第50話 ひとひらの花びら
「エデンに命を狙われてる? ……空木くんが?」
姫川さんの表情に、緊張が走る。逆巻が努めて落ち着いた口調で言った。
「そうなんです。俺ら三人、こないだエデンの人間に襲われて、そん時に言うとった。『空木の心臓には、能力者100人分以上の価値がある』って。その事があってから、俺らは結託してエデンに立ち向かおうって決めたんや。空木だけやなくて、市民の平和と安全を守るためにも!」
いや、そこまで格好いい動機なんかねーよ。と内心で逆巻に突っ込みつつ、俺は言った。
「まあ、逆巻が言った通りなんですけど。まだエデンの全容が掴めてないし、出来るだけ、仲間を増やしたいとは思ってて……」
「うん分かった。なるよ仲間に」
「できれば、姫川さんにも協力を……って、え?」
白い手が伸びてきて、俺の手をがしりと掴む。
驚いて顔を上げると、姫川さんは身を乗り出し、キラキラした目でこちらを見ていた。
「いいよ! あたしっ空木くんたちに協力するっ! だってあたしっ……ずっとヒーローになりたかったのっ!」
「どーするよ要。なんか……よく分かんねーことになってきたぞ」
「ん~、そーだね」
すさまじくやる気の姫川さんと、それに大喜びでしっぽを振る逆巻と別れた後、俺達は家に帰り、だらけていた。
ソファに座っている俺の膝に頭を預け、要は雑誌をめくる。
「いいんじゃない? 姫川さん、悪い人じゃなさそうだし」
「それはそうだけど……さすがに女の子を巻き込むのって大丈夫なのか? だって姫川さん有名人なんだろ? なんかあったら絶対ヤバいって」
「そんなの自業自得ってやつでしょ。俺達が強引に協力を頼んだわけじゃないし。知ったこっちゃない」
雑誌を読みながら平然と言ってのける要に、思わず苦々しい視線を向ける。
「お前ってさ……俺以外にはかなりドライだよな」
「あ、ごめん。嫌だった?」
「別にいいけどさ。もうちょうこう、社交性ってやつ? 身につけたほうがいいんじゃね?」
「素直に言われたくないよ、そんな事。俺よりよっぽどコミュ障のくせに」
反論され、ぐぬぬと押し黙る。要は言葉を続けた。
「それに姫川さんのあの能力、かなり強いよ。下手したら俺や逆巻じゃ歯が立たないレベルだと思う。危機が迫れば、自分でどうにかできるでしょ」
「え……そんなになの?」
パタンと要が雑誌を閉じ、こちらを見上げた。
「それより素直、今日の分のキスとハグ。まだだよ」
「あ~そうだったか。なんか、バタバタしてて忘れてたわ」
「今からしようよ」
「いーよ。ほら、来い」
待ち構えるように腕を広げると、要が身体を起こし、抱きついてくる。
「素直、目、閉じて」
「はいはい」
言われたとおりに目を閉じる。ぬるい吐息が、顔に掛かり、唇が触れ合いそうになった。その時だった。
ピンポーン。
家のインターホンが鳴る。俺と要は身体を離した。
「誰だ? こんな時間に」
「宅配じゃない? ほっとこうよ素直」
要が俺の頬に手を添えて、キスしようとする。
すると──
ピンポーン。ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポーン。
まさかの連打。要がため息を吐き、苛立ったように立ち上がった。俺もそれについていく。
「もしかして、逆巻かな?」
「もしそうだったらぶん殴ってもいい?」
「止めとけよバカ」
要が不機嫌全開の顔でロックを解除し、扉を開ける。そして、俺達は二人して目を丸くした。
「「高槻先生」」
「よっ」
いつも通りの赤いジャージ姿でコンビニ袋を下げた高槻先生が、手を上げて軽い挨拶をしてくる。
「なんですかこんな時間に……非常識ですよ」
「そう固いこと言うなってじんぐうじ~。俺とお前の仲だろ~? じゃ、ちょろ~っとお邪魔させてもらうぞ~」
「あっちょっと!」
制止する暇もなく、高槻先生がスニーカーを脱ぎ、部屋に入ってくる。
「お~ここが空木の部屋かぁ~! けっこーいいとこ住んでんだな~。センセーんちより広いじゃんっ!」
「あの……何しに来たんですか?」
「こないだ約束しただろ? ゲーム大会っ! ちゃ~んとお菓子とジュースも買ってきたぜ~!」
ニカッと無邪気な笑みを浮かべ、コンビニ袋を見せてくる。
俺も要も顔を見合わせ、ため息を吐いた。
「ちょっせんせいそれ反則だろっ!」
「はっは~ん間抜けだなうつぎぃ~、お前が油断してんのが悪いっ! ……ってちょっ! じんぐうじいつの間にそんなとこに!?」
「邪魔です高槻先生。素直、ここは俺に任せて進んでいいよ」
「サンキュー要っ! 恩に着る!」
それから二時間。俺達は結局ゲームに熱中していた。
ふと時計を見る。時刻は夜11時を過ぎていた。
「高槻先生、そろそろ帰ったほうがいいんじゃないっすか? 明日も学校っすよね」
「ん? ボク帰んないけど?」
「は?」
「お泊りセット、持ってきたけど?」
「「はあぁっ!?!?」」
俺達は同時に声を上げる。すると高槻先生が不思議そうに要を見た。
「そういや神宮寺は? 帰んないの?」
「いや、実は僕……事情があって素直と一緒にここに住んでるんです」
「え!? なんだよそれズル! なあ空木~ボクもここ住んでいい!?」
「「いーわけないだろっ!!」」
「あははっお前ら息ぴったりだな~! さすが一緒に住んでるだけあるわ~!」
高槻先生は呑気にケラケラと笑い転げる。
どうすんだこれ、つーかこの人……ほんとに教師なのか?
ぐったりしながら、要に耳打ちする。
「どーする? どーにかこーにか追い返すか?」
同じように疲弊した顔の要が答えた。
「いや、もういいんじゃない? この人、絶対何言っても居座りそうだし……」
「んん~……しゃーないか。とりま今日だけって釘は差しとこ」
「賛成」
「え? ボク布団使っていいの? せんせー別にソファでもいいぞ?」
「いいですよ。俺達ベッドで寝るんで?」
「二人で?」
「「二人で」」
「あいっかわらず仲いいなお前ら~! あーでも、ボクもそうやって一緒に寝たりしてたな~。一人で寝るよりさ、くっついてる方があったかくて、安心するんだよなぁ……なつかし~」
高槻先生が過去を思い返すように微笑む。
そして、「じゃ、遠慮なくっ!」と布団に転がった。
すると、ジャージのポケットから、ひらひらと何かが落ちる。
「先生、なんか落ちましたよ」
それを手に取り、俺は首を傾げた。
「これ……花びら?」
「あ~すまんすまん。今日お見舞い行ってたからさっ」
「お見舞い? 家族か誰か入院してるんですか?」
「へへっ……ないしょっ!」
「? そうですか」
お見舞いに花か。意外だな。
高槻先生、そういうのちゃんとしてるんだ。
「素直、こっちおいで」
「おう」
要に呼ばれ、俺は特に気にすることなく、ベッドに潜り込んだ。
本作は【火・木・土】更新予定です。
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