第9話・レオン様とお話しますわ
セシリアが襲われた翌々日の朝――ハルフォード侯爵の訪問があった。
「アルバート、突然すまない。一昨日のことを聞いてね、心配になってセシリア嬢の様子を見に来たんだよ」
ハルフォード侯爵は、どこか沈痛な面持ちだ。
真面目な性格だから、昨日セシリアが襲われたことを耳にして、居ても立っても居られなかったのだろうと、対応したアルバートは思った。
「わざわざありがとう。セシリアは無事だよ。少し驚いた程度だ。だが、君は誰からその話を聞いたんだい? 社交界に噂が広まっているのかな」
社交界で噂が広まっているのなら、良くない方向に噂されている可能性がある。
アルバートは警戒したが、ハルフォード侯爵からは、意外な人物の名前がでてきた。
「セシリアを助けたという、レオン・ハートレイからだよ。第三騎士団の副隊長をしているんだ……。彼の口から、賊を雇ったのはレインズ男爵だと聞いた。レオンは裏付けを取るために、私の元を訪れたんだ」
やはり黒幕はレインズ男爵だった、とアルバートは思った。
ここで別の黒幕の名前が上がれば、騎士団の捜査能力を疑うところだった。
今の騎士団の優秀さが証明されて安堵する。
「元は私の紹介した縁談が原因だ……本当に、申し訳ない……」
ハルフォード侯爵は深々と頭を下げた。
アルバートは慌てて手を伸ばし、彼の肩を押し上げる。
「やめてくれ。君の責任ではない。レインズ男爵が勝手に暴走しただけだ」
「……そう言ってもらえると救われる……だが、本当にすまなかった……」
「もう気にしないでくれ。これ以上は何も起こらないだろう」
バートン伯爵家の方は、資金力の乏しさから、レインズ男爵家のような行動はとらないだろう。
その事実もあって、アルバートはそう口にした。
そこへ、セシリアが姿を見せる。
「ハルフォードのおじ様、いらっしゃいませ。ご心配をおかけしてしまい、申し訳ありません」
「セシリア嬢……無事な姿を見られて、本当に良かった」
ハルフォード侯爵はセシリアの元気そうな姿を見て、安堵の息をつき胸に手を当てた。
「それにしても、レオンが近くを通りかかっていて助かった。あの青年は本当に優秀だ」
「えぇ、レオン様には、本当にお世話になりました」
セシリアを保護した後、瞬く間に賊を制圧したあの強さ。
そして部下に対する的確な指示。
ハルフォード侯爵の言う通り、確かに優秀な男性だと思う。
ただ、自分を見て赤面し、言葉を詰まらせてしまう理由は謎のままなのだが。
「……実はね、アルバート。今回の件で、君に言っておくべきことがある」
「なんだい?」
「セシリア嬢の縁談を考えていたとき、私は……アランとレオンのどちらを紹介するか、本気で迷っていたんだ」
「え?」
ハルフォード侯爵の言葉に、セシリアもアルバートも驚いた。
「レオン卿を?」
「あぁ。家柄も申し分なく、性格も真面目で、将来性もある。ただ、アランのほうが長男で伯爵家の跡取りであり、表向きの印象が良かったから、そちらを選んでしまったんだ。今となっては、判断を誤ったとしか言いようがない……」
ハルフォード侯爵は苦々しく笑った。
「レオンは、セシリア嬢をとても心配していたよ。近いうちに、騎士団として正式な報告に来るはずだ。そのとき……もしセシリアさえ良ければ、彼と話してみるといい」
ハルフォード侯爵はそう言うと、グランチェスター侯爵家を後にした。
「まさか、あの方とこんなご縁があったなんて、驚きましたわ」
そう呟いたセシリアに、アルバートも頷いた。
アルバートは驚く愛娘の表情を見つめながら、
「どうするんだい?」
と問いかける。
セシリアは少し考えこんで、「まだわかりませんわ」と、ふわりと微笑んだ。
セシリアが襲われた事件から三日後の午後。
グランチェスター侯爵家を、あの日セシリアを助けてくれた、レオン・ハートレイが訪問した。
「第三騎士団副隊長、レオン・ハートレイと申します。本日は、先日の件のご報告に参りました」
執事であるセバスチャンに案内され、レオンは応接室へ通された。
応接室では、当主であるアルバートがレオンを待っていた。
「レオン卿、先日はありがとう。よく来てくれた。座ってくれ」
アルバートが声をかけると、レオンは腰を下ろす。
堂々としたその様子に、アルバートは好感を持った。
さすが、第三騎士団の副隊長というところだろうか。
「本日は、賊の取り調べ結果のご報告に参りました。レインズ男爵が金を払い、セシリア嬢を連れ去るよう依頼していたことが判明しました」
「やはり、そうだったか……」
すでにグランチェスター侯爵家で調べ、昨日訪れたハルフォード侯爵から聞いていた通りだった。
セシリアを連れ去ろうとした目的までは、レオンは口にしなかった。
それは彼なりの配慮なのだろう。
レオンは淡々と、レインズ男爵家には余罪がある可能性があり、それを全て調べてから裁判が行われるのだと、アルバートに報告を行った。
「セシリア嬢は……その後、大丈夫でしたか?」
「あぁ。あの日は驚いていたが、今はもう落ち着いている。君のおかげだよ」
「いえ、大したことはしておりません。お元気になられたのなら、良かったです」
セシリアの無事を父親であるアルバートから確認し、レオンは安心したように微笑んだ。
「レオン卿、セシリアに会っていくかい?」
と言うと、先程まで堂々としていた男が、赤面し、視線を泳がせる。
これは脈があるかもしれない、と思いながら、アルバートは執事にセシリアを呼ぶようにと言った。
「レオン様。先日はありがとうございました」
応接室に呼ばれたセシリアが微笑むと、レオンは耳まで真っ赤になった。
あの日と同じ反応だ、とセシリアは彼を冷静に観察する。
そんなセシリアを、アルバートも冷静に観察していた。
この騎士としての頼もしさと、女性に対しての未熟さを併せ持つ男を前に、自分の娘はどんな反応をするのだろう?
少し前には、しばらくは婚約や結婚をしたくないと言っていたが、この男との出会いは、その気持ちを変えるものになるのではないだろうか。
だが、その場に自分は不要だろう――アルバートはそう思った。
「ではレオン卿、私はまだ仕事があるので、これで失礼するが……もしよければ、ゆっくりしていってくれたまえ」
アルバートは若い二人を置いて、席を外した。
念のため、応接室のドアは開けたままにはしたのだが。
「あの、お茶をどうぞ」
アルバートが出て行くと同時に、ジゼルがお茶を運んできた。
ジゼルが下がった後でもなかなか手をつけようとしないレオンに、
「おいくつですか?」
とセシリアが聞くと、
「自分は二十四歳になります」
とレオンが答えた。
砂糖を何杯入れるか聞いたつもりだったセシリアは、予想外の答えにくすりと笑う。
「では、レオン様はわたくしよりも五歳年上ですのね。ところで……紅茶にお砂糖はどうしますか? お砂糖なしで飲まれますか? 一つでよろしい?」
レオンは自分が的外れな答えを返したことに気づいたらしい。
真っ赤な顔のまま、「一つでお願いします」と言った。
セシリアは砂糖をレオンのカップに入れてやりながら、男らしいのに可愛らしいところもある不思議な方ね、と思う。
「セシリア嬢……少し、昨日のことを話しても良いでしょうか?」
真っ赤な顔のレオンは、大きく深呼吸すると、セシリアの顔をじっと見つめ、言った。
「セシリア嬢……自分は昨夜、ハルフォード侯爵閣下にお会いしました。そしてハルフォード侯爵閣下が昨日こちらを訪れた際に、あなたの結婚相手として、自分とバートン家のアラン様のどちらを勧めようかと迷っていたことを、あなたにお伝えしたとも……」
「はい、お聞きしましたわ」
頷いたセシリアは、この後彼が何を口にするのか気になった。
胸が早鐘を打つ……こんなことは、初めてかもしれない。
「自分は兄弟が男ばかりで、あまり女性と接する機会がありませんでした。だから、なかなか縁がなく……ハルフォード侯爵閣下が見合い相手をさがしてやろうという話をしてくださっていたのですが、その後、別の男に譲ったという話も聞いていました。お相手があなたであったことは、後から知りました。だけど、別の方との結婚がすでに決まっていました」
「えぇ」
援助を目的とした、政略結婚でしたけどね。
そんなことを思いながら、セシリアは頷いた。
レオンは顔と耳と、それから首まで真っ赤にして、続ける。
「だけど今、あなたは婚姻が無効となった。セシリア嬢……もし……もしも、あのとき自分が紹介されていたら、という前提で……その……自分とお付き合いを前提に、仲良くしていただくことは……可能でしょうか?」
そう言い終えたレオンは、真っ赤な顔のまま、セシリアを見つめる。
真面目で、誠実で、だけど女性に不器用な彼が、必死になって自分を見つめている――その姿に、セシリアは自分の胸の奥の方で、小さな炎が灯ったような気がした。
「まぁ、レオン様ったら……」
セシリアはふわりと微笑んだ。
「いきなりお付き合いを前提にというのは、まだ頷くことはできませんわ。だけどわたくしは、あなたのことをもっと知ってみたいと思っています。だから……お知り合いからでしたら、喜んで」
「っ……! あ、ありがとうございますっ……! 嬉しいです!」
レオンは白い歯を見せ、顔をしわくちゃにし、子供のように嬉しそうに笑った。
彼の笑顔を見て、悪くないな、とセシリアは思う。
自分の言葉一つでこんなにも喜んでくれるのなら、もっと笑顔にしたいと……そして、ずっとこの笑顔見ていたいと思ってしまう。
そんな自分に気づき、セシリアは彼にふわりと微笑んだ。
「セシリア嬢、ありがとうございます! これからよろしくお願いします!」
「えぇ、レオン様……こちらこそ、よろしくお願いいたしますわ」
応接室の空気は、どこか温かく、そして少しだけ甘かった。
そして応接室のドアから彼らを見守っていたセシリアの家族と執事、ジゼルは、若い二人のやり取りを見て、満足そうに笑い合ったのだ。




