坂井さんと雨宮さん
翌日、アトリエで染料を調合していると、同級生の坂井 咲貴子さんが声を掛けてきた。
「この間、授業のあと雨宮さんとお話してたけど……もしかして仲良くなったの?」
あ、やばい。坂井さんは雨宮さんを狙っているんだった。当たり障りのないことを言わなきゃ。
「仲良くなったというより、向こうは何か別の目的があって私に話しかけてきたみたいで……男女の仲とかでは全くないよ」
「そうなんだ? 初音ちゃん、首に掛けているネックレス……その指輪って、恋人から貰ったもの?」
「そう。婚約者から貰ったの。だから雨宮さんとは何もないよ?」
「なら安心した。雨宮さんの家に行っているのを見て、初音ちゃんと彼のこと、ちょっと疑っちゃった」
びびった。見られていたんだ。 なら、これからはもっと用心深くしなきゃ。何が起こるかわからない。
*****
最近、坂井さんが私にとりわけよく話しかけてくるようになった。
以前から同級生として割と話す方ではあったけれど、最近は教室の移動先にまでくっついてくるようになったのだ。
雨宮さんと私が接近していないか、探るためなのだろうか? 彼女の真意がよくわからないまま、私は当たり障りのない話をしている。
ふと、何の拍子だったか、私が画家の人間性について話題にした時のことだ。
「ピカソって、内縁の妻、マリー=テレーズ・ワルテルと、愛人のドラ・マールをわざとケンカさせて楽しんでたエピソードがあってさ……天才画家って、クズな人も結構いるイメージだよね。三岸好太郎も、三岸節子という妻がいながらたくさん愛人をつくってたし」
すると、坂井さんも同調するように話し始めた。
「ああ、あの月山青湖も、モデルを兼ねた愛人を何人もつくっていたそうよ。雨宮さんから聞いたんだけど、お金を愛人に注ぎ込んじゃって、生活が苦しくて大変だったって」
「雨宮さんと、そこまで深い話をする仲になったの!?」 自分でも無意識のうちに、ほんの少しだけ嫉妬のような感情が顔を覗かせる。
「初音ちゃんも雨宮さんの家に行ったんでしょ? 彼とはどこまで話したの?」
「えーと? 秀青さんと異母兄弟だったって事と、月島姓が名乗れなかったこと。あとは好きな絵とか芸術の話……ぐらいかな」
坂井さんは、私に『ある行動』を起こすよう示唆しているのだろうか。探るような目で、こんなことを言ってきた。
「そうそう。彼、その月島家に行きたいそうなのよ。お父さんの絵を探しに。でも、愛人の息子が行くと追い返されるかもしれないでしょ? 初音ちゃん、なんとか間を取り持てないかな?」
「お父さんの絵を探しているのかぁ……でも、月島家には少しデリケートな話かもね」
私は曖昧に笑って誤魔化した。
お母様は、夫の愛人たちを「殺したいぐらい憎んだ」と言っていたのだ。愛人の子を連れて行けるわけがない。私はその事実を伏せたまま、やんわりとスルーした。
(ひょっとして、坂井さんにこんな事を言わせたのは、雨宮さん本人かもしれない……)
私は邪推しながらも、坂井さんと雨宮さんがすでに親密な関係になっていることだけは、はっきりと察したのだった。
*****
後日、また雨宮さんから話しかけられた。私は彼を人目のつかない所へ連れ出し、事情を説明する。
「坂井 咲貴子さんが…… 貴方に気があると思うんです。彼女に嫌な思いをさせたくないし、私も婚約者がいる身なので変な誤解はされたくなくて……。お話があるのなら、人目のつかないところで話すか、LIMEで連絡をくださいませんか? 月島家のパイプ役が欲しいのなら、私に出来る限りのことは致しますから」
すると彼は、少し困ったような顔をして言った。
「月島家のパイプ役が欲しい? ……そんなことだけで、僕が貴女に声をかけるとでも? とりあえず、連絡先を交換しましょう」
そのままLIMEで連絡先を交換し、今日のところはそれ以上何も話さなかった。
一方、御影様はといえば、私にいつ日本を発つか詳しい日にちを教えてくれないまま、ベトナムへ行ってしまった。
せめて貞操帯の鍵だけでも置いていってくれると助かるんだけどなあ。 生理の時とか、外して洗いたいんだもん……。




