振る。
「言わないさ。君は自分の考えを行動で示しているだけだろ、それが強要だとも厚かましいとも思わない。コルネリア様が考えを変えなくとも、君はそうし続けるだけじゃないのか」
オリヴァーの言葉にその通りだとヘルガは深く頷いて「そうですね」と答える。
「それに……俺は、君の一つ一つの行動が失敗しようと成功しようと、未来で、何もしない人間よりは遙かに良い位置に立っていると思う」
「……」
「だからそう、真っ向から反対の意見を言われたからって今回ばっかり成功にこだわらなくたって良いぞ。やれることはやったし、君は君の信念に従って行動した、今の挑戦は未来から見たとき、君が頑張った多くのうちの一つでしかない」
オリヴァーの話は想定していなかった方向へと転がって、ヘルガはそう言われて初めて、コルネリアのことを話題に出して考えにふけっていた自分は不安がっていたのだと気づかされた。
「大丈夫だ。何があっても俺がついてる、君の魂の片割れは君がどんな失敗をしても離れないしそばに居るし、これからも幸せだ」
そして、しれっと『魂の片割れ』なんて言葉をオリヴァーが言って、ヘルガはクスリと笑った。
思い出したのは、オスヴィンとカリーナのこと。
オリヴァーとの関係を戻すきっかけとなった二人への鮮やかな仕返し。
それ以外にも、オリヴァーと手をくんでそれなりに場数を踏んだのだ。その中で失敗したことは今までなかったが、そういうときも来るかもしれない。
でも手を尽くしてきた、これからもそうする。
その先の未来は明るいだろうとオリヴァーが言ってくれるのだ。それほど心強いことはないだろう。
今回だってただの通過点に過ぎない。これからも同じようにしていくことは決まっていて、きっと何もしないよりずっといい。
そう思うとすっと胸の重みがとれて、深く息を吸い込んだ。
「ありがとうございます。オリヴァー、やはりあなたは私の唯一です」
「お、おう。今のは急なカウンターだったな」
「そうですか? 不意打ちが決まりましたか?」
「それなりに」
オリヴァーは少し顔を手で隠して恥じらうように少し距離を開けた。
ヘルガはそれを面白がって彼の肩にくっつくようにそばによる。
そっと手を伸ばして柵の上に置いてあるオリヴァーの手を握る。
なんだかそういう気分だったのだ。すると彼の方からも握り替えされて、むしろ明日が楽しみなぐらいだった。
不安点はそれほどない、それにメインで交渉をするのはハイムゼート公爵だ。
ヘルガは流れを見守るだけと言う可能性も十分にある。気負いすぎなくていいのだ。
……ただ、ヘルガが必要となるときはきっと、なにかの問題があったときだろう。王族がどんなことをするかはわからないし明日で決着がつかないかもしれない。
さらに言うと彼らは姑息で、手段を問わないし自分たち以外の人間には酷く残酷だ。
簡単には終わらせられないだろうという予感があった。
そういう場合に、手札にできるカードは多い方が良い。
「そうだ、オリヴァー。私、明日は、我が家に置いてある疎魔の魔法石を持参しようと思います」
「話し合いが決裂した時用か?」
「そうですね。もちろんその際にも利用できますが、なにか王族の方々が手を打っていた場合、切り札にできると思うんです」
ヘルガがそう言うとオリヴァーは、ヘルガが何を切り札として捉えているかを理解して、意外そうな顔をする。
「秘密はラドフォードとエヴァーツ以外には門外不出だろ」
「だとしても、背に腹は代えられませんから。それに、あくまで利用するだけです。本当のことを言うつもりはありませんから」
「……そんなことにならないのが一番だけどな」
「そうなんですよね」
苦々しい顔をしてやっぱり二人で星空を眺める。
わざわざ口にも出さないし、今更言及しない秘密。
それは疎魔の魔法に関するもので、長年、エヴァーツ伯爵家とラドフォード侯爵家がその事業を誰にも奪われることがなかった理由ともなる秘密である。




