第5話・あの方は何をしに来られたのかしら
あの結婚式から二日後の午後――。
セシリアは自室でジゼルとお茶を飲みながら、のんびりとした時間を過ごしていた。
「お嬢様、もしかすると、バートン家が動くかもしれませんね」
窓の外を見ていたジゼルが言った。
「バートン家……あぁ、あの家ね」
セシリアにとっては、もう思い出したくもない家名である。
「動くというか、こちらに来られたようですわね」
「あら、そうなの?」
セシリアが窓の近くに行って確認すると、グランチェスター侯爵家の門の前に馬車が止まり、一人の男性――アランが降り立ったのが見えた。
「何の用かしら……」
「普通に考えると謝罪ですが……あの家の方々は普通ではないので、そうではないかもしれませんね」
「そうね」
ジゼルの言葉に、セシリアは頷いた。
ともかく、何の用で来たのかはわからないが、彼は自分に会えるだろうかとセシリアは思う。
すでにアランは、門番に止められていた。
おそらく門番は、父からバートン伯爵家やレインズ男爵家の者を、敷地内に入れるなと言われているのだろう。
「セシリアーッ! 話があるんだ、出てきてくれーっ!」
門番に止められて敷地内に入ることができないアランは、どうやら最終手段に出たらしい。
門外から大声で叫んだアランからは、なりふり構っていられない必死さを感じたが、迷惑この上ない話である。
「お嬢様、あの男、消しましょうか?」
ジゼルが物騒なことを言った。
それも有りかもしれないと思ったが、セシリアは父親であるアルバートに任せることにした。
アルバートは屋敷で仕事をしている。
そろそろアランが門外で騒いでいることに気づいただろう。
「お父様が出てきてくださったわ」
窓の外には、門へと向かうアルバートの姿があった。
セシリアはジゼルと共に、様子を見守る。
「バートン伯爵令息……一体何の用だね?」
「ひっ……。グ……グランチェスター侯爵っ……」
アランはアルバートを前に、怯んだようだった。
だが彼なりに勇気を振り絞ったのだろう、アルバートの前で、
「セシリアに会わせてください! 彼女は誤解しているんだ!」
と必死に叫んだ。
「誤解だと?」
「あぁ、誤解だ! 僕がドロシーのところに行ったのは、人助けだ! 僕が行かなければ彼女が死ぬと言ったからだ! だからその誤解さえ解けば、僕はセシリアとやり直せるんだ!」
アルバートを前に、アランはそう言い放った。
大声で話しているから、道行く人々や隣近所にも聞こえているだろう。
「大声であんなことを話すなんて、まぁ、なんて恥ずかしいのかしら。きっとお父様は怒り心頭ね……」
遠いから表情までは見えないけれど、すごい形相で真っ赤になっていることだろうとセシリアは思う。
「グランチェスター侯爵、どうかセシリアに会わせてください! 彼女の誤解を解けば、全て上手くいくんだ! そして婚姻無効だとか、慰謝料請求とか、僕たちをいじめるのを止めてください!」
「お嬢様……あの男、とんでもない勘違いをしていますわね」
「えぇ、そうね。素直に謝罪に来たならともかく、どうして火に油を注ぐのかしら……全く理解できないわ」
バートン伯爵家への慰謝料の請求に、恐らく今のアランの行動についても追加されるだろう。
バートン伯爵家は、もう完全に終わったとセシリアは思った。
「セシリアはもう、君とは会わない。君とセシリアは、赤の他人だ」
「そんなことはない! 僕とセシリアはまだやり直せるはずだ! だから婚姻無効とか、撤回してください! そうでなければ、せめて離婚にしてください! そうすれば、まだバートン伯爵家も僕も、やり直すことができるから!」
どうやらアランは、セシリアを上手く言いくるめればなんとかなると思っていたようだった。
だが肝心のセシリアと会うことができない今、婚姻無効でなく離婚ということにしてほしいと訴え始めた。
恐らく家族会議でもして決めたことなのだろう。
だが、アランやバートン伯爵家のその考えは甘かった。
「バートン伯爵令息……まず一つ、君に言わなくてはいけないことがある」
深い息をつき、アランを睨みつけ、アルバートが言った。
何を言われるのだろうと、アランはごくりと息をのむ。
「そもそも、離婚にはならない。婚姻届けは、まだ提出されていないからだ」
「……え?」
「一昨日の結婚式は、ただの儀式だ。婚姻届けは、翌日……つまり昨日、王宮へ届けることになっていた。だが結婚式当日の夜、あの騒動で、婚姻届けは私が破棄したのだ。だから、君とセシリアはそもそも結婚すらしていない。ただ結婚式を挙げただけなのだ」
「婚姻届けを、破棄……? 結婚すら、していない?」
「あぁ、そうだ。だから君もセシリアも、未婚のままだ。ただ……君と君たち家族、使用人の無礼についての慰謝料の請求は、行うつもりだがな」
「そ、そんな……」
アランは蒼白になり、その場に崩れ落ちた。
「じゃあ、僕は……僕たち家族は……これからどうしたらいいんだ!」
自棄になって叫ぶアランを見下ろし、アルバートは冷たく言い放つ。
「さあな。それは私にもわからんよ。とりあえず今私が君に言えることは……そろそろここから立ち去った方がいいということだ。これ以上恥をかきたくないだろう? それに……」
アルバートはちらりと屋敷へと目を向けた。
「それに、そろそろご自慢の槍を手にして、私の父上が走ってくる頃だ」
「え?」
アランがグランチェスター侯爵邸の玄関へと目を向けると、扉が開かれ、一人の老人が槍を持って出てくるのが見えた。
「ひ、ひいぃぃっ!」
アランは立ち上がると、その場から走り去った。
「あら、おじい様ですわ。槍など持ち出して、どうされたのかしら?」
走り去ったアランを見送り、セシリアは父のそばへと近寄る祖父へと目を向けた。
「大旦那様も、相当お怒りでございますから……」
「血圧が上がらなければいいのだけれど、ね。ジゼル、気持ちを落ち着けてもらうために、お二人にお茶をお持ちしましょう」
「はい、かしこまりました」
セシリアはジゼルと共に、祖父と父を労わるためのお茶の準備を進めた。




