第2話・伯爵家の方々に聞いてみましょう
父はすぐに自分を迎えに来るだろう。
そう考えたセシリアは、ジゼルに手伝わせて身支度を整えた。
父が到着したら、自分はここを去らなければならない。
「ではお嬢様、少々お待ちくださいませ」
セシリアの身支度を終えたジゼルは、一礼すると音も立てずに部屋を出て行った。
ジゼルが出て行くと同時に、父からセシリアに連絡が入る。
やはりアランは仕事ではなく、とある男爵家を訪れていたらしい。
しかも、過去にも彼はその男爵家へと頻繁に足を運んでいたのだと言う。
「お嬢様、お待たせいたしました」
ジゼルはセシリアを笑っていたメイドを捕らえて戻ってきた。
乱暴なことをしたのか、メイドの頬は腫れ上がり、ジゼルはメイドの髪を無造作に掴み、引きずっていた。
「さぁ、お嬢様の前で、新郎がどこに行ったかご説明なさい」
メイドの髪を引っ張り、ジゼルが言う。
メイドは泣きながら、
「アラン様は、お仕事に行かれましたぁっ!」
と叫ぶ。
セシリアは心の中で、嘘つき、と思う。
「あら? さっき言っていたことと違うわね? 本当のことをおっしゃいな」
どうやらあのメイドは、先程は違うことを言っていたらしい。
同僚たちとお喋りをしていたときに、ジゼルに見つかったのだろう。
「アラン様は、ドロシー様の元へ行かれましたっ!」
「ドロシー? あら、その方はどなたですの?」
ドロシーとは誰か――それを聞かれたメイドは口を噤んだが、ジゼルに髪を引っ張られると、観念したかのように口を開いた。
「ドロシー様は、レインズ男爵家のご令嬢で、アラン様の元婚約者です」
「元婚約者? そんな方がいらっしゃったの?」
首を傾げ、セシリアはジゼルを見つめた。
ジゼルも首を傾げ、続きを促すように再びメイドの髪を引っ張った。
「婚約者が居らっしゃったのなら、どうしてわたくしと結婚されたのでしょうか……」
「そ、それは……」
ジゼルが髪を引っ張っても、メイドは口を噤んだ。
セシリアは少し考えこみ、
「この家のメイドたちの中では、わたくしがアラン様を大金で買った、ということになっているのですよね?」
「えっ……あの、えっと……」
「バートン伯爵家は経済的理由で、レインズ男爵家よりもグランチェスター侯爵家と縁を結ぶことにした、ということかしら。そしてアラン様はそれを不服として、わたくしがアラン様を大金で買った、と吹聴しているということ?」
おそらくそのような経緯だろう。
ルミナスバードから、『何なんだそれは!』と父の怒声が聞こえる。
ボリュームを下げておいて良かった、とセシリアは苦笑した。
「アラン様は、最初からわたくしを初夜に一人きりで放置するつもりだったのかしら?」
もしもそうなら、本当に許せないとセシリアは思った。
まぁ、どんな理由でも、すでに許すつもりはないのだが。
「ち、違います! ドロシー様から、手紙がきて……」
「手紙? どんな内容?」
メイドは言いづらそうに俯いたが、ジゼルが髪を引っ張ると口を開いた。
「ドロシー様が、アラン様に、会いに来てくれないと命を絶つという手紙を……だから、アラン様は……」
メイドは、人命救助なのだと言いたかったようだが、セシリアはため息をつくことしかできなかった。
父が『離婚だ、待っていろ』と怒鳴っている声が、肩に乗せたルミナスバードから届く。
離婚については、セシリアにも同意だった。
そして、新郎であるアランがレインズ男爵家へ向かい、屋敷に入ったことの裏も取れたらしい。
「ジゼル、お父様がそろそろこちらに来られるかもしれないわ。その前に、バートン伯爵家の方々にご挨拶を致しましょう。そのメイドも連れてきなさい」
セシリアがそう言うと、ジゼルはメイドを引きずったまま、頷いた。
「セシリア様、あの、どうなされたのですかっ! 今は、初夜のはずではっ!」
「本来ならそうだったのですが……わたくし、バートン伯爵と伯爵夫人にその説明とお別れのご挨拶に参りましたの。早くお取次ぎいただけます?」
夜中にバートン伯爵夫妻を訪ねる花嫁を見て、バートン伯爵家の執事は口元を引きつらせた。
花嫁であるセシリアはしっかりと身支度を整え、何故か肩に小鳥を止まらせていた。
そして花嫁と共に来た侍女は、バートン伯爵家のメイドの髪を掴み、引きずっている。
これは絶対にただ事ではない……執事はすぐにバートン伯爵の元へ向かい、数分後セシリアは、バートン伯爵夫妻とアランの祖父母である前バートン伯爵夫妻がくつろぐサロンへと通された。
セシリアがサロンへと足を踏み入れると、四人は優雅にお茶を飲んでいた。
花嫁が初夜に新郎に放置されているのも知らずに、のんきなものだとセシリアは表情には出さすにイラっとした。
そんな彼らの前に、ジゼルが引きずっていたメイドを放り出す。
「セ、セシリア……今はその……初夜ではないのかい? このメイドは一体……」
バートン伯爵はセシリアを見、サロンに転がされたメイドを見、それから息子であるアランの姿を探した。
「セシリア、アランはどうした?」
「わたくし、バートン伯爵家の皆様方にいろいろとお伝えしたいことがあるのですが……何からお伝えすればいいか、悩みますわ。では、まずは新郎のことからお伝え致しましょうか」
「あ、あぁ」
もうアランの名前を呼ぶのも嫌になったセシリアは、アランのことを新郎と表現することにした。
「新郎ですが……初夜だというのに、花嫁であるわたくしを置いて、どこかに行ってしまったらしいのです……」
セシリアがそう言うと、バートン伯爵夫人と、前バートン伯爵夫人は、同情するようにセシリアを見つめたが、
「きっと急な仕事が入ったのね……。あなたには申し訳ないけれど、この家に嫁いたのだから、夫であるアランを支えていかなければならないわ。仕方がないことよ」
と、セシリアに対して嫁いできた女性の心得を説いた。
まぁ、百歩くらい譲って、本当に仕事だったら仕方がなかったのかもしれないのだけれど、とセシリアは苦笑する。
「ですが、どうやら仕事ではないようなのです……。新郎がどこに行ったかは、そちらのメイドからお聞きいただけますか」
セシリアはサロンに転がされたメイドに、優雅に笑いかける。
メイドは震えながら主人であるバートン伯爵を見ると、力なく首を横に振った。
「あら? こちらの使用人は、主人に報告もできないのかしら? 使用人教育がなっていませんわね」
深いため息をついてセシリアが言った瞬間、バートン伯爵はメイドに報告をするように命じる。
メイドは伯爵に土下座しながら、
「アラン様は、ドロシー様からの手紙を見て、ドロシー様の元へと向かわれました!」
と答えた。
「え?」
「なんてことっ……」
驚くバートン伯爵夫妻と、前バートン伯爵夫妻。
メイドはさらに続ける。
「ドロシー様が、アラン様に、会いに来てくれないと命を絶つという手紙を送って来られたのです!」
「何だって! あの娘はまだアランに執着していたのか!」
「まあ、なんてこと!」
「おい、レインズの娘とまだ切れていなかったのか! 別れさせたんじゃなかったのか!」
「アランったらっ!」
さらに驚く、バートン伯爵夫妻と、前バートン伯爵夫妻。
ここでドロシーの名前が出ることは、この家の人々にとって予想外のことだったようだ。
花嫁でありながらも、完全に冷め切ってしまっているセシリアは、バートン伯爵家の狼狽ぶりを、まるで他人事のように冷静に観察していた。




