第三十話 野外学習へ行こう
俺がバルディオと話を終えるとほぼ同時に、イロハちゃんとベルリナちゃんが教室へ入ってきた。
時間はギリギリ、点呼の時間まで五分も残っていない。
この後、誰かしら魔術教授が教室を訪れ、出席を確認した後に出発する予定だそうだ。
「ふぃー。危ないところじゃった。モーニングコールを頼んでおいて良かったわい」
「危ねーよ!イロハが起きなかったせいでアタシまで置いていかれたらどうするつもりだったんだよー!」
「すまんのう、寝坊助なものでの」
話によると、イロハちゃんは前日の夜に、不安だからとベルリナちゃんにモーニングコールを頼んでいたそうだ。
しかし、全然通信に出ないイロハちゃんを心配して、ベルリナちゃんが部屋まで扉を叩きに行ったそうな。
それでも起きないイロハちゃんは、結局、「戦狐」で変身して窓ガラスを叩くベルリナちゃんの音に気づいて、時間ギリギリで目を覚ましたのだそうである。
寝起きで意識がパッとしていないクルピアちゃんも可愛いが、今はとりあえず、無事に間に合って何よりだと喜ぶべきだろう。
不安要素があるとすれば、吸血鬼ナルカが未だ沈黙を保っているということである。
しかし、俺だけではどうにも動けない事態であるため、とりあえずはこちらも何もしないでいる以外にできることは無いだろう。
ナルカと戦ったあの日から続くもどかしい思いは抜けないが、今は野外学習を楽しむことにしよう。
俺はイロハちゃんに続いてバスへ乗り込み、二人掛けになっている椅子の通路側へ。
左隣はイロハちゃん、通路を跨いで右隣にはベルリナちゃん、そして、その隣にはバルディオが座ることになった。
そのままバスに揺られること四時間。
流石に乗り物に三時間乗っているのは疲れるが、この世界のバスは魔力で動いているおかげか、揺れが少なくバス酔いの心配が無かったのは、せめてもの救いだった。
「ふあー!着いたぜー!遠かったなー!」
「そうだね。王都の近くはどこも平原だから、山に来るとなると時間がかかるんだろうね」
「街道がだんだんボロくなっていくのに趣を感じたわい」
「田舎には予算が割かれないんだろうね」
「この国は中央集権化が進んで久しいと、歴史の授業で学んでいますからね。地方が寂れるのも、当然と言えば当然なのでしょう」
「カルベナ村も、そこそこ人はいたけど……自然いっぱいって感じではあったしなあ」
バスを降りてから昼食まで、少し時間がある。
俺達は雑談をしながら、「ナチュレステーション」という名の、いわゆる自然の家を奥へ奥へと進んでいく。
中はかなり広く、俺達は宿泊スペースまで数百メートル歩くことになった。
特に大広間や体育館へ続く廊下と宿泊スペースは渡り廊下で繋がっており、その途中には階段が多く、脚が少し疲れるくらいには上り下りを繰り返していた。
イロハちゃんはバテていた。
「せぇ、はぁ……疲れるのう、ぜぇぜぇ……それじゃあの、妾とベルリナはこっちの、部屋じゃから、はぁはぁ」
「疲れ過ぎじゃね?運動不足かー?」
「そのようじゃな、ぜぇぜぇ」
身体は若くても、生活習慣までは若くないのが現状なのだろう。
お婆ちゃん、部屋でゆっくり休んでください。
疲れてヘトヘトになっているイロハちゃんと、肩を貸すベルリナちゃんを見送り、俺とバルディオは男部屋へ。
狭い部屋を二人一組で借りるシステムらしく、四人や八人でいくつかの二段ベッドを使う、などということにはならないようで一安心である。
「プラティエ君。敵は吸血鬼だと言いましたね?」
そして部屋に入るなり、バルディオはハナ・サカザキを殺した魔物の話を始めた。
「状況が正しければ、そうだと思うけど」
「この前、こんなものを買ってきたんですよ」
そう言って取り出したのは、折り畳み式の、少し小さな散弾銃であった。
「ソードオフ・ショットガン……みたいな……何これ?」
「ええ。厳密には魔導具ですね。魔導ショットガンです」
「へー」
「関心薄くないですか」
「だって魔導具音痴なんだもん」
銃はそれなりに好きだが、魔導具音痴なのだから困るものだ。
使うにも反応するにも。
「このショットガンは、魔力で動くショットガンなんですよ」
「ほへー」
「……杖ではないので、スペース的に三つまでしかスピネラを嵌められないという弱点はありますが……それでも、銃弾に魔術を乗せることができるのはメリットでしょう」
「はえー」
「……特に、僕の魔術は散りやすいので、相性は良いと思います」
「ふえー」
「適当か」
「だって分からないんだもん」
「とにかく!です。このショットガンがあれば、僕も少しは吸血鬼討伐に貢献できるのではと思いまして。古くから対吸血鬼はショットガンと、相場が決まっていますし」
「それはそうだけど……大丈夫かなー」
本人はやる気満々だが、やはり俺は、学生の身分である者が直接出るのはやめておいた方が良い気がする。
「ショットガンに込める弾も、銀の弾丸に絞って、その上で更に祓魔の強化付与をかけるつもりです」
「大丈夫かなー」
「信頼が無さすぎませんか」
「相手が伝説の吸血鬼だったらそれくらい不安になるでしょ」
実際、俺は殺されかけている訳だし……とは言えないが、そんな俺からしてみれば、彼はナルカをあまりにも舐め過ぎである。
「それと……助けを乞う魔術師のことですが」
「ああ、魔術教授?誰にしたの?」
「トリャーズマ・コレディッカ先生を頼ろうかと」
「あの人形の人?」
「ええ。あの人の人形なら、血を吸われる心配もありませんし」
「それならアリかあー……?」
しかし、いくら相性が良さそうな人形魔術の教授とは言え、あのクルピアちゃんと良い勝負の吸血鬼を相手にして、無事で済むものだろうか。
下手を踏めば、人形を全部破壊された上でバルディオもやられる、なんて事も十分に有り得る。
このままではバルディオが、場合によってはコレディッカ先生まで死んでしまう可能性があるということだ。
元々そのつもりではあるだろうが、念のため、改めてクルピアちゃんにも話を通しておくとしよう。
「という訳で、ちょっとコレディッカ先生のところまで行ってきます」
「マジで!?今!?」
「ええ。……ハーレムの仇を放っておくのは、僕のポリシーに反しますからね」
「そう……じゃあ、もう止めないよ」
「そうしてください。助言、色々助かりましたよ」
「そりゃどうも」
こうした、バルディオは部屋を出ていった。
バルディオ及びコレディッカ先生が動くことは、メリットだけではない。
単純に戦力が増強するこという点では良いが、俺がクルピアちゃんと動くにあたって、彼女がイロハ・テレジアの姿に変身していなければならないということは、明確なデメリットである。
そうしなけらば、もしバルディオ達と鉢合わせた時に、俺は追放された魔術師と一緒にいる不自然な一年生になってしまうからだ。
そして、一日に渡って変身を続けていられるのは、クルビアちゃんの卓越した技術と、かなり大きな魔力量があってこそだ。
しかし、当然ながらイロハ・テレジアの姿で全力を出すことはできない。
全力を以て初めて対等に戦えるナルカを相手に、変身した姿で戦うのは、いくらクルピアちゃんでも分が悪いと言わざるを得ないだろう。
正直、バルディオとコレディッカ先生の参戦は、二人がどれだけ戦力になるかにもよるが、場合によっては俺以外にも足手纏いが増えるだけになってしまう可能性もある。
少なくとも、彼女から頼まれない限りは俺も動かない方が良いだろう。
俺は魔導具音痴ながらも、通信端末に魔力を流して操作する。
そして十五分の時間をかけ、イロハちゃんに通信を入れた。
「もしもし、イロハちゃん?」
「何じゃ、プラティエか。どうした」
「吸血鬼のことなんだけどさ、バルディオが……」
俺は今までバルディオと話していた内容を、イロハちゃんに伝える。
「なるほど、それは確かに舐め過ぎじゃ」
「でしょ?」
「で、野外学習から帰った後のことなんですけど……」
「プラティエよ、その件は手を引け」
「まだ何も言ってませんけど……」
「ナルカのことじゃろ?其方は手を引くべきじゃ」
てっきり、俺は引き止められるものかと思っていたが……思いの他、あっさりと離脱を勧められてしまった。
「足手纏いだからですか?」
「半分はそうじゃ。じゃが、もう半分は単純に心配じゃ」
「心配、ですか」
「そうじゃ。誰だって、愛弟子を死地へ送るような真似はしとうないハズじゃ。それは妾とて例外ではない」
「そう、ですか」
「どうか、妾の気持ちを受け入れてくれ。其方は弱くない。じゃが、相手が悪過ぎる」
「そうですよね……すいません、心配かけちゃいますよね、調子乗っちゃってました」
イロハちゃんはそんな事無いと言ってくれているが、俺がそこまで強くないのは事実だ。
それこそ、努力で真理の断片へ辿り着いたクルピアちゃんに比べれば尚更である。
「何もそこまでは言っておらんがのう」
「じゃあ、後は……お願いします」
「うむ、任せておけ。……それと、一つ。妾から頼みがある」
「何ですか?」
「野外学習が終わったら……また、部屋へ行かせてくれ」
「……ふふっ、何ですか、それ」
「弟子が夜に一人など、心配であろ。妾が側に居れば、窓から襲撃されても反撃できる」
「……それもそうですね。じゃあ、お願いします」
「うむ。……落ち込むでないぞ、其方は強い。妾には遠く及ばんが、その歳にしては十分過ぎるくらいには、のう」
「そうですね。俺は強い、かあ」
「うむ、その意気じゃ。……そろそろ昼食じゃからな、一旦切るぞ」
「はい。それじゃあ、また後で」
プツリという音と共に、通信が切断される。
それから俺は、いつの間にか右目から流れていた涙を拭き取り、食堂へ向かうのであった。




