29話 続けてた理由
居酒屋の座敷、賑やかな喧騒の中で、店長が乾杯の音頭をとる。
「今年の下町店の売上は好調だったわ!これもみんなのおかげよ。来年も頑張りましょ!カンパーイ!」
「「「カンパーイ」」」
皆と一緒に神子が自信満々にジョッキを掲げ、迷いなく飲み干した。しかし、それからわずか数分後。
「…気持ち悪いのです。」
神子は情けない声を漏らして机に突っ伏し、結局、夏夫の背中に背負われることになった。
「どこに向かえばいいんだ?」
「商店街の奥の神社に行ってほしいのです…。」
女神の口調に戻っている神子を背負いながら静かな街を歩く。
「おかしいのです……。甘酒なら、いくら飲んでも平気だったのに……」
背中でぶつぶつとこぼす神子に、夏夫は溜息をつく。
「甘酒はお酒じゃないぞ……」
夜の冷たい空気が、火照った体に心地いい。街灯の下をゆっくりと歩きながら、夏夫はずっと気になっていたことを口にした。
「なぁ。神子はなんで俺を転生させたんだ?」
「それはたまたま…。」
神子は言葉を止めた後、
「……接客が好きだったのに、そのことを忘れちゃってるから、思い出してほしかったのです」
「……なんでそう思ったんだよ」
「わかりますよ……。私は女神ですから」
その言葉が、夏夫の記憶の澱を静かにかき回した。
実家は、田舎の小さな雑貨屋だった。小学生の頃は、近所のおじいちゃんや同級生たちと話すのが楽しくて、よく店を手伝った。
けれど中学に上がる頃、その仕事が急に「ダサい」ものに見えた。もっと別の、キラキラした何かがどこかにあるはずだと決めつけ、高校を出ると同時に「やりたいことがあるんだ」と嘘をついて家を飛び出した。
それからはアルバイトを転々とする日々。結局、何が好きなのかも見つからず、今のスーパーで働いている時に、親から店を畳むという知らせを聞いた。
そのまま流されるように正社員になったが、家を出た手前、親には本当のことは言えず、一度も実家には帰っていなかった。
けれど、転生してから少しずつ何かが変わった。
能力に振り回されるうちに、能力ではわからない部分に触れ、仕事が前より楽しくなった。少し距離のあった同僚たちや、めんどくさいと思っていた客のことを知ることができた。
「……そうか。俺、この仕事好きだったんだな」
言葉にして、ようやく自分を認められた気がした。
神子は背中で寝息を立てている。
夏夫は立ち止まり、
「…ふう」
一呼吸おいた後、思い切って実家に電話をかけた。数回のコールの後、聞き慣れた低い声が響く。
「親父。……ひさびさ」
『おう。どうした?』
「……正月、帰ろうと思う」
『そうか……』
「あとさ、俺、いまスーパーで社員やってんだ」
少しの沈黙の後、受話器の向こうで父親が短く笑ったような気がした。
『そうか。……お前、昔から楽しそうにお客さんの相手してたからな』
「……そうだな。じゃあ、また」
電話を切ると、夏夫は小さな神社のベンチに腰を下ろした。
隣では、神子が夏夫の肩に頭を預けて、幸せそうに寝ている。
「…ありがとうな。」
静かに感謝を伝えた。




