第六十六話 死の淵にて
あれから、どうなったのだろうか。
アリスちゃんは無事だろうか。
ヴァレンティヌスは倒れていたから、「スネークバインド」は解けているだろうが……あの廊下は、敵のテリトリーの中だ。
油断はできないだろう。
それよりも……ここはどこだ?
何だかフワフワとするような、水中を漂っているような。
しかし、自由意志で身体を動かすことはできない。
おそらく、これは夢だ。
夢を見ているということは、少なくとも今は、俺の身体が死んでいる訳では無いと思って良いだろう。
遠くに、青く光り輝いている何かが見える。
ゆっくりと、身体はそちらへ流されていく。
抵抗しようにも、自分の身体が自分のものでは無いような感覚を覚えるだけで、やはり動かすことはできない。
だんだんと、光が視界を埋め尽くす程に近くなってきた。
やがてそれは、俺の全身を呑み込んだ。
そこには、キラキラと光る青い世界が広がっている。
見覚えがあるような、無いような。
その光は、ただ全てを理解することを俺に勧めているように感じた。
たくさんの情報が、俺の脳に流れ込んでくる。
宇宙の誕生、生命の意味、人間とは何か。
俺が知るには、過ぎたることなのだろう。
しかし、その情報の数々は、俺に噛み砕いて理解する隙を与えず、絶えず流れ込み続けた。
頭が爆発しそうだ。
それでも、情報は止まらない。
俺の脳はとっくに処理をやめ、しかしそれでも流れ込む情報を無視できずにいる。
そして、とうとう情報量の多さに耐えられなくなった俺の脳は、再び意識を手放すのであった。
「プラティエ!プラティエ!」
クルピアちゃんの声で目を覚ます。
「ハッ!!!……ク、クルピアちゃん!?」
「良かったー!もう目を覚まさなかったらどうしようかと思ったわ……!」
「アリスちゃんも!あイタタタ…」
俺は身体を起こそうとすると、全身に痛みが走った。
見慣れない天井。
ここはどうやら、病院の一室のようである。
そして俺は今、クルピアちゃんとアリスちゃんに見守られていたということだろう。
何という幸せ。
「コレディッカは学会に呼ばれていてのう、今は来れないそうじゃが……メッセージを送っておくぞ」
「ああ、だからいないんですね」
「うむ」
「とりあえず、アリスちゃんは無事そうで良かったです。あの後、どうなったんですか?」
「そうね、その話をしましょ」
「そうじゃな。……あの後、アリスからの救難信号を受けて、妾とコレディッカが教会に突入したんじゃ」
「そして、血まみれの騎士サマと、『スネークバインド』が解かれたアリスを助けに来てくれたの!」
「魔術師クイナも、無事に妾達が回収した。其方が頑張って、ヴァレンティヌスの金玉を引き抜いてくれたおかげでな」
「ああ……そういえばそうでしたね……」
俺、爺さんの金玉引っこ抜いたんだった。
「騎士サマ、カッコよかったわよ!アリス、惚れ直しちゃった!」
「うむうむ。アリスめ、すっかりプラティエに惚れおってからに」
「だってぇ……!」
「気にせんでも良い、プラティエはそういう男じゃ」
「えぇーっと……」
「ま、とりあえず、万事上手く行ったということじゃ。クイナも無事で、今は心のケアをしておるそうじゃ」
「それなら良かったです」
「それと、ヴァレンティヌスは最高位魔術師誘拐が原因で処刑になるハズだったんだけど……自身も最高位魔術師だったのと、教会との関係性悪化が怖かったみたいで、ひとまずは釈放されたわ」
「釈放されたんですか!?」
「ええ。でも、アリスとクルぴーが圧力をかけておいたから、最高位魔術師では無くなったわ。それに、かなり重症みたいだから、しばらくは表に出てこれないハズよ」
「ああ、クビになったんですね。あの爺さん」
「うむ。妾とアリスで睨んでやったら、すぐペコペコしおってのう」
「へー。今度見かけたら玉無し先生って呼んでやろーっと」
「ところで、プラティエよ。さっきから魔力の反応が凄いのじゃが……何があった?」
「へ?」
そういえば、やけに身体の内側から力が湧き上がってくるような感覚がある。
「そうね。寝ている間に強くなったのかしら?」
「何で?」
「こっちが聞きたいのう。変な夢でも見なかったかのう?」
「ああ、そういえば……凄い光の塊に呑み込まれて、とんでもない情報量が入ってきて……訳分からなくなって起きましたね」
「なっ!……それは……アリス!」
「ええ!騎士サマ、それは『真理』よ!」
アリスちゃんの口から飛び出した言葉。
それはかつて俺が触れてしまったのであろう真理、その真髄に至るものであった。
「真理!?真理って、何の!?」
「プラティエよ!何の情報が入ってきたか、覚えておるか!?」
「ああー……。何か色々です。宇宙とか、この世界のこととか、命のこととか……本当、色々です」
「それは……!もしかしたら騎士サマ、『真理の真理』に触れたのかもしれないわね……!」
「『真理の真理』?」
「そ、そのようじゃな……。これまで真理の真理に触れたのは、『ハンナ・ブルーミン』以外に聞いたことが無いからのう……。妾もどうすれば良いのか分からぬが……何とも無いのか?」
「はい。ちょっと頭が痛いくらいです」
「騎士サマ、凄いわ!最高位魔術師になれるかもしれないわよ!」
「俺が……最高位魔術師……?」
「うむ。真理に触れた者の多くは、最高位魔術師になっておる。妾とアリスの承認があれば、すぐにでもなれるじゃろうな」
「あんま実感無いですけど……」
「それでも、凄いことよ!これで最高位魔術師として、肩を並べられるわね!」
「まあ、其方が望まぬというなら、普通の魔術師として過ごしても良いがのう」
「俺は二人が喜ぶ方を選びますよ」
「アリスはなって欲しいな!最高位魔術師!」
「妾も愛弟子と肩を並べられるなら、こんなに嬉しいことは無いのう」
「じゃあ、なります!」
「そうか!じゃあ、事後処理が一通り落ち着いたら、妾とアリスの方から推薦しておくとしよう」
「そうね!最高位魔術師に認められる日が楽しみだわ!」
こうして俺はベッドの上で、最高位魔術師としての推薦を受けることになってしまった。
準高位魔術師、高位魔術師をすっ飛ばして、一年生にしていきなり最高位魔術師になってしまうとは。
棚から牡丹餅、瓢箪から駒である。
いきなり過ぎて俺もよく分かっていないが、二人が喜ぶなら良いかと思い、俺は事が流れるがままに、最高位魔術師への就任を承諾するのであった。




