第8話 再戦
「……なお……すなお、」
声とともに、そっと肩を叩かれる。
目を開ける。ぼんやりとした視界の中、真剣な顔をした要が見下ろしていた。
「気配が近づいてる。あいつ、そろそろ来るよ」
外に出ると、すっかり夜になっていた。
アパートの階段を降りた瞬間、風がびゅうと強く吹きつける。
寒い。上着着てきたほうがよかったかも。
「……素直、手」
要が手を差し出してくる。
戦闘に備えて、少しでも身体的接触を増やしときたいってことか。
ぎこちなくその手を握る。要は俺の手をしっかりと握って、歩き出した。
手を繋いで、深夜の住宅街を歩く。
こうやって手を繋いで歩くの、いつぶりだろう。懐かしいな。
要の手はひどく冷たい。緊張している証拠だろう。
そうか。今から俺達、戦うのか。
あの男と──。
要が腹を貫かれた瞬間が、脳裏に蘇る。
胸がぎゅっと締め付けられて、寒いのに手のひらがじっとりと汗ばんだ。
要は俺に戦うなって言ったけど、またあんなことになったら、俺は──。
「──いた」
声とともに要の足が止まる。
辿り着いたのは、人気のない高架下。ざあと風が周囲の木々を揺らす。
次の瞬間、景色が一変した。
車の音も、木々のざわめきも消える。
チカチカと街灯が明滅し、空気が張り詰めた。
コツ、コツ。
暗い高架下に、聞き覚えのある革靴の音が響く。
数メートル先から、人影が一つ歩いてくる。
すらりとした長身、黒いスーツ、顔を隠すほど長い前髪。
昨日俺達を襲った男が、こちらに歩いてきていた。
要が俺を背後に下がらせ、静かに男へ視線を向けた。
「自分から逃げたくせに、随分早い登場ですね。恥ずかしくないんですか?」
「キミこそ。昨日言ったボクのこと覚えてないの? 邪魔だって言ったのになぁ」
「邪魔者は貴方だ」
「……そうか。つまり、キミはボクに殺されたいってことか」
「やれるものならどうぞ」
挑発するように言い放って、要は握っていた俺の手を離す。
「素直、隠れてて」
「……わかった」
要に言われた通り高架の柱に身を隠し、二人の様子を窺う。
「なるほど、キミはその子の王子様ってわけか」
「違う。友達だ」
「友達か、ボクがこの世で2番目に嫌いな言葉だ。やっぱりボクはキミのことが──キライだよ」
男が地を蹴る。
数メートルあったはずの間合いが、1歩で詰められた。
目の前に迫った男が、拳を振りかぶる。
ガキン!
要が強化した手のひらで男の拳を受ける。
間髪入れずに男が次の一手を繰り出し、そこから目にも止まらぬ速さの連撃が始まった。
骨に響くような硬い音の連打が、高架下に響き渡る。
拳での圧倒に加え、懐から膝が鋭く跳ね上がる。
要はそれをすべて受け流していた。
でも、反撃の隙がない。
鈍い衝撃と共に、受け止めたはずの腕が、わずかに沈んでいる。
このままじゃ、押し切られる。
ふいに男が拳の軌道を変える。
重い一撃が要の脇腹を狙った。
「っ!」
要は即座に反応し、拳を掴んで引く。
拳の軌道が逸れ、男がバランスを崩す。
要はその隙を突き、腹へ蹴りを叩き込んだ。
男は吹っ飛び、高架の柱へと叩きつけられた。
コンクリートが割れ、鈍い音が弾ける。
なのに男は「いてて……」と背中をさすり、何事もなかったように立ち上がった。
「その程度ですか?」
「……キミ、昨日よりマシになってるね。もしかして、その子に分けてもらった?」
「プライベートのことだ。貴方に答える義務はない」
要が男へ駆け、拳を振り抜く。しかし男は瞬時に飛び退いた。
外れた拳が柱を砕き、コンクリートがバキィと音を立てて砕ける。
「なるほどね」
男が何かを理解したように呟き、背を向けて駆け出す。
要は一瞬だけ俺を確かめるように視線を寄越し、男を追った。
男が柱の陰へ逃げ込む。
「今度は鬼ごっこですか」
要が柱の陰から飛び出す。
その行く手に、看板が振り下ろされた。
要の拳がそれを弾き返す。
でも、さっきよりその打撃は軽い気がした。
砕け方が違う。音も、鈍い。
男の口元が、ゆっくり歪んだ。
「大丈夫? 威力が落ちてるみたいだけど」
男が嘲るように言い、再び柱の陰へ消える。
要はそれを追った。
柱を抜けたその先──要の動きが止まった。
男が自販機を頭上に持ち上げていたのだ。
嫌な予感が走る。
男がにぃと笑い、それを投げる。
視界いっぱいに、鉄の塊が迫る。
避けきれない。
──ドォンッ!!




