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14話 必殺!?暖め返し爆誕!!!

真っ暗、おてつけさんの部屋よりも数億倍真っ暗。自分が溶けてしまったのではないかと錯覚するほどであった。どこを見ても闇に飲み込まれていて手を顔にどこまで近づけても見ることができない。触覚が伝える情報すら錯覚でなり、呼吸をしている実感がすら失われていく。

 幾ばくも経っていないあろうに、襲いくる不快感の嵐に跪いた俺はパニックに陥りながら踵を返し出口を求めるが、すでに入口は閉ざされていた。壁があるわけでもなく、出口を掴もうとする手はただ空を切るばかりだった。

 こうなればただただ叫ぶほかないのだが、叫び声に代わって違うものが込み上げる。凄まじい吐き気、衝撃のようにせり上がってくる酸っぱいマグマ、目が飛び出そうなるほど幾度も幾度も迸る。吐いて吐いて吐きまくった。水みたいなものすら出ない。それでも吐気(えず)きは止まらない。酷い二日酔いの朝のそれに似ていて、それよりずっと深刻だった。それに船酔いとインフルエンザを足して、ちょっと手加減してもらったくらいのレベル。これくらいのことを頭の片隅で考える余裕はギリギリある。

 ただそれ以上は何もできない、身体を強張らせながらバケツを抱えて涎だけをぽとぽと垂らす。だが姿勢を保っていられなくなり、バケツはそのままに倒れ伏した。横になろうと幾分か楽などということはなく、ほとんどもがくみたいに体勢を何度も何度も入れ替える。

 最終的にダンゴ虫のように丸まって動けなくなった。時折跳ね返る胃袋に対して反応するだけ。


 意識が鈍化して苦痛に対して鈍くなっていくのが分かる。分かるというかこの状態を待ち望んでいた。気を失うように眠れさえすれば、そうなってしまえばいいとずっと思っていた。最早まともに思考できたものではないけども、「苦痛に麻痺」するという言葉あるが、そう都合よくいかないものだ、辛いときは寝るしかない、起きたときはすべて終わっていることを期待して、まどろみに意識をゆだていく。

 弱弱しくまた吐気いた拍子に、力の入らない手足からさらに力が抜けていくような感覚がした。意識と一緒に見えない体の境界が本当に溶けてなくなってしまうかのように。この暗闇では目を開けているのも閉じているのも変わらない、本当にそうなっていても確認さえ取れないのだから。


 倦怠感、痺れ、吐き気、暗闇自体がその海のようなものなのではないか。鈍った意識でそれらを呪う。

 このまま失神してくれ、早く意識を失ってしまえ、と切に切に待ち望みながら、「なんでこんな目に」という恨み言はおてつけさんまで届くはずもなく、ただ茫漠と身体を包む暗闇を脆弱に憎むほかなかった。


まだ意識は途切れていない。


 目の前がチカチカしている。

 この現象はよく知っていることだった。目をずっとつぶっていると星が瞬くのだ。それは瞼の裏の血管を見ているのだとか、網膜の残像だとかいう人もいるが、幼い頃からとても馴染み深いものだった。

 だが、これは苦痛によるものだろうか、あれはこんな光だっただろうか。ぼんやりとした光がおおきくなったり、小さくなったり、すぐ目の前のように感じられた。僅かに好奇の火が灯り手でも伸ばして見たかったが、やはり指先一つ動かすことは叶わない。

 静寂ゆえの耳鳴りがどこかさざ波のようなものに変わっている。これは血が体内の血管が巡る音であろうか。瞼の光は濃淡を繰り返す、いや、これは波のようだ。音のせいで錯覚しているかもしれないが、この音はその波から発せられているような気がしてならない。寄せては引いてを繰り返す。

 やがてそこが海辺のように思えてきた、いや、その海辺に自分は立っているように思った。この情景はなんだ、なぜだかたまらなく懐かしいような。

 俺は光の波に近づいて、足を波に晒す。不意に気配を感じて俺は振り向いた。


 途端に体の感覚が戻る。

 先ほどまでだるさと吐き気が消え失せて、身体が浮いたのかと思った。


(死んだのか!?)


 跳ね起きて辺り伺うと元の部屋にいた。おてつけさんとお袋と玉の親父がいる。


「なんすか!なんなんすか!」


 すかさずおてつけさんに説明を求めた。


「ゆうちゃん、なんか、すっごい煙出てる……」


 おふくろの発した言葉を飲み込むと同時に気が付く、身体からもうもうと煙が立っていた。


「うわ!うわああああ!」


(なんだこれ、ワキガ?ワキガか、臭いのか!?)


 咄嗟に身体の匂いを確かめる、大丈夫……大丈夫?、臭くない、臭くないよな、いや、臭くない、無臭無臭、いや、ほんと大丈夫だよな?


「ふむ、こりゃあ……」


 おてつけさんが寄ってくる。


「大丈夫っすよね!?俺臭くないっすよね!?」


 やめてくれ、臭かったら恥ずかしいから寄らないでくれという意思を無視して、おてつけさんは詰め寄り、俺の身体に触れた瞬間、煙が一気に収束する。高速のコマ送りようだった。厳密にはおてつけさんの手は俺に触れていなかった。濃密な空気のようなものが、おてつけさんの手の平と俺の身体の間に存在している。


「ほうほう、しめたもんよ、坊やちょっと試すぞ……せいっ!」


 したり顔でそんな台詞を吐いたおてつけさんの周りに風が対流し始める。掛け軸、注連縄がそよぎ、障子がカタつく。気流の筋がおてつけさんの腕に集まり、収束し膨らんでいく。障子がぶっ飛ぶ、あらゆるものが吹っ飛ぶ、小さな竜巻が生まれていた。


「ちょ、ちょっと、ちょ!!」


「……はッッッ!!!」


 その竜巻を伴ったおてつけさんの掌底がその一言で俺の胸に打ち込まれて、そしてなぜか直後、竜巻は霧散し、おてつけさんは凄まじい速度で後方に滑空してぶっとんで、壁を透過して消え去った。

 まだ風が少し残っている。

 到底理解できた光景ではない。 


(なんだ……?そういうコントなのか?)


 呆気に取られているとまたどこからともなくおてつけさんの声がする。

 

「それが坊やの力だね、さっきの部屋でまた坊やの人の皮一枚剥いだんさ、始祖様の力は、『還元』とでもいうとくかね、全部元にあったところに戻してしまうんよ、それだけ覚えとけば当面大丈夫だすけ」


(……?どういうこと……?)


「ちょっと違うが分かりやすい話、何でも跳ね返すいうことさな、あーそうそう、『名憑け』いうて捉えた事象や覚えたもんは名前付けてやらんと扱えなくなったり、忘れてしまうからの、今の名前考えて置きなせ」


「すみません、ちょっと分からないのでもっと分かりやすく言ってもらっていいですか?」


「ぷは、つまり、それがゆうちゃんの必殺技だから名前つけなさいってことじゃないかしら」


 お袋が親父玉から首だけ出して答えた。その玉って浸かれたのか、わからん。これ以上ややこしくしないでくれ。


(しかし、なんだ必殺技か?そうそう、こういうの待ってたんだよ、遅すぎるけどな、まずこういうとこから入ってくれよ、ケツからおでき生やす能力よりこっち先だろ、でもなんか全然思付かないぞ、あの竜巻みたいのなのはおてつけさんの技で俺のは……跳ね返す???)


 今一つ、テンションの上がらない俺の頭に浮かんだのは「暖め返し《あっためがえし》」という言葉で、それでいいやと思った。

 これ何の言葉だっけ?


 このころから展開に翻弄されているという憎しみの炎が俺の胸を焼き始めた。

おてつけさんの実体はあったりなかったりします

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