45 成長
ハイムゼート公爵家との交流を深め、盾を贈り状況を整えるのにはそれなりに時間がかかる。
ハイムゼート公爵家の派閥の貴族とも交流を深める必要があり、コルネリアとは何度も顔を合わせる機会があったが、彼女は変わらずただ物静かにしているだけだった。
そうして準備のために過ごしている日々は、何も進んでいないように見えて、着々と水面下でいろいろなことが進んでいっている。
その一つに、シュネーが空を飛ぶようになったことがあげられる。
どんどんと大きくなっていくので、小鳥の成長というのはめまぐるしいと思っていたが、まだまだ羽の色が灰色だったので幼い子供だと思っていた。
しかし、庭で散歩をしていたところあっという間に空に羽ばたいて遠くに行ってしまったと父が泣きながらヘルガの部屋へとやってきた。
旅立ちの時が来たのだと二人で納得しようとしたが、実際に調べてみても半年ぐらいしなければ白鳥の子供は空を飛ぶことは難しいらしい。
それなのに三ヶ月も立たないうちに飛べたということはシュネーが魔獣であることと関係しているのだろう。
常に泉から拝借していた水を飲んで生活していたシュネーは立派に魔法も操るようになり、しょっちゅうヘルガとフランクで声をかけてかまっていたからか言葉も理解しているような言動が多くなっていた。
きっと彼女ならば、野生の環境でも強く賢く、生きることができるだろう。
寂しいなら領地の屋敷へと帰ったら、ロメーヌの泉へと行って顔を見れば良いのだ。それだけの話だと気持ちに決着をつけたが、その日の夜には帰宅していて、心底驚いた。
「空は堪能できましたか?」
「クワッ」
「王都を見て回っていたんでしょうか?」
「……」
「違う? ならば領地の方に?」
「クワ」
「そうですか、疲れたでしょう」
「……」
どうやら疲れたということはないらしく、満足げに首を伸ばして振る舞っている様子を見ると余裕の遠出だったらしい。
たくましくて何よりではあるのだが、今この場にいないオリヴァーにシュネーのこの様子を見せることができなくて少し悔しい。
こんなに面白い出来事があったというのにすぐに共有できないというのは寂しいことだった。
彼は今、様々な調整のために方々へと回ってくれている。
いくつがどのように身を結ぶかはわからないが、準備はしておくに越したことはないのである。
一方父は、シュネーを挟んで隣にいて、名残惜しそうにひたすらその毛並みをなでていた。
「子供というのはどうしてこう、手を離れるのが早いんだろうね。……ごめんね、こんな父親で。喜ぶべきことのはずなのに私は寂しく思ってしまうよ」
「クワ?」
「気にしなくていいですよ。お父様はあなたの父親代わりのつもりなんです。もっと子育てをしていたかったのでしょう」
「クワッ!」
「そうですね、私も父もシュネーのことをとても大切に思っていますよ」
シュネーが何を言っているかはわからないが、それでもなんとなく意味がわかる気がしてそう返した。
するとシュネーは長い首をくねらせて隣に居るヘルガの肩に頬ずりをする。
ヘルガはシュネーの小さな頭をとても優しくなでた。
「どこへ行っても良いですし、自由に帰ってきてくださいね。あなたの暖かな家はいつでもここにありますから」
「クワッ」
「良い返事です」
「ヘルガは大人だね。私はもうしばらく落ち込みそうだよ。シュネーを抱いて眠りたいぐらい」
「クワ」
「え、良いの?」
「クワクワ」
「君ってばとても暖かいからね、よく眠れそう」
父は喜んでシュネーを抱き上げてその体にもふんと顔を埋めた。
シュネーも父の首の後ろに腕を回すように首を伸ばしてきゅっと抱きしめる。
(……オリヴァーがやってきてくれて、私と二人で、父の孤独を埋められたら良いと思っていましたが、それを割とそっちのけで二人の絆は深くなりましたね)
いつも焦っていて不安がっていた父はすでに見る影もない。
予想外の解決だったが、それもまた良いことだ。
白鳥は環境が良いと三十年以上生きるらしい、妻に先立たれ寂しい思いをしていた父ときっと最後まで連れ添ってくれる。
下手に動物を飼って寂しさを埋めるよりもずっと良い結末だろう。
「そうだ、シュネー。一応、節目として空を飛ぶことができた君に贈り物があるんだよ」
「?」
「そうなんですか?」
父がにこりとして侍女に合図すると、侍女はさっとうごき、キッチンワゴンから手のひらにのるサイズの箱を出してくる。
そんなものを用意していたとは初耳でヘルガはシュネーが父の上に移動した分、空いた場所を詰めて座る。
「ああ。以前から用意しようと思っていたんだけれど、子供だったからね、サイズが合わなくなるといけないと思っていたんだ」
いいながら少し体から離して膝の上に座らせて、丁寧に箱からベルトのようなひもを取り出した。
シュネーも父の手元に注目していて、ぐいっと顔を近づけて父の手を少しつついた。
「こら、おとなしく」
「クア」
「よし、これだよ」
叱られておすまししているシュネーに、父は見せるようにそれを手のひらの上に広げた。
茶色い皮の首輪に真っ赤な控えめなリボンと中心には宝石がついていた。
「本当は、魔法具の首輪にしようと思ったんだけれど、君は特殊な魔法を使うからね。邪魔にならないように普通の宝石をつけておいたよ。皮の部分は水に耐性がある魔獣の素材が使われているからぬれても平気さ」
いいながらちょうど良い位置で首の根元に装着する。
シュネーの赤い瞳と相まってよく似合っているし、魔法具にしなかったのも正解だろう。
本来、人間に飼い慣らされた魔獣を使役して使い魔にするときや、ペットには護身用の魔法具の首輪をつけることも多いが、シュネーは守らなければならないほど弱くもないし、ヘルガたちよりも格下というわけではない。
「これは、シュネーが私たちのことを思い、私たちも君もことを思ってお互い、大変なときには癒やし守って、手を取り合うそういう証だ。君は我がエヴァーツ伯爵家の一員なんだよ」
「……」
「ともに、与えられた恵みを、人々の生活を守っていこう」
シュネーは少しきょとんとしていた、首をしきりに動かしてみて、中心についた宝石がキラキラと揺れるのを真っ赤な瞳で眺めていた。
そして父の言葉に、羽を大きく開いてバサリと空を舞った。
それから反対側のソファーの座面に着地して、とても誇らしげに「クワッ! クアッ!」と何度も鳴いた。
まるでそれは嬉しい嬉しいと言っているようで、父も察したのか「喜んでくれて良かった」とほころぶような笑みを見せたのだった。




