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初夜に放置された花嫁は、不誠実な男を許さない~不誠実な方とはお別れして、誠実な方と幸せになります~  作者: 明衣令央


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第1話・初夜だというのに、放置されてしまいましたわ


 この日、セシリア・グランチェスター侯爵令嬢は、バートン伯爵家のアラン令息と結婚式を挙げた。


 よく晴れた日の、素晴らしい結婚式だった。


 そして、その日の夜――セシリアはバートン伯爵家に用意された部屋で、新郎アランを待っていた。


 新郎というもの、こんなにも花嫁を待たせるものなのかしら?


 不思議に思いながら、セシリアはグランチェスター侯爵家から連れてきた侍女のジゼルを見つめた。


 ジゼルは、「確認してきます」と一礼すると、音もなく部屋を出て行った。




 セシリアとアランの結婚は、セシリアの父親の友人のハルフォード侯爵から持ち込まれたものだった。


 ハルフォード侯爵は、長年の友人であるバートン伯爵家が経済的に困っているのもあり、援助も兼ねてこの縁談をセシリアの父に勧めたのだ。




「セシリア様……」




「おかえりなさい、ジゼル」




 戻ってきたジゼルが、セシリアに音もなく近づいた。


 そしてジゼルは、セシリアに衝撃の告白をする。




「どうやら新郎が、外出をしたようです」




「はい?」




 どういうことなのだろうとセシリアは首を傾げた。


 結婚式をした日の夜は、初夜のはずだ。


 花嫁を放置して外出する新郎なんて、信じられなかった。




「嘘でしょう?」




 嘘だと思いたかった。


 だけどジゼルは、静かに首を横に振った。


 え? 何? どういうことなの?




「お嬢様っ……」




 セシリアはドアを開け、部屋の外に出てみた。


 すると、通りかかったメイドたちが、セシリアをみてニヤニヤと笑う。


 なんなのこれ、とセシリアは深い息をつき、部屋へと戻る。


 信じられないことだが、セシリアにもだいたいのことが理解できた。




「……ジゼル。わたくし、もしかして……初夜だというのに、新郎に置いて行かれた花嫁、ということになりますの?」




 ジゼルは無表情のまま、深く頷いた。




「まぁ、なんてこと……」




 セシリアはまた深い息をつき、ベッドに倒れ込んだ。


 何これ、本当にどうなっているのかしら。




「お嬢様……あと、腹立たしい報告がもう一件あります。お聞きになりますか?」




「えぇ、お願い」




 セシリアは枕に顔を埋めたまま、ジゼルに報告を促した。




「このバートン伯爵家のメイドが言っていたのですが、この結婚は、お嬢様がアラン様を見初め、金に物を言わせて強引に進めたもの……アラン様を、お嬢様が金で買った結婚、と言われておりました」




「はぁ? 何それ……そんなこと言われる筋合いはないわ! この件……まさか、ハルフォードのおじ様もご存じなの?」




 もうわけがわからない。


 どうして自分がそんなことを言われなければならないのだ、とセシリアは思った。


 セシリアは、アランのことが好きで嫁いできたわけではない。


 この結婚は、経済的に困っているバートン伯爵家を助けたいと言う、父の親友のハルフォード侯爵の頼みにより、グランチェスター侯爵である父が判断して決められたものだ。


 そこにセシリアのアランへの気持ちなど含まれていないし、そもそも無い。


 それでもセシリアは、アランと仲の良い両親のような夫婦になれるようにと思っていた。


 それを、このバートン伯爵家のアランという男は、台無しにしてくれたわけだ。




「メイドを捕らえて処分いたしますか?」




 静かにジゼルが言った。


 セシリアは一瞬だけ考え、起き上がって首を横に振る。




「確かにわたくしは、この伯爵家に嫁いできた身。いずれはこの家の女主人になる立場。愚かなメイドを処分する権限くらいありますわ。その権限はありますわ。でも……」




 セシリアはジゼルを見つめ、ふっと微笑んだ。


 その笑みは美しいのに、どこか冷たい。




「でもその権限を使えば……わたくしは本当に、この伯爵家の者になってしまいますわよね?」




 セシリアの言葉を聞いたジゼルの目が、わずかに細くなる。


 セシリアは静かに立ち上がる。




「どこに行ったのかは知りませんが、初夜に花嫁を放り出して、どこかに行ってしまうような男を跡継ぎとしているような家に嫁ぐつもりはありませんわ。まずは、現状の把握から始めましょうか」




 セシリアはそう言うと、首掛けていた金のペンダントに手を触れる。


 ペンダントトップのプレートには、可愛らしい小鳥が描かれていた。




「ルミナスバード、起動……」




 セシリアがそう命じると、ペンダントトップから描かれていた小鳥が現れて、セシリアの指先にとまる。


 セシリアは小鳥の頭をそっと撫でると、小鳥に向かって話しかけた。




「こんばんは、お父様……ちょっとお話があるのですが、今、よろしいですか?」




 セシリアのペンダントは、ルミナスバードという通信機能を持った魔法道具だった。




『セシリア? どうしたんだ? 愛娘を嫁に出して傷心の父親の声が聞きたくなったのかい?』




 小鳥から聞こえるのは、結婚式の後別れた父親の声だった。


 セシリアは父の声を聞いただけで、安心した。


 そして素直に、「はい」と答える。


 彼女のその返事を聞いただけで、父親――グランチェスター侯爵であるアルバートは、娘に何かがあったことに気が付いた。




『……セシリア? どうしたんだい? 何があった?』




「お父様……わたくし、初夜に新郎に放置されてしまいましたの。新郎はわたくしに何も告げないまま、どこかに出かけてしまったらしいのですわ」




『なんだって?』




 セシリアは彼女の現状を全て父親に伝えた。


 今の自分が、新婚初夜に新郎から放置された花嫁であること。


 新郎は自分に何も告げず、どこかに出かけてしまったこと。


 屋敷の使用人たちは、それを知っていてセシリアに隠しているようだこと。


 その証拠に、セシリアを見てニヤニヤと笑っていたこと。


 そして、この屋敷の使用人の中では、この結婚はセシリアがアランを金で買ったことになっていること――。




「わたくし、一体何が何やらわかりませんの。お父様は、ご存じだったのですか? わたくしの結婚は、わたくしがアラン様を買ったことになっていますの? そうなのだとしたら、わたくしには、そんな方、必要ありませんわ!」




 あんな男はもう要らない――セシリアは本気でそう思っていた。


 こんなことになるのなら、いくら父の親友であるハルフォード侯爵の頼みでも、絶対に首を縦に振らなかったのに。




『わ、私もそんなことは知らない! 一体バートン伯爵家はどうなっているのだ!』




 ルミナスバードを通して、父の怒りが伝わってきた。


 なるほど、お父様はご存じないことだったのね、とセシリアは胸を撫で下ろした。


 もしもそんな噂が出回っているのを父が知っていて、あえてこの家に自分を嫁がせたのなら、立ち直れなかったかもしれない。




「では、ハルフォードのおじ様は、何かご存じなのかしら?」




『彼は善意で動いていたと信じたいな……』




 ハルフォード侯爵は、父の親友だ。


 ルミナスバードから、祈るような切ない響きの声が届く。




『お父様、念のため、新郎に急な仕事の依頼が入ったかどうか、調べていただけませんか? もしも仕事なら……仕方がないことなのかもしれませんし……』




 そう言いながら、セシリアはそうでないだろうと思っていた。


 もしも仕事ならセシリアに正直に話してから外出するだろうし、屋敷のメイドたちもあんな反応をしないだろう。




『わかった。すぐに調べさせる。セシリア、すぐに迎えに行くから、用意をしなさい』




 父はすぐに新郎の行方を捜してくれるようだ。


 そして、セシリアを迎えに来てくれるという。


 正直な話、セシリア自身ももうこの家にいたくはなかったが、アランの外出がもしも仕事関係だったなら、と危惧していた。




「お父様、わたくし、こちらで少し調べてみますわ。新郎の行方がわかったら、教えてください。あと、ルミナスバードは起動したままにしておきますので、一緒にご判断ください」




 セシリアは小鳥の喉の辺りを優しく撫でた。


 ルミナスバードの小鳥は、頭を撫でられると声が大きくなり、喉を撫でられると声が小さくなるようにできていた。


 セシリアはルミナスバードを肩に乗せた。


 大人しく待っていなさい、と父が声を荒げているのが聞こえるが、小さな音量なのであまり迫力はない。




「さて、ジゼル。使用人尋問を行いましょうか。何か知ってそうな使用人を連れてきてくれるかしら?」




 父が新郎の行方を突き止めるのと、自分が使用人から手がかりを聞き出すのは、どちらが早いだろう。


 そんなことを思いながら、セシリアはジゼルを見つめ、目を細めて笑った。




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