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幻聴迷路  作者: 小田隆治
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11 パラレルワールド

11 パラレルワールド


 ツトム「ツトムです。今、大丈夫ですか?」

 鮎川「はい、大丈夫です」

 ツトム「ぼくは今ベッドの中に入ったばかりなのですが、鮎川さんは何をしているんですか?」

 鮎川「今は、ソファに寝転んでテレビを観ていたところだけど。こうして話をする時は、急いで自分の部屋に引きあげるんだ」

 ツトム「奥さんや子供さんはいらっしゃるのですか?」

 鮎川「妻がいるんだけど、子供はいないよ。妻は独り言が多くなって気持ち悪いって言うから、最近は幻聴が聴こえてきたら、すぐにスマホを手に取って、電話で話しているふりをしているんだ」

 ツトム「よく考えましたね。それで、奥さんは鮎川さんが幻聴を聴こえることは知っているんですか」

 鮎川「多分、わかっているね。でも、こんなに頻繁に聴こえているとは思っていないだろうけど。ましてや、ツトム君と交信していることは想像すらできないと思うよ」

 ツトム「幻聴の相手と話していると思ったら不気味ですものね。鮎川さんはぼくと話をする時は口に出して話しているんですか?」

 鮎川「そうなんだ。だからすぐに傍にいる人にばれるんだよ。口に出さずに頭の中だけで話すなんて器用なことはできないんだ」

 ツトム「ぼくはベッドの中に入らないと鮎川さんと交信できませんからね。日中にいくら交信にチャレンジしても駄目なんですよ」

 鮎川「最初にツトム君と話をしたのは、演劇の練習の時だったじゃない。あの時はベッドの中じゃなかったよ」

 ツトム「確かにあの時は起きるには起きていましたが、傍から見ると相当練習に疲れてボーっとしていたみたいですよ。ぼくも稽古場がテレパシーを送れる聖地なのかと思って、チャレンジしましたが駄目でした。あの時はただボーっとしていたんですね」

 鮎川「ぼくと交信していることは誰かに話をしたの?」

 ツトム「ああ、劇団員には話をしたのですが、みんな聞いてはくれるんですが、心の中ではどうせ夢の中の出来事だ、と思っているんですよ」

 鮎川「そりゃあ、そうだろうね。理解できないのは無理ないよね。ツトム君は私以外とも誰かと交信できるようになったの?」

 ツトム「最近も劇団員にテレパシーを送ってみたのですが、反応がないんです。高校の頃の友達にもチャレンジしましたが駄目でした。やっぱり鮎川さんだけなんです」

 鮎川「どうして私だけなんだろうね。お互い、縁もゆかりもないよね」

 ツトム「鮎川さんは、いまどちらにお住まいですか?」

 鮎川「埼玉の田舎だけど」

 ツトム「ぼくはいま東京に住んでいますけど、生まれ育ったのは山口県なんです」

 鮎川「山口に住んだことはないし、親戚や知り合いもいないね」

 ツトム「因果関係はなさそうですね。ところで、ぼくたちの芝居を観に来れないって前回おっしゃっていましたよね。何か用事があるんですか?」

 鮎川「用事はないんだけど・・・。今日は何年の何月何日だい?」

 ツトム「2021年の2月10日21時ですけど。もしかして、そちらは違うんですか?」

 鮎川「私の住む世界では、今日は2022年1月21日朝の9時なんだ。この時間のずれはツトム君と初めて交信した時にわかったんだ」

 ツトム「鮎川さんの方が1年くらい未来に住んでいるんですね。これって、凄い事じゃないですか。未来と交信できるなんてやっぱりぼくは超能力者かもしれない」

 鮎川「ぼくもこれには驚いたんだ。それにもう一つ不思議なことがあるんだ」

 ツトム「何ですかそれは」

 鮎川「どうも私はきみの一年後の世界に住んでいるだけではなくて、きみとは別の世界に住んでいるみたいなんだ」

 ツトム「えっ、それってどういうことです」

 鮎川「きみたちのお芝居をネットで検索したけど、全然ヒットしないんだ」

 ツトム「おかしいな。我々のサークルはウェブサイトを立ち上げて、そこにすべての公演を載せているんですけどね。一年後にサーバーか何かが調子悪くなったのかな」

 鮎川「おそらくほとんど同じように見える世界だろうけど、違う世界に我々は生きているようなんだ」

 ツトム「そんなことってあるんですか?」

 鮎川「これは幻聴だから、十分にありえるんじゃないのかな」

 ツトム「テレパシーではなく、幻聴? 何か古色蒼然とした響きがありますが、幻聴だと理解すると、パラレルワールドもあり得るかもしれませんね」

 鮎川「パラレルワールドか。そう言えば、そう呼ぶんだね。ツトム君は賢いね」

 ツトム「いや、そんなことはありませんよ」

 鮎川「それにしても、今日は長く話ができるね」

 ツトム「できるだけ考え込まないようにしているからですよ」

 鮎川「考えなくても、これだけ話ができるんだから大したもんだよ」

 ツトム「トレーニングの成果ですかね」

 鮎川「どういうトレーニングをしたの?」

 ツトム「いえ、トレーニングというほどのものじゃないんですけど、昼間できるだけ頭を使って、運動もして、寝る時には疲れ切ってボーっとなるようにしたんです。これが功を奏しているみたいですね」

 鮎川「私なんか、妻の声が聞こえない限りボーっとしていて、いつでも幻聴を聴ける態勢に入っているけどね。それかと言って、幻聴を聴けたからと言って、何の良いこともないけどね。こうしてツトム君と話ができるように、たまには良いこともあるけどね」

 ツトム「鮎川さんにお願いがあるんですけど、こんど劇団員たちと話をしてもらえませんか」

 鮎川「なに? きみが劇団員のみんなと一緒に寝るの?」

 ツトム「いえ、そうではなくて、ぼくが3日くらい徹夜して寝なければ昼間もボーっとした頭になると思うんですよ。トランス状態に入るというのかな」

 鮎川「トランス状態って、それはボーっとした状態とは違うんじゃないの」

 ツトム「トランス状態の本当の意味は知りませんけど、きっと心の定まらないボーとした状態のことですよ。厳密な言葉の定義を聞かないでくださいよ。たまたま口から出ただけですから。でも、3日も寝ないと普通の頭の中とは違うと思うんですよ。とにかくやってみますから、その時には出てくださいね」

 鮎川「わかったけど、私はきみとしか話すことができないと思うよ」

 ツトム「それだったとしても、鮎川さんにはぼくの周りの人の声が聴こえるんですよね。友達の言葉をいちいち伝えなくていいですよね。鮎川さんの言葉はぼくがみんなに伝えますから」

 鮎川「なにか初めての試みだね。大丈夫かな?」

 ツトム「面白いと思いませんか? きっとみんなびっくりしますよ」

 鮎川「とにかくやってみるか。今日はしっかりと最後まで話ができたね。あっ、寝たの?」

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