第7話・久しぶりにお出かけをしたいですわね
あの騒動から、十日ほどが過ぎた頃――。
セシリアは、そろそろ外出してもいいだろうかと考えていた。
結婚式の混乱、婚姻届け破棄、アランの騒ぎ……すべてが一段落し、屋敷の空気も落ち着いてきた。
「ジゼル……お出かけしては駄目かしら?」
そう言ったセシリアに、ジゼルは少し考え込む。
ジゼルはもう少し大人しくしておくべきと言うのかもしれない。
だから否定される前に、セシリアはジゼルを説得することにした。
「あれから十日くらい経ったでしょう? わたくし、その間、家で大人しくしていたつもりよ。でも、そろそろ気分転換がしたいの……。ずっと屋敷に籠もっているのも、気が滅入るでしょう?」
「確かにそうですが……。旦那様がなんとおっしゃるか……」
アルバートの名前を出してきたジゼルは、まだ外出するには早いと思っているようだった。
「ジゼル、お願い……お父様に言ったら、絶対に止められると思うの」
セシリアは上目遣いでジゼルを見つめた。
ジゼルは小さく息をつくと、仕方ないですね、と頷いた。
「では、わたくしから離れないようにしてくださいませ」
「ふふ、ありがとう。ジゼル、大好きよ! 頼りにしているわ」
侯爵家の馬車に乗り、街へと向かう。
馬車を待機所で待たせ、セシリアは久しぶりに街の賑わいを楽しんだ。
そしてそんな中気づく、街を歩く人々の視線。
あの結婚騒動は広まっているはずだし、もっと好奇の目で見られると思っていたのだが、セシリアに向けられる視線は、思っていたよりも温かなものだった。
「グランチェスター侯爵家のお嬢様だわ……」
「あの結婚騒動の?」
「でも、あのご令嬢は悪くないんだろう?」
「相手の男が最低なんだよ。グランチェスター侯爵家の娘と結婚したくせに……」
耳に届く噂話に、セシリアは苦笑した。
ひどい噂を立てられているわけではないが、噂が全て消えているわけではない。
自分は悪くないのだから何を言われても平気だけれど、やはりもう少し家で大人しくしているのが正解だったかもしれない。
だけど、せっかく外出したのだ。
セシリアはこの日を楽しむことにした。
「ジゼル、今日は楽しみましょう」
と声をかけると、ジゼルは少し困ったような表情をしたが、頷いた。
布地店でリボンを選んでいると、ジゼルがふと動きを止めた。
「……お嬢様。先ほどから、妙な視線を感じます」
「まぁ……気のせいではなくて?」
「そうだといいのですが……」
ジゼルの中では、どうやら気のせいではないらしい。
今日の外出は、父には内緒で行ったものだ。
ジゼルにこれ以上の負担をかけてはいけないと、セシリアは判断した。
「ジゼル、ありがとう。楽しかったわ。今日はもう、帰りましょう」
選んだリボンを会計して、セシリアは言った。
「よろしいのですか?」
「えぇ、いいの。ジゼルが心配してくれていたように、まだ外出は早かったみたいね。ごめんなさいね」
そうして、待機所に止められている馬車の方へと、歩き始めたときだった――。
「きゃあっ、誰か、助けて!」
街を歩いていた女性が、引ったくりにあった。
女性は倒れ込み、そばにいた通行人が駆け寄る。
「ジゼル!」
「はい!」
セシリアはジゼルに、引ったくりを追うように命じた。
そして、セシリアが一人になるのを待っていたかのように、ごつごつした大きな手がセシリアの腕を掴み、狭い路地へと引きずり込んだのだ。
「くっ……」
突然の力に体勢を崩しながらも、セシリアは冷静だった。
空いた手で金のペンダントを握り、
「ルミナスバード、起動!」
と叫ぶ。
もしもジゼルと離れてしまったときのために、ルミナスバードのペンダントを身に着けていたのだ。
ペンダントから現れた小鳥は、セシリアの上空を飛び回る。
小鳥に向かって、セシリアは叫んだ。
「お父様! わたくし、街でならず者に襲われていますの!」
『は? セシリア? どういうことだ?』
恐らく執務中だろうアルバートは、驚いて大切な書類にインクを零してしまったかもしれない。
これで、アルバートに黙って外出したこともバレてしまうだろう。
家に戻ったら、きっと叱られてしまう。
だが背に腹は代えられないと、セシリアは割り切った。
ジゼルが戻ってくるか、セシリアが路地に連れ込まれたのを目撃した通行人が騎士団に連絡してくれるまで、ここから離れなければ助かるかもしれない。
『セシリア? セシリア、大丈夫か! セシリア! おのれ、何者かは知らないが、私の娘に何をするんだ! おい、セバスチャン! 馬車の用意だ! それと、今すぐ誰かをセシリアの元へ向かわせろ! 急げ!』
アルバートが執事のセバスチャンに指示をした。
良かった……グランチェスター侯爵家の家来は優秀だ。
きっとすぐに駆けつけてくれるはずだと、セシリアは冷静に分析する。
あと、ルミナスバードはセシリアの頭上を、父の声で飛び回っていた。
狭い路地の中でも、何人かの通行人がルミナスバードの声に気づいてくれたようだった。
「この女っ!」
セシリアの腕を掴んでいた男が、細い腕をひねり上げた。
ひねり上げられた腕が痛い……だけど、まだ折れるというレベルではないはずだ。
「痛いですわ! お放しなさいな!」
痛みに顔をしかめながら、セシリアは足を蹴り上げた。
男の足の間へと。
もしものときの護身術替わりにと、ジゼルが教えてくれたのだ。
「ぐわっ!」
腕を掴んでいた男が、セシリアの腕を放す。
その隙に路地から出ようと走り出したセシリアは、途中で一人の男にぶつかった。
自分を連れ去ろうとした男たちは、複数人いたはずだ。
もしかして賊の一人にぶつかったのかと不安になったセシリアに、男は優しく……そして頼もしく声をかけてくれた。
「ご令嬢、ご無事ですか? 大変でしたね。でも、もう安心なさってください。自分は、騎士団の者ですので」
「え?」
顔を上げると、黒髪短髪の男が優しくセシリアを見下ろしていた。
男は私服姿で、着ていたジャケットを脱いでセシリアにかけると、腰に下げていた長剣を引き抜き、あっという間にセシリアをさらおうとした男たちを制圧してしまった。




