泣き女と蒼穹大賞
あれからというもの、私は空を見ても、星を見ても、何を見ても泣いていた。
婚約解消について両親は、「法律上は肉体的な不貞がなければ解消はできないはずなのにね。でも、本家の内孫さん相手に訴訟を起こすのもなんだし……」とすっかり消極的だった。
私が婚約破棄されたのを知り、同級生たちは同情して、そっとしておいてくれた。
学校の授業中に、声を上げず、タオルで顔を覆いながらただひたすらに涙を流す女がいると噂になるくらいだったが、芸大は変人が多いこともあって、生ぬるく見守られていたように思う。
そんな中、私の通う大学にて『蒼穹大賞』——学生や助手たちがこぞって参加するコンペティションの受賞作品が発表された。
大賞を受賞したのは雨宮青児で、その作品のモデルは私ではないかと学校中で噂になった。
彼が受賞するのも当たり前かもしれない。
かつて『月山 青湖』として、プロの世界で活動していたのだから。
私は同級生に連れられ、ギャラリーにその大賞作品を観に行った。
大きなキャンバスに描かれていたのは、私によく似た女性がサテンのシーツの上で臙脂色のドレスを着て、恍惚の表情を浮かべながら横たわっている姿だった。誰かと、深く恋人繋ぎをしながら……。
――あぁ、あの時の私だ――
授業が終わると、私はあの蔵に厳重にしまっておいた大事な絵を取り出し、雨宮青児の家へと向かった。
何故そうしたのかは、自分でもよくわからない。
でも、ハザマ様に言われたように「誰が一番持っているべきか」、その時になってようやくわかったのだ。
絵を受け取った雨宮青児は、心底嬉しそうに微笑んだ。
「これは僕の母さんなんだ。一番綺麗な時に、一番幸せだった時に描いてもらったらしい」
彼は愛おしそうにキャンバスを見つめ、言葉を紡ぐ。
「そう伝え聞いていたんだけど、ずっと月島家に置いてあったから……取りに行けなくて。だから、月島家と親しい関係だった君に近づいたんだ」
「本当に良いの? 僕が貰ってしまって」
「はい。絵の中のお母様も、青児さんのそばにいた方が幸せだと思って……」
「ありがとう。蒼穹大賞をとったあの絵、手元に返ってきたら君にあげるよ」
私がかつての宝物の絵をあっさりと手放すことができたのは、きっと、新しい宝物の絵ができたからなのだと思う。




