第9話 勝つための、たった一つの方法
要の身体が自販機ごと壁に叩きつけられた。
男は飛び上がり、自販機ごと要を蹴りつける。
愉しむように口の端を吊り上げ、男は容赦なくガンガンと蹴りを入れる。
自販機と壁に挟まれ身動き取れず、要はされるがままだった。
「さっきまでの威勢はどうしたの? ほら──やり返してみなよ」
男が煽るように言って、拳が振り抜かれる。
その拳が自販機を貫通し、要の身体を直接殴りつけた。
「かなめっ!」
我慢できずに駆け出そうとすると──。
「来るなっ!!!」
必死の叫びに、足を止める。
要はなんとか自販機を退かし、ふらふらと立ち上がった。
傷だらけで、頭からは血が流れている。
血に濡れた顔で要は俺を見て、かすかに笑った。
「……かなめ」
「俺は大丈夫だよ、素直。だから……そこで待ってて」
「あははっ治さなくていいの? 今の状態、結構やばいでしょ。なんてったってボク──キミの一部を『奪った』からね」
男の真っ赤な手には、要の臓器が握られていた。
もしかして、さっき殴った一発で──。
「これ、まだキミと繋がってるんだ。例えばこうやって握ると──」
男が手のひらにある臓器を握る。
要がごぶっと血を吐き、腹を押さえて膝をついた。
「ほら。効いてるでしょ?」
「……かすり傷ですよ、こんなの」
掌の臓器が、音もなく消えた。それでも要の顔色は青白いままだ。
要の腹を見る。傷が、まだ塞がっていない。
「そうか。キミ、まだ力が回復しきってないんだ。自分への修復を最小限にして、あの子にプロテクトを掛け続けてる。しかもかなり分厚いやつ。無駄なことしてるね……そんな事しなくたってボクは、正々堂々キミを殺してからあの子を食べるってのに」
「……プロテクト?」
自分の身体を見る。俺の身体を、何かが包んでいる感覚があった。
もしかして、要が自分を治さないのって──。
「せっかくやり合うんだ。全力で来いよ。約束する。キミを完全に潰すまでは、あの子には一切手を出さない」
要は額に脂汗を滲ませ、首を横に振る。
「嫌です……ぐっ!」
男の蹴りが、要を打ち抜く。
その爪先は、確実に要の傷口に突き刺さっていた。
「うっ……っ!」
要が腹を押さえ、その場に崩れ落ちた。
「何蹲ってるの? そのままやるんでしょ? さっさと立ってよ。『根性』あるんだろ? ほら、立てって」
男は馬鹿にするように言って、要の背をガンガンと踏みつけた。
俺のせいだ。
「ぐっ! う゛っ!」
俺のせいで、要が苦しんでる。
「ほら、早くしろって。男だろ? 根性出せよ、根性」
だったら──。
「っ……やめろっ!」
考えるより先に体が動いていた。地を蹴って走り出す。
男がこちらを見て、足を止める。
その隙に滑り込むように、俺は要に覆いかぶさった。
「……いい加減にしろよ、お前」
恐怖を噛み殺し、男を睨む。
「これ以上やるなら……俺が代わりに相手になってやる」
言葉と裏腹に、要の背に添えた手は、情けないくらいにガタガタと震えていた。
「……ずるいよキミ」
男が何かに怯えるように一歩下がる。男の視線が、俺と要の間を行き来する。
「ボクは、あの人に守ってもらえなかったのになぁ……」
呟いて、男は唇を噛む。
その顔が、俺には泣きそうに歪んでいるように見えた。
「っ……ごほっ!」
男が咳き込み、膝をつく。
その咳込みはどんどん酷くなり、やがて血を吐いた。
ぜえぜえと苦しそうに息をしている。チャンスだ。
「要っ!」
俺は要を支え、柱の影に逃げた。
男から距離を取り、柱に身を隠す。
肩で息をしながら座り込む。要はぐったりと目を閉じていた。
空間が元に戻らない。つまりあいつは撤退してないってことだ。
時間がない。まずは要の傷を、どうにかしないと。
「要、大丈夫か?」
「……うん」
口元にはさっき吐いた血が伝っていて、顔色も血の気が引いている。
全然大丈夫じゃなさそうだ。
「俺に回してるプロテクト薄くして、一旦自分の回復に回せよ」
「……それは、できないよ」
「なんでっ!」
「素直が傷つくとこなんて、俺……見たくないから」
要が泣きそうな顔をしながら俺を見る。
こいつ、こんなにぼろぼろになってるのに、まだ俺の心配なんか──。
胸が締め付けられるように痛み、目の奥が潤む。
泣いてる場合じゃない。首を振ってそれを払った。
「んなこと言ってる場合じゃないだろ! このままじゃお前死ぬぞっ! 俺も一緒に戦う。力の使い方、教えてくれ!」
「素直」
ふいに要の顔が近づく。ハッとして俺は要の目を見た。
「覚えてる? ここ来る前、絶対勝てる方法があるって言ってたの」
確かに要は言ってた。
それをすれば、100%あいつに勝てるって方法があるって。確か俺の協力が必要とかなんとか──。
「教えろよ要! やるぞ! その方法!」
「……本当に、いいの?」
「言ってる場合かよっ! 早くやらねぇとあいつがまた来るぞ!」
そう迫ると、要の手が躊躇いがちに俺の頬を撫でる。
なんだ? と思って手を見ていると、今度は顎をくいと持ち上げられた。
前を見る。要が真剣な顔で、俺を見つめていた。
「じゃあ、するよ」
「え?」
「素直、目、閉じて」




