第五十三話 なりそこない 前編
現れた階段を下り、暗い地下通路を歩くこと五分。
それは、遥か昔に閉山となった坑道へ通じているようだった。
「狭いのう……」
「アタシん家にアピルラタ鉱山と繋がってる道なんかあったんだなー」
「アンモニアとか大丈夫なのかな」
「カナリアでも連れてくるべきじゃったかのう」
「本当にベルリナちゃんの義母が、この先にいるとしたら……何が目的なんだろう」
「知らねーけど……新しい魔王を生み出したいんだったら、儀式か何かじゃねーのか?」
その可能性は高いだろう。
「ベルリナちゃんの両親のものじゃない 三人目の靴……それが気になるね」
「其奴が魔王になる、なんて、ありそうな話ではないかの?」
「さあなー。結局は会ってみねーと分からねーと思うぜー。あのババア、アタシに魔術師以外の道を認めてくれなかったくせに、『人と人とが分かり合える世の中が理想よ』だなんて、平気な顔して言いやがるからなー」
「な、難儀な人だね……」
「フン、そんなモンは幻想じゃ」
「それは同意」
そうでなければ、この世に争いも憎しみも生まれないハズなのだから。
何なら、互いに理解し合ったところで殺し合う可能性だって、大いにある。
そんなことを考えられる人は、少なくともその人にとっては幸せな人生を送ってきたのだなと、少し捻くれた明那青年、もといプラティエ少年は思うのであった。
ところどころ雑談を挟みながら、坑道を進むこと十分ちょっと。
俺達は少し開けた場所に出た。
そして、そこには三人の人影。
「む……なっ!?ベルリナ!どうしてここに居やがる!」
「あら、ベルリナ。来ちゃったのね」
「き、み、が……む、す、め……」
それは三人というより、一組の男女と一体の異形。
ベルリナちゃんの両親らしき男女はともかく、おそらく少女だったであったであろうもう一人は、人型であることには間違いないのだが、おそらく十字架に縛り付けられ、ところどころが、やけに歪んだ形をしていた。
「おいどういうことだ!ババア!親父も、何やってんだよ!」
「ババアだなんて、相変わらず口の利き方がなってないわねえ」
「うるせぇ!こっちの質問に答えろ!」
「俺達は人と人とが分かり合える世界を創ろうとしてんだよ。お前が魔術師として大成するまで、もう待ってられねえんだ」
「酷ぇ!アタシはお前らがギャーギャーうるせぇから、魔術師になってやったってのによ!」
「勿論、アナタが大成したら御の字よ?でも、何事にも保険が必要なの」
「み、ん、な……逃、げ、て」
少女だったであろう者は、全身から血を流し、こちらを払うように手先を動かす。
「折角だし、見せてあげるわ。新たなる魔王、そして人と人とが分かり合える世界の萌芽を!」
元少女は最後の力を振り絞って、全身をバタバタと揺らす。
しかし抵抗も虚しくテレア・ミカゴの儀式は完了。
可愛らしかったのであろう少女の肉体は、みるみる肥大化し、禍々しい、それこそ本当に異形の姿になってしまった。
「この世の宝が……失われていく……」
「な、何を言っておるのじゃ、プラティエ?」
「少女はこの世の宝だ……それを奪う者は……俺の敵だッッッ!」
「プラティエ!ストップ!ストップじゃ!そう突っ込んでは……!」
「地獄よ、人ならざる者に、正しき死を!生ける者に仇なす邪悪へ、正しき罰を与えよ!」
「な、何だ、聞いたことない詠唱……」
「やめろプラティエ!プラティエーッッッ!」
「【針地獄】」
現るは数十の巨大な針。
全身に走る痛みと共に、それはベルリナちゃんの両親へ飛んでいく。
「ぐげぁぁぁぁ!」
「きゃァァァァァァァ!」
一瞬にして、それは二人の全身を貫く。
辛うじて残った理性によるブレーキで、カルドール先生の時よりは威力を抑え、さらに急所は外したが、それでも二人は、もう動けないといった様子であった。
「ババア!親父!プラティエ、プラティエ!」
「その魔術は使うなと言ったではないか!」
「ハァ、ハァ……ごめん、ちょっと取り乱してた」
「……で……どうする。この《《魔物》》は」
「や、やるしかねぇのか……!?」
「グォォォォォ……ゴァァァァァァ!」
叫ぶ怪物。
さながらゾンビ映画にありがちな突然変異のデカい化け物だが、中身はあの捕まっていた少女だ。
何がどうしてこうなったのかは知らないが、こんなものが魔王であるハズがない。
これはおそらく、失敗作。
魔王でも少女でもない、ただの悲しき怪物だ。
「俺は助けたい。元に戻せるか分からないけど、こんなになっても、元は俺が大好きな少女だから」
「やれやれ。仕方ないのう」
「じゃあ、そのためにも……しばらぬ、大人しくしといてもらわねーとな!」
「ごめんね、ちょっと痛いと思うけど……絶対に助けるから」
腕輪を構え直し、残った少しの魔力で身体を強化。
儀式というのは、大抵逆位相の行程を踏めば、不可逆の効果を持つものいがいは大抵元に戻せるというものだ。
まずは少女だったものを止めて、それから何とかして血まみれのテレア・ミカゴを起こして儀式の全容を聞き出す。
新たな魔王の誕生を望む儀式の犠牲となった少女を救う戦いは、ここで火蓋が切って落とされた。




