第二十八話 クルピア・イロアと王都の怪物 後編
「え……」
「【浮遊】ッ!」
俺は背後に吹き飛ばされ、壁面へ背後から激突する。
「うあっ!」
「あら、外しちゃった?相方の魔術師さん、かなりやるようね」
「すまぬ、プラティエ!あまりに急で、加減がうまくいかなかった!」
「大丈夫です!敵はコイツで良いんですね!」
「そうじゃ!間違いない、この姿、この声!貴様の名は、『ナルカ・ラルグス』!」
すました顔で自身の爪を舐めるのは、話にあった吸血鬼のナルカ。
間一髪、クルピアちゃんが「浮遊」で俺を飛ばしたことで、致命傷は免れたが……それが無ければ、俺は確実に腹部から真っ二つにされていたところだろう。
「あら、よくよく見てみたら、相方の魔術師さん……前に会ったことがあるわね?クルピアちゃん、だったかしら」
「その節は世話になったのう。今に礼をしてやるッ!地獄よ、人ならざる者に、正しき死を!生ける者に仇なす邪悪へ、正しき罰を与えよ!【地獄の業火】!」
今までに見たことが無い、禍々しく燃える黒い炎。
今のクルピアちゃんは、おそらく俺の師匠としてではなく、一人の魔術師として戦っている。
つまり、本気モードだと思って良いだろう。
「【血壁】」
しかし、クルピアちゃんの炎は血の壁を焼き尽くしこそしたものの、ナルカには届かなかった。
「へぇ、血の壁は破れるようになったのね。もう最後に会ったのは二〇〇年くらい前かしら。貴方も人間をやめたの?」
「そうじゃな。今や妾も貴様と同じ、化け物じゃ。貴様はどうか分からぬが、妾はこの二〇〇年で成長した。前と同じだと思ってもらっては困るぞ」
「へぇ~?それじゃあ、その力……ぜーんぶ、見せてもらおうかしら?本気の女の子って好きよ?」
「世迷言を!貴様に言われても嬉しゅう無いわ!地獄よ、人ならざる者に、正しき死を!生ける者に仇なす邪悪へ、正しき罰を与えよ! 【針地獄】!」
顔色を一切変えないナルカを、何千本という数の針が襲う。
「【血拳】。そらそらそらっ!」
しかし、こちらも血から生成された拳の形をしたミサイルに弾かれてしまった。
クルピアちゃんの攻撃が当たらない程の化け物を前に、俺はどうすれば良いのか分からなかった。
ここで下手な攻撃をしても、足手纏いにしかならないだろう。
かといって、黙っている訳にもいかない。
試しに腕で十字架を作ってみたが、見向きもされなかった。
この世界の吸血鬼に十字架を見て悔やむという発想は無いのだろう。
「まだまだじゃ!【水】!【雷】!」
「きゃっ!」
ここで、クルピアちゃんが水路に溜まった水を操ってナルカを水浸しにし、そこに電気を流して痺れさせる。
「血は絶縁体ではないからのう、さぞ効くじゃろう」
「やるじゃない。仕方ないけれど、今日のところは見逃してあげようかしら。元々、戦いが目的じゃ無いし。貴女と戦うには準備不足よ」
痺れを解いたナルカは羽を広げ、意外にもあっさりと逃げようと、マンホールの穴を目指して飛行を始めた。
「逃すか!【雷】!」
「フンッ!」
それを逃すまいと、電流を放つクルピアちゃんだったが、防御ではなく回避に専念したナルカに、その電流が当たることはなかった。
「待てっ!」
俺とクルピアちゃんは魔箒に乗って後を追う。
そして、マンホールから飛び出したナルカを倒そうと、俺達も水路を飛び出したが、その時にはすっかり、ナルカはどこかへと姿を消してしまっていた。
「……捕らえ損ねたか、相変わらず逃げ足の速い奴じゃ」
クルピアちゃんは追跡を諦め、構えていた杖を持ち直す。
「……手も足も出なかった」
「無理もなかろう。アレは正真正銘の怪物じゃ」
「あんなのがいるんですね、王都には……俺、これから不安です」
「妾もじゃ。……しばらくは、警戒を解かん方が良いじゃろうな。それと、其方は今日、顔を見られている。夜の単独行動は控えろ。どうしても外出の必要があるなら、妾に声をかけるが良い」
この王都で、あの怪物が活動している。
普通に考えれば、軍を動員する程の事態だが……。
「分かりました。ベルリナちゃんもバルディオには……伝えない方が良いですよね」
クルピアちゃんの事情が事情なのだ、そう多くの人間に知らせるべきでも無さそうだ。
この事態に向き合うべき人間の選定については、クルピアちゃんに委ねるとしよう。
「そうじゃな。変に騒ぎを起こしても、こちらが奴を探しにくくなるだけじゃ。じゃが、特にベルリナが夜に動く事態は避けるべきじゃろうな」
「女の子だからですか?」
「うむ。バルディオは男じゃから、特に現場に居合わせん限りは襲われんじゃろうが……女は別じゃ。彼奴は女の血を好むからのう」
「分かりました。それとなく、ベルリナちゃんの動向には気をつけておきます」
「うむ、そうしてくれ。……頼るべき者には、妾から声をかけておく。魔術界を追放された身とはいえ、全員から見放された訳ではない。それに、今生きている者の大半は、当時のことを知らんじゃろうからな」
「そうしてくれると助かります」
「……今日は、とりあえず帰るぞ。いつまでも、この姿でいる訳にもいかんしのう」
「そうですね。……その前に。ナルカに血を吸われた人って、まだ水路に居るんですかね?」
既にその人が死体になっているならば「ある」だが、細かいことはこの際どうでも良い。
「いや、喰われたじゃろうな」
「吸血鬼って死体食べるんですか?血だけじゃ無くて?」
「普通は血だけじゃ。肉は食わん。じゃが、奴は襲った女の血も肉も食う。男は血を吸って終わりじゃがな」
「そういう生態なんですかね?突然変異?」
「いや、生態というよりかは趣味なんじゃろうな。骨まで喰らいよるようでの、襲われた女の身体は何も残らんそうじゃ」
「へぇー……。人肉嗜好の吸血鬼かぁ。しかも女性限定」
「困るのう、女性として。妾に守るべきものはあるが、妾を守るものはもう無いに等しいからのう」
「……大丈夫です。クルピアちゃんのことは、俺が守るので」
「生意気言いおって。其方はまだ妾に守られる側じゃろうに。……じゃが、いつかそうなる日が訪れても悪くは無いのう」
「へへ……今すぐ守る側にはなれないですけど……。俺が生きてる間は、絶対に死なせません」
「ふふっ。期待しておるぞ。……弟子の成長を見守るためにも、まずは、あのナルカ・ラルグスを何とかせねばな」
「はい!一晩でも早く、アイツを倒さないとですね!」
こうして俺と変身を済ませたイロハちゃんは、それぞれの部屋へと戻り、夜を過ごすこととなった。
ここまでの脅威が、魔術学院へ入学して一ヶ月も経たない間に現れてしまうとは。
やる気を出したは良いものの、俺は腹部を掠める爪の感覚を思い出しては、震えずにはいられなかった。
しかし、ひとまずは睡眠を取らなければ明日の夜に何があっても動けないだろうと、半ば無理矢理といった形で眠りにつくのであった。




