第二十六話 クルピア・イロアと王都の怪物 前編
月の光に照らされる部屋の中で、クルピアちゃんは話を始める。
「のう、プラティエよ」
「何ですか?クルピアちゃん」
「あのバルディオ・ラルグスという者……妾の仇敵に似ていてのう、どうにも接しにくいのじゃ」
居心地が悪そうに眉をひそめるクルピアちゃんも可愛らしい。
「何年前の話ですか、それ」
「ざっと二二〇年くらい前かのう。彼奴が普通の子供であることは理解しておる。特に何があるでもない、ただの魔術師の卵じゃ」
「あんな人間らしい悩みを持ちながら、実は魔物が化けた姿だなんて言われたらビックリしますよ。人間の解像度が高すぎて」
女は家しか見ていないだの、女達は本当にボクを愛してくれているのかだの、あの尊大な振る舞いからは想像もつかないような悩みは、そんじょそこらの魔物にはできないだろう。
「うむ。それでも、思い出すのじゃ。あの名字と、あの顔つきは……妾にとって、憎きものじゃ」
「そもそも何なんですか、その仇敵っていうのは」
「うむ。彼奴はかつて、王都に巣食っていた吸血鬼じゃ。名前は『ナルカ・ラルグス』」
「ラルグスって名字……バルディオの親戚ですか」
「で、あろうな。何親等離れておるかは知らんが、雰囲気も似る訳じゃ。……彼奴は単身、妾の部屋へ忍び込み……血を狙って、飛びかかってきた」
「何だと許せん」
愛しのクルピアちゃんから血を奪おうなど、不届き者ここに極まれりである。
「ふふっ。そう言ってくれる弟子がおって、妾は幸せじゃ」
「当たり前でしょ」
「そうかそうか、嬉しいのう」
「全く、何なんだそいつ」
「……とにかく、じゃ。妾はあの時、魔術で抵抗したが……まだ未熟でのう。血こそ吸わせなかったが、全身に酷い怪我を負った」
「もっと許せん」
愛しのクルピアちゃんに傷をつけようなど、不届き者ここに極まれりである。
「真理に触れて幼い身体になった時に、傷跡はすっかり消えてしまったが……それでも、妾に恐れを抱かせたのは、彼奴が初めてじゃった」
「すごい許せん」
愛しのクルピアちゃんを怖がらせようなど、不届き者ここに極まれりである。
「彼奴は結局、首を取られること無く逃げ、行方をくらませおったのじゃ」
「まだ、生きている可能性があるということですか」
「うむ。吸血鬼の寿命は長い。そして、バルディオ・ラルグスは奴の親戚じゃ。ラルグス家の者が魔術学院に入学したタイミングで、奴が再び姿を現す……そんな事は無いと、誰が保証できる?」
「クルピアちゃんが恐れるって事は……強いんですよね、その吸血鬼」
「認めたくは無いが、そうじゃな。当然、妾は当時より強くなっておる。じゃが、向こうも当然、成長している可能性は高いじゃろう。今の妾と今の彼奴、もし鉢合わせたとして……勝てる自信があるとは言えんのう」
クルピアちゃんと吸血鬼ゲルムの成長スピードが同じなら、そいつが王都を揺るがす脅威にならないハズは無い。
「そんな化け物が現れたら、パルグレフ魔術学院を挙げて、討伐することになるでしょうね」
「うむ。追放された身じゃが、妾にも声がかかるやもしれぬのう」
「その時は協力するんですか?」
「無論。イロハ・テレジアではなく、クルピア・イロアとして、吸血鬼狩りに挑むつもりじゃ。魔術学院の奴らと一緒に動くつもりは無いがのう」
「肩身狭そうですもんね」
特にクルピアちゃんは、魔術師がこぞって目指す真理の触れてはならない部分に触れてしまったが故に、追放されている。
いくら吸血鬼を倒すためとはいえ、事情を知っている魔術師からは白い目で見られるだろう。
俺としても、それは望むところでは無い。
「うむ。……まあ、今も彼奴が生きていればの話じゃがな」
「フラグですかやめてくださいよ」
怖いことを言うのは止めて頂きたい。
しかし、その言葉を止めたところで意味は無かったようだ。
「キャアアアアア!」
外から聞こえる、女性のものと思しき悲鳴。
「【変身】!行くぞ、プラティエ!」
「ええ、行きましょう!」
クルピアちゃんは変身魔術で「イロハ・テレジア」の姿となり、窓から飛び出す。
「【飛行】じゃ!」
そして、部屋の入り口に立てかけていた魔箒を引き寄せて、宙へと駆け出した。
「【飛行】!」
俺もそれを追って、部屋に置いてあった魔箒を手に取り、部屋を飛び出していった。




