第3話・お父様がお怒りですわ
「新郎が花嫁を放って、初夜に会いに行くドロシー嬢とおっしゃる方は、一体どなたなのですか?」
すでにメイドから確認していることだが、セシリアは敢えてバートン伯爵に尋ねた。
バートン伯爵は俯きながら、ドロシーがアランの元婚約者であったこと、だが婚約を解消していることをセシリアに説明する。
「お別れになったというのなら、どうして新郎に手紙など送ってくるのでしょう? しかも、会いに来てくれなければ命を絶つなど……常識では考えられないことだと思うのですが……」
「い、命を絶つと脅されたら、アランは優しい子だから、心配になったのよ!」
「そうよ、アランは優しいから、ドロシー嬢のところに行ったのよ! 人の命がかかっているのよ! 仕方ないことよ!」
アランを援護しようとしたのだろう、夫人たちが口をそろえて、アランは優しいのだから仕方がないことだ、と言い出した。
人の命がかかっているから仕方がない――そう言ってセシリアを納得させようとしている。
だけどセシリアにとっては、何の関係もないことだった。
「ですが、わたくし、ドロシー嬢という方を存じておりませんし……そもそも、そんな方がおられるのなら、わたくしと結婚しなければ良かったのではありませんか?」
「そ、それはっ……」
セシリアの正論に、夫人たちは言葉を失い俯いた。
「しかも、こちらの使用人たちは、新郎が本当に愛しているのは新郎を呼び出した令嬢で、わたくしが新郎を大金で買ったと噂をしているのですが……あなた方はそれをご存じでしたの?」
「な、なんだって! おい、お前たち、何を言っているんだ!」
「なんてことだ!」
バートン伯爵がメイドを怒鳴りつけると、メイドは土下座したまま震えていた。
前バートン伯爵の方は、天を仰いでいる。
この反応は、おそらく彼らは使用人の噂話を知っていたのだろうと判断した。
そうすると、今も新郎とドロシーが続いていた可能性があることも、知っていたのではないか。
「そもそもこの結婚は、ハルフォード侯爵からのお話で、バートン伯爵家への援助を目的としたものでした。決してこちらから望んだものではありませんし、ご子息を金で買ったなどと言われる筋合いはありません……。一体、こちらの伯爵家での認識はどうなっているのですか? 私の実家――グランチェスター侯爵家を侮っていらっしゃるの?」
「セシリア、侮っているなど……そんなことはないんだ……。アランとドロシー嬢も、別れたものだと思っていたし……」
「そうですの? ですが、こちらの使用人の態度を見る限り、そのお言葉を信じることはできませんわね」
セシリアがそう言って息をつくと、前バートン伯爵がセシリアの前に進み出た。
「おい、女のくせに、この嫁いできたくせに、生意気なことを言うな! お前はこの伯爵家にとついて出たのだから、わしたちの言うことを大人しく聞いて従っておればいいのだ!」
前バートン伯爵は、そう怒鳴りつけるように言った後、セシリアの全身を見つめにんまりと笑う。
「それに、そんなに初夜に体が疼いているのなら、わしが鎮めてやろうか?」
「……下品、ですわね」
セシリアに手を伸ばそうとした前バートン伯爵を振り払ったのは、ジゼルだった。
セシリアはまた深いため息をつくと、肩に乗せたルミナスバードの頭をそっと撫でる。
「お父様、お聞きになっていましたか?」
『あぁ、もちろんだ』
セシリアの肩の小鳥から、セシリアの父親であるグランチェスター侯爵の声が聞こえ、バートン伯爵たちは目を見開いた。
「お父様、わたくし、とんでもない家に嫁いできてしまったようですわ。どうしましょう?」
『もちろん、離婚だ。もう手続きを始めている。それから、今着いたよ。セシリア、家に帰ろう』
「はい、ありがとうございます」
どうやらもう迎えに来てくれたらしい。
あと数分もすれば、父はサロンまで来るだろう。
「セシリア……それは、何だ?」
セシリアの肩の小鳥を指さし、バートン伯爵が言った。
セシリアは小鳥の頭を撫でながら、美しく微笑み、言った。
「これはルミナスバード……通信機能を持つ魔道具ですわ。ご存じありませんでした?」
「通信? では、今の会話は……」
「はい、全てわたくしの父に――グランチェスター侯爵も聞いておりましたの」
バートン伯爵夫妻、前バートン伯爵夫妻は、目を見開き青ざめた。
そしてちょうどそのとき、
「セシリア! 待たせたな! 迎えに来たよ!」
セシリアの父であるグランチェスター侯爵アルバートが、バートン伯爵家のサロンへドアを勢いよく開けたのだった。
「セシリア! 怪我などしていないか? 大丈夫かい?」
サロンに入ってきたセシリアの父――アルバートは、まず娘の無事を確認する。
「えぇ、お父様、わたくし、何も怪我などしておりませんわ」
セシリアはそう言ったが、彼女のそばに控えていたジゼルは、アルバートに次のように報告を行った。
「とあるご老人がお嬢様へ乱暴を働こうとしましたが、私が払いのけました」
「そうか、ご苦労」
ジゼルの報告を聞いたアルバートは、バートン伯爵家の面々へと目を向けた。
まずはバートン伯爵へ、そして、愛娘へと手を伸ばそうとした、前バートン伯爵へと冷酷な視線を向ける。
「さて……バートン伯爵家の諸君。娘に対する数々の無礼、全て聞かせてもらった。娘も私も、大変不愉快な気分だよ。だから、今後の話を手短に済ませてしまおう」
「グ、グランチェスター侯爵……」
バートン伯爵家の面々は、全員体を震わせた。
「まずは、この婚姻のことだ。初夜に花嫁を放置した時点で、この婚姻は無効だ。娘に離婚歴すらつけさせる価値もない」
アルバートがそう言うと、セシリアが少し嬉しそう笑った。
「ではわたくし、離婚歴がつかないのですね……?」
あぁ、とアルバートは頷いた。
「あぁ、もちろんだ。お前に傷など一つもつけさせん」
「お父様、ありがとうございます。嬉しいですわ」
セシリアはアルバートの手を取ると、握りしめた。
こんな家に嫁がずに済んだだけでも充分なのに、離婚歴がつかずに済むなんて本当にありがたかった。
アルバートはセシリアを抱きしめると、優しく背中を撫でてくれた。
「それから、当然のことだが、我がグランチェスター侯爵家からの援助は中止だ。ハルフォード侯爵家も、恐らく同じく取り止めにするだろう」
「そ、そんな……」
バートン伯爵夫人が崩れ落ちるが、これは当然だろうとセシリアは思った。
「次に、こちらからは娘への侮辱と精神的苦痛に対する慰謝料を請求する。もちろん、レインズ男爵家にもだ」
「ど、どうしてそんなっ……」
「当然のことだろう。私の可愛い娘を何だと思っているんだ。私はルミナスバードで、全て聞いていた。娘に対する、前バートン伯爵の暴言もね」
「あ、あれはっ……冗談だよ、どうか流してくれないか」
前バートン伯爵は笑ってごまかそうとしたが、アルバートは彼を睨みつけた。
「暴言だけでなく、娘に手を伸ばしたらしいな。その罪は、婚姻とは別に償ってもらう」
「そ、そんな……」
バートン前伯爵は、ガタガタと震え頭を抱えた。
だが、アルバートの怒りはまだ収まらなかった。
「次に、我がグランチェスター家への侮辱についてだ。我が家を侮辱した代償は、伯爵家ごときが払える額ではないだろうな」
「グランチェスター侯爵、どうか……どうかもう……」
バートン伯爵は跪き、アルバートへ許しを乞うた。
だけどアルバートはそれを無視し、最後の一言を放つ。
「最後に、これだけで済んだことに感謝してもらいたいものだ。私の父――前グランチェスター侯爵が、侯爵家に伝わる名槍を携えてこちらに向かうのを止めてやったのだからな。父がここに来ていたらどうなっていたか……お分かりだろう?」
「は、はい……」
バートン伯爵家の面々は、全員真っ青になりながら頷いた。
セシリアの祖父である前グランチェスター侯爵は、槍の名手としてだけではなく、気が短いという点でも有名だった。
「では、セシリア、家に戻ろう」
アルバートはセシリアを振り返ると、笑顔で言った。
はい、とセシリアは頷いて――バートン伯爵家の面々へと目を向ける。
「では、一日だけ家族となったバートン伯爵家の皆様、ご機嫌よう。あ、違いますわね……一日にも満たない時間でしたわ。婚姻無効になるかもしれませんけれど……」
セシリアはそう言って優雅に微笑むと、アルバートと共にバートン伯爵家を後にした。




