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幻聴迷路  作者: 小田隆治
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13 ツトムは何者?

13 ツトムは何者?


 ツトム「聴こえていますか。ツトムです。聴こえていたら返事をください」

 鮎川「はい、聴こえています。いま、風呂に入っているので、急ぎの用でなければ、30分後にまたコンタクトしてもらえますか」

 ツトム「はい、了解しました」

 鮎川は急いで風呂から上がり、自室に入るとすぐにツトムからコンタクトが入った。いくら努力しても、鮎川の方からツトムに発信をすることはできなかった。ツトムは鮎川のように幻聴という代物ではなく、超能力のテレパシーかもしれないと彼は思うようになった。

 ツトム「お風呂のところを失礼しました。時差がはっきりしないもので、変な時間にコンタクトを取ってしまってすみません」

 鮎川「いいですよ。こちらはいつも暇だから。眠いですか?」

 ツトム「眠いです。鮎川さんの域には達していません。でも、この前はありがとうございました。仲間が鮎川さんを試すようなことをして申し訳ありませんでした。ご不快に思われたんじゃないんですか」

 鮎川「いや、そんなことはないよ。みんなと話ができて私は楽しかったよ」

 ツトム「翌日から、ぼくはみんなからテレパシーの使える超能力者と言われるようになりました。そしてテレパシーをどのように身に着けたのか、身に着ける方法があったら教えて欲しいとせがまれましたが、そんなものがあるはずがありません。もしあったとしても、テレパシーで交信できるのは鮎川さん一人だけだと言ったら、その鮎川さんも超能力者で凄い人なのかと聞くので、どうもただの人、失礼しました、だと言うと、潮が引くようにみんな関心をなくしていったんです。世界中のいろいろな人とテレパシーを使って自由に交信できると想像していたみたいなんです。まあ、普通はそう考えるでしょうね。そしてテレパシーを使える人は特殊能力のある凄い人間だと思うのですね。スーパーマンですよ。でも、かれらの目の前にいるぼくも、そして鮎川さんも凄くないじゃないですか。かれらと話していたら、遠隔地で交信できるのはスマホとどこも違いがないんじゃないかと言いだしたんです。あの吹雪ですよ。そう言われればその通りです。彼女に言わせると、スマホの方がいろいろな人と話ができるところがぼくのテレパシーよりも数段凄いというんですね。まあ、たしかにそうですけどね。だけど、言っておきますけど、ぼくがかれらに凄いって自慢したわけじゃありませんよ。ぼくと鮎川さんのテレパシーが本当でも、それは何の役にも立たないだろうと言うんです。短足野です。スマホができる前だったら、もう少し有難味があったかもしれませんね。でも、何にも役に立たなくても、ぼくは鮎川さんと知り合えてよかったと思っていますよ。これは嘘じゃありません」

鮎川「そりゃあ、私もそう思っているよ。こうして話ができるのがツトム君でよかったと思っているよ。実は以前に幻聴の中で話ができた奴がいたんだけど、凄く嫌な奴だったよ」

ツトム「そうですか・・・。ところで、鮎川さんが我々の住む世界よりも一年くらい先の未来に住んでいることをかれらに話したんですよ。そうすると、かれらは競馬で一儲けできるかも知れないと言い出したんですよ。私はそんなことはできないと言ったんです。だけど、一度だけ試してみよう、とみんなが口を合わせてぼくに頼んできたんです。以前、鮎川さんとぼくが別の世界に生きていると言いましたよね。パラレルワールドみたいなところに住んでいるんだと。それをかれらに説明しても、一回でいいから競馬を試してみようと懇願してくるんです。鮎川さん、競馬をしますか?」

 鮎川「競馬はしたことないけど、どう見てもこんなことしたら犯罪だよね。ばれたら時空警察みたいなのがやってきて、いきなり捕まったりするんじゃないのかな? ぼくはそんなの嫌だよ」

 ツトム「そうですよね。ぼくたちがこんなことできているんですから、それを取り締まる警察のような組織がどこかにあっても不思議じゃあありませんよね。我々だけが時代の最先端を走っているとは思えませんものね」

 鮎川「そうだよ。でも、馬券を買わなければいいのかもしれないから、そちらの世界ですでに終わっているレースで確かめてみるかい? 確かめるくらい犯罪じゃないだろう」

 ツトム「あっ、それはいいアイデアですね。じゃあ、5月の天皇賞はどうです」

 鮎川「天皇賞ね。ちょっとネットで調べるね。勝った馬は○○○って載っているね」

 ツトム「こちらも調べてみます。優勝したのは■■■で、○○○という馬ではないですね。その馬は疾走もしていないようですよ」

 鮎川「やっぱり、駄目みたいだね」

 ツトム「じゃあ、12月の有馬記念はどうです」

 鮎川「有馬記念ね。一着は▽▽▽」

 ツトム「違いますね。そんな馬はいませんよ。ですが、ほっとしましたよ。ぼくたちの間で金儲けはできないようになっていますね。もしこれができていたら、どんどん悪い方向に向かうんじゃないかと密かに心配していたんです。絶対に一回じゃ終わりませんからね」

 鮎川「ぼくもよかったよ。ツトム君と縁が切れなくて」

 ツトム「そうですよね。金が絡むとろくなことがありませんよね。ところで、いまぼくは新しい劇のシナリオを考えているんですが、幻聴はどうだろうかと考えているんです」

 鮎川「若者に幻聴は相応しくないんじゃない。それならテレパシーの方がいいと思うんだけど」

 ツトム「いや、テレパシーは幼稚な響きがすると思うんですよ。超能力の話を書きたいわけじゃないですから」

 鮎川「テレパシーは幼稚か・・・。じゃあ、幻聴をテーマにどんな劇を書くの?」

 ツトム「鮎川さんの体験談を参考にさせていただきたいと思っているんですよ」

 鮎川「私の体験なんて平凡だよ。目をつぶってテレビのチャンネルをでたらめにガチャガチャ替えて、その時その時の番組の声が耳に入ってくるようなもんだから。そこにストーリーはないよ。きちんと話ができているのは、ツトム君とだけなんだ」

 ツトム「実はですね、ぼくも最近幻聴らしきものを聴くようになったんです」

 鮎川「そんなに若いのに幻聴を聴くようになったの。それでどんな声を聴くんだい」

 ツトム「それがですね。「アユカワ、アユカワ」って聴こえるんです。最初に聴こえた時は鮎川さんがぼくにコンタクトが取れるようになったのかと思ったのですが、声が鮎川さんとは全然違うんですよね」

 鮎川「いったい何だろうね。他には何か聴こえるの?」

 ツトム「それが、「カズキ、おれをいじめたことを忘れたのか」っていう声も聞こえてきました。鮎川さん、名前がカズキでしたよね。心当たりはありますか?」

 鮎川「そんなのないよ。どうしたの、それツトム君の創作じゃないの? もう劇に入っているの?」

 ツトム「いえ、そんなことはありません。確かに時々聴こえるんですよ。「いつか会ったら殺してやる」っていうのも聴こえてきました。違う人の声ですよ。鮎川さん、本当はたくさんの人に恨まれているんじゃないんですか?」

 鮎川「そんなことはないよ。毒にも薬にもならない生き方をしてきたからね。どうしてそんなことを言い出すんだい」

 ツトム「聴こえたことを言っているだけですよ。どうしてぼくの耳に聴こえてくるんでしょうね。恨み言なら直接鮎川さんに言えばいいのに。どうしてぼくに語りかけてくるんですかね。ぼくは霊媒師じゃありませんよ」

 鮎川「霊媒師。それは死者の声なの?」

 ツトム「ぼくが死者と話ができると思いますか? 死者の声を聴きとることができると思いますか? そんなことできるはずないじゃありませんか。生きている人の声ですよ。きっと鮎川さんを恨んでいる人の声ですよ」

 鮎川「もういいよ。今日の交信はこれでやめにしよう」

 ツトム「あなたから交信を切ることはできないでしょう。切れるのは私だけですよ」

 鮎川「私を脅すのか? 心配しなくても、女房と話をすれば、きみは消えていくよ。女房はどこだ。女房は家にいないのか?」

 ツトム「家には誰もいませんよ。買い物にいったんじゃないんですか」

 鮎川「それならテレビを真剣に見れば、小説を読むのに集中すれば、君は消えていくだろう」

 ツトム「あなたはテレビや小説に集中できないでしょう。ほら、私は消えないんだから」

 鮎川「ツトム君、今日の君はどうしたんだ。何かがのりうつっているみたいじゃないか」

 ツトム「ぼくの耳にサンドバッグをたたく鈍い音が聴こえるのです。あなたを殺すっていう声が聴こえてきて、最近は夜も寝られなくなったんです。ぼくは彼らの言葉を必ず鮎川さんに伝えるからぼくの前から消えてくれるように頼んだのですが、消えてくれないんです。鮎川さん、彼らをなんとかしてくださいよ。ぼくは疲れ切っているんです。彼らはぼくを寝かせてくれないんです。

もしかすると、ぼくがあなたにテレパシーが送れるようになったのは、かれらの言葉をぼくを通してあなたに伝えるためだったんじゃないかと思えてきたんです。多分、私はかれらに操られているんです。ぼくを寝かせてくださいよ」

 鮎川「おれは何も知らないよ」

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