第6話 異能の力
ガコン、ガコン。
パンクしたタイヤが、ハンドルを握る手のひらに居心地の悪い振動を与える。
俺達は無言のまま、自転車を押して俺の家を目指していた。
自転車のパンク。
いつもなら要はすぐ直してくれるのに、今日はどうして直してくれないんだろう。
夕飯の準備を買ってたのに、道にぶちまけたせいでほぼダメにしてしまった。晩飯どうしよう。
そんなどうでもいい疑問に意識を向けていないと、頭がおかしくなりそうだった。
要はどうして、あんな風に戦えたんだ。
あの男は、何なんだ。
もしかして、要も俺の命を──。
「素直」
はっとして顔を上げる。要がこちらを見ていた。
「顔色悪い。もしかして、どっか怪我してる?」
「え……いや、」
「治すよ、どこ?」
要の手が、俺に伸びてくる。その手が頬に触れる寸前──。
ぱしっ。
要の手を、無意識に払い除けてしまった。
それを見た要の顔が、傷ついたように歪む。
要が手を引っ込める。要へフォローする余裕もなく、俺は疑問を口にした。
「なんなんだよお前。さっきの、意味分かんねえだろ。なんで要、あんなバケモンみたいなやつと、普通に戦えたんだよ……」
バケモンみたいな怪力男と対等に殴り合っていた姿。腹を貫かれ、回復する姿。
それは今まで一緒に過ごしてきた俺の知ってる要とは、どう考えても同じ人物とは思えなかった。
「あいつ、また来るって言ってた。もしかして俺……あいつに殺されんの?」
怖くて要の顔を見られない。
自転車のハンドルを握りしめる手には、冷たい汗が滲んでいた。
「大丈夫だよ素直。素直のことは……俺が絶対、守るから」
自転車の倒れる音が周囲に響く。
俺は要に掴みかかった。胸ぐらを掴んで壁に押し付け、睨む。
要はそんな俺を、苦しげに眉を寄せて見下ろしていた。
周囲の視線が俺達に集まる。だけど、そんなの気にしてられなかった。
「なんでそんな事言い切れんだよ。さっきだってお前っ……あいつに腹ぶち破られてたじゃん! 殺されかけてたじゃん! 勝てる確証もないのに、無責任なこと言うなよっ!」
「すなお」
「意味わかんねぇっ! 全っ然意味分かんねぇよ! お前も、あいつも……っ!」
次の瞬間、要が俺を抱きしめた。
不意を突かれた俺は、要の腕に呆気なく捕われる。
その腕から逃れたくて、俺は暴れた。
だけど、身長も体格も負けてる。要に力で敵うはずがなかった。
「はなせっ……離せって!」
「確証はあるよ。俺、知ってるんだ。絶対に勝てる方法」
「……え?」
俺を捕らえていた腕が緩み、要が俺の顔を覗きこむ。
その顔は、俺のよく知っている優しい要だった。
「説明させて欲しいんだ。俺の力と──『あいつら』について」
「はい、コーヒー牛乳」
要がマグカップを俺の前に置く。
コーヒー牛乳。インスタントコーヒーに砂糖2杯と牛乳が入ってる。いわゆるカフェオレみたいなもんだ。
実家で暮らしていた時は、よく母さんに作ってもらってた。その話を要にしたら、家に遊びに来る度に作ってくれるようになった。
「……ありがとう」
受け取って一口飲む。糖分が口の中に広がって、少し気分が落ち着いた。
ブラックコーヒーをテーブルに置いて、俺の隣に要が腰を下ろした。
要は言葉を噛み砕くように口をもごもごさせ、やっと口を開く。
「素直、驚かないで聞いて欲しい……ううん。そんなの無理だよね。とりあえず、ありのままの俺の話を聞いて欲しいんだ」
未だ呆然としたままの俺は、要の言葉に頷く。
それを確認した要は、意を決したように口を開いた。
「分かりやすく、結論から言うね。今の素直は、命を狙われてるんだ──能力者達に」
「……能力者?」
漫画やアニメでしか出てこないような単語に、思わず聞き返す。
「俺があいつと対等にやりあえたのも、能力のおかげなんだ。『なんでも治す力』。それが俺の能力」
これまでの事を思い出す。
確かに要はなんでも直していた。物もそうだし、今思い返せば、こけて擦りむいた傷も要が指先で撫でると痛みが引いて、次の日には綺麗に治ってた。
あれはそういう能力だったのか。
「実はさっきみたいなやつが来たの、今回が初めてじゃないんだ。これまでも何度か来てる。その度に俺が追い払ってたんだけど……最近、明らかに頻度が増えてるんだ」
「俺が命を狙われてるって……なんで?」
「さっきのやつ言ってたでしょ? 素直の心臓がほしいって」
「確かに、言ってたけど」
「正しくは心臓じゃない。あいつは、素直の力が欲しいんだ」
「俺の、力?」
「もう気付いてるだろ? 素直も俺と同じように力を持ってるんだ。奴らはそれを狙ってる。素直の力──『なんでも壊してしまう能力』を」
「……壊す、能力」
意図せず壊してきた物。理由も分からず縁の切れた友達。
要の言葉に、今までの全ての合点が行く。
さっき男に襲われた時を思い出す。
手を突き出したら壊れた道路標識。あれも俺の能力だったのか。
「能力者の中でも、壊す能力は最上位の力だからね。誰が欲しがってもおかしくない。今まではそういう連中を、治す力を最大限掛けて肉体を強化することで、一人でどうにか追い返せてた……でも俺の能力、結局は治すことに寄ってるからさ。本当はあんまり戦闘向きじゃないんだ。それに、あいつは強い。今までの刺客の中の誰よりも。もしあいつが万全の状態で来たら──今度こそやられるかもしれない」
「……じゃあ、俺も要と一緒に戦って──」
「駄目」
鋭い否定の言葉と視線に、身体がびくりと震える。
それに気づいたのか、要は少し目尻を下げて、続けた。
「安心して。素直は戦わなくていい。そんなの、俺が絶対許さない……当てはあるんだ。同じように奴らと戦ってる仲間がいる。でも、協力してくれるかどうか……かなり気まぐれな奴だからね。後はもう一つ策がある。これをすれば『100%あいつに勝てる』っていう作戦がね。でも、実行するかはまだ決めかねてるんだ……素直の気持ちの確認が、必要だから」
「俺の気持ち?」
問いかけると、要は俺から視線を逸らして続けた。
「去り際の様子を見た感じ、今日はもうあいつは来ないよ。だから、今晩はゆっくり休もう……ご飯まだだったよね? 今日はお詫びに、俺が作る、よ──」
立ち上がろうとした要の身体がぐらつく。そして俺の所に倒れ込んできた。
「要っ!?」
肩を支えると、体温が妙に低い。慌てて顔を覗く。血の気が引いたように真っ白だった。
額には汗が滲んでいて、苦しそうに眉間を寄せている。
「おい大丈夫か? かなめっ!」
「……ごめん。最近力の消費が多くて、ちょっと疲れてるみたい。少し休んだら、治まると思う……」
「わかった。ベッドに連れてく、掴まれ」
意識を失いかけている要を支えて、自分のベッドに運ぶ。
よっぽどしんどかったのだろう。寝転がして布団を掛けてやると、すぐに意識を手放した。
「……やっぱ、無理してたんじゃねえか」
汗の滲む額をタオルで拭う。要はうなされるみたいに、小さく唸った。
その寝顔を見つめ、俺はさっきまでの自分の行いを、要に投げつけてしまった言葉の数々を後悔した。
今まで要はずっと戦ってたんだ。俺を守るために。
それなのに、俺は──。




